伯爵、変貌(へんぼう)する
二回りほど大きくなった伯爵の巨体が残像を残すような速さでせまりくる。
僕はそれをかわし様にメリュエルに言い放った。
「メリュエル! 城の二本の尖塔のどちらかだと思う! こいつに場所を吐かせて追うから、先に行って!」
「わかりました……!」
《リファレンスエリア》で当たりを付けた場所をメリュエルを向かわせると、僕は先程と同じように《環り裂くもの》を立て続けに放つ。
だが、今度は決定的なダメージが与えられない。
「グフォホホ……いやぁ、丁度いい刺激じゃ! だが、しょせん貴様ら薄汚い冒険者ごときが高貴なるわしに敵うわけがあるまいッ! それそれそれぃ!」
ガゴン……ボッゴォ……!
伯爵の攻撃が一薙ぎごとに城内を破壊してゆくが、頭に血が上っていてお構いなしらしい。ここで戦っては、仲間や他の人々の身が危うい。
よし、一芝居打とう。
「――くそっ、なんて威力だ……逃げるしかない!!」
「逃がさぬわっ!」
いや、我ながらベタベタだよな……この演技。
まあでも上手くは……行ってるみたいだな、楽しそうに追って来るし。
僕は伯爵の攻撃を受け流しつつ、戻ってきた通路にあった窓をぶち破る。
「そのまま地面に叩きつけてやろう、《火龍星落》!」
追随する伯爵は戦鎚に炎を宿して窓の縁から飛び上がり、錐もみ回転しながら僕に突っ込んで来る。
――だが、僕は飛べる。
「《エアウォーク》」
「なにぃぃ!? おいっ、おまえそれは、受けるのが礼儀であろうが! ムグォオオオオオオオオオ――ッ!」
その一撃をするりとかわし、僕はまさに流れ星のように一人で墜落していく伯爵の姿を見送りつつ、後ろからそれを後押しした。
「よし……《ガスト・ダブル》」
「ホアアアアアァァァァァァ――!!」
重複詠唱により重ねられた風圧が背中を叩き、すさまじい音を立てて伯爵は地面へとめり込む。
――ヒュ――ゥ……ドッ、ゴゴゴゴゴガァン……!!
まさに隕石のようだった。
「アホなのか……?」
僕はそのまま地面に飛び降りると、少しの間成り行きを見守る……やりすぎただろうか。
だが伯爵は地面を盛り上がらせて這い出てくる……戦闘不可能な程のダメージは与えられていないようだ。
「グボボボ――ッ、グホッ、ガッホォ! 貴様、フゥー、わしの体に土を……ゾクゾクしてきよったわ……。もッと貴様の力を見せてみろ!」
ん……?
なんか妙な感じがして来たな……なんでちょっと嬉しそうなんだ……?
口から土を吹き出して穴から這い出した伯爵は、多少のダメージをものともせず打ちかかって来る。
戦闘狂とか、そういう感じとも違うような……まあいいや、ダメージを蓄積させていく!
「《混沌の暴風域》!」
「イイ――ッ、良いではないか小僧! ハァ、ハァ、わしをここまで楽しませるものは中々おらんぞ!」
何なんだこいつ……刃の暴風を受けきった伯爵はボロボロになりながらも顔じゅうに恍惚とした笑みを浮かべ、さらにこちらに攻撃を仕掛けてくる。
(面倒だな……)
攻撃自体は単調だが、タフさが尋常じゃない……あまり長引かせたくないのに……。
……だが、薬の効果が切れるのは意外と早かったようで、目の前で伯爵の体が少しずつ縮みだす。
「ムグゥ、楽しみの最中じゃというのに……待っていろ、もう一粒ゥ!」
「させるかっ!」
懐から先程のびんを取りだした伯爵へ一瞬で間合いを詰め、それを弾きとばす。
そして、スキが出来た伯爵の体を《巻雨嵐》――風弾の嵐で包みこむと、巨体がその場に崩れ落ちる。
「ウグググググ――、こ、この程度でわしをどうにか出来ると思うなよ。フゥ、フゥ……」
まだ若干喜んでいる感があるな……。
「そんなに痛いのがお好みか? 《巻雨嵐」
「フゥゥゥゥゥゥゥ――!」
「……止めて欲しかったら二人の居場所を吐け! 《巻雨嵐」
「ま、まだまだ! フゥゥゥゥゥゥゥ――、フゥゥゥゥゥゥゥ――!」
なんか、こっちが疲れて来たが……幽閉場所が分かるまで、続けないと。
――中略……。
「フゥフゥ……か、加減というものがあるじゃろうが――! やはり下民は調教というものを何も分かっておらん! 死刑じゃ……誰かこ奴をはりつけにしろお――ッ!」
この気分の悪い作業を十回ほど繰り返した後、伯爵はついに痛みしか感じられなくなってきたようで、涙を流しながら憎々し気な目で見つめてきた。
やっぱり、ただの変態だったのか……こっちは調教なんかしたいわけではないんだけどな……。
もちろん、眠りの魔法はきっちりかかったままで、そんな伯爵のさけびに誰も答える者はいない……。よしんば目が覚めたとして、こんな戦いに割って入ろうという忠誠心のある部下は彼には居ないだろう。
これ以上は時間はかけられない……。
最悪、城を全部破壊してでも見つけださなければならないけど、最後にもう一度脅しておく。
「終わりだ……負けを認めて人質を解放しろ。そうすれば命まではとらない……」
僕は風の刃を伯爵に突きつけるが、しかし彼がそこで発したのは命乞いの言葉ではなく……くぐもった笑い声だった。
「グ、ウッ……グフフフッ……フヒェヒェヒェヒェ! 舐めるなよ小僧……この、フレデリック・オーサ・コーンヒルから……この程度で何か奪えると思うなァッ!」
「――――……!」
ガリッ、ゴリッ……!
彼はその手に付けていた指輪の黒い宝玉を噛み砕く。
もしかして……あれは黒麻のカタマリだったのか!?
ちょっと待てよ……一粒で人体にあんな変調を起こすような薬を大量摂取すると……。
「グブブァァ――! ブァッハッハ、力がみなぎってきおる。小僧……貴様に真の躾というものを教えてや、るグェッ……? な、何じゃこれは? ……ひぃっ! 助け、けェェェェ――ッ!!!!!! グブァァァ――ッ!」
ボゴゴゴゴッ!!
伯爵が突然苦し気に呻きだし、天に向かって手をのばす。
口から吹きだしナニカがその体を包み込み、一気に膨らんで奴を取りこんでゆく。
(……魔、魔物化していく……!?)
吹きだした魔力の波動が周りから砂を吹きあげて一瞬全てを覆いかくした後に……晴れた視界に出現したのは、小山のように大きな黒いゼリー状の塊だった……。
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