ハンセル・アヴィンの正体
ハンセルが呼びよせた百人近くいそうな兵士と雇われ冒険者の群れが、僕達にむかって一斉にスキルを放ちだした。
「くらえ、《ファイアボール》!」
「おい、後で楽しむんだから燃やすんじゃねぇ! 《ウォータ・バレット》!」
「ケケケ、手足なら多少傷つけても構わねぇよな! 《乱れ打ち》!」
四方八方から放たれる遠距離攻撃……それを僕は、一つの詠唱だけで対応する。
「《旋転する反壁》」
《ウィンドウォール》+《トルネイド》で作成した風の壁は、単一詠唱のスキルや弓矢などを全て巻きとり、相手側へとはねかえしていく。
「グゥァァァァァァァ!! 何だこの規模は!」
「こ、こんな魔法見たことねぇっ!? 全部返って来やがる! 誰か防御壁をォォ!」
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
自業自得だ……。
反撃を予想していないお粗末な軍隊は、あっという間に半壊する。
そして僕はそれに追いうちをかけるように、魔法スキルを追加で詠唱した。
「《ガスト・ダブル》」
《ガスト》の多重詠唱。敵にむかって吹きつける風圧が、兵士達を壁にぎゅうぎゅうと押しこめてゆく。
ズン――。
「どうして……あんた達は」
「つ、潰れるぅ……ゲボァアアアアアア!」
僕はゆっくりと手を突きだしたまま、皆を連れて前に進んでゆく。
ズン――。
「そんな奴らのいいなりになってるんだよ……!」
「逃げろ……殺される!」
屋敷がミシミシと音を立て、そして、前面の壁にひびが入り出す。
そして――。
「何も守る気が無いなら、僕の前に立ちはだかるなッ……!!」
「「「ギィャァァァァァッッ!!」」」
ビキ、バキバキバキ……!
ひどい音を立て、団子になった兵士達に押し割られる形でひびの入った屋敷の壁に大穴があき……大勢の兵士達がその場から吹っとばされて転がっていった。
無事だった者も、必死にその場から背を向けて逃げだしてゆく。
そして僕は、一人下がって成り行きを見守っていた鳥仮面に再度たずねる。
「鍵を出して消えるなら、追わないけど……どうする?」
てっきり尻尾を巻いて逃げ出すかと思っていた。
だけど……帰ってきたのは、気味の悪いひびわれたような笑い声だ。
「……ヒ、ヒヒヒ、ヒ……まさかのまさかだ。変装してるせいで気付かなかったが……その風魔法にその声、今日まで忘れたことはなかったぜェ……!」
身体をふるわせ、血走らせた仮面の奥の目に宿るのは、殺意。
そして男は仮面を取り外して吠える。
「こんなに早く復讐の機会があらわれるとはナァ! 見ろ! こンの顔を忘れたとは言わせねぇぞォッ!」
……あらわになったのは長く伸ばした茶髪と、顔の中心で醜くつぶれた鼻。
憎悪に塗れた顔で、男はさらにまくしたてる。
「テメェのせいで俺のこの美しい顔が……まるでオークみたいにつぶされちまった! 千回、いや万回殺してもあきたらねェ……そうだろうがヨォォォォ! ミンチにして豚の餌にしてやらァァァァァ――!!!!」
「…………」
「なんだ、黙り込みやがって……ククク、ビビって声すらでなくなっちまったかァ?」
そうじゃなくて……僕はこんな男に恨みを買った覚えがなかった。
(困った……思い出せないぞ? 一体誰なんだ?)
もちろん……ハンセル・アヴィンとか言う名前にも覚えは無いし……《黒の大鷲》時代にはダンジョン内でかち合った冒険者達と争う事もあってけど、その類とかかな……あっ!
「……人違いじゃないのか?」
そう、今僕は変装をしているんだ……誰かと間違っているに違いない。
どっちにしろこいつは倒さないといけないが、一応誤解を解くためカツラとつけひげを外してみせた。
「ちゃんと見てくれ……違っただろ?」
「違わねぇっ……より確信が深まったわ! あんな大規模の風魔法スキルを気軽にぶっ放すキチガイがそうそういてたまるか!!! 忘れたならもう一度教えてやる……よぉく聞けぃッ!」
怒りを撒きちらしながら否定した男は……自分の顔をさし本名を明かす。
「ハンセルは偽名だ! 俺の本当の名は、ルビウス・オルドン……貴様が今いる街の副・ギルドマスターだった男だァァァァァ! クロウィの街の入り口で俺を倒したテメェが、この俺の元いた席まで奪い取ってるとは夢にも思わなかったがなァ……! どうだ、思い出しただろうがァ!」
「ルビウス? ルビ、ウス……? ルビ……?」
う~ん……全く引っかかって来ない。
どうもあのころから目まぐるしく日々が過ぎてゆくので、男の顔をみても欠片も思いだすことができず、僕は首をかしげた。
「人を地獄のような目にあわせておいて、欠片も覚えてねぇとはこの人でなしがァァァ! よく見ろ、このルビウス様の、この顔を! しっかり見てテメェの罪を思い出せ!」
男はどうしても思い出さないと気が済まないらしくどんどん近づいてくる。
すると僕より先にリゼが気づいた。
「あっ……! あれですよ、フィルシュ。クラウゼンさんと出会う前に街から逃げ出して来た人なんじゃないですか!? 人をいやらしい目で見て売り飛ばすだなんて言って来た……」
「そォーだよ! それそれ!! ってぇか、テメェは狐娘かぁ!!」
なんとなくちょっと嬉しそうになったルビウスとやらがリゼリィを睨みつける。
まぁ、いいや……リゼリィが言うんなら間違いないんだろうし、とりあえず話が進まないから僕も適当に合わせておこう。
「あ! そうだね、いたよね……そんなのが!」
「やぁっと思い出したかぁ……? てめぇら、よぉく聞けよ、俺ぁなぁ、テメェに飛ばされてというもの、鬼でも泣き出すような散々な目にあっちまったんだぜ……。山賊に襲われて荷物を失くしたあげく、逃げ出した先で魔物に喰われかけ、飢えてたどり着いた民家は奴隷狩りの拠点で、捕まって売られて来たのが一カ月前だ……。貴様に俺の気持ちがわかるか……?」
目にありありと浮かぶような転落人生を思い出したのか、男は悔しそうに歯をギリリと噛み締める。でも、それをこちらのせいにするのは完全に八つ当たりだろう。
「確かにあわれかもしれないけど、こちらの知ったことじゃない。第一……人の大切な仲間に手を出そうとするからそんなことになるんだろ……」
「うるせァ! しかしなァ、神は俺様を見捨ててはいなかった……コーンヒル伯爵様に猛アピールの末拾い上げられ、その実力をみこまれて汚名をすすぐ機会を与えられ、見事この街のギルドマスターに返り咲いた……。そしてここで出会ったということはァ……わかるか!? 運命だったんだよ! お前は俺に逆襲されるって最初から決まってたっていうことだ!」
どうもコイツは全てが自分中心に回っていないと気が済まないタイプらしい。
……そんな運命は全力で否定させてもらうけど……でも、どうも嫌な感じがする。
男から漂う妙な魔力、そして一度負けてなお逃げずにとどまっている所を見ると、何らかの新たな力を得ているのは確かだ……気を付けた方がいい。
――それ以上の考えをまとめる時間を与えてくれず、奴は武器を振りかざし地面を蹴った。
「……クククッ、俺様の真の力……存分に貴様に味わわせてやるァ――!!」
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