再会を願って+エピローグ
祝勝会から数日たったある日。
今、僕達は王都の大通りを歩いている……街の出入口にむかっているのだ。
「あ~あ、王都の景色も見おさめかぁ……」
「あっちはそろそろ向こうが恋しくなってきたとこですぅ。都会の料理は飽きました……」
「あはは、クラウゼンさんもきっと二人の顔を見たがってると思うよ」
「思いもよらず長い滞在になってしまいましたね。私は楽しかったですけど……」
「まあ、またいつか皆でこようね」
前を歩くポポレポと、少し残念そうに後ろを振り返るリゼリィの二人を元気づけていた僕の視界に、厩舎に並んだ馬車が入り込む。
今日、僕らはここを立つ。
クロウィの街に帰るんだ……。
「寂しくなるな……本当に帰ってしまうのか」
「……ん。すごく残念。ずっといて欲しかった」
そんな風に引きとめてくれるのは、となりを歩くアルティリエとリタ。
今生の別れでもあるまいし、少し大げさな気もする……もちろん、僕も寂しいけどさ。
道行く人が僕らのことを見てちらほら噂をするのが聞こえる。
「あの女冒険者達、ランクはそこそこだが滅法強ぇんだってさ。しかもあの後ろに付いてる男がなんでもヤバイ支援魔法の使い手らしい。どんな素人だろうが、Aランクモンスターの群れでも一瞬で薙ぎ倒す位に強化できるんだってよ」
いやいや、それは言いすぎだ。
「それだけじゃねえ。あの男、国から短期間の間に二つの勲章を授与されたらしいぜ。南の街の副ギルドマスターらしいが……ガキっぽいツラしてるくせにとんだ実力者だ。ほら、あの二人、両脇を固めてるのは騎士団や宮廷魔法士の女団長なんだけど、あいつらもあの小僧にゾッコンらしい……うらやましいもんだ、全く」
これもいいすぎ、だと思うんだけどなぁ……。
「身なりは地味だけど、禁足地だった《ラグラドール火山迷宮》を攻略するなんて……。絶対この先名が売れるわよ……あの子。あ、あたしダメもとでパーティーに入れてもらえないか頼んでみようかしら。あ、握手だけでもお願いして来ようかな」
うわぁ…こんなに噂が広まるのって早いものなんだ。
勲章の効果も思ったより大きかったみたい。僕はちょっと魔法を使っただけなんだけど。
……まあ、心配せずとも本人達がいなくなれば数日で他の話題に置きかわるだろう。
「ふふ……私は誇らしいです。婚約者として」
なぜだかリゼリィがうれしそうに尻尾をゆらし、単純に恥ずかしかった僕は、ローブのフードを目深にかぶり直す。
「僕みたいな凡人がこんな待遇を受けるのもどうかと思うんだけどなぁ……」
宮廷魔法士の制服は返却してしまったけれど、代わりにそれに値する物……首飾りが僕の胸元にはある。フォルワーグさんは僕に宮廷魔法士特別顧問という形の名誉職を送って下さったんだ。
職務に携わる必要は無いけれど、彼らが必要な時にまた手を貸して欲しいと言われている。
「毎月お主の勤め先のギルドへ金貨五百枚を送付しておくから受け取るように」とかさらっと言われて……断ったんだけど、決まりごとだからと強引に押し付けられた……。
どうしよう、大金過ぎて怖いし……使い道はクラウゼンさんや町長に相談してみようかな。
あっ、そうそう……これは別件なんだけど、僕の左腕にある模様についても話を聞くことができた。
と言っても、分かったのはおそらくこれが、古代に失われた精霊文字とよばれる特殊な文字であるということだけ。フォルワーグさんはそれを書きうつして文献を当たってみると言ってくださったので、後々何かわかることがあるかもしれない。
他にも、ドガンスさんやラクアが魔導回路板と要素結晶を沢山くれたり、リゼリィ達も短い間に仲良くなった王都の冒険者に餞別をもらっていたりしたみたい。
そして、通行人の話にも合った通り、僕はリタと一緒に国からもう一つの勲章をいただいたんだ。
――《技術錬功二等銀章》。
僕は授与式には列席しなかったんだけど、リタが王様のお褒めの言葉に対して、自分の力では無く、兄と僕の支えが大きかったとのべてくれたらしく……王様は「ぐぬぬ……」とたいそう悔しそうな顔をして重臣たちをハラハラさせたらしい。
勲章の影響はすさまじくて……その後結構色々な人が僕なんかの話を聞こうとリタの屋敷に詰めかけて、対応に困ったりもした。
中には養子縁組を申しこもうなんて貴族の方もいて、丁重にお断りさせていただいたけれど……あのうらめしい視線はちょっと怖かったなぁ。
「あまり謙虚すぎるのも考え物だぞ、自然にしていればいいんだ。ま、そういう所が君のいいところでもあるんだが」
「そうそう。私はフィルシュは今のままで変わらないで欲しいな」
アルティリエさんが肩を叩き、リタがななめ下からニコッと笑顔で見上げて来る。
二人とも仕事が色々忙しいはずなのに、こうやって時間を見つけてここまで見送りに来てくれた。
この二人と仲良くなれただけでも、王都に来て良かったと今では思ってる。
他にもフォルワーグさんや、ドガンスさん、ラクア、カールさんなど多くの人との出会いがあった。
僕は彼女達にあらためて、感謝の思いをつげる。
「二人とも、本当に色々ありがとう。色々と助けてもらったし、それに何より……楽しかった」
「ううう……本当に騎士団長を辞してついて行ってしまおうか。君がいないと……寂しいだよぉ。日々の潤いがなくなってしまうんだ……」
「絶対にまた会いに来ますから……」
目をうるうるさせて力強く抱き着くアルティリエさん……相変わらずの女性らしい体付きに、僕は良からぬことを考えないようにするので精一杯。
それを見たリタが不満そうにぷくっと頬をふくらませる。
「アル……いつまでも抱きついてないで。フィルシュに迷惑」
「うるさいなぁっ! お前と違って私はあんまり彼と話したりできなかったんだから、この位いいだろ! ううっ、このままさらってどこかに閉じ込めてしまいたい……」
そう言いつつ、出発の時間を気にしたのかアルティリエさんは名残惜しそうに僕を離す。彼女は一度友人だと認めた人間にはとことん優しいから、きっとここにまた来ても僕らのことを忘れずによくしてくれるだろう。
そして、ちょこんと前に出たリタが僕に向かって頭を下げる。
「フィルシュ、本当にありがとう。何度言っても足りない位、あなたには感謝している……。本当は遠くに行って欲しくない。……けど、多分あなたを待っている人はいっぱいいると思うから」
「ううん、リタ。僕の方こそ……短い間だけど、家族みたいに良くしてくれて、ありがとう」
僕の差し出した手を、彼女は両手でぎゅっと握る。
そして……ぐっと体を引き付けて抱きしめてくれた。
僕のさほど大きくない体でもすっぽり包み込めるくらい小さいけど、でも彼女はきっとこの先も努力して、大きな事を成し遂げるだろう。
これから、お兄さんの残した研究を元に、フォルワーグさん達と共に魔導炉の作成を進めていくらしい。飛行型魔道具の実用化に向けての調整なども有るし、忙しい日々になるだろうけど、リタなら大丈夫なはずだ。
「遠くに行っても君のことを、絶対忘れたりしない。何かあったら必ず助けに行くから、頑張って」
暖かい彼女の背中の感触を覚える位になってしまった……駄目だ、このままこうしていると、ずっと離れられなくなってしまいそうな気がする。
「ごめん、そろそろ時間だから……行くよ」
腕の中の彼女は泣いていた。でも懸命にそれをこらえて笑いかけてくれる。
「やだなぁ……。やだけどッ、がまんする。だからまた、何度でも会いに来て。こんな私だけど、頑張るから……。びっくりするくらい綺麗になって……あなたが来るのを、待ってるから」
「うん……」
そう言って微笑みかける彼女は今でも十分可愛いのに。
どんな風になっているのか、想像がつかないや。
しばしの抱擁の後、彼女は僕に一つのお願いをした。
細い眼鏡を外すと黄色のくりっとした目が露わになり、頬はうっすらと赤くなっていた。
「その、ちょっとだけ、かがんで欲しい」
「ええと、こうかな?」
「そう……そのまま」
僕は何だろうと思いながらその場で膝を曲げる。
次の瞬間、彼女が首に腕を回し……とても柔らかいものが頬にふれた。
「「あーっ!!」」
「ひゅー♪」「やりますぅ♪」
女性陣の嬌声が上がり、そしてリタは離れる前に僕の耳にこっそりとつぶやく。
(きっといつかこの続き、教えてね……)
そしてリタは後ろに手を回して後ずさり、満面の笑みで手を振った。
「――ありがとう、大好きだよ、フィルシュ! 皆、ありがとう、またね!」
「……ああ、元気で!」
してやられた僕とリゼリィ達は苦笑しながら馬車に乗り込む。
アルティリエさんがリタに突っかかっているのを窓から見ていると、やがてゆっくりと馬が走り始め、その姿を小さくしていく。
(またいつか、必ず戻って来よう……この場所へ)
こんな風にして、色々あった僕達の王都への旅は、幕を閉じた……。
◆〈エピローグ〉
からからと馬車が車輪のあとを刻んで行く中、席に向かい合わせに座る僕達のひざにはポポ、レポの頭がそれぞれ乗せられている。
実は彼女達は僕らより年上なのだけれど、そんな風に感じさせない天真爛漫さはちょっとうらやましいな。ドワーフは長命だって聞くけど、ずっとこうなんだろうか。
「ふふ、可愛いですね。なんだか妹が出来たみたいで」
「そうだね」
彼女は一人っ子だから、こうした関わりに飢えているのかも知れない。
「あの……」
「ん?」
向かいに座るリゼリィが、改まって背筋を伸ばし、頭を下げた。
「ありがとうございます……フィルシュ。私を、外の世界に連れ出してくれて」
「ええ!? どうしたのいきなり! 僕の方こそさ……本当、いつも気を使ってくれてありがとう」
これは本当だ。
あまり目立たないけど、旅の中で彼女は僕のいたらない点……人に対して強く出れない所とか、冒険以外でつい気を抜いてうっかりしてしまう所とか、お金や薬なんかの管理なんかをしっかり引き受けてくれて、とても頼りになってくれている。
なにより、そばにいてくれると安心できる。それだけで僕にとっては、充分なんだけれど……。
でも、リゼリィはふるふると首を振った。
「私、あなたと外に出るまで、色々なことを知らなかった。穏やかな村での暮らしも大切なものだったけど……。でも今は毎日が、とても新鮮で……ずっとこんな風に楽しい日々を送っていたい。だから、フィルシュ……いいえ、フィル」
彼女は言い直すと、びっくりするほど綺麗な笑みを浮かべた。
「結婚なんてしなくてもいいから……私と一緒にずっといて欲しい、です」
僕は間抜けに口を開けたまま固まった。
そばにいるのがこんな僕でいいのかな、とか……彼女を幸せにできるのかな、とか色々なことがぐるぐると頭の中を回って。
「リ、リゼ、ぼ、僕は……。僕も……っ!?」
目をぎゅっとつぶった後、やっとのことで何かを言おうとした僕は、視線を感じた。……ひざの上の二人がニマーッとした意地の悪い笑顔を浮かべている。
すぐに顔が熱くなる。
「僕もー?」「続きが聞きたーい、ですぅ」
「う、うるさいなもう……ここでは言わない!」
「へたれじゃん」「リゼもこれから大変ですぅ」
「もぅ……」
恥ずかしくて顔を窓の外へ向け、僕は横目でリゼリィを見る……すると彼女は目を閉じて微笑み、口だけをこっそり動かしていた。
(……ちゃんと待ってますから、いつまでも)
聞こえちゃったよ……。
反射的に《サウンドアシスト》で拾ってしまった、声にならないくらい小さな言葉。一層顔を赤くした僕は、窓から吹き込む風で顔を冷ます。
……しばらくの間彼女の顔はまともに見れそうに、ない。
《第一章 完》
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