◆《黒の大鷲》のその後⑤(ゼロン視点)
ぼやけた視界は、真っ赤に染まっている。
「……がふっ」
鋭い痛みが背面から突き刺さる様に体を襲う。
(何だ、どうなりやがった……)
目の前では、耳障りな金属と金属の衝突する音。
――ああ、そうか……俺は。
記憶がゆっくりと甦る……。
――姿を現した《エグゼキュートゴーレム》は、雇ったばかりの男冒険者を放り捨て、意外なほどの機敏さで俺達に襲いかかって来た。
『冗談じゃねぇ! ろくに休めてねぇんだぞっ!』
『やるしか……ないでしょっ! 新入り、支援!』
『は、はい……っ!? 阻害が……効きませんッ!』
セリアとかいう女の使った《コールドケイジ》とか言う行動阻害魔法は無生物である相手には利きが悪いらしい。ったく、テメェのスキルがどういうのに効果があるかぐらい把握しとけ、クソッタレが!
ガッ、ギギギギギギギギィン――!
俺はシュミレと前に出て、間断なく続く《エグゼキュートゴーレム》の攻撃を捌く。
奴は腕が四本あって、それぞれに違う武器を装備してやがる……しかも最悪なことに鎌やらトゲ付き棍棒やら趣味わりぃ奴ばっかりだ……!
『おい、リオ詠唱やってんだろ! 早くしろ!』
『魔力が足りていないんですよ! まだ時間がかかります!』
クソバカが、調子に乗って大魔法ばっか使いやがるからだ……マジでヤベェ。
『っこいつ力強いっ、何なの……攻撃が、重い!』
『一度潰した相手だろ! バテてんじゃねえぞ!』
《比例能力補正》で強化されているシュミレですら攻撃を押しのけられないで防戦一方。
俺は何とか魔剣《闇の王》の斬撃をスキル効果で分裂させて飛ばし、腕を一本斬り飛ばす。
(使い過ぎで消費がきつい……後数発ももたねぇぞ)
魔力の回復がにぶい。
俺はベルトホルダーから《ブルーポーションL》を取り出して飲み込むが、三分の一も回復しやしねぇ……ぐっ!?
油断した。死角から来た鞭の一撃が側頭部を捉え、俺は吹き飛ばされて転がる。
ホルダーからすっ飛んだポーションが割れて地面をぬらす。
……ぐっ、そ……一本金貨何枚すると思ってんだ……。
『何やって……キャァッ、無理! 一人じゃっ……メリュ早く入れ替えして! 新入りでも誰でもいい、死ぬ!』
『今行きます!』
『待てッ! 詠唱中の私を見捨てるな! ウワァッ、雑魚共がっ、離れろ!』
どっかから湧いたフローター共が、リオに飛びかかり、詠唱が中断される。俺が見ていられたのはそこまでだった。
意識が混濁する……。
……メリュエル……テメェ……リーダーの俺を、先に助け、やが……れ。
視界が明滅して、シュミレが怒鳴り声やリオの悲鳴が途中で聞こえなくなる……ぐ……ぅ、こんな……――。
………………。
――まだ戦ってやがるのか、あいつら。
もう声を出す余裕すらねぇようだ。
視界のはしに血が滲んでいると思ったら、横たわるリオの赤い髪だった。
生きているか死んでいるかどうかも分からねぇ。
どうやったのか、ゴーレムは半壊している。だが、まだ動作は止まらず……かわす一方のメリュエルとシュミレの後ろ姿が必死さをうかがわせた。もう一人の新入りは、逃げたか、死んだか……。
俺の魔剣《闇の王》は遠くでその柄の宝石を瞬かせている。それが俺には嘲笑っているように見えて妙に気にさわった。
どうしてこうなった……。
なんだったっけ、ウスノロ野郎が、ボスに見つかりやがったせいだ。
女も使えなかった。あいつより雑魚とか、Fランクからやり直して来いよ……。
リオの馬鹿は口だけだったな……何が最強の攻撃魔法士、だ。反吐が出るぜ。
シュミレも、ボスキラーとかうそぶきやがって……魔物にでも蹂躙されてろや。
メリュエル……いい御身分だったよなぁ、いっつも後ろで高みの見物しやがってよぉ、いい気味だ。
どうして……。
そうだ……そうだよ。あいつが……あのクソ緑髪雑魚風使いのフィルシュがいなくなってからだ!
あいつが、俺達のツキを全部持って行きやがったんだ。
許せねぇ……。
許せねぇぇ……この俺をコケにしやがって……。
殺す……ここを出て、絶対あいつを殺してやる。
あいつだけは……あいつだけがのうのうと生きて幸せを貪っているなんて、許せるかよォ!!!!!!
――俺は地面を這って進み始める。
くく、丁度いい、魔物の遺灰にまぎれて、リオの奴が寝転がってやがる。あいつの鞄の中にもエリクサーがあるはずだ。俺のは吹っ飛んで踏みつぶされちまってた……。
ハハハ、お前の分もあいつに復讐してやるよォ。だから、いいだろ?
俺はたどり着き、倒れたリオの背中のバックパックを漁る。一番底にそれはあった。厳重に布でくるまれているが、形を見て間違いないと分かる。あいつは用心深いんだ、ククク。
「待、て……そ、それは……わた、しの……」
気づくとリオが、ギリギリ意識を保ちながら俺の服をつかんでいた。
「知るかボケェ!」
ゴッ……!
力を振りしぼり薬びんで殴りつけると、リオは昏倒し、手を離す。
ハ、ヒヒ……悪りぃなぁ。俺の為に死んでくれ。
俺は巻かれた布を乱雑に解こうとする。手が震えて取り落としそうになるが、何とか持ちこたえる。
薬びんの上にはラベルの張られたコルクが、突き刺さっている。
固え……何で抜けねぇんだ、クソ。
「ィャァァァァァァア――!!!!!!」
「シュミレ!」
シュミレの絶叫とメリュエルの悲鳴が聞こえたが、知ったことか。精々足止めしといてくれ、ぐちゃぐちゃのミンチになるまで。
コルクが、抜けねぇ……何で抜けねぇんだよぉ、クソがよ!
ああっ、イラつく!
俺は苛立って近くの岩に、コルクをがんがんと叩きつける。
こうすりゃゆるんで抜けやすくなるはずだ、そうすりゃ……。
パキッ――。
「あ……?」
俺は思わず間抜けな声を出した。
コルクが……折れた?
「は……?」
おい、どういうことだよ、これは。
意味分かんねぇ。
びんのふちをガジガジと指で引っかくが、奥に詰まった木片は取りのぞかれるわけがない。
「おい……おい! 何なんだよオマエ! おいこのエリクサー野郎! ふざけんじゃねぇ!」
必死に俺はそれをほじくろうと指で引っかく。爪が割れて血が滲む。
「こんなことやってる場合じゃねぇんだよォ! 俺はこっから出てフィルシュのクソ野郎をぶっ殺しに行かなきゃなんねぇんだよ! 邪魔すんじゃねぇ! ハッ……」
声すらもしなくなった中、金属の擦れる音と振動が俺の体を震わす。
いや、震えてるのは、俺か。
影が……歪な影が少しずつ伸びて俺の頭を越した。
何なんだよ、これは……俺の計画には無かったんだ、こんなこと。
股を温かいものが濡らす……生まれて初めてだ、こんな怖いのは。
「お、お願いしますっ……勘弁して下さい! あ、後五分だけ、いや一分だけ待って下さい! そうすりゃ……!」
わけも分からず俺は目の前の魔物に懇願する。
息づかいが、妙に頭に反響していた。手の中から、エリクサーが地面に落ちて、砕けた。
そ、そうだ、これをすすりゃ……。
血やら何やらが混じってるが知ったことか!
――ギチリ。
頭の上へ持ち上げられたものが見えていて、俺は這いつくばる……まるで処刑台に首を差し出した大罪人のように。
上から降って来る首切り包丁が、ギロチンの刃のように落ちるのがわかっていて。
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