キモノ談義
徐々に通常運航にもどりだしたギルド運営の合間をぬい、ダークエルフ邸に戻った僕を出迎えてくれたのは、ネリュの元気な笑顔だった。
「――おとさ~ん! おかえりなさい。どこいくの?」
「ネリュ、ただいま。お庭に行くんだけど、ネリュも行くかい?」
「うん!」
僕は彼女を抱きあげ、すっかり我が家のようになったの屋敷の庭に顔をだす……久々にシュミレの部屋をたずねたけれど、メリュエルが言うにはアサが連れていったらしいとのことだったから。
アサは面倒見が良くて、僕らがレキドに行っている間もずっとシュミレのことを見ていてくれたらしい……ネリュの世話も良くしてくれているみたいで、頭が下がりっぱなしだ。
――あ……いたいた。
どうやら二人は外で日光浴がてら、お茶をしているようだった。
「フィルシュ! ネリュも、こんにちは!」
こちらを見つけたシュミレがニッコリと笑う……どうやら調子は良さそうだ。
「あら、お二人とも……ごきげんはいかがですか?」
アサがパッと顔を明るくし、シュミレの隣の席をすすめてくれた。
「上々かな。二人も楽しそうだね。僕らもお邪魔させてもらってもいいかな?」
「ぜひどうぞ!」
彼女は僕らにすぐにあたたかいお茶を用意してくれて、穏やかなお茶会が始まる。
「フィルシュ、見て……私、すこしずつ腕が動くようになってきてるの!」
シュミレはうれしそうに、わずかにお茶の入ったティーカップをふるえる手でゆっくり持ち上げて降ろすと、その手を差しだしてみせた。
にぎってみると、まだ弱いけど、確かに力がこめることができている……。
目を細めてよろこんでいる彼女は、幼いころに戻ったような感じで微笑ましい。
「本当だ、大分良くなって来てるんだね」
「うれしいな……もうすこしで着替えとかも自分でできるようになると思うの」
「楽しみだね、うん、頑張って……。ところでこれって……キモノの生地かな?」
僕が指さしたテーブルの上には、精密に折られた、色々な種類の生地がひろげられている。
微笑みながらこちらを見ていたアサのひざの上に、ネリュがピョンと飛び乗り、彼女はその頭をなでながら質問に答えてくれた。
「そうなんです! 非常時の為に、集落の外に保管庫を作っていて、そこから先日運び出して来ましたの。他の皆様にはどのように映るのか、シュミレさんに少し感想を伺っていまして……主様も見ていただけませんか?」
「どれどれ……もしかして、商品にして売り出すつもりなの?」
「はい……実はわたくしたちの中にも機織りが得意な者が何人かおりまして……町長さんに相談したら、街の特産品としてぜひ売りだしてみたいと」
「おぉ~……いいことじゃないか! 無理のない範囲でやってみるといいと思うよ!」
「ありがとうございます……そこで女性の方々に、どのような生地が好まれるのか、お聞きしているところなのですが、男性目線だといかがでしょうか?」
彼女は花や格子など精緻な細工で彩られた一つ一つの生地を指しながら種類を説明してくれた。
「チリメン、ハブタエ、メイセン、リンズ、ドンス、シャなどなど、織り方によって色々と生地に特徴が出て来るのでございます」
「へぇ~……」
「きれい……」
ネリュも口をぽかんと開けて見つめている。
表面に立体感のある物や、つるっとしたもの、模様もさまざまあり、なんと言うか一つの芸術品みたいに思えてくる……でも、僕の目ではどういう物が好まれるのか、今一良く分からないんだよな。
「う~ん、すごいね。シュミレはどんなのが好き?」
「私はね、このハブタエっていうのが好き。花の柄が浮き上がって、ツルツルして綺麗なの!」
手渡されてさわってみると、なるほど……。作成の工程や糸の種類かな……たしかにそれぞれ分厚かったり薄かったり、やわらかさなんかもそれぞれ差があるようだ。
でもこれは……。
「すごく綺麗だけど、手間がかかってそうだね……」
「そうなんです……一着分の生地を織るだけでも一月は。ですから販売しようとなると、当面先になってしまうかと……」
確かに今いるダークエルフの人たちが総出でかかっても、一月数着分がせいぜいだろう。在庫の積み上げも中々大変そうだし……値段も高くせざるを得ないから、販売は難しいかも。
僕としては彼女達がこのままここにい続けてくれているのは全然構わないんだけれど、もし森に帰りたいというならば、また新たな住居なども立てなければいけないんだろうし、先立つものが必ず必要になってくるだろう。色々働きには出ているみたいだけど、それだけでなく、できる限り財産を作る手助けはしてあげたいところだ。
少し残念そうな彼女に、僕は思い付いたことを口にしてみた。
「衣服じゃなくて、もっと小さなものでもいいかもね……ハンカチや、財布とか。目立つ柄も多いんだし、そこまで形をととのえる必要もないような色んな女性の小物とかを再現してみるのはどうかな?」
「なるほど、それならほぼ生地を加工する手間が小さくて済みますものね……さすが主様、頭の回転が速いですね!」
あれ、褒められてしまった……こんなので良かったのかな?。
まぁ町長さんはやり手だし多分大丈夫。無理そうならちゃんと止めてくれるはずだ。
「ねー、ネリュも、アサとおなじきれいなの、きてみたいな……」
「ごめんねネリュちゃん、子供用のものは持ってこれなくて……また今度作るから。あっ!」
むずかしい話が嫌になったネリュがそこで口を出し、表情を輝かせ僕の手をつかんでいたアサは顔を曇らせたが……なにか思いついたのか、再び彼女は顔を明るくして僕に詰めよった。
「あっ、そ、そうです、よろしければぜひ主様もキモノをお召しになってみませんか? とても似合うと思いますよ!」
「ええっ? だって僕、男性だよ?」
「フィルシュに女装させるの!? ぷっ、それちょっと見てみたいかも……」
「いやいややめてよ……子供とかならまだしも」
シュミレが小さく噴きだし、僕はあわてて抗議する。
「確かに、それはちょっと私も気になりますが、もちろん男性用のものもございますから! 女性用ほど華美ではありませんが……この辺りでは見かけませんし、皆さんが注目してくれると思いますよ?」
アサがじーっと期待のまなざしをしたまま、僕の言葉をまつ。
困ったな、あんまり目立つのは好きじゃないんだけど……。
とまどう僕は隣のシュミレに苦笑いのまま話しかける。
「ぼ、僕なんかが着飾ったって、しょうがないよね……?」
「う、ううん……私もちょっと見てみたいかも、フィルシュがこういうの、着てるところ」
「あぃ! ネリュもおとさんのかっこいいところ、みたいっ!」
すると彼女は顔を赤らめてそんなことを言いだし、ネリュもそれに賛同したもんだから……アサの赤い目がきらりと妖しく光る。
「ふふふ、では決まりですね! お二人ともこちらに来られませ。しっかり二人にあったキモノを選ばせていただきますから……逃がしませんよ!」
「ええっ!? ちょっと僕、仕事あるんだけど!」
「まぁまぁまぁすぐ済みますから♪」
僕とシュミレはアサにずるずる引きずられてゆく。
彼女は自分が着るのも着せるのも好きなのか、ひどくご機嫌な様子だ。
(仕方ないや、急ぎの仕事もないんだし、ここは気の済むまでやらせてあげよう……ヨル、リゼ、ごめんよ……)
こうして僕は、ギルドへ戻らないのに気をもんでいるだろう二人に心の中で謝罪しながら、屋敷の中に手を引っ張られていった。
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