〈エピローグ〉 ある魔人の企(くわだ)て (???視点)
暗い部屋の中、私はテーブルの上に薄紫色に光る宝玉を置いた。
表面には赤い糸のようなものがついていたが、乱雑に払い手をかざす。
「チッ……野心を見込み配下に加えてやったというのに、役立たずが。長い年月をかけ、迷宮と同調し、操れるようになったことも無駄になったか。ああまでして有利な状況を構築してやったのに負けるとは……期待外れだった」
それに反応して、球体の表面に映像がうつし出され……私はそれを注視する。
まことに興味深い……。
「もしや……こやつか? ダルマンタを殺したのは……」
魔剣に刻まれた術式を解析したところ、奪ったことが伝わることは分かっていたし、それに対する調査が入ることも予想できた。
できればそれを利用してこのダンジョンにおびき寄せ、この国の重要な戦力をそいでやるつもりだったのだが……生還者がいる以上話が広がってもう誰もここには入らぬだろう。早々に計画はついえた。
とはいえ、収穫もあった……赤い髪の男を素体として作り上げた魔人の能力は中級上位程度はあったはずだ。それを単独で撃破するような人間……間違いなく警戒に値する相手の存在を知ることができたのだ。
「そのような者が、弱体化した今代の人間達の中にも存在しているか……思ったより骨が折れるかも知れんな。む……?」
その原因となった緑髪の少年と、魔人化した男の戦いを私はつぶさに確認し、目をすぼめる。
「こやつ、何種類の魔法を同時に使っている? ニ、いや三か!? どういう頭をしている……」
少年は、何重もの魔法を同時展開し、合成して自らの独自魔法を構築している。
天才……なのだろう。
「強い……な。運が悪かったと言えるだろう……」
古代の魔法士でもこれだけの才覚を有する者がどれだけいたことか。
どれほどの戦いを潜り抜けてきたのか、この年齢で少年の力は最低でも上位魔人に匹敵するくらいはありそうだった。
(私自ら出向くべきだったかもしれぬな。この先、我々の障害として立ちはだかることは十分に……ッ!? あれは――!)
――ガシャン!
テーブルを揺らしたせいで球体は転がり落ちて砕けちり、黒い灰に変わった。
しかしそれよりも今は……目の前で見た事実の方に驚愕するばかりだ。
少年の左手首に描かれた刻印……あれはまさしく……!
「《継承者》なのか……!? 口惜しい……あの場で殺せていれば人類の滅殺に大きな助けとなったものを……。しかし合点がいったぞ……あのような半端者では倒せぬわけだ。なぜこの地域にいるのかは知らぬが、風は、厄介なのだ……早急に始末せねばならぬわ」
喉を鳴らし……忙しく頭を回転させた私の脳内に蘇るのは、前の戦いの記憶だ。風の加護を有した《継承者》は前回の戦いでも、中心的な役割を担い多くの同胞を滅ぼした。
例え人間達の力が弱体化しているとしても、決して甘く見ていい相手ではない。
(魔人王様に報告し……他の六禍の協力を仰ぐか……? いや……、おそらくあの様子であれば、まだ覚醒してはいないはず)
奴を倒し、その体を取り込むことができれば、私一人であの莫大な魔力を手に入れることが出来る……六禍の末席に位置する私にとってはこれは、大きく力を増し席次を上げる機会にもなりうる。
しばらく考え込んだ後、私は額に指を当てて念じた。
すると扉が開き、二体の魔人が姿を現す。
「「お呼びですか……オルフィカ様」」
足元にうやうやしくかしずいた双子の少年の魔人達に、私は記憶からなるイメージを魔力に乗せて伝えた。
「この男を殺せ……確実に仕留めろ。村や街の一つ位好きにして構わん。それと、奴も連れて行け」
「「……良いのですか? まだ自我が安定しておらず、暴走の危険性もございますが……」」
「良い。使い物になるか試すいい機会だろう……万が一そうなれば捨ておけ、都市の一つや二つ滅ぼしてくれるかも知れん。それと、男の死体は必ず持ち帰れ」
「「御意」」
男は退室して行った魔人の少年達を見ながら、椅子に腰を下ろす。
(他の《六禍》から何も報告が上がっておらん所を見ると……各々なにか思惑があるだろうな。私は私で好きにさせてもらう……フフ)
目下この国の平定をしなければならん所に、とんだ障壁の出現だったが、ある程度は予想できたこと……神霊共の側からしても、魔人王様が復活するまでにはまだしばらくの時があるかと油断していたはず。ろくに我らを迎え撃つ準備も整ってはいまい。
あの事さえなければ、今も我らは地の底で封印の戒めに喘いでいたであろうが……これを見越して手を打っておいたのだとしたら、やはり魔人王様は稀有な知恵者である。
一方こちら側はまだ目覚めていない六禍がいるものの、続々と力ある魔人がその元に集結しつつある。すでに六禍の三位《暴嵐のジョンダル》や四位《死氷のセルマー》は一国を掌握するかどうかというところまで来ていると聞いた……喰えぬ奴らだ、大袈裟に言っている可能性もあるが、事実ならば人間達を地上から全て掃討する時も、そう遠くはない。
(あの《継承者》の力を奪い取れば、現在六位である私の順位も大きく変わるだろう。そうすれば……もうあんなものが無くとも、力不足と蔑まれることも無くなる)
懐から一つの黒い宝珠を取り出し、またも数百年前の戦いが思い浮かぶ。
四人の継承者、光の聖女や神霊共……忌むべき記憶はいくつもあるが。中でも腹立たしい裏切者が一人存在した……奴があれを持ち去った所為で私は六禍の末席に選ばれつつ、不完全な形でしか力の証を受け継ぐことが出来なかったのだ。
「それさえ、それさえなければ……グウゥ――!」
思い切り殴りつけた壁が放射状にひび割れる。
「ハァ、ハァ、冷静にならねば……冷静に、冷静に――ッ! レ・イ・セ・イ――ッ!」
――ガゴォン、ゴゴゴゴゴォン!!
頭を壁に幾度か叩きつけ、轟音が室内に響く。
そして、パラパラと崩れ落ちる瓦礫が収まる頃になり、ようやく私は息を整えて微笑んだ。
「――フゥ……。私としたことが少しだけ取り乱してしまったな。よし、落ち着いたぞ……! 落ち着いた……」
部屋の奥に設置された椅子に腰を下ろし、私はいくぶんか明晰になった頭で思い耽る。
(きたる二月後には、魔人王様による招集令が下されている。それまでになんとしても、継承者か裏切者のどちらかは確保せねばな……)
我らとて無限の時間が残されている訳ではない……期限は着実に迫っていた――。
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