◇あの人の力になりたくて(リゼリィ視点)
眼前の男はどこからともなく二本のナイフを取りだし構えて禍々しい薄笑いを浮かべる……。
「かかって来ないのか? ならこちらからいくぞ……」
「くっ……」
恐ろしいほど静かに走りながら、男は二本の刃を自在に突きだしてきた。
速い……フィルの支援魔法があるおかげで、なんとかかわすことは出来るけど……。そしておそらく、この匂い。
嗅いだだけで背中がぞわりと泡立つ。
「毒……ですか」
「伯爵様と違い、そちらの趣味はないのでな。とっとと死んでもらう……お前も、後ろの女も」
ビガーニはズレた眼鏡の位置をなおしながらリデルさんを指さす。
殺し屋の毒だ。かすりでもすれば命を奪われてもおかしくない。
「リデルさん、私の後ろに……」
「大丈夫……それに、相手はあいつだけじゃないからね。《ストーンスパイク》!」
リデルさんの詠唱で、再度出現した石のつららが、四方からビガーニとフードの男を貫こうとした。
「――ヤーソン、消せ」
「……《ディサイブルエリア》」
フード男の詠唱……それによりリデルさんの魔法は停止し、その場にぼろぼろと石くれになって崩れおちる。
「魔法を無効化した!?」
「そういうことだ。あの男は選択を間違えたな。先に潰すならこいつの方だったというわけだ」
どうやらヤーソンという男は特殊な魔法スキルの使い手らしく……《穏やかな大地の調べ》で眠らなかったのもそのせいなのだろう。
「つまり……お前が俺を倒せねば、どうしようも無いということだ。さあ、死ね」
ビガーニの濁った黒い瞳がすぼめられ、こちらへ再び向かってくる。
先程より鋭さの増した連撃が、一撃ごとにこちらの精神力をうばってゆく。
「っ、《ゴールド・スキン》……リゼリィさん、この魔法は多少の状態異常は弾くわ! なんとかそいつをやっつけて!」
「フン、いつまでもつかな……」
リデルさんの魔法により、私の体を金色の光が取りまき防御力が増したけれど、形勢はきびしい。
「行け、《ストーンショット》!」
「多少範囲を広げた所で同じ……《ディサイブルバレット》」
「あうっ……」
彼女はその後、相手のヤーソンという男と魔法を打ち合うが、苦戦しているのが声で分かる。
敵魔法士の周囲にリデルさんの魔法は届かず、そして、派手な威力は無いものの相手の魔法はリデルさんの防御を無効化して彼女の体力をけずってゆく。
「余所見とはいい身分だな、獣人風情が、身の程を知れ……」
「げほっ……痛ぅ……」
ビガーニの蹴りが私の体を弾きとばし、地面へと転がした。
悔しい……自分に力が無いことが……。
怖い……強い人と戦うことが。
彼の見下す瞳からつい目を背けてしまいそうになる……でも。
――戦わなきゃ。
フィルと一緒に旅を始めた時は、ただこんなすごい人のそばにいられるのが幸せだって思ったけれど。
でも次第にそれは私の中で、少しずつ重荷に変わりはじめている……。
――いつも守られているばかりでいいの?
――彼は私を、皆をいつでも助けてくれるけど、そんな彼を誰が助けてあげられるの?
強い自分になりたい。
いつでも彼の隣にいれるように……彼の力になれるように。
彼の背中を支えられるように……!
――私は立ち上がらないといけない……何度でも。
「寝転んでいれば楽に殺してやるものを……どうして立つ? お前では俺には勝てん」
「いいえ……勝ちます。フィルを悲しませたくないから……私は任されたことを、ちゃんとやりとげます!」
頭の中からすっと迷いか消えた。
今度はこちらから仕掛ける。
私の武器はこの二本の爪……手数なら、負けない!
「《幻爪・虎戯》!」
虎のように荒々しい連撃がビガーニの肩口を始めて切りさく。
「調子に乗りおって……《蛇牙追々》」
「《兎跳反転脚》ッ!」
ビガーニが逆手に持ちかえたナイフをくねらせ私を追い詰めるが、それに張り合うように私もスキルを繰り出す。鋭角に回避のステップを繰り出してからの三段蹴りが彼のこめかみを揺らし、同時に私の二の腕を刃がかすめた。
大丈夫……少し痺れるけど、戦えないほどじゃない。
「気に入らんな……」
「……何がです?」
ビガーニは嘆息し、顎をそらすようにして私を指さし見下す……これが彼のクセなのか。
「決まっているだろう……くだらん野人ごときがなぁ、我々のようなプロに張り合うなと言ってるんだよ。我々は仕事でこれをやってるんだ……お前らの気まぐれとは違うんだよ、責任がな」
「何ですって……」
「我々は仕事を完璧にこなし、対価を支払われるという契約の元に能力を行使している。お前らはちょっとした知り合いがいなくなっただけで、物見遊山気分で遊びにきただけだろう。そんな奴らが邪魔をするもんじゃない。後がつかえてるんだ……じゃれるなら、家に帰って犬猫とでも戯れてろ」
どこまでも……この男は自分以外の対象を異物としてしか見られないようだ。
当たり前のように他者の人生を摘んで、それを顧みることがないなんて……人として、狂ってる。
「あなたと話すのが無駄だということが、良く分かりました……」
「それはこっちの台詞だよ、オイ。時間が押してるんだ……もう終わらせるぞ」
濁った瞳をぎょろつかせると、男はなぜか走り込みながらナイフを投擲した。
(かわせば……!)
鋭い一撃だったが、一刀は体をひねって避け、一刀は弾く。
これで相手は無手……。
優位を確信した私が違和感を感じたのは、彼がなんの焦りも感じていなかったからだ。
――ザシュッ……!
「なん……で!?」
後ろから飛来した二本が、肩口とももを傷つけた。
ビガーニは戻って来たそれを再び両手に収め、唇を歪める。
「……ハハッ、油断したな。私の鴈魔剣だよ。《死蝶の羽》……常人を死に至らしめる毒と、手を触れずに自在に動かせるという力の、チャチな玩具みたいなものだが。……まぁ、こんな物でも相手の隙位はつける」
たたみかけるような攻撃が始まり、ビガーニは時にはナイフを両手から外し、変則的な攻撃で攻め立てる。さばき切れなくなった私の体に傷が増え始める。
「いくら魔法の加護があるとはいえ、そろそろ体が動かなくなってきたろう! すいませんが、我々の作業の完遂にご協力お願いしますよォ!」
「ぅあっ!」
身体がはね飛ばされ、地面を転がる。
四肢に……力が入らない。
「とどめだ……」
男がナイフを手の内で回転させながら面倒そうに歩いて来る……諦めちゃだめだ、動かないと……。
「――何の真似だ?」
「さ、させない」
私は驚いた……。
あんなにも、おびえていたリデルさんが目の前で手を広げて立ちふさがってくれていたから。彼女も後ろの魔法士の攻撃を受けてボロボロなのに……。
「お前もつくづく、無駄なことをしたもんだ。殺されると知って逃げたのはいいが、なぜ戻った? 部屋のすみで震えていれば良かっただろう。それがこんな所までノコノコと……行動に一貫性が無い」
「あ、あなたには一生分からないわよ……必要不要で何でも楽に切り捨てるあなたには。彼らは私も、仲間も誰も見捨てたりしない。だから私も、彼らになにか働きで返したい。そう思うことの何がいけないの……私達は人なの! 道具じゃない!」
彼女の足はがくがくと震えている。
当たり前だ……怖いに決まってる。
それでも彼女は私の前に立ってくれた……それなのに。
「もういい……これ以上理不尽なお前らの思考回路に付き合うつもりは無い。すぐにあの男も送ってやるから、地獄でせいぜいよろしくやるんだな。じゃあな」
ひょう、と男がナイフを投げた。
リデルさんの胸元にナイフが迫る……!
――動け、動け動け動け動け動け!
何でもいいから、手でも、足でも……いいから、動けぇッ!!
コ――――ン!
「何ィッ!?」
その時――甲高い鳴き声が響き、目の前を、光が照らす!
驚愕したビガーニの前に、姿を現したのは一頭の真白い狐だ……。
それは彼ののナイフを弾き飛ばし、こちらへ振り返った。
「……なんだ、それは」
男のつぶやきが、ぼそりと聞こえる。
私にもわからない……けれど、何となく神聖なものを感じて……私はもしかしてと、その名を呼んだ。
「フォトラ……様?」
頭の中に声が響く。
――『我が血脈を引き継ぎし者よ、来るべき災禍に備え、これよりほんの少しだけ力を貸し与えましょう』
「えっ……?」
そして、フワリと白い狐は私の元に飛び込み、私の体と同化した。
身体を暖かいものが包み、力が湧き上がる。
ビガーニの表情が苛立ちを超えて怒りを表し、その眉がひくついた。
「い・い・か・げ・ん・にしろっ! これ以上私の時間を盗むなァァァ! 即、死ねェ!」
地面に転がったナイフが浮き上がり、再びリデルさんを照準するが、もうそれを怖ろしいとは思わなかった。
身体が嘘のように軽くうごいて……私は空中でそれをつかみとり、砕く。
「は……!?」
呆気にとられるビガーニ。そしてリデルさんも目を丸くしている。
「リゼリィさん、そ、それ、大丈夫なの? 色が……白くなって」
「へ!? た、多分大丈夫だと思います」
見下ろしてみると確かに、髪や尻尾の色が変化しているようだけど……嫌な感じはしない。むしろ、非常にすっきりとした気分だ。
私は呆然としている彼らに宣告する。
「逃げるなら、追いません。私には今もっと大事なことがありますから」
だが、ビガーニは額に血管を浮かせ、激しく顔をゆがめだした。
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな! 私は失敗というのが最も嫌いなんだよ! 失敗すればそれは汚点として人生に刻まれる! 今、私はおろしたてのシャツを着て気分よく出かけた所をガキの泥遊びに巻き込まれた気分だ! 許容・不可! 汚物はァ、今すぐ漂白されろォォッ!」
憤怒の表情で飛び出したビガーニを私は可哀想な人だと思った。
きっと彼は、人々の笑顔の暖かさや、にぎられた手のぬくもりを知らないのだ。
それは私にはどうしてあげることもできないし、彼らに害された人のことを思うと同情する気にはなれない……ただただ憐れなだけだった。
「さようなら」
懐から新しく取り出したナイフを突き出したビガーニは、背後に回った私の動きをもうとらえ切れていなかった。
「ゴッボァァァァァァァ――!」
加減が良くわからないので、背中を軽く撫でただけだったのに、彼は勢いよく吹きとび、壁に体を勢い良くめり込ませ動かなくなる。
「ヒッ……ヒィ」
その後目を向けた私の魔力に当てられたのか、魔法士の男も白目をむいて気絶する。
それを確認したかのように私の体から力が抜けてゆき、それは左手に集まると、黒い模様として刻まれた……フィルの左手にあるものと似たような形で。
(お揃いですね……フィル。……神様、ありがとうございます)
私はそれを胸にあて、力をお貸しくださった神様に感謝を捧げる。
「…………。 あ、あの……リゼリィさん、なのよね?」
「はい!」
少しおびえたような表情で声をかけて来るリデルさんに元気よく答えた私。
敵は倒した……だけどまだ、全て終わった訳ではない。
「……あの、ありがとう。助けてくれて」
「いえいえ、お互い様です……さあ行きましょう。フィルが待ってますから……」
リデルさんが差し出した手をにぎり、その心地よさに安堵する。
そして私は仲間を守れたことと、彼との約束を守れたことを喜びながら、その場所から踏みだしたのだった――。
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