完全なる勝利
――グゥオァァァァァァァアン!
目の前に出現したのは、雄叫びを放つ巨大な赤い竜。
翼は持っておらず、いつぞやのワイバーンとは比べ物にならない威圧感だ。
音圧を遮断していなかったら、耳がつぶれていたかも知れない。
「グハハハ……《赫炎竜フレーガ》と融合したワタシの力を見ヨ!」
ボスモンスターの力をその身に宿した、いわば竜化ダルマンタは、いやに反響する声を出した後口の奥を光らせ……。
――シュボウウウウッ!
そこからは灼熱の火炎が吹き荒れる……だが、ただの炎なら……!
「《乱流障壁》……」
《トルネイド》と《ウィンドウォール》の合成。
荒れ狂う竜巻の群れがブレスを上に巻き上げながらはね返し、竜化したダルマンタの体を壁面に押しのける。
「グゥォォォォォォン……!」
さっきから叫んでばっかりだなこいつ……本当に災厄を引き起こした魔人の一人なのか?
「ハァハァ、キィサマァァァ、ならばッ……この巨体デ押し潰してやル!」
数秒後、魔法の竜巻が消滅すると、魔人は目を怒りで燃やし、そのままこちらへと飛びかかって来るが……それも予想済み。
「そのまま浮かんでろっ! 《エアウォーク・ダブル》」
僕は同時複数詠唱と共に放った《エア・ウォーク》で赫炎竜ダルマンタの重力を無効化し、空中に固定する。
「あ、圧倒してる……すごい……」
「し、信じられん。ダンジョンボスと融合した魔人を寄せつけないなんて……フィルシュよ、その力は一体!?」
「ムガッ……貴様、お、降ろセ――!」
皆が驚きの声を上げ、ダルマンタはジタバタともがく。翼が無い為、空での移動もままならないのに……何の為に飛び上がったんだか。
「誰が下すもんか……皆っ、攻撃するなら今だっ!」
僕の号令に、避難をしていた皆が思い思いのスキルをぶつける!
「我が弟子の恨み! 火には水を……《瀑布の水槍》!」
「《三日月》!」
「「《十字空波》!」」
「《白雷》!」
フォルワーグさんの声を皮切りに、リゼリィの爪が、ポポレポのコンビネーション技が、アルティリエさんの突きがダルマンタの腹側をずたずたに斬り裂き、奴は一段と高い咆哮を発した。
そしてリタが……長い時間をかけて集中した魔力を解放する!
「兄さんの、苦しみを……思い知れ! 《黒月の別離》!」
両手で回転させた杖と同期して、ダルマンタの胴体に黒い筋が浮かび上がる。
空間魔法による強制的な対象物の切りはなし……なのか?
「ク、空間魔法ゥ……クソッ、身動きガ……ギアアアアアアア!」
杖の回転がどんどん速まり、ゆっくりとその胴体が中央で分割されてゆく。その断面は黒い膜でおおわれており、内部がどうなっているのかは見えない。
ダルマンタが必死の形相で、口から火炎を吹きだすが……。
「……《ガスト》」
「ギエエエエ!」
僕は強い突風で彼の顔に向けてそれを反射させ、顔が火に包まれたダルマンタが身もだえする。
――しかし、途中でリタの魔法の効力が弱まりだし、押し戻され始めた。
「グ、ギギギギギ……小娘程度の魔力で、この私をどうにか出来ると思うナァ……!」
「くぅ……ぅぅぅぅ!」
最後の抵抗を示す魔人にリタは歯を食いしばりながら苦痛のうめきをもらす。
このままでは……魔法が不完全なまま終わり、打ち消されてしまう。
僕は彼女の元へ駆けより、肩に手を添えた。
(――頑張って、リタ! ここで、お兄さんの無念を晴らそう……!)
(フィルシュ……!)
合成魔法の要領で、意志を伝えながら彼女の魔力を補強する。
僕が今の彼女にしてあげられることといえば、こうして勇気づけてあげること位だ。
何の力にもならないかも知れないけど、それでもこうして触れあうことで、意志は伝えられる。
信じるんだ……彼女と、それを支える今は亡きお兄さんとの絆を……!
僕の左手首に描かれた文字から、緑色の燐光が輝き、彼女と僕を包み込む。
それが何かはわからない……もしかして、ユニークスキル《循環》の力なのか……。
いや、何でもいい! きっとこれは僕らの助けになってくれる!
「――リタ、行けぇぇぇぇぇ!」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
リタが叫びと共に全身の魔力を絞り出す。
杖の回転が速まり、再びダルマンタの体のずれが大きく広がり、そして――僕らは同時に叫んだ。
「「《断絶の大嵐穴》!!」」
「……か、体がガファ、ギヒィアアアアアアア――!」
シュゴォオオオオオオオッ――!
リタの杖から発生した、渦を巻く黒緑の嵐がダルマンタを包み込み、今まで一つだった胴体部の亀裂が、縞のように全身に広がり、体をバラバラに分割させる。
そして奴の体は捩じ切られるようにぐるぐると回転し、最後に大きく弾けとんだ!
「はーっ、はーっ……」
リタが杖の回転を止め、地面を突いて息も絶え絶えの体をささえる。
《エアウォーク》を解除したことで、バラバラになった魔人は大地へと降りそそいだ。
致命傷を受け、姿を保てなくなったのか、シュルシュルとそのサイズがちぢんでゆき……丁度真ん中に落下した頭部が……恨めし気に口を開く。
「――ヒ、ヒ、ハヒィ。まさか、ワタシがこんな、に、人間……風情に。お、お前さえ、いなけれバ……緑髪の、小僧メ」
僕は風の刃を突き付け、再生しないかを見守る。
とどめを刺したのはリタだっていうのに……。
「僕がいなくても、皆がどうにかしてたさ……お前程度ならね」
「クゥゥ……劣化した魔法士風情に……、クヤシイイイイイィィ……再び魔人王様とまみえるまえに、討たれるとは……」
とはいえ、こいつが人型のまま強化されていればもっと面倒なことになったかも知れないけど……力の使い方を間違えたんじゃないか?
変身してからスキルもろくに使わなかったし……。
「ああっ……ワ、ワタシの、カオが……ヒァアァ、死が……闇が……ワタシを飲み込ム。緑髪の死神メェェェ! ……クヒュヒュ……魔人王様、お気をつけ、クダ、サ……」
失礼なことを言ってくれるな、死神だなんて……。
そうして、最後に嫌な笑いだけを残し……男の顔面はそのままサラサラと、魔物のものとは違う、真っ黒の灰になって崩れた。
終わりだ……。
「フィルシュ!?」
醒めた瞳で見下ろす僕の意識を引き戻したのはリゼリィだ。
「なに……?」
「だ、大丈夫ですか? その、いつもと何か雰囲気が違う気がして……」
「ああ……いや」
僕は意識をはっきりさせようと首を振った。
集中しすぎて、ちょっと疲れたのかも知れない。
「何でもないよ、皆、けがはない?」
「大丈夫です……フォルワーグさんの魔法がありましたし、ほとんど傷は負っていません」
僕のぎこちない笑みに、それでもリゼリィはほっとしてくれたようだ。
良かった……みんな無事で。
「フィルシュ……ありがとう。全部、あなたのおかげ……」
「リタ……今度こそ、終わったね」
よろよろと歩いて胸に抱きついて来たリタの背中をさすりながら、僕の方が安心してしまう。
「皆も、ありがとう……こんな危険な所について来てくれて。いくら感謝しても足りない」
リタは皆に深々と頭を下げ、それを見たアルティリエさんが、彼女から帽子を奪い取り、わしゃわしゃと髪をかき混ぜる。
「ほら、もっと嬉しそうにしろ! 兄君の無念を晴らし、目的の物も手に入れた! 大金星だ!」
「アル。うん……うん!」
リタの泣き笑いの表情に、皆の顔に笑顔が広がった。
「しかし……魔人が出現したなんて、おそらく誰にも信じてもらえないだろうが……フィルシュ、君がいてくれたおかげで私達命拾いしたぞ……」
「フィルシュお疲れ! かっこ良かったぞ~」「ドッキドキしたですぅ!」
アルティリエさんが僕の肩を叩き、ポポとレポがどーんと抱きついて勝利を祝う。
「いやいや、僕もみんながいてくれたから……お互い様だよ」
他の皆も、漁夫の利を狙っていた魔物達を通さないように戦っていてくれたのか、入ってきた通路の方にいくつか、白い灰がつもっている。
皆がそれぞれ必要な役割をこなしていたんだから、これはパーティーの勝利だよね。
「リタ、あれを見よ……」
「あ……耀炎石、それと……黒い、玉?」
ダルマンタの遺灰の中に突き立つのは、煌いた赤色の魔石。《インフェルノピラー》のものよりずっと強い輝きを発している。そしてそのとなりに転がる闇色の結晶は、魔石なのだろうか?
それを持ち上げようとしたリタはちょっと顔をしかめる。
「何かヤダ。大じじ様、洗って」
「仕方ないのう……ワシは水道では無いんじゃぞ……《ウォータ・サーヴ》」
ダルマンタが飲み込んでいたやつだから、気持ちはわかるなぁ。
杖の先からドポドポと出した水流で洗い流したそれらを、リタは布でていねいにつつんだ。
「耀炎石は大収穫じゃが、黒いのはなんじゃろうな。魔人の核なのか……帰って文献を当たってみるとするか」
「いろいろ気になることもありますが、とりあえずここを出ましょう……今から動けば、夜までには出口にたどり着けるはずだ……」
魔人という思いもよらぬ難敵の出現はあったけれど、僕達の足は軽やかに帰路をすすむ。
……そうして、僕らは月が出るまでに入口へと到達し、無事《ラグラドール火山迷宮》から犠牲者を出すことなく生還した、初のパーティとなったのだった。
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