最後の後始末
もはや黒い汚泥の山のように成りはてた伯爵を僕は見上げた。
黒麻を大量摂取しすぎたおかげで、魔物のような姿になり果ててしまった奴はまわりの瓦礫をを取りこんで膨れ上がり、城の壁の一部を打ちくずして外側にまであふれ始める。
ふれた石壁や地面がシュウシュウと音をたてて溶けだしてゆく……強い酸性でもあるのであれば、危険だ。
まだ城の中にはリゼ達がいるし、大勢の人達が眠ったままだ……触れさせるわけにはいかない。ここで留めないと……。
「《混沌の暴風域》!」
風刃を伴う大竜巻が、黒いスライムと化した伯爵を閉じ込め、切りきざむ……。
「グ――――――――ゥ……」
触手が断ちきれ、発声器官などどこにあるのかよくわからない黒スライムは、くぐもったうめき声を上げた。
とりあえず移動は阻止できてるけど……本体はいくら切りきざんでも再生するばかりで、ダメージが与えられている様子はない。
「この方法じゃ駄目か……」
もしこの元伯爵がスライムなどとおなじ構造を持っているのだとすれば、体内のどこかにある核をつらぬくか、もしくは火で燃やす、凍らせるなどの攻撃が有効であるはず、だけど……。
あれだけ切って当たらない所を見ると、核のサイズはかなり小さいものだと思う。そして僕は火属性の魔法も氷属性の魔法も使うことが出来ない。このまま風で閉じ込めておくことは出来るけど……決定打にはならないな。
どうするか……。
「――フィル!」「――フィルシュ君!」
伯爵の手下と戦っていたはずの二人が、後ろから走り寄って来たのでふりむく。
どうやら無事倒してくれたみたいで……本当にほっとした。
「二人とも……けがは?」
「多少は負いましたが、問題ないです!」
「私もよ……でも、あれ……一体何なの? 伯爵が飼ってた魔物とかじゃないわよね?」
リデルさんがずれた眼鏡をかけ直す。
「伯爵が、違法な薬を大量摂取して変身した姿です。もう多分、意識も無いでしょう……」
「……悲しい末路ですね」
リゼがそっと目を伏せた。
彼女は優しいな……。
たしかに、時折はなつ叫びは、苦しんでいるようにも聞こえるけど、今まで多くの人を虐げて来たあげくの最後だから、僕は同情はできない。
これ以上の被害を防ぐためにも早く倒さないと……。
「リデルさん、疲れている所すみませんが、土魔法でスライムへ有効な魔法って何かありませんか?」
僕は風で城の外へ奴を押し戻しながらたずねた。
「え、え~と……う~んと。《マッド・プール》で動きを阻害するとかは得意だけど……《サンドストーム》で水分を奪うとか……? え~と……」
しどろもどろになりながらうろたえるリデルさん。
やがて彼女は、ピンと一つ指を立てた。
「《アルター・ストーン》……物質を石に変換する魔法。だけどこれは本来、生物には効果が無い魔法だわ……自我がある対象の内部の魔力は操れないから」
「……やってみましょう。あの状態の伯爵にはもう意識はなさそうですし……」
見た所、あの黒スライムは周囲の物質を吸収してどんどん大きくなっているように思える。
あのまま放置すれば、この城だけでなく、近隣の街にまで壊滅的な被害を及ぼしかねない。
「僕が《マナ・ブリーズ》で周囲の魔力をどんどん吸いあげますから、リデルさんは魔法をどんどんかけ続けてもらえます?」
僕は彼女に手を差しだす。
「わかったわ……えいっ!」
だが、彼女はそれを取らなかった。
その代わり、思いっきり体をぶつけて、背中を預けてくる。
リゼの眉がぴんと吊り上がるのが見えた。
「集中したいから……ちょっと抱きしめててくれる?」
大胆なことをいきなり言う彼女だが、その目は真剣で断れそうにもない。
僕はやがて彼女の肩口に手をまわした。
「……わかりました。え~と、こうでいいですか?」
「もっと強く」
彼女の艶のある茶髪が顔に当たり、心拍数が上がるけど、そんなことを気にしている場合じゃないよな……。
要求に従うと、ようやく満足したようにリデルさんはうなずく。
「うん、それじゃ……行きましょう……!」
リデルさんとの二度目の合成魔法……。
「「《蛇神の銀鼠城》!」」
さきほどよりスムーズにそれは発動し、魔法で拡大した石化効果により、スライムの体が地面と接している部分から徐々に灰色の石材へと変わってゆく。
だが、リデルさんの顔にたちまち汗が浮かびはじめる。
「ううっ……きつい!」
「頑張って!」
こっちの負担もなかなかだ。《マナブリーズ・ダブル》をかけながら、黒スライムを一定地点に固定し続ける為に、巨大な《トルネイド》でスライムを中心へと引き寄せつづける。
ビキビキ、ピシピシピシ……。
細かな破片の砕ける音が何重にもひびき、元伯爵の抵抗を伝えてくるが……諦めるわけにはいかない!
「くっ……うぅぅぅぅううううっ!」
「もう……少しだっ……耐えてください!」
彼女の体を強く抱きしめながら、なんとか詠唱を維持する。
これだけの広範囲だ……周りの魔力が補充したそばから薄まっていくのを肌で感じながら、必死に彼女をささえる。リゼも、こちらが上手く行くように祈ってくれている。心なしか、いつもと雰囲気が違うような……?
――そして……数分後。
「……お、終わった、の? ふ~……」
リデルさんが息を吐きだし、くたっとくずれ落ちた。
目前にそびえ立つのは、石になった巨大なゼリーのようなオブジェ。
もう微動だにせず、城と同じような大きさのそれは、沈黙したまま僕らを見下ろしている。
「わ、私……やれたんだ」
「ええ、お見事でした……さすが、僕の先輩ですよ」
「ううん……君が助けてくれなかったら、どうにもならなかった。本当に、強くなったんだね、フィルシュ君」
そう言うと彼女は真正面から僕を抱きしめた。レキドにいた頃は、彼女にみっともない姿ばかり見られていたから、少しは安心させられたのかな……。
「こほん! ……お二人とも。ここへ来た目的をお忘れなく」
ちょっと感慨に浸ってしまった僕らを現実に引き戻したのは、リゼの咳払いだ。
「わわっ……そ、そうね! フィルシュ君、仲間達を助けないとね!」
「で、ですね! さあ、城内を捜索してメリュエルと合流しましょう!」
そりゃそうだ。あわてて僕達は体を引きはがすと、お互い後ろに後ずさり、ぎくしゃくした足取りで城に戻り始めたけれど……隣を歩くリゼから感じられるのは重た~い空気。
「あの、リゼ。その……怒ってる?」
「怒ってません♪」
彼女は、ニッコリしてそう言ったけれど……いや、その笑顔は笑顔じゃ無いでしょう――怖いよ!
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