星の見える夜に
その日の夜、天幕の外に風に当たりに出る。
「ふぉがはっ! ……んごごごごごごごぁぁぁ~……むぐぅ……」
中から聞こえてくるのは同席したフォルワーグさんのいびきだ。
それがすごいのもあったけれど、眠気がおとずれないのは、やはり緊張のせいもあるようだった。
そばにあった巨石に腰かけて、僕は空を見上げる。
夜空は星が輝いて綺麗で見ているだけで心が洗われるようだった。
ダンジョンに潜るのも久しぶりだ。
以前の記録が多少残っているおかげで、どんな魔物が出現するか多少は把握できているけれど、心配はつきない。
「ふう……うまくやれるかな」
いや、大丈夫だ……頼りになる仲間達がいるんだ。
無理はしないでいこう……慎重に一つ一つ進もう。
いままでの経験を思いうかべ、あらかじめ想定できる危険の対応を頭の中でまとめていると、隣の天幕がぱさりと開く。
「眠れないんですか?」
顔をのぞかせたのはリゼリィだった。
うす手の寝巻に外套を羽織った彼女は、僕の隣に歩いて来て座って、肩をピタリと寄せる。
「うん……ちょっと色々考えごとしちゃって。入る?」
「はいっ♪」
山の夜は寒いので、僕が外套のはしを持ちあげると……彼女はうれしそうに僕に体を寄せた。
あたたかく柔らかい体の感触がすぐ近くにあるけれど、何となく山のしんとした雰囲気が興奮を打ち消して、僕らはぼんやりと空を見入っていた。
「フィルシュの、お父さんやお母さんのことを聞いてもいいですか?」
「それは……ごめん。あまり話したくないんだ……大丈夫、多分元気でいると、思う」
「……?」
リゼリィの空色の瞳が不思議そうに見つめて来たが、僕は真っすぐにそれを見返すことは出来なかった。
「そ、それよりリゼリィのお母さんは優しそうでうらやましいな。お父さんは会ったことないけどどんな人なの?」
「父ですか……うふふ。う~ん、とても楽しい人ですね。楽しくて、優しい人です」
「ええ? 何と言うか、次の族長さんなんだから、もっとたくましくて、厳しそうでって感じじゃないの?」
僕の中の次代族長さんは上半身裸でマッスルなポーズを決めている大柄な男の人だったのだけど……どうやら違うようで少し気が楽になる。いずれご挨拶に行かないといけないし。
「いいえ。だってしょっちゅう母にお小言を言われて部屋の隅でいじけていたり、羽目を外してお酒をつぶれるまで飲みすぎて、やっぱり母にお説教されて泣いていたりするんですよ。ちょっと情けないですけど、可愛いお父さんです」
「お母さんの方が強いんだ……」
メイアさんはああ見えてなかなか恐妻らしい……優しそうな人が怒ると怖いって本当みたいだね。
「でも……村の皆はとても父のことを慕っていて、父の周りにはいつも人の笑顔があります。それがきっと、父が次の族長に選ばれた理由なんだと思います」
「そうだよね……うん、わかるよ」
僕だって、いくら能力があっても人を見下したりする人に付くより、自分を認めて尊重してくれるような人の元で働きたいと思う。そして僕も、願わくばそういう人間になれればと思う。
「いつになるかわからないけれど、お父さんに会わせてね。きっと、色々学べることがあると思うんだ」
するとリゼリィは頬を赤らめて、僕の方に顔を乗せる。
「それは、婚約者として紹介していい……ということですよね?」
「ええっ……そ、そういうのじゃなくて、ただ人として一度話してみたいって、そういう感じで……」
「む、ちゃんと約束してくれなければ、会わせてあげません……!」
すると彼女はプイッと顔を背けた。
眼を閉じると、彼女のまつげがとても長くて、綺麗だなと思う。
こんな子の隣にいるのが僕でいいんだろうか……。
つい見惚れていると彼女は顔を元に戻して小さく笑う。
「冗談です……またいつでも村に来て下さい。きっと皆も歓迎してくれると思いますから」
「そうだね……その時は色々お土産を持って行こう。楽しみだ……」
そうして僕らは外套の中でどちらからともなく手をつなぎ、再び夜空を見上げる。こうやって二人で寄り添っていると、本当の家族みたいで……。
チクリ、と胸を突くものがあって……僕は眉をしかめる。
「フィルシュ……?」
「何でもないよ……さあ、明日は早いし、そろそろ眠ろうか」
それを悟られないようあわてて笑顔をつくり、僕はリゼリィの手を取って立ち上がらせる。
「明日、頑張ろうね。それじゃ、また朝に」
「……は、はい」
リゼリィによけいな心配をかけたく無くて、僕はその背中をゆっくり押して天幕へ帰らせた後、俯いてつぶやく……。
「いつか、忘れられるといいな……」
・面白い!
・続きが読みたい!
・早く更新して欲しい!
と思って頂けましたら下で、☆から☆☆☆☆☆まで、素直なお気持ちでかまいませんので応援をしていただけるとありがたいです!
後、ブックマークの方もお願いできればなおうれしいです。
作者のモチベーションにつながりますので、なにとぞご協力よろしくお願いいたします。




