もう一度ここから
巨大な魔力の反応が二つとも消え、僕は彼らが《エグゼキュートゴーレム》を打倒したのを知った。
そして、一人の少女が、こちらへと駆けて来て、目の前で止まる。
「シュミレ……」
「――終わったんだね……。フィルシュ、私……アタシ、思い出した。全部、思い出しちゃった」
シュミレは泣き笑いのような顔で、どうしたらいいのか分からないように手を彷徨わせる。だが途中で止まり首を振ると彼女は、剣を自分の喉に突きつけ……!
「ごめんなさい……」
「やめろっ!!」
彼女の喉を剣が貫くぎりぎりの寸前で、僕はそれをにぎって止めた。
赤い血がしたたり落ちて、シュミレの服を赤く染めてゆく……。
彼女の腕から力が抜け、剣を手放して下がる。
「どうして、止めるの……アタシは償いを、しなくちゃいけなくて……」
「そんなこと……僕はもう、望んでないよ……どうしてそんなこと、できるんだよ。今君がいなくなったら、僕も、メリュエルも屋敷の皆も悲しむのに……」
僕はそんな彼女の体を引き寄せて抱きしめる。
シュミレはポロポロ涙をこぼしながら、僕の胸に顔を埋める。
「……あんたは、あんたはどうして、全部知っててアタシに優しくしたの。アタシは、あんたになら、殺されたってよかったの……なのに、どうして……」
「それは……わからないよ、自分でも」
確かに、たずねて来た彼女達を関係ないと切り捨てることも、街から追い出して、もうずっと顔を見ないようにすることだって、できたかもしれない。
でも、それはどうしても嫌だった。やりたくなかった。
「でも、いくら悩んでも、結局同じようにしてたと思う。こんな僕だから」
本当どうしようもなく軟弱だから、僕は……こんな風にしかできない。
それを見てシュミレは、悲痛な叫びを放った。
「……ごめんなさい! アタシ達があんたに辛い思いさせてるの、全部わかってた! でも、アタシどうしたらいいか分からなかったの! どんだけひどくしてもアンタがあたし達のこと見捨てて逃げださなかったから。いっそのこと、あんたを外に出してやれば、きっともっといい仲間を見つけて幸せになれるって、そう思って……」
顔をおおい、シュミレは体をふるわせる。
「でもッ、本当はそんなのごまかし。結局アタシはあいつらの報復が怖くてアンタを自分の手で守らなかった……どうして償えば良いのかもう、わからないの……」
そんな彼女に僕の手を《ヒール》で癒し終わったメリュエルが近づいて、肩に手を添える。
「シュミレまで一緒に抜けてしまえば、きっとあの嫉妬深いゼロンのこと。必ずあなたたちに復讐の手を差し向けたでしょう。それを分かっていて、使命の為にあなたを犠牲にした私も……同じように罪を背負うべきです。謝ってすむものではありませんが……どのような罰でも、甘んじて受け入れます……」
目の前で深く頭を下げる二人から告げられて……やっと僕は初めて彼女達の本当の気持ちを知った。
今になって思う……どうして同じパーティなのにもっとちゃんと話し合うことが出来なかったのか。でもそれは今だから言えることで、そんな話も出来ない位に、僕らの仲はこじれにこじれていて。
彼女達だけをもうとがめる気にはならないのに……それじゃあ、彼女達の気持ちはきっと救われないだろう。
過去の罪が消せなくても……そんなものにもう、足を引っ張られていたくないのに……。
「二人とも、違うよそれは……君達にとって僕はなんなんだよ! たとえ短い時間だって、一緒に過ごした家族みたいなもんでしょ!! そんな大切な人たちに、どうしてそんな悲しいことをさせなきゃならないんだよ!! 償いなんていらないよ! 僕は、ただ……であった頃みたいに、楽しく……」
最後はかすれてしまって言葉にならなかった。情けないな、僕は……。
それでもこれが、僕の本心なんだ……。
「……やり直そうよ、もう一回。僕は、もうすんだことを振りかえっていたくない……。君達のことも、今までの自分も、全部受け入れて前に進みたいんだ。だから僕とまた、一緒に戦ってよ」
「そんなこと、許されるわけ……!」
「――罪とか償いとか、許すとか、もうどうでもいいから! 最初に会った時も、僕は君に言った、力を貸して欲しいって! それを覚えてるなら……どうかまた、僕の手をにぎってよ……。一緒にいて、笑った顔を見せてよ……!」
そう言って僕は彼女に手を差し出す。
最初に会ったあの時みたいに笑えていたら……いいなと思いながら。
それを見て、シュミレは、ぐしゃぐしゃの顔を拭いながら、やっと小さく笑った。
「あんたはぁっ……っと―に……バカのまんま」
弱々しく僕の手をにぎり……そしてメリュエルも、その上に手を重ねてくれる。
彼女の瞳からも、珍しく感情の波に揺れているのが伺えた。
「あなたは十分に強くなった。見届けるという使命は果たされましたが……これからもシュミレと共に、出来る限りあなたを支えたい……。もう一度、共に歩むことを許していただけますか?」
「アタシ達を、許さなくていいから……道具みたいに擦りきれるまで使ってよ。……あんたが望むことを、なんでもさせて欲しい……これからは、あんただけの役に立ちたいの」
「うん……今度は。ちゃんと仲間として……お互いの為に、助け合おう」
二人があまりにも大げさにいうから僕は困ったけれど、でもこれで、これまであったわだかまりは、ゆっくりと消えていってくれる……そんな予感がはっきりと、胸の中に生まれる。
そうしてその場の雰囲気が安堵に包まれようとする中だった。
「――ククク、アーハッハッハ! 何たる茶番……!! いい御身分ですね、フィルシュ! まぐれで得た力で増長し、我々からすべてを奪ってたった女二人を得たことがそんなに嬉しいか……器の小ささに反吐が出そうですよ! ハハハッ、ハハハハ……」
大きくむなしい笑いが和解を許さないと主張するかのようにひびき渡る。
狂ったように笑いを吐き出す、頭だけになった魔人リオ。
彼が再生する気配は無く、少しずつ首側から黒い灰になって来ている……もう長くはもたないだろう。
そんな彼に切っ先を突き付けたのは、これまで黙っていたテッドだった。
「気味のワリぃ野郎だぜ……。あ~そういやオメー、ゼロンやらの使ってた魔剣は知らねぇかヨォ。おっさんさあ、それの行方を捜しにこんな田舎くんだりまで来たんだわ」
彼はリオの顔をごろごろと剣先で転がしもてあそぶ。
「や、やめろォーッ!! 下賤の者がッ、誰の頭で遊んでいる――ッ! ッフゥ、フゥ……フフフ、まぁいい、そんなに知りたいのなら教えてやりましょう。あの魔剣は我が主により回収されました。人間ふぜいのかけた封印の魔法など取るに足らなかった、ということですよ……」
「ほぉ~? 魔人共ねぇ……どうやら大層な力を持ってるみてぇだが、そいつらは何をしようとしてやがんだぁ?」
「貴様らに絶望をつきつけてやりましょう……我が主、魔人王直属の配下である《六禍》の一人、《紫雷のオルフィカ》様は、目覚めつつある数百もの魔人達をひきいて、この国を亡ぼすつもりなのだ……」
僕の背中に嫌な汗が伝った。
どの程度の力量かは分からないが、仮に彼やダルマンタのような魔人が大挙してやって来た場合、冒険者ギルドや軍隊の力を総動員して果たして防ぎきれるものだろうか?
それを見て、リオは陰湿な笑みを浮かべせせら笑う。
「そう、その顔を見たかったのですよ……知ったところで貴様らには何もできまい! ……いい気分だ! 怯えながら眠る貴様の顔が見られないのは残念ですが……その時は目前! 地獄の苦痛を味わいながら滅びるといい! ……クク、ハーッ、ファファファファ……」
「…………ッ」
「おい待て」
冷たく見下ろすシュミレが剣を抜きかけ、それをテッドが止める。
だが、どうも情けをかけようという感じではなく……腰に付けたポーチから何かを取り出し、投げ付ける。
「や~情報提供ご苦労さん。ほれ、特別サービスだ、一人でおっ死ぬのは寂しいだろうからよ……冥途の土産にでもするといいぜ?」
「何だ、これは……ファオゥッ!」
――ボフン!
取り出した袋をテッドが剣で突くとたちまち異臭がふきだし、リオの顔がとんでもない臭いの煙でつつまれる。
「クァッ、臭い、ゴホォッ!? なんだ貴様ァァァッ、くそ、これをどかせ! 鼻がもげる! 肥溜めの匂いだ! クァァァァァッ、華麗なる貴人の血を引く私がこんな仕打ちを、貴様ら許さんぞ……呪ってや、ゲホッ……目が……ァァーッ!!」
「おら、てめぇらァ! とっととずらかんねぇと、三日は地獄を見るぜ!」
テッドの言葉にしたがい酷いにおいが拡がる空間から脱出する僕達は、そのまま出口へと走りだす。
そして彼は中指を立てて後ろに向けて叫んだ。
「――ギャーッハッハッハァ、良かったなぁ魔人さんよ、いい思い出ができてよぉ! あの世でゆっくり味わいやがれよぉ、ヒャッヒャッヒャ!」
「――貴様らァァッ、待て、戻ってきてこれをどけろ、どけてくれェェェ! クソ共が! 呪いあれ――ッ! 呪いあれ――ッ……!」
後ろではリオの騒ぐ声が聞こえていたが、しばらくしてそれは途切れてしまった……。
ひどい最後だったな……。
「エゲツなー……」
「匂いが服に移っていないと良いのですが……」
渋面になったシュミレとメリュエルが服を嗅いで確かめる中、テッドは満足そうに笑う。
「カカカカ、ケッサクだったろ! あ~いう偉そうな奴には痛みよりあっちの方が効くんだよ……あ~いい見世物だった……」
そしてダンジョンの入り口に到達し、彼は僕らを振りかえった。
「さぁて、これでアンタらの疑いは晴れたってことだ。俺は酒でも買ってぶらぶら王都まで帰るとするわ。お疲れさん……」
ずいぶんあっさりとテッドは別れの言葉を切りだし、その顔にシュミレは、預かっていた剣を投げつけた。
「チッ……殺人狂のあんたなんかを雇ってる国の奴らの気が知れないわ。ほら、返すわよ」
「ケケケ、餞別にくれてやるよ。もう二度と会うこともねぇだろうからな……後ほれ、こいつもだ」
……だがそれは、再び彼の手によって、あるものと一緒に戻って来た。
シュミレが摘み上げた金の鎖の先で揺れているのは、涙滴型の赤い宝石だ……。
「なによこれ……」
「覚えてねえだろ? 捨てられてたお前が持ってたもんだ。売っぱらおうと石屋に持ってったが、大した値段もしねぇし、返してやんよ」
「フン……。本当に、もう二度と来ないの……? なんか、スッキリしない。あんたとは、どっちかが死ぬかでしか関係が切れないと思ってたから」
それをじっと見た後、シュミレは素直に懐に入れ、テッドを見つめる。
その視線はシュミレの複雑な心境を物語っているように思えた。
「だってよォ、その坊主と約束したからなァ、二度とお前の前に姿を現さねぇって。お前を守るためだつって……俺ァそいつに二回殺されかけてんだぜ? さすがに三度目は御免だわ。……ハッハ、良かったな。案外似合いの二人なんじゃねぇか?」
「なっ……」
テッドがニヤッと笑い、シュミレが顔を真っ赤に染めてこっちを見たので僕は顔を背ける。
牢屋のでのことまでバラすなよな……まったく、良い性格してるよ、ほんとに。
「ってわけで、オメーとはこれで手切れだ。せーぜーよろしくやんな。……痛でぇっ!?」
――バキッ!
立ち去ろうと後ろを向いたテッドの頭へ叩きつけられたのは、もちろんシュミレの剣だった。
かろうじて鞘から抜かれてはいなかったが……。
「――なにを偉そうにーっ!! やっぱ、アンタ、ここで息の根を止めてやるっ!!」
「ひっ、やめろっての! オメエ、まじで……かんべんしてくれぇぇぇぇぇっ!!!!!! ちょっ、小僧、止めてくれっ!」
「《ウィンドバレット》」
「おまっ……ふざっけんじゃねェェェェェェ!」
剣の鞘でボコボコにされ、三下ばりの悲鳴を上げながら退散するテッドをシュミレは更に追い回す……。
もちろん僕も助けるようなことはしない……どころか見えなくなる距離まで背中から《ウィンドバレット》追い打ちしてやった。
結局、彼は追いかけるシュミレに今度は剣を抜かずにいたようだった。
もうシュミレは彼の興味の対象からは外れてしまったのだろうか。
最後まで、本音の見えない妙な男だった……。
どこまで本気でシュミレを殺すつもりがあったのか……多分もう会う事も無いだろうから、きっとわからないままだろうな。
「ふぅ、ふぅ……アイツのことは考えるだけ無駄よ、いかれてるから」
彼を追い散らした後、いつのまにか引きかえしたシュミレが息を荒くつきながら言った。
……何にしろ、これで王国からの疑いは晴れ、《黒の大鷲》に関わる全てのことは終わりをつげた。僕にとっても、彼女達にとっても一つの区切りになったと思う。
三人並んで遺跡を眺め、少しの間沈黙した後、ぐっと背を伸ばしてシュミレは言った。
「変わっていかなきゃね……アタシも。うん、それじゃあ改めて、これからよろしくお願いね……ええと、ご主人様?」
「な、何だよそれ! やめてよそんなの!」
つい素に戻ってしまった僕がさけぶと……シュミレはなにが悪いのか分からないと言った風にきょとんとする。
「え? だって、ヨルやアサにも、主様なんて呼ばせてるじゃないの。てっきり、そういうのが好きなんだって思って」
「違うってば!! それは彼女達の方から……」
なんとか言ってよと、目線で助けを求めてみたものの、メリュエルは口元を袖で隠し……何とも言えない視線で僕を見るのだ。
「どうなんでしょうね? 私には殿方の好みは分かりかねますが、ご安心ください。あなたがどんな趣味をしていようと、いったん決めたことをひるがえすつもりはありませんから」
「そーそー。呼び方なんてなんでもいいの。これからまた、あんたから、アタシ達を呼んでくれるんだから……アタシは、それが嬉しい」
そう言って彼女は、僕の腕を強く抱きしめる。
しっかりと腕の力は戻ったみたいで、それは良かったけど……元の関係よりずっと距離が近づいてしまったのは、ちょっとこれは恥ずかしい……。
「あの、そんな風にしなくたって僕は逃げないから……少し離れない? ねぇ、メ、メリュエル……近いよね?」
「ふふ……。諦めて、ちゃんと真正面から気持ちを受け止めてあげなさい」
「そーよ。あんたから言い出したんでしょ……もう絶対、離れてあげないんだから」
弱った僕を見て、そんな風にメリュエルは口に手を当て淑やかに笑い、シュミレは満足そうに口角を吊り上げる。
……正直、リオの言った不穏な言葉に不安を感じている自分はいるけれど、今だけでもその笑顔は僕が感じている憂いを吹き飛ばしてくれるもので、自然と僕の顔もほころんだ。
「それじゃ、帰ろう……僕らの街へ」
並んだ僕とシュミレの後に、メリュエルが続き……木々の隙間から吹く風に穏やかに包まれて帰路をたどりながらふと、僕は左手の刻印を眺める。
――きっと、僕自身の力だけじゃどうにもならなかった……。
リゼとの出会いから、王都での冒険や伯爵との戦いと今まで……もしかしたらそれ以前も。
人知れずこの力は、僕のことを守ってくれていたのかも。
これが僕の生まれと関係するものだとしたら、いずれ過去と向き合わなければならなくなるかも知れないけど、今はただ感謝するばかりだ……。
(……ありがとう)
誰にかはわからないけれど僕はなんとなく、刻印を見て心の中でつぶやく。
するとそれはうっすらと光を帯び、これからの僕達の歩む道を祝福するようにきらきらと瞬いて返してくれたように見えた……。
・面白い!
・続きが読みたい!
・早く更新して欲しい!
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