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代わりでもいいから

 その後屋敷に戻った僕は、使用人の人々にリタの居場所を聞く。

 どうやらこの間の書斎(しょさい)に一人で(こも)っているようだ。


 案内してもらうと僕は扉を叩く。


「リタ、いますか?」


 ……返事が無いな。


 中から息遣いがするので、多分いるはずなんだけれど……。

 ドアノブを回すと鍵は掛かっていないようだったので、僕はもう一度声を掛けてゆっくりと扉を開いた。


 どうやら、彼女は寝ているようだった。

 机に突っ伏した状態で、すぅすぅと寝息を立てている。


「……少し風が冷たくなって来たし、起こした方が良いかな」


 僕は半開きになった窓を閉めリタの体を揺する。


「リタ……起きて下さい。風邪を引いたりしたら困るでしょ?」


 すると彼女はゆっくりと(まぶた)を開き、僕を見て驚いた顔をした後、嬉しそうに抱き着いた……。


「……お兄ちゃんっ!」


 見たことの無いような嬉しそうな、明るい顔でしがみつく彼女。


 でも僕は……ライアスさんじゃないんだ。


「リタ……違いますよ」

「……あ」


 彼女は寝ぼけていた状態から復帰したのか、とたんに表情を失くしてうつむいた。


「……ごめん。そんなはずはなかった。私は何を馬鹿な事を言ってるんだ……死人が生き返るはずなんてないのに」

「リタ……ライアスさんの話を僕、聞いたんです」


 彼女はびくっと肩を揺らすと、疲れたような顔を上げた。


「そう……ごめんなさい。あなたには関係のないことなのに……」

「いいえ……」


 少し口ごもった後、僕は気合を入れて話しだす。


「あ、あの……フォルワーグさんはリタのことをとても心配していました。そして、あんなことになって、止めることが出来なかった自分を悔いているようで……辛そうでした」

「うん……あの人は何も悪いことをしていない。こんな孤児の私にもとても良くしてくれた……本当は、感謝してるの、でも」


 きっとリタも、自分の気持ちのやり場が無くて、苦しいんだろう。

 だからずっと、こうやって書斎に閉じこもって、仕事に没頭して。


 積み上げられた本の多さがそれだけ、彼女のやりきれなさを表しているように思える。


「……フォルワーグさんにも、あなたをできる限り支えてやってくれと頼まれたんです。僕になにか、できることがありますか?」

「……少しだけ、話を聞いて欲しい」


 リタは部屋の隅に歩いて座り込み、僕も隣に腰を落ち着けた。

 そうして彼女は胸の内を吐き出し始める……。



 ……――兄の姿がどこにもいなくなって。


 私はどうしていいか分からなくなった。

 毎日、兄の姿を探しながら屋敷中を徘徊(はいかい)しては見つけられずに、この部屋にこもって泣いた。


 大じじ様はそんな私を気にかけ忙しい中何度も屋敷をたずねてくれたけど、それでも私の哀しさは和らげられなかった。


 次第に、もっとも兄の面影が残るこの場所で私は一日の大半を過ごすようになり、兄の影を追うように魔法の研究に傾倒(けいとう)することになった。


 大じじ様が私を宮廷魔法士に推薦(すいせん)したのも、恐らくは兄の死から私の目を背けさせようとしたのだと、なんとなく今ではそんなことを思ったりもする。


 悲しみを抱えているのはつらい。

 でもそれが薄れていくのはどこか兄の存在を忘れていくようで、恐ろしい。


 逃げ出したいけど、しがみついていたい……そんな矛盾した気持ちを抱えたまま、時間はゆっくりと私を正常に戻していく。


 気づけば私は宮廷魔法士として、兄と並ぶ地位になっていて……。

 誰かが賞賛した。兄と同じ年齢で同じ役職に就いたことを……そこでやっと気づいた。

 あれから……もう三年も経っていたのだと。


 兄の顔が、非常にぼんやりとして思い出せなくなっていた。

 どうしてこんなことを続けているんだろうと、ふと疑問に思う。

 それを誇るべき家族も、もういないのに……私は寝る時間を削ってまでなぜこんなことをしているのか少しずつわからなくなり始めた。


 私は本当に兄の意思を継ぎたかったんだろうか?

 それとも、私が近くにいることで、兄のことを誰かが思い出してくれると思ったんだろうか?

 考えることから、逃げ出していたかったんだろうか?


 そんな疑問に答えを出せず……仕事に少しずつ精彩(せいさい)を欠くようになった時、現れたのが、あなただった。


 アルがあなたを勲章授与の会場に連れて来た時、背中越しのあなたの声を聞いて、唐突に兄の顔を思い出したの。


 あなたが魔法の才能を持っていなくても、きっと私はあなたを紹介してもらっていたと思う。


 そしてあなたは、やっぱり私が思った通りに、兄によく似ていて、とても優しく私に接してくれた。


 一緒にいると、信じられない位嬉しくて心地良くて……私は、自分の中にある罪の意識を見て見ないふりをしたんだ――あなたは、お兄ちゃんの代わりじゃないのに。


 ――――――……。


 リタは、ボロボロと涙を流す顔を覆って膝に顔を埋めた。


「ごめんなさい……! 私、お兄ちゃんを思い出す為だけにあなたに甘えてたの……。どうしてもいなくなったことを未だに納得したくないって、そんなことだけの為に、あなたを兄の代わりに見立ててた……」


 きっと、お兄さんを失くした数年間、彼女はずっとそのことから目を逸らすだけで精一杯だったんだ……苦しいのがわからない位一生懸命別の事で頭を一杯にしてそれを胸の奥に追いやって。


 それを周りの人達も、見ていることしかできなくて……僕なんかが今更それをどうにかしようなんて、おこがましいにも程があるけど。


「――――!!」

「辛かったね、リタ……いいんだよ、僕なんかで少しでも代わりになれるなら」


 僕は彼女を抱きしめる……今だけは、彼女の兄代わりのつもりで。

 それでも彼女は首を振る。


「駄目だよ……わかってるの。あなたにも、あなた自身を大事にしてくれる皆がいる。私は……大丈夫だから。また明日からちゃんと、できるから。だから、私のことは……」

「――ほっとかないよ!」


 僕は彼女の髪の毛を……少しパサついた、でも女の子の細くて柔らかい髪を愛しむように撫でる。


「ほっとかないから。女の子だからとか、泣いてるからだとかじゃなくて……ここにいるのが君だから、僕はほうっておけないんだ。だから、そんな風に一人で苦しまないでよ……苦しむなら、僕も一緒に付き合わせてよ」


 リタはいつしかぐしゃぐしゃになりかけた顔を上げて嗚咽(おえつ)をもらす。


「でも私は……あなたを利用してたの。ずるくて、汚い子なんだ……」

「それでもいいから……」


 目もとが真っ赤に染まるリタの顔を両手で挟み、僕は笑いかけた。

 できるだけ気持ちが伝わることを祈って。


「君が僕を必要としてくれるなら、それでいいんだ。身代わりだって、踏み台だってなんだっていい。お兄さんのことを忘れられなくてもいい……でも、元気になって欲しいんだ。素敵なお兄さんがいたことを笑って思い出せるように……ちゃんと顔を上げて前を見て欲しい」

「フィルシュ……ううっ、ぁぅ」


 彼女が背負っていた重荷を、少しでも軽くしてあげられるのなら、僕は、嬉しいんだ……。


 そんな風に願って僕は腕に強く力を込め、そしてリタは、僕の胸に顔を埋めてわあわあと泣き出す……。


「ごめんなさいっ! うぁぁぁぁぁぁっ、お兄ちゃん……お兄ちゃん――!」


 赤子のように泣き叫ぶ彼女を心配したのか、駆けつけた仲間達が扉の隙間から顔を覗かせたけど、僕は口に人差し指を立てて頭を下げる……今はゆっくり悲しませてあげたい。ちゃんと、これまであったことと向き合えるように。


 それを察してくれたのか、彼女達はうなずくと静かに立ち去って行く。


 そうやって、泣き疲れて彼女が眠るまで……僕はリタの背中をずっと()でてあげていた。

・面白い!

・続きが読みたい!

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