◇忘れ得ぬ罪(シュミレ視点)
目の前で繰り広げられている戦いに、私はなにかをずっと刺激されている。
男から渡された剣をにぎりしめる手が熱く……ふるえる。
「ギャハハ! こういうのォヨォ、待ってたんだよ俺は! 死がそばにせまるこの高揚、たまんねェッ!」
赤黒い髪のテッドという男が目を血走らせ、嬉々として巨大なゴーレムと斬りあっている。並の魔物ならとっくに始末していただろう。
だがこのモンスターは、時間を置くと再生する……どうしてこんなことがわかるんだろう。
一度斬り飛ばした腕が徐々に根元から盛り上がっていくのを見て、男はさらに獰猛に笑った。その姿を見る度に私の、斜めに入った体の傷がうずく。
「……シュミレ、私達になにかあったらすぐ、フィルシュの元へ走りなさい。聞いていますか?」
「…………え? あ……うん。わ、わかった」
メリュエルは目の前の狂ったように四つ腕を振るうゴーレムの攻撃を光の盾ではばみながら、テッドの体を癒し続けている。
「しかしあの男、やはり魔剣所持者というだけはある……SSクラスのボスと単独で渡りあうとは……」
――当り前でしょ、あいつは……あたしを殺しかけた男なんだから。
「……ぅ」
頭の中に一瞬雑音が走り、私は額を押さえた。
動悸が早くなり、心臓が激しく脈うつ。
――何をやってんの? 早く斬らないと。斬って、斬って、殺して、殺して。そうでないと……。
手の中の剣がチキチキと鳴り、私の頭の中の声は大きくなり、知らないはずの光景が頭に浮かんで来る……。
――……十二、三位の年の頃、アタシはあの男の元から逃げた。
アタシはこの身体と剣だけ抱いて、街を渡り歩いた。
殺す相手には困らなかった。男は馬鹿だ……こっちが女で一人とみると、手籠めにすることしか考えない。そんな奴らからは殺して、うばっても誰も怒らないし、困らない。
数か月が過ぎ、アタシは路地裏に身を潜めてその日の生贄を待ってたんだ。
『……どうしたの? 君……冒険者?』
そいつは、気が付くとアタシの近くにいた。
緑色の頭をした、さえない少年。
見るからに貧相な服装。
警戒をいだく必要すらない、雑魚だとわかった。
『……死にたくないなら、金を出しな』
アタシは剣を鞘走らせ、少年ののどもとへ突きつける。
だが、そいつは怯みもせず、ぽかんとした表情でこたえた。
『お金が稼ぎたいんだ? なら、僕達のパーティに入らない?』
何を言っているんだ、こいつはと思った。
アタシが少し剣を動かせば、大量の血があふれ出しこいつは絶命するだろう。
なのにこいつは、両手を上げたまま落ち着いた瞳でこちらを見ている……真正のバカか。
その時、路地の入口からさわがしい音がした。
『おいいたぞ! 兄貴の腕を飛ばしやがったあの女! こっちに来やがれ!』
大柄な男が憤怒の表情をのぞかせ、アタシは舌を鳴らしてそっちに剣を向けようとしたが。
『……逃げよう! 《ヘイスト》!』
『あん!? ちょっと離せって!』
少年はアタシを引っ張って路地裏から駆け出す。
なんらかのスキルを使ったのか、足が軽く、飛ぶような速さで走れる。
不思議なことに、つかまれた手のひらからは、嫌悪感は感じず……ただ暖かかった。そのまま男達を巻くと、少年はまたにっこりと笑う。
『どう? さっきの話考えてくれた?』
『……何考えてんだ。アタシは犯罪者だ……あーいう奴らに追われてるのを見たらわかんだろ』
『でも、僕の見た感じ、さっきの人達の方が悪い人に見えたよ。きっと何か、理由があったんでしょ?』
『……だったら、許されるのかよ』
アタシは、大勢の人を手に掛けた。
たいがいは悪党だったけど、そうでない人もいたかも知れない。
かと言って、罪を悔いて自分から命を絶つような気もない。
こんな人間が、今更なにをできるって……。
『……間違っていることをしたと思うんだったら、その分他の人を助ければいいんじゃないかな?』
『あ……?』
少年は足を止めて振り返り、手を広げて言う。
『僕ら冒険者には、色んな仕事がある。困ってる人を助けて、魔物を倒したり、ダンジョンの中に入って得た魔石だって、多くの人が生活に使う魔道具のエネルギーとかになったりする。色んな人の助けになれる仕事……それが冒険者だ。だから君も……』
――バキッッ!
思いっきりぶん殴ってやった。ムカついたから。
『綺麗ごと抜かしてんじゃねぇよ。そんなぼろぼろのなりして、何が人を助けるだよ。自分一人すら助けられてないじゃん……そういうのが一番腹立つんだよ。じゃあね、甘ちゃん』
いい感じで鳩尾に入ったからもう聞いていない気もしたけど、アタシはその場から背を向けて去ろうとした。
『……っつ……すごい身のこなしだ』
マントをつかまれ、アタシは驚いて振り向く。
そこらの男なら悶絶する位の殴打を受けたのに……少年はけろっとした顔で立ち上がり、再びアタシの手を取った。
『やっぱり君は冒険者の才能あるよ! ぜひ君の力が必要なんだ、お願いだ! 一緒に来てよ!』
真正面から少年は、こっちの瞳を見つめる。
――必要っていう言葉をその時始めて言われて……その手を振りほどくことが、出来なかった。
『……もし、なにかしようとしたらあんたも仲間もぶった切ってやる。それでもいいの?』
『大丈夫だよ、みんな頼りになる、すごい奴らなんだ! それじゃ一緒に行こう!』
こいつがもしかしたら、何かを変えてくれるのかも知れない……。
そんな予感を抱いてアタシはこいつに連れられ、《黒の大鷲》という冒険者のパーティーに加入することになったんだ。
――それからの日々は飛ぶように過ぎて……四年か五年経ってアタシ達のパーティはSランクへと登りつめたけど、もうそのころには色々なことが取り返しがつかなくなっていた。
一年か二年目くらいまでは、わりとうまくいってたように思う……。
リーダーのゼロンも今ほど横柄で暴力的じゃなかった。
火魔法士のリオも、気位の高い所はあったが、必要以上に他人をこき下ろすようなことは言わなかったはずだ。
アタシはそんな中、元々持っていた剣技を、さらに磨いていった。斬る相手はいくらでもいた……対象が人間から魔物に変わっただけの話だから。奴らは斬っても斬っても湧いてくるし、殺しても誰からも憎まれない。アタシにとってうってつけの発散相手だった。
『――本当に君が入ってくれて良かった。ありがとう、シュミレ!!』
そんなアタシを、あいつは無邪気にほめた。シュミレは強いねと、頼もしいと言って笑った。
少しだけうれしかった……。そして同時にこいつを強くしてやろうと思った……死なないように。
でもアタシは、上手い鍛え方を知らなかったから、必要以上にあいつを痛めつけた。それでもあいつは笑っていたので、ほっとした。
でも、月日が流れ、人も関係性も変わってゆく。
メリュエルが加入して、より安定性の高いパーティーとなったあたし達は、来る日も来る日もダンジョンに潜り続けた。生き急いでいたと言っていい程に、より強い魔物を、より高いランクのダンジョンを求めて国中を回った。
どんどん暮らしは贅沢になって、皆が歪み始めた。
ゼロンは、あいつを役立たずと言ってひどく差別した。
リオも、どんどん見下した態度を取るようになっていった。
メリュエルも、冷たい瞳で見るだけで、なにも言わなかった。
あいつ自身も、最初会ったときのキラキラしてた目から、光を消した。
『――へらへら笑ってないで、文句があるなら言ってみなさいよ!』
『……何も無いよ、僕は。ここにいられるだけで満足だよ』
炊きつけても、あいつは何も言わない……アタシは本当はあいつが強いことを知っていた。
あいつが怒れば、なにかが変わると思ったけど、何もあいつはしない。
文句ひとつ言わず、ずっと縁の下でアタシ達を支え続けた。
ゼロンがあいつを切ると言い出した時、アタシは、内心安堵した。
あいつはアタシ達といない方が幸せだとそう思ったから……忘れられない位に手ひどく追い出して、二度と会わないですむようにしてやろうと思った。
――そしてあの日、アタシ達はあいつを……フィルシュを《黒の大鷲》から追放したんだ。
……予想通りあっという間にパーティーは崩壊した。
自尊心の強いあいつらはそれを認めようとはしなかったけど、フィルシュがこのパーティーの要石だったことは明白だった。メリュエルだけは分かってたみたいだけど。
最後のダンジョンで、ゴーレムに殺されかけているとき、アタシはぼんやりと考えていた。アタシ達はあいつに甘え過ぎたんだ……強くなっていたのは、アタシ達じゃなかったんだと。
――ごめんね、フィルシュ。
最後の時、剣が砕かれたアタシはみっともなくその場にはいつくばって、そんなことをつぶやいた。
もっと早く、謝って、一緒にこのパーティーを出ようって言えばよかったのに。
あの日あいつがアタシの手を引いてくれたみたいに――……。
――――――。
「――シュミレ! しっかりして! 戦いは続いているのですよ!」
メリュエルが手を引いて、アタシはハッとする。
周囲の気温が上がり、首を汗が伝う。
斬っても斬っても倒れないゴーレム。
赤黒い髪の男も、目付きこそ猛々しいが、大分肩で息をしている。
何より魔力がもう残り少ない。
フィルシュはまだ、魔人になったとかいうリオと戦っている。
目の前の男が死んだら、次はアタシたちの番だ。
メリュエルはアタシを庇うだろう……でもきっとそんなに長くはもたない。
前回アタシを助け出した時、この女が何をやったかはわからない。けど、二度も同じ方法で逃げられる保証はない。
胸の中で何かが燃え上がる感じがした。
――謝りたい……。
今、戦ってる後ろのあいつに、伝えるべき言葉を、伝えたい。
でもそれを目の前の障害が、それを許してくれない。
――ガツン! ガン! ガン!
アタシは足元の地面に剣を叩きつける!
メリュエルが目を丸くして見ている。この女の驚く顔など、そうは見られない……少し、気分が良くなる。
腕に力が戻って来る。ああ、久しぶりだ、この重み。
剣……命をうばうための得物、物心ついてからずっとかたわらにあった、冷たい半身。
全て思い出したアタシはそれを手に駆けだす。
今の自分の、本当の望みを叶える為に――。
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