(回想)救出行前夜
フェルマー伯爵の城から帰還したその夜……僕らは、リデルさんを中心に救出の為、街の地理などを確認していた。
リデルさんが街の主要な施設をえがいた簡単な地図を作成し、指をさす。
「彼らがとらわれているのは、冒険者ギルドや留置所といった分かりやすい場所ではなく、コーンヒル伯爵が街に所持している屋敷の一つなの。ここね」
街はずれにある寂れた一角で、ならずもの達もうろついているらしい。
なるべく、騒ぎをおこさずに助けるのがベストだけど……。
「不要な戦闘はさけたいけど……交渉は無理ですよね?」
僕は地図上の施設の位置を見くらべたあと、彼女にたずねるが、彼女は首をふる。
「おそらくは無理だと思うわ。私達を最初から排除する姿勢なのは明らかだし、私が逃亡したことでよりその気持ちは強まったはずよ。もしかしたら屋敷に戦力をそろえて待ちうけるかまえを取っているかも知れないわね」
「敵の陣中に飛び込んで行かなければならない、ということですか……」
リゼは眉をしかめる。
リデルさんのいう通り、昼間の暗殺が失敗したことが知れているなら……いずれこちらが救出すると判断し、とらわれた三人を撒き餌として使う可能性が高い。
少しでも情報が欲しい……僕はリデルさんに気になっていたことをたずねる。
「むこうの、そのギルマスと副マスの力量はどうなんですか?」
「それが……良く分からないの。三人をとらえた時は薬を使ったって言ってたし……まともに戦っている所は、ギルドの誰も見たことが無いんじゃないかしら。役に立てなくてごめんなさい」
「いえ……そうですか。相手の戦力が未知なら、腹をくくって突入するしか無さそうだな……。一応変装なんかもしておこう。なにかあったらメリュエル、よろしく」
勝手だけど、彼女がいてくれて良かった……メリュエルがいれば少し位の傷は問題にならない。回復薬はパーティの支柱たる存在。めったにあわてない彼女の姿は、僕らに大きな安心感を与えてくれる。
「善処はしますが、神聖魔法も全てを癒せるわけではありません。各自無茶な行動は慎むようにして欲しい。……ですが、まあ、フィルシュがいれば、どうとでもなるでしょう」
「はい!」「そうね……」
リゼとリデルさんの信頼は、僕にとっては大きなプレッシャーだ。
作戦自体が無茶でもあるし……でも決めたのは僕だから、彼女達を危険にあわせたくなかったら、僕がしっかりしないと……。
「よし、それじゃ今日は明日にそなえて、ゆっくり体を休めて……」
そんな風にまとめたところで……扉をノックする音が聞こえてくる。
「どうぞ、入っていいよ……」
「失礼いたします」
「すみません……会議中だったのですね」
ヨルとアサ……屋敷がわの防衛を担当する二人を室内に迎えいれる。
「話は今終わったところだけど、どうかした?」
僕の質問に二人が伝えにくそうに口ごもったので、リゼが話していた二人に目配せする。
「あの、私達先に休ませてもらいます。明日も早くなると思いますし」
「うん、夜明けとともに出発する予定だから、その腹づもりはしておいて」
「はい、お休みなさい……」
「わ、私もう少しフィルシュ君と話すことが……」
「いいですから……」
リゼがリデルを強引に引っぱっていき、メリュエルが後に続く。
その背中に小さな声でアサが感謝を伝え、こちらを向いた。
その顔は普段あまり見られない表情で、不安の色が見える。
「主様、危険な所にむかわれると聞きました……」
「うん……二人には悪いけれど襲撃があるかもしれないから、皆と協力してこの屋敷を守っていて欲しいんだ。暗殺者たちには僕らがここにいないことを伝えてかまわないから、くれぐれも自分達と、シュミレの命を守ってあげて」
「我が同行できないのは心苦しい限りです……。本当は伯爵とやらをこの手で成敗したいところなのですが……主様の命令であれば、従います」
「私も弓の腕に自信があります……仲間やシュミレさんには指一本触れさせませんから、ご安心ください」
フェルマー伯爵の私兵も明日にはつく予定だ……彼らと協力すればしのげるだろう。腕の立つ冒険者も何人か、護衛についてくれる予定だしね。
トゲル達《穴熊一家》なんかも立候補してくれたけど、さすがに経験不足と判断して気持ちを受けとっておくだけにした。
「ごめんね。僕らの都合で怖い思いをさせて……埋め合わせはまた戻ったらさせてもらうから」
「……それなら、主様……私達に御加護をいただけませんか?」
「加護って……?」
何のことか良く分からない……僕は聖職者じゃないのに。
顔に疑問を浮かべていると、アサが上目づかいで前に進みでてくる。
「アサ、主様に何をするつもりだ?」
「……ふふ、いいから」
後ろにひかえたヨルが意図をはかりかねた様子でたずねるが、アサはその手を引いて、僕の目の前でたたずむ。
「主様、少し頭を下げていただけます?」
「え……こうかな?」
ダークエルフに伝わる、何らかの儀式が始まるのか……。
そんなことを考えた僕は、彼女の言う通りにして頭を低くする。
「では、目を閉じて下さいませ」
「……こう?」
そうして視界が閉ざされた僕の両頬に、そえられたのは柔らかい手だ。
眠りを誘うような、心の落ち着く香りが鼻に届いた後……。
「ん……」
「――――ッ!?」
突然の不意打ち。
柔らかいものが僕の唇にそっと触れたので、バッと離れて僕は目を見開く。
そこには頬を染めたアサの色っぽい笑顔があり、僕の顔に一気に血がめぐった。
「な、ななな……」
「アサ、お前何を……姉とはいえ、そんな破廉恥なことをするなんてッ!」
頭が真っ白になった僕の隣でヨルがわたわたと手を振り回す。
「ごめんなさい……でも、こうでもしないと私たちの気持ちを分かっていただけないと思って」
アサはそっと僕に抱き着いてきた。
彼女の女性らしい体はびっくりするほど柔らかくて、こちらからは手を触れるのもためらわれるくらいだ。
「主様は傷ついた我々に何も見返りも求めずに救って下さいました……。その御恩もお返しできずに、もし遠くで失うことになってしまえばと思うと……私達は、自分達の命よりそのことが心配で仕方ないのです。ですから……必ず戻って来ると誓って下さいませ」
彼女の赤い瞳からは強い憂いが伝わって来る。
まさか彼女がこんな風に気持ちを寄せてくれていたなんて……本当に幸せ者だな、僕は。
「アサ……わかったよ。決して無茶なことはしないし、仲間にもさせない。皆で無事に戻ってくるから。信じてもらえるかな?」
「はい……お待ちしております」
僕が安心させようとなんとかアサのうしろ髪を撫でると、彼女は納得して体を離し……そしてヨルの背中を押した。
「ほら、ヨル……あなたも」
「ふぇ? わ、我は……我も?」
彼女はしどろもどろになりながらも、こちらをちらちらと伺う。
やっぱりそういう流れになるんだ……。
「ええと、僕なんかでいいのかな?」
「なんかではありませんっ! 我は主様に生涯お仕えすると決めましたゆえ! 主様につがいとなる方が現われても、我の忠誠は揺るぎません! ですから……我を、受け入れていただけますか?」
純粋な瞳でこちらを見つめて来るヨルの気持ちに……今は、少しでも答えないといけないと感じて、僕は彼女の背中に手を回すようにして小さくささやく。
「目を、閉じてもらえるかな……」
「は、はい……」
それから彼女のほっそりとした体を抱き寄せて、軽く口づけを交わした。
……自分からこんなことをするのは初めてだけど、うまくできたのかな。
ほんの数秒だけの接触で、心臓が乱れた音をかき鳴らす。
すると、ヨルは僕の腕の中で顔を赤らめて息を吐いた……。
「主様……我は、幸せです……」
「皆のこと頼むよ、頼りにしてるから」
へにゃりと脱力するヨルをもう一度抱きしめてしっかりと見つめた後、彼女の身をアサにあずける。
「ほら、だらしないですよ、ヨル。では主様、ご武運を! お帰りを待ちわびておりますから」
「うぅ……主様ぁ、もう一回……」
「もぅ……行きますよ」
そんな風なやり取りをしながら、どこかふわふわとした足取りで出て行くダークエルフの姉妹を、僕は手を振って見送り、そしてその場でどさっ腰を下ろす。
「だ、駄目だ……はーっ、慣れないことしたせいで、心臓が……」
未だに鼓動が落ちつく気配がない。
はぁ、あんな綺麗な子達が僕を慕ってくれているのはうれしいけど……こんなの、今日は絶対眠れないじゃないか……。
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