リベンジ・ルビウス
突進するハンセルもとい、ルビウスが腰から外したのは、二つの短い鞭だった。
彼はそれで僕の顔をさした後、距離も考えずにそれを振りかぶる。
おそらくなにかあると察した僕は、ルビウスのターゲットを向けるために右手へと抜けだし皆に注意をよびかけた。
「はなれて防御を固めて下さい! 何をして来るか分からない!」
「わかったわ!」
「こちらは任せなさい!」
リデルさんとメリュエルが魔法スキルで障壁を展開する。
「死ねぇい!」
それを見もせずに、ルビウスは憎悪の視線と共に鞭をふるう。
その延長線上……張ったウィンドウォールを斬り裂いて何かが飛来するのを、僕は体をひねってかわし、かすめた首に浅い傷ができた。
「グヒハハ……良くかわしたなぁ! だぁがもうお前に勝ち目はねぇぞ……この贋魔剣《悪魔の尾》は貴様の体を照準した! ほらほらほら、踊れ踊れィ!」
贋魔剣……初めて聞いた言葉に驚きながら、僕は攻撃を回避しつつ移動する。
魔剣のにせもの……劣化品ってことだろうか?
魔剣の形状が剣に限られないことは知っているけど……僕が知らないだけで、にせものなんて物まで裏では流通しているのか!?
貼りなおした《ウィンドウォール》も即座にやぶられ、うっすらとぼやける半透明の魔力の鞭が高速で自動追尾してくる。《急加速》で加速していなかったら、とっくに蜂の巣にされている感じだ。
「ちょこまかと……なら、こいつはどうだ! 魔剣複合技ィ、《大蛇呑み》!」
――ゾアァッ!
ルビウスが地面に鞭を叩き付けた次の瞬間……地面の広範囲から湧き出した、いくえにも分岐した黒い魔力の鞭が集合して、蛇の口の様に僕の姿を飲み込んだ。
「ギャーッハッハッハ!! 死ね、死ね、死ねぇ――ッ! 髪の先まで塵屑に変えてやるァ――ッハッヒヒヒヒヒヒャァハーーッ!」
「フィ、フィル!?」
胸を反らせて、高い声で爆笑したルビウスは、技の終了と共にそこに何も無いことを確認し、リゼ達に視線を向けて勝利を宣言する。
「ヘッ、ヒッヒッヒ……やった、やってやったぞォォォーッ! 調子乗ったクソチビをぶっ殺してやったぁーっ! 他愛なかったなぁ……所詮はクソザコ! 俺の踏み台に過ぎなかったってことだ!! 後はお前らだけだぞぉ。ジジイはいらねえが、お嬢ちゃん達は、はいつくばってケツ振って、俺の靴でも舐めたら許してやろうかぁ……ハヒ、ヒッヒッヒ」
「……そ、そんな」
膝をつくリゼリィ。
だが、メリュエルはそんな彼女にささやく。リデルさんもわかっているようだ。
「リゼリィ、自分の体をよく見てごらんなさい」
「……! これって……」
「おぉい? なにをごちゃごちゃと……恐怖で頭でもおかしくなったか?? 泣きわめけよ……おめぇらの大好きな緑頭はひとっかけも残らず消えちまったんだぜェ? それともちっと痛い目みねぇとわからねぇか……?」
濁った目がリゼ達をとらえるが、彼女達はきょとんとした目で彼を見ている。
それもそのはず……。
メリュエルが、冷たい視線でルビウスの言葉を否定した。
「何を言っているのです……あなたは馬鹿なのですか? もしフィルシュが倒れたなら、彼が私達にかけた支援魔法もとけてしまっているでしょう。あなたは自分の使っている武器の照準すら確認していないのですか? お粗末にすぎますね……」
あらら、バラされちゃった。
もう少し引っぱってくれても良かったんだけれど。
「あぁ? 現に奴は……ぁぉっ!?」
カカッ!
僕は背後から、《ウィンド・ブレード》で勢いよく両手の鞭を斬り飛ばした。
「――メリュエルの言う通りだよ」
「ヌェェェェェェッ!? なんで生きていやがるッッ! テ、テメェ……死んだはずだろうがァッ! 確かに、目の前でっ……き、消えっ」
「自動追尾なんかに頼っているからそうなるんだよ。あれは《ミラージュ》で作った分身だ」
同時に水分の多い空気を《エア・ロック》で多層に分けてに展開させ、光を折りまげ……こちらの姿を一時的に見えなくさせて、そこから脱出したんだ。
ルビウスからはこちらが消滅したように見えたと思うけど……もし奴が油断せずにスキル終了後に一度でも鞭をふるってみれば、僕がまだ健在だということがわかっただろうに。
「さあ、大人しく鍵を出せ」
僕の言葉に動揺した奴の手から、壊れた贋魔剣がカラカラと落ちて転がる。
「て、テメェェッ……お、俺ァ、この街のギルドマスターだぞ! 手、手を出せば、どうなるかわかってんのかっ! こ、このことを、伯爵さまに報告すればッ、お前らの首なんか、いくらでもっ……」
武器を失くした奴は、目を血走らせてこちらを指さし後ずさるが……壊れた武器の柄を拾いあげたメリュエルがそれを厳しく糾弾する。
「それをいうならあなた方もそうでしょう、他の街のギルマスや団員を不当に拘束したりして……ただで済むと思わないことです。国からは相当の追及を受けることを覚悟なさい。ネルアス神教会でそれなりの地位にある私が提出すれば、証言者としてある程度の信用はされるでしょうからね」
こういう時は彼女は物すごく頼りになるな……味方でいてくれて良かった。
「……ぃぃぃぃぃっ、ち、ちくしょーめが! こうなったら……切り札を喰らえぇいっ……! ヒハハハッ!」
――ボフン!
八方ふさがりになったルビウスが、仮面の表面の何かを押した。
どうやら顔を隠す為だけではなくて、ちゃんとした道具だったらしく……カチッという音と共に黄色い煙がマスクの先から噴射され、同時に彼は踵をかえす。
だがその逃走手段は無意味だ。
「……《トルネイド》」
「ブワァァァ、ナニしやがるァ……ゲホッ、ギェェェェァ――ッ!」
こちらに届く前にごく小規模で発生させた竜巻で煙をからめとり、男の体の周りで循環させる。するとまたたく間に男は手足をケイレンさせて足元に倒れ込んだ。
「ァァ……ァ……ヘ、ヘメェ、ほんにゃ……おぼえ、へろよ」
ルビウスは、それだけ言い残すと、下をだらりと下げて白目をむく……麻痺毒かなにかかな?
苦しそうにうめいているが、歩いて来たメリュエルが状態を確認し首を振った。
「致死性の毒ではないようですし、治療するまでもありません。しばらく苦しんでもらいましょう」
彼女はこういう手合いには容赦がない。
特に同情心もわかないし、自分でまいた種だからじっくり毒を味わってもらおう。
「フィル!」
そしてリゼが駆けより、胸に飛びこんできた。
「……心配したじゃないですか! もしあなたになにかあったら、ううっ……!」
「ごめんごめん……大丈夫だよ、こんな奴には負けないから……」
僕がリゼリィの頭を撫でてあげると、彼女は気持ちよさそうに涙ぐんだ目を細めた。
さて……クラウゼンさんの手枷の鍵は、これか。
ルビウスのシャツの胸ポケットにに刺さっていたそれを奪うと、僕は我がクロウィのギルドマスターを解放する。
「おぉ、ありがとうフィルシュ君……! しかしこんなものまで入手しているとは。魔剣の複製は国家の定めた法に触れるはずなのに、これもコーンヒル伯爵が用意したものなのか……? それにしても……ルビウス、キサマぁぁぁっ!」
――ガッ、ゴッ、ドギャァッ!
「グェッ! ギェァ! やめ、はめへくだへぇ……おねがいしやふ……グエエエエエェ!」
おおっ、あの温厚なクラウゼンさんがルビウスに馬乗りになって殴り始めた!?
「孫のように可愛がっていたあの子達に、もしものことがあれば許さんからなッ……ハァ、ハァ……!」
よっぽど怒り心頭に来てたみたい……無理も無いよね。
ルビウスの顔面を腫れあがらせると、クラウゼンさんはお返しとばかりにルビウスの腕に魔法の手枷をはめる。
「この男は私がクロウィの街に連れ帰り、拘束しておきましょう……。今回の事件の有力な証言者になるかも知れません……その間に皆さんはあの二人の救出をお願いします。不甲斐ない老いぼれの頼みですが、どうか……!」
「わかっています。二人は必ず助け出します……」
クラウゼンさんの話だと、送られてまだ二日前後しか経っていないらしい。
移動までの時間を考えると、まだ間に合うはずだ。
「リデルさん……案内をお願いできますか?」
「任せて……フィルシュ君の魔法の力が有れば、夕方までには着けるはずよ! 行きましょう!」
「ほらルビウスめ、私達はこっちだ……お前のような男を副マスターに任命するとは、かつての私は何とおろかだったことか。牢にでも入ってしばらく反省しろ!」
「いでぇぇ、いでぇよぉ……ちぐじょぉぉ……」
めずらしく激怒の表情を見せたクラウゼンさんが、泣きわめくルビウスの首根っこをつかんで引きずってゆくのを見送り……僕達は二人の無事を願いながら駆け出す。
――待っててよ、ポポ、レポ……絶対に助けるから……!
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