騒がしい僕らの日常
早朝……ダークエルフ邸の庭で、僕は汗をかいていた。
来るべき戦いにそなえて、最近こうして取り組んでいることがあるんだ。
三合成詠唱……《急加速》とか《黄風の狩衣》とかの二合成詠唱をさらに超える段階の詠唱。
これが使えるようになれば、同時に三つまでしか使えない詠唱枠が空いて、戦いがもっとやりやすくなるはず……。
同時に四重詠唱……四種類の魔法の同時使用の訓練も始めているけれど、こちらは目途が立っていない。
新魔法……《永巡航路》……《ヘイスト》+《スピードアップ》+《マナブリーズ》の合成。この魔法で加速能力を維持したまま、魔力補給を外部から行えるようになれば、ほぼ魔力切れを気にせずに戦えるようになる、はず。
アクセラレイトとライム・クロスで二枠使ってしまうと、攻撃魔法使用時、マナブリーズや他の魔法を頻繁にオンオフさせざるを得ず、面倒で仕方が無かったのだ。
だが、こちらも予想通り難しく、三つ目のイメージをうまく重ねることが出来ずに苦心している。
「……フィル?」
「っ、リゼ? ごめんごめん……ちょっと集中してて気づかなかった」
「ふふ、フィルは努力家ですね」
「お互い様だよ」
うっすら肌が赤みを帯びている所を見ると、彼女もどうやら訓練をしていたらしく……微笑むリゼに僕も笑って返す。
そして彼女だけではなく……。
「あ~疲れたっ、フィル、癒しをちょうだい~」
「ちょっ、シュミレ!」
背中側から抱き着いて来たのはシュミレ。
彼女はあれ以来、トレードマークのツインテールに髪型を戻したようだ。
「こらお前っ、主様に気安く触るな!」
そしてそれをヨルが引っぺがす……。ダークエルフの双剣士は今日も凛々しい。
「あによ~、いいでしょこん位。あんたらを鍛えてやってるんだから! 大目に見なさいよ!」
「それとこれとは話が別です!」
「そうだ! お前は少し女としての慎みをアサにでも教えてもらえ!」
「うるさいわね、アタシはもう五、六年もこいつと一緒にいて家族みたいなもんだからいーのよっ!」
ぎゃあぎゃあとたちまち騒がしい声がひろがる。
ちなみにシュミレが記憶を取り戻した後、ヨルと一悶着あり……腕試しの模擬戦で二人は戦っている。
かなりの好勝負だったが勝利したのはシュミレで、それもあって彼女は認められ、二人の訓練相手を務めるようになった。
スキル無しの腕前だと、シュミレ、ヨル、リゼの順に強いらしいけど、《剣技》などそれぞれの武器スキルや、ユニークスキルを加味すれば少し変わった結果になるかも知れない。
リデルさんから聞いたけれど……リゼリィはビガーニを倒す前に不思議な力を発揮したようだ。後々メリュエルが鑑定してくれた結果によると、それは《フォトラの加護》というものらしい。
フォトラというのは彼女の村でまつられていた、稲の神様の名前だ。正確な効果は不明だけど……彼女はそれを持ってビガーニを瞬殺しているから、かなり強力なスキルなんだろう。自分の意志ではまだ使用できないみたいだから、過剰な期待は出来ないけどね。
あれから数週間。彼女達の活躍もあって、クロウィの街ではさして問題は起きていない。
こんな平穏な日々が続けば冒険者ギルドの副マスとしては有難い限りだ……ただもう少し、仲良くしてくれれば、言うことないんだけど……。
僕が仲裁すると余計ややこしくなったりするので、成り行きを見守っていると。
「――おとさん~!! おはよ~!」
騒ぎを聞きつけたのか、ネリュが走って来て僕はその体を抱き上げた。
「おはよう……今日も元気だね」
「うん! おなかすいた! ごはん、ごはんたべよっ! あと、これもむすんで!」
「はいはい……」
彼女ははしゃいで僕に抱きつこうとするが、汗でベタベタだから今は遠慮したい。
下に降ろし、左手につかまれていた眼帯を後ろで結んで調整してあげると彼女は天使のように笑ってくれる……それを見るだけでお日様に当たってるような気分になる。
今ネリュが付けているこの眼帯は……彼女がここへ来た当初、「みんなこわがる……」と左目をしきりに隠そうとした為アサが目立たない黒い布地で作ってくれたもの。
もうすっかり彼女のお気に入りとなっている。
「ちょっと汗を流して来るから、食堂で待っててね」
「わかった!」
きっともう食卓にはアサの美味しいご飯が並んでいるだろう。
それを楽しみにネリュは走って元気に戻って行く。うん、今日も可愛い。
「は~、子供にはかなわないわね。アタシも体洗ってこよっと……」
「行きましょうか……」
「では、主様。後ほど」
先程のいざこざが無かったかのように仲良く三人は浴場へと向かおうとするが、そこでシュミレがピタッと足を止め、スッと僕に近寄って妖しい笑みでささやいた。
「一緒に入っちゃおっか……?」
「へぇっ!?」
耳をくすぐる吐息に僕はびくっと立ちすくみ、それを面白がってシュミレはケラケラ笑った。
「……なんてね。冗談だってば! 半分はね……アタシはいつでも――」
「シュミレさん、怒りますよっ!」
「はいはいっと」
その声をリゼリィが遮り、シュミレはあわてて走っていく。
ふぅ、こういうからかいって、なかなか慣れないや……僕もまだまだ成長できてないってことだな。いつになったらこんなことで動じない立派な男になれるんだろうね……。
◆
「フィルシュ様、おはようございます!」
「ダンナ! 今日もいいお日柄で!」
「おはよう、今日もよろしくね!」
この人達は、コーンヒル城から連れ出した亜人の人達だ。
鳥人族のふわふわの羽が素敵なケーシャさんと獅子人族でたてがみがワイルドで頼もしいオロロさん。他にも大勢が声をかけてくれ、僕は一人一人とあいさつしながら食堂の中へと入り厨房を覗く。
(少し手狭になって来たかな……)
この屋敷の食堂は結構大きいにしても、二十人そこそこいるダークエルフ達と、伯爵の所から助け出した亜人の人々……ラグやネリュ始めここに残ってくれた数人と僕らを含めると、四十人近くの規模になってしまう。結構スペースはギリギリだ。
そして厨房も朝は戦場……忙しそうにアサが数人のダークエルフの女性たちと共に食材と格闘している。
「おはよう。何か手伝えることはある?」
「いえいえ~、主様が給仕をなさっては、他の皆が落ち着きませんから。ゆっくりくつろいでいて下さい」
「そだぞ~」「あっちらがいるから問題無しですぅ。どいたどいたぁ!」
それもそうか……。
配膳を手伝うポポレポが料理を両手に飛び出して来るのを避けた後、僕は一席に腰を下ろす。
アサの料理を一番に味見したいがため、彼女達は朝早くからこうして手伝っている。食い意地の為には労働も辞さない覚悟は立派だなぁ……。
そんな風に暖かく見守る僕の隣に一人の少年が着席する。
「兄様、おはようございます! ……姉様方は?」
「汗を流して来るってさ」
竜人の少年ラグ……彼は尊敬を込めて僕らを兄、姉と呼んでくれている。
当初は違和感があったけど、今ではもう別に気にはならない。
彼は残った亜人の取りまとめを行ってくれているんだ。
屋敷の管理にも手が必要だから、当面はその辺りを頼んでいる。
ここに来てしばらくは町長さんが自分の部下を派遣していてくれていたのだけれど、今ではお墨付きをもらい、すっかり彼は家令のような地位に落ち着いた。
「朝早くから精が出ますね。兄様を盛り立てようとする気持ちが伝わって来ます。ボクもぜひ、見習わないといけませんね!!」
「ラグはへっぽこなままでいい。おとさんはネリュがつよくなってまもるもん」
「む……ネリュよ、兄様の手を煩わすでない。こっちに座れ」
「やだー」
僕のひざに飛び乗るネリュを、ラグは手招きしたが、彼女は頑として首を振った。
どうもネリュは彼に謎の対抗心が芽生えているらしい……。
「いいよいいよ、慣れてきたし……いつも面倒を見てくれてありがとうね」
ネリュは僕が仕事の間は、屋敷にいるアサやラグが中心になって世話をしてくれているから大分助かってるんだ。
「いいえ。大した手間ではありませんから。それよりボクは……兄様ともっと話がしたいのです」
少し恥ずかしそうにいうラグ。
そうか……ここのところ忙しかったから、なにか悩みがあっても言いだせなかったのかも。
僕は人の気持ちに疎い所がある。一応ここの屋敷を預かる身なんだからもう少ししっかりしないといけない……親身になって話を聞いてあげよう。
「それじゃ、今度一緒にお風呂でも入ろうか? ゆっくり湯につかればさ、気がほぐれて相談とかもしやすいかもしれないし」
「お風呂ッ!? あ、え、や……で、でもいいのですか? ボクみたいな新参者が兄様と」
「いやいや、そんな恐縮しないでよ。あ、でもごめん……嫌だったらいいからさ」
人に裸を見られるのが嫌な人もいるよな。ちょっと配慮が足りなかったかも。
僕が断わろうとすると、ラグは物凄い勢いで首をブンブンと振る。
「いえいえいえいえ是非ともっ、お背中を流させて頂けますか!? そう、悩みが山のようにあるのです! 常々経験豊富な兄様にお話をお伺いしたく思っています!!!!」
「え、そ、そう? わかったよ、それじゃ今度の休みにでも」
「はいっ、お願いします!」
(何の経験……?)
相談の内容は分からないが、僕の手をがしっと細い手でにぎって彼は破顔した。
そんなにお風呂が好きなのかな……もしかして竜人は風呂に入らないと生きていけないの?
「――あー! なにやってんのラグ! そこはアタシの席じゃん!」
「シュ、シュミレ姉様? いやしかし……こういうのは早い者勝ちなのでは……」
食堂のドアを開けてやってきたシュミレ達に、ラグは手をバッと離し縮こまった。
「ふ~ん、アタシに逆らおうって訳? いい度胸してるじゃない……」
「あふ、わ、わかりました、どきますからっ! うぅ、兄様、約束ですよ!」
「覚えておくよ……」
ふにふに頬をつままれて悲しそうに席をずらすラグ。
そしてその席に陣取ろうするシュミレに、更にヨルから物言いが入った。
「ちょっと待った。昨日も主様の右隣りはお前だったろう。今日は私の番のはずだ」
「こまっかいわね。こないだ依頼でアタシが抜けてた分と思えばよくない?」
「それはお前の都合だ。我は今日の権利を逃すつもりは無い。どくがいい」
「じゃぁ左に……」
「ダメです! そこはいつも給仕を頑張って下さってるアサさんの席なんですから!」
「ちぇ~!」
リゼリィが手伝おうと厨房へと向かっていく際に振り向きざまに牽制し、シュミレは素直に従う。狂剣士はすでにすっかり胃袋をつかまれ、アサだけには逆らえない。
そしてこのところ、もめないように何らかのルールが彼女達の間で確立されていっていて怖いのだが……知らない方が幸せっていうこともあるよね、きっと。
ついちょっとたそがれる僕の対面に腰を落ち着けたのは銀髪の僧侶メリュエルだ。
「おはようございます……今日もにぎやかですね……」
教会の早朝礼拝から戻ってきた彼女はいつもと変わらない落ち着きようだが、表情は少しあの頃よりおだやかになったように感じられる。
先日シュミレと共にクロウィのギルドに登録を移した彼女は、街の教会の治療院で非常勤の治療師としても活動しているようだ。
彼女は未だヨルとやりあっているシュミレにちらりと目を向けてつぶやく。
「ふう……フィルシュからしたら、あのままおしとやかでいた方が良かったのではないのですか? 誰がとは言いませんが」
「え……」
シュミレはその言葉にピシっと固まる。
「うふふ、かも知れませんね。あの時のお二人はそれはもう仲むつまじくて、思わず嫉妬してしまう位でございましたから」
「「ええっ……?」」
続いて、配膳を終えたアサが席に着きながら冗談めかして言った言葉に僕らは同時に顔を真っ赤にした。
そりゃあさ、確かに腕が動かなくなったシュミレの食事を手伝ったり、肩を貸したり、抱き上げたりしてって……いや確かに、傍からはそんな風に見えてもおかしくはないのか?
「そ、そうなの? フィル……髪、戻しちゃおっかな?」
「いや、僕は――」
「フィルぅ……?」
(リ、リゼ!? ど、どうしよう……)
何とも言えない甘ったるい雰囲気にリゼの怒りの波動がミックスされ、慄く僕……とそこに思わぬ助け舟。
「おなかすいたー!」
きゅるるとお腹を鳴らしたネリュがバッと手を上げて周りを見上げた。
「そ、そうだよねっ……! 冷めるともったいないし、食事にしよう!」
(……逃げ(た)(たわね)(ましたね))
これ見よがしに言った僕の顔に、じとーっとした視線が集中する。
こんな場所でどちらにどう答えろというのさ……。
「フィルは相変わらずだな~」
「尻に敷かれる未来が目に見えてますぅ」
そこへやれやれ顔のポポレポ達が着席し、やっと僕らの食事が始まる。
僕達の最近の朝の風景は、大体こんな和やか(?)な感じだった。
・面白い!
・続きが読みたい!
・早く更新して欲しい!
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