大空の下で
それから数週間後――。
王都郊外の草原に設置済みの、《飛行試験用魔導筐体》と名付けた――両手を広げた位のサイズの箱の中に、今僕らは座っている。
製作者は、主にドガンス氏とラクア。ポポレポも金属工芸に多少の心得があるらしく、大きく力になってくれた。外見は鉄板で出来た武骨な立方体だ。
内部には魔法発動の為の回路版を設置した台座と、座席くらいしかついていない簡素なつくり。外板には魔力を通しやすいミスリル板がはさんである。
さすがに二人だと少しせまい。
「――リタ、外で待ってたらいいのに」
「いや。やっぱり最初の成功の瞬間を私も味わいたい。それに……」
リタが僕にしっかりと抱きつく。
「フィルシュがいれば大丈夫。守ってくれるでしょ?」
「……わかったよ。何があっても、ちゃんと守るから」
「それが聞きたかった……ふふ」
僕の肩に頬ずりするリタの表情は大分変ったように思う。
その笑顔には確かに信頼の色がある――。
……あれからしばらくの時間を僕らは王都のリタの屋敷で過ごし、研究についやした。
その間に勲章がアルティリエさんから届いたり……リゼリィの、冒険者として初の冒険へ同行したりと、そんなことがあったんだけど、それはまた別の話。
長く暮らす間に、皆もすっかりリタと仲良くなった……まだ、色々とけんかも絶えないけどね。
クロウィの街のクラウゼンさんも手紙を書いて状況を知らせると、こちらは大丈夫だから、心配せずやりたいようにやって下さいとありがたい言葉をくれた……本当に、いい仲間に恵まれて幸せだ……。
――そんな風にひたっていると……そこで外の小窓からの声が入り、中断される。
「こら~リタ、フィルシュに甘えてるんじゃない。こんな実験にわざわざ付きあわせたんだ。それなりの成果を見せてもらわんとな」
アルティリエさんが眉間にしわを寄せてリタをたしなめる。しかしそれは、どこか困った妹を見るかのような暖かさに満ちていた。
「うん、それじゃ号令を」
素直にうなずいた彼女は大きく手を上げると、それを振って合図をする。
遠くで仲間達が、進行方向上空に危険なものが見えないか確認して、両手で丸を作る。
「よし、ならばこれより、『人類発の……魔道具による飛行試験』を開始する!」
彼女の張りのある声が高らかに空にひびき、僕はリタと視線を合わせうなずいた。
「魔導回路一番、魔力供給開始!」
「魔導回路二番、同じく魔力供給開始!」
箱型の機体の前面に張り出した壁に設置された球体へ、僕、リタの順で魔力を込め始め、設置されている魔導回路板に魔力が注がれていく。
結局色々試した後、採用された要素結晶は、
・一番回路が《風 浮力制御 対象指定 範囲指定 移動操作 風耐性 衝撃耐性 摩擦減衰 風物質化 風圧制御 効率化》……機体を制御する。
・二番回路が《風 浮力制御 対象指定 範囲指定 衝撃耐性 風耐性 効率化》……内部の乗客や貨物の重力を中和し、安全を守る。
という、二段階の方式を取るようになった。おそらく実際の製造時には機体自体が大きくなるので、機能はもっと分散して複雑化することになるらしい。
そして方式は、空中に空気で成形したパイプを滑走するような形になった。動力は風を噴射する圧力だ。
「発射台上昇!」
魔力供給する僕らの傍でアルティリエさんの高らかな号令が発せられた……鍛えられた発声は、遮るものの無い草原によく響く。
ぐぐっと筐体が持ち上げられる。これは下に成形した空気の台が機体を押し上げていく状態。
たちまちに僕らの視線が高くなり、大地にいる皆の姿が豆粒のように小さくなる。
目の前の何もない青空に、半透明のレールが敷かれてゆく。
そして……。
「では、秒読みを開始するぞー! 10、9、8……」
徐々に数を減らす秒読みに僕らの胸が高まり、リタは、そばにいた僕の手をぎゅっと握る。
回路板に、最終の工程をクリアしたランプが点灯。
緊張にふるえるその手を握り返し、秒読みはやがてゼロになる、そして――。
「「「発射!!!!!!」」」
全員が号令と同時にさけび、機体が動き出した。
風に押され、チューブ状の空気の壁を通して、機体がゆっくりと加速していく。
「……わぁっ」
僕にとっては、見慣れた空の景色。
でもそれは、リタにとってはとても新鮮なものみたいで……月みたいな丸い黄色の目が、お日様に照らされて宝石みたいにきらきらと輝いた。
そして、どうしてか。
「リタ!?」
彼女の頬をひとしずく、涙がそっと伝っていく。
「大丈夫。……私のやって来たこと、ちゃんと意味があったんだって、なんだか、嬉しくて。フィルシュ……本当にありがとう」
そしてリタは僕の顔から視線を外し、青い空に目を向けてはにかみながら微笑んだ。
――ありがとう、お兄ちゃん……私を育ててくれて……私、おかげで大きくなれたよ。もうすぐ、あなたが生きた証を、証明して見せるから。
そんな言葉が聞こえた気がして……。
きっと、彼女は辛いこととちゃんと向き合えたんだとその時思った。お兄さんは今ここには居ないけど、この先もずっとリタの背中を支え続けてくれるだろう。
「うん……。ライアスさんも喜んでるよ、絶対に」
僕はリタの細い肩にそっと手をそえる。
旅立ちを祝福するような明るい空に包まれながら、僕達は世界初の飛行型魔道具の完成を祝った。
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