新たな家族と、仲間と
その後、一度レキドに立ち寄り、食糧や上手く移動できない人の足がわりに馬車などを購入して、やっとクロウィへと帰還した僕達。
僕らがレキドに行っている間……ダークエルフ邸にはやはり暗殺者が仕かけて来たらしいが、ヨルやアサがうまく処理をしてくれて、フェルマー伯爵の兵士や冒険者達の助けもあったことで被害は出さずにすんだとのことだった。
クロウィの有力貴族――フェルマー伯爵は僕らの報告を聞いてすぐに腰を上げてくれたようで……今レキドの北にあるコーンヒル伯爵の物であった城には、王国の使者と共に多くの兵士が送られ、事後処理を進めてくれているらしい。
今後、一帯の領地を誰がおさめることになるのかはわからない……けれど、メリュエルが提出してくれた資料からは、多くの不正があばかれるはずだとフェルマー伯爵は言っていた。贋魔剣なんてものもあったしね。
コーンヒル伯爵の下に着いていた貴族たちは責任をとわれ、大きく領地を没収されたり、家を取りつぶされたりするだろうとのことだ。貴族の世界も本当にきびしい。
――そして今僕はダークエルフ邸の自室で、あの黒髪の少女をひざにのせてぼんやりとしている。
この少女は、どうやら親に売られたらしく、身寄りもないので僕らの所であずかることになったのだ。
年齢はわからない……見た目七つか八つ位なので、今後のこともあるだろうし、彼女には悪いけど助けた日付で七つということにしておいた。
僕達は悩んだすえに、やはり伯爵に付けられた名前とは違う名前を彼女につけることにした。
なるべく、あの城でのことは早く忘れた方がいいと思ったから……。
いくつか候補を選んだ上で彼女自身に選ばせることにしたのだけど、結局彼女が選んだ名前は……ネリュという名前だった。
理由は、なんとなく僕の呼び名と語感が似ているから、ということらしいのだが、似てるかな? 彼女の感性は良く分からないや。
そして……今は目を閉じているけれど。
彼女の特徴は、どうやらその左目にあったようで。
――漆黒の瞳……魔人が有していた、瞳孔だけが白く他は真っ黒なあの瞳……フォルワーグさんが呪眼と呼んでいたものだ。
どうして彼女がそんな瞳を持って生まれてきたのはよくわからない。
彼女の記憶では少なくとも母は、普通の外見をしていたようだから……。
彼女の瞳を見て、メリュエルは現時点ではなにも言わなかった……《ラグラドール山》で魔人が出現したことについて知っているのかは分からない。折をみてたずねてみようかとも思う。
膝の上の少女が身じろぎして、うっすら目を開け……手を上に伸ばす。
「ふぁ……。おとさん、ネリュおきたよ」
「うん、どうかした……?」
そして彼女は僕を、お父さんと呼ぶようになってしまった。名前で呼ぶように言っても聞かないし、もうなかば諦めている……ずいぶん大きな子供が出来ちゃったもんだ。
まんまるの瞳でじっと見つめてくる様子は可愛らしく、つい頭をなでてしまう。
「きもちいー。おとさんだぁいすき」
「うん、僕もネリュのことは大好きだよ」
ぎゅっと抱きしめると、ネリュはきゃっきゃっと嬉しそうに足をばたつかせる。
うう……子供って可愛いなぁ……柔らかい手とか、ぷくぷくのほっぺとか、ずっと抱きしめていたくなる。
少しばかり親代わりになった気分を満喫していると、こんこんとノックの音がひびいて誰かの来室を知らせたので、僕はネリュを下ろし扉を開ける。
そこにいたのは、ポポとレポと、年若い少年だ……誰だっけ?
「おっす。この兄ちゃんがさ、改めてフィルにお礼を言いたいんだって」
「中々の律儀者で感心ですぅ」
「あー、おねえちゃんたちだ」
ネリュが楽しそうに走ってポポに抱きつく。
なぜか青髪のレポが偉そうに胸を張るのを、ポポがたしなめ、一人の少年が僕の前に歩み出してくる。ところどころで体をつつむ薄青い鱗が特徴的だ。
肩にかかるくらいの濃い青色の髪と、とても美しい面差しをした……僕よりいくつか年下の彼はザッと足元にひざまづいた。
「このたびは、助けていただき感謝の念にたえません。ボクは、ラグリアス・ルーヴェスタスという……あなたたちからすれば、竜人と呼ばれる種族に当たるものの末裔です」
「りゅ、竜人?」
僕は話にも聞いたことがなく首をひねる。
すると、少年はすこし悲しそうな顔をして微笑んだ。
「知らぬのも無理もない……いまや竜人はかつての栄華を失い、絶滅の危機に瀕している種族の一つでありますから……」
「そうなんだ。もしかして、人間達にとらえられたりして……?」
「いや、それは直接の原因ではなく……竜人族はエルフなどよりもよほど長命だが、あまり繁殖欲がない種族なのです。よほど気に入った相手でないと子孫を残す気にはなれないから、一族の宿命なのかも知れません」
「そうなのか、知らなかった……ごめんね」
成程……そういう種族があるなんて知らなかった。
自分の不勉強をはじる僕に、彼は優しくかたりかける。
「竜人族のしきたりでは、ある一定年齢に達した時、里を離れてつがいを探す旅に出なければなりません。そうして各地を放浪していた時に、賊に目を付けられてしまいまして……魔力を封じられ、力を出せないまま檻に閉じ込められてしまったのです」
「そんなことが……」
長命の種族の多くは強大な魔力を持っており、その生まれに誇りを抱いている。そんな彼らが人間にいいようにされて、さぞ心を傷つけられたことだろう。
「さあ、立って。ここには君を傷つける人はいない。自分の家に帰るもいいし、しばらく旅を続けるのも……もう、自由なんだ。だから自分の意志で行動していいんだよ」
僕は彼の手を取って立たせ、元気になって欲しいと思いをこめ肩をたたいた。
すると彼は僕の瞳を見つめてつぶやく。
「……本当に心の美しい方ですね、あなたは」
「いやいや、そんなこと……普通だと思うけど」
吸い込まれそうな蒼い瞳だ。リゼリィの空色やメリュエルの濃紺のものとはまた違う、紫がかった瑠璃のような綺麗な目。
「ならば……あ、兄様とお呼びさせていただくわけにはいきませんか!?」
「え……どういうこと?」
「その、尊敬を込めてそう呼びしたいと思うのですが、だめでしょうか……」
なぜだか、少し顔を赤らめてうつむきながら少年はそんなことを言った。
こうしてみると、そこらの女の子よりよほどそれらしく見えるような……いやいやいや。
なにを考えてるんだ……たぶんちょっと疲れが残っているに違いない。
僕は眉間を揉みながら手の平を前に出した。
「……駄目、でしょうか?」
「いや、でももうそんなに会うこともないだろうし……」
「えっ……ボ、ボクはここを出て行かなければならないんですか!? まだあなたになんの恩も返していないのに……! お、お願いです……ボクもここに置いてください! 何でもさせていただきますから……命を救われた恩人に尽くさないなど、竜人の名がすたります!」
なんかちょっと前に同じような話を聞いたような気がしたけれど……君がいいならそれでいいんだけどさ。
地面に平伏してまでお願いしだした彼は、絶対に折れそうになく、仕方なく僕はそれをみとめた。
「わかったよ、それじゃこれからいろいろ力を貸してもらう。よろしくね、ラグリアス」
「……兄様! ボ、ボクのことはぜひラグとお呼びください……なんでも申し付けてくれて構いませんから! ね、君達もよろしく!」
ラグは顔をぱっと明るくして僕らに握手を求める。
彼には何となく人をひき付ける雰囲気のような物があるし、街にのこる亜人の人達の取りまとめ役を任せることもできるかも。色々頑張ってもらおう。
「は~……さすがフィル、本当にたらしだな」
「このままだとそのうち街中がフィルの信者だらけになりますぅ……」
「あのねぇ……二人とも」
「……む、おとさんは、わたさないんだもん」
誇り高い竜人の変わりようを見て、ポポとレポはこそこそとささやき合い、そしてなぜだかネリュはラグの握手をほおを膨らまして可愛く拒絶する。
「お~ネリュあたしらも負けないぞ! ってことで、ラグはここまでな~」
「今日はあっち達がフィルに奉仕するんで、ラグはさっさとどっか行くですぅ」
「お、おいちょっと……キミたち……ひどいぞっ!」
ラグはパワフルな姉妹に扉の外に追いやられ、二人は僕の隣に駆け寄り、ペタッと引っ付いた。
「ん~、やっぱフィルのそばは安心するな♪」
「あの、あっちらがいなくなって、寂しかったですぅ?」
「……そりゃ、まあね」
腰を両側から挟み込むようにした彼女達が期待の視線で見上げて来て、僕はちょっと照れながらそう答える。
すると彼女達は僕を両側からぎゅぅっと抱きしめ、「やっぱあたしら」「フィルのそばが一番ですぅ!」と破顔した。
「おねーちゃんずるい! ずるい! おとさんはネリュのおとさんなのっ!」
「あ~もう、けんかはしないの……」
そんな二人にネリュはやきもちを焼いて周りを飛び回ったりして、結局その日は三人に振り回されっぱなしの一日を過ごす。楽しい一日はあっという間に過ぎ、その夜僕らはベッドの上で一塊になって、久々にぐっすりと睡眠を取ることが出来た。
忙しくはあるけど、幸せな日常がまた帰って来て……本当に良かった。
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