リタが背中に背負うもの
ラクアの魔力が回復し、《魔力抽出》の要素結晶が作成し終わった後、僕達は目当てだった《浮力制御》と他いくつかの結晶をドガンス氏からタダでゆずり受けた。
ラクアはこちらの実験にも興味があるようで着いてきたがったけど、まだまだ仕事は多いらしく……ドガンス氏から引き留められて仕方なくその場に残っていた。
リタは袋の中に入れられた色とりどりの要素結晶を見てご満悦だ。
「売ればこれだけで一財産。宮廷魔法士団におさめることになるから、その際にちゃんとフィルシュに換金額が報酬としておくられるよう手配しておくので楽しみにしているといい」
「そんな……大したことをしたわけでもあるまいし受け取れないよ」
「ダメ。正当な報酬をちゃんと受け取らないと、雇用のバランスだって崩れてしまうから。受け取ってそれをどうするかはあなたの自由だけど」
リタは受け取りを拒否しようとする僕の腕を捕まえて説教し、その後ぐっと楽しそうに体を寄せる。
なんだかすっかり距離が近くなってしまった気がする。
口達者な妹がいたらこんな気分なのかも……こんな風に甘えられると、ちょっとうれしい。
そういえば、それとは別の収穫もあったんだ。
ドガンス氏は多くのスキルを分析して来た専門家……きっと僕のユニークスキルのことも何かご存じに違いないと思って、思い切って相談してみたんだ……。
――彼はこんな風に話してくれた。
『――《循環》のう……すまんが、ワシも聞いたことはないのう。そもユニークスキルという位じゃから、個々人で全く違った物を持っているのが普通じゃからな。教会で鑑定はしてもらったんじゃろ?』
『教会では無いですが、信用できる知人に一度鑑定して貰いました。けれど、彼女にも効果は良く分からないとのことだったんです……スキル効果がはっきりと確認できなかったと言っていて』
通常、ユニークスキルは、ネルアス神教会につとめる専門のスキルを持つ聖職者たちが鑑定してくれる。
取得時に明確に神様からお告げとかが下る訳では無いので、スキルの使用を繰り返すうちにその存在に気づいたりすることも多いけれど、分からない場合も多々あるから、ユニークスキルが目覚めていないか……その為だけに教会通いを続ける人もいる位だ。
『ふむ……そうか。ならば間違いはないんじゃろうが……循環、か。言葉尻だけつかめば、他者とお主との間で何らかをやり取りするようなスキルじゃないのかのう……確かなことは言えんが。ワシが知っているのであれば、《魔力譲渡》とか、《経験共有》なんていうのもあったかの……』
人と何かをやり取りするスキル……か。う~ん……あまり覚えがない。
一番接することが多かったのはゼロン達だけど、彼らとお世辞にも仲が良かったとは言えないからなぁ。
思い悩む僕にドガンス氏は言った。
『……そう悩むこともあるまい、お主は魔法使いとしては抜きんでた力を有しておる……。何かと敵対する訳でもないなら、今より力を追い求める必要もないじゃろう』
『そう……でしょうか』
『ま、冒険者の考えはワシには分からんが、急いでも解決せんこともある。今は他に注力すべき時だと、そういうことではないかな? こうやって色々な意見を聞き、考えておる内に、いずれ道は開けるじゃろう。心配するな、ワシも若い頃は多く悩んだが何とかなっとる。ま、そのせいでこんなにハゲちまったがのぅ……きっと大丈夫じゃ、ガッハッハ――』
彼は僕を安心させようと肩をバンバン叩いた。
その力強さが悩みを吹き飛ばしてくれるようで、僕は少し気が楽になったんだ――。
◆
作成した要素結晶を手に、リタは僕を再び虹の塔に連れて行った。
「大じじ様! 見て下さい、浮力制御の結晶です! 他にも魔力抽出の結晶もできたんですよ、フィルシュのおかげで!」
「ほう……! さすがじゃな……お主は魔法の神に愛されておるようじゃ」
魔法の神なんているのか……初耳だけど。
フォルワーグさんはうれしそうに要素結晶を取り出したリタの頭を撫でる。
まるで孫を見る祖父のようにその視線は温かだった。
リタが子供のようにはしゃいで、こちらに走って来て抱き着く。
普段はあまり表情を見せないけど、案外人懐っこい所もあるんだな。
「随分仲良くなったようじゃの。ふむ、そうして見ると本当に、あやつの……ライアスのよう……ああいや、何でもないんじゃ」
ビクッ、とリタの肩が跳ね、一瞬で表情がくもったのでフォルワーグさんは慌ててとりなす。
だが、リタはそれを拒絶する様に冷たい言葉で答えた。
「……違います! 彼はあの人じゃない……。あの人は、もういない……。すみません……失礼します」
無表情に戻ってしまったリタは、声のトーンを落として頭を下げ、扉を開けて出て行く。
僕があわてて追おうとするのをフォルワーグさんの声が引き止めた。
「少し待ってくれんか。フィルシュよ、お主に話しておきたいことがある。ライアスという男についてじゃ」
「は、はぁ……その人がどうかしたんですか?」
少しの沈黙の後……フォルワーグさんは重い口を開く。
「そやつの正式な名前は、ライアス・チェック。つまり、リタの兄、そして……」
僕はその言葉の先を言わずともわかっていた。
リタはあの時はっきりと言った……あの人はもういない、と。
そして老人は予想通り残酷な事実を告げる。
「彼は、三年前に命を落とした。己の夢の為に……」
◆
フォルワーグ老は、いかめしい顔をしたまま、昔語りを始めた……。
――わしとチェック兄妹は、とある孤児院で出会った。わしらは様々な場所から定期的に魔法の才のある者を探し、宮廷魔法士候補としていずれ採用する為に引き取ったりして育てているのでな。
引き取った時は兄のライアスが十三歳、妹のリタが九歳。幼いながらも優秀な魔法の才能を持っていると判断された彼らをわしは自ら育てることにした。
二人は優秀な魔法の才能を表し、特に兄のライアスは、その後二年で宮廷魔法士団に入団。
そしてその後二年で一団を任される団長として認められた程の才覚を見せた……。
あやつは、リタと同じ髪と目の色をしていた、良く笑う闊達な男でのう。才気を鼻にかけることは無く、常に温厚で他の者を気にかける心を持つ、広い器の持ち主じゃった。
ライアスの周りにはいつも人が集まり、そのせいで構ってもらえないリタは不満そうに、だがどこか誇らしそうに眺めておったよ。
そして奴は一団長になるや、自分で屋敷を購入し、それまで寝泊まりしていたわしの家から移りよった。
恐らく……リタがわしの贔屓を受けていると陰口を言われていることを気にしたのじゃろう。
ライアスも団長になるまでは孤児であることをつつかれたり、散々に嫌がらせを受けたりしたようじゃからのう……魔導を極めんする者がそんな低劣な真似をするとは、まことに嘆かわしいことじゃ。
……何はともあれライアスは自分の力で団長の座を勝ち取り、リタもそんな兄の背中を見習って努力し、ついに正式に宮廷魔法士の仲間入りを果たした。そんな頃じゃった。
――ライアスには二つの夢があった。
その一つは、今リタとお主が手掛けている、飛行用魔道具の作成。
これが出来れば多くの荷物や人を自由に世界の至る所に運べるようになる。
流通に革命がおこり、今以上に人や物の出入りが活性化し、国は発展を遂げるじゃろう。
そしてもう一つは、魔導炉と呼ばれる魔道具の作成。
詳しい説明は省くが、魔石を原料として、魔力を貯蔵、生産できるようになる道具のようなものだと思って貰えばよいかの。
これを各都市に設置することができれば、今までしていた定期的に魔石から魔力を抽出し各魔道具に振り分けるといった面倒な作業が短縮され、多くの国民が魔道具の恩恵を受けられることになるじゃろう。
ライアスは表向き、魔法史に自分の名前を刻みたいとなどと冗談交じりに言っておったが、わしは本心は違うような気はしておった。
自分を捨てた親に対して、立派になった自分の名が国に知れ渡れば、それがある種のメッセージになる。もしかしたら、親が自分や、リタに会いに来てくれることを願っていたのかも知れん……今となってはその心の内を知ることは出来んがのぅ。
なまじ才があったがゆえに、ライアスは夢へ手が届く所まで来てしまった。そしてわしを含め、それを止めてやれるものがおらんかった。
そして……ライアスは今から三年ほど前、自身で打ち立てた魔導炉の作成理論を実証する為に必要な素材を得る為、やとった冒険者と共にあるダンジョンに挑んだのじゃ。
そこで奴は、帰らぬ人となった――。
――――……。
フォルワーグさんが顔を上げる……その顔はげっそりとやつれているように見えた。
「その頃からリタは、寝食を忘れた様に魔法の研究に打ち込むようになった。そして彼女も親から受けついだ才能を開花させ、階段を飛ばすようにして宮廷魔法士として成り上がって行った……じゃが」
後悔の念が詰まった息を吐くと、フォルワーグさんは呻くように言う。
「それを見ていて、どうしても兄の姿と重ねてしまっての。わしは恐れておるんじゃ、ライアスのみならずあの子までがどこか手の届かぬところへ行ってしまうことを……。わしらは生き急ぐあやつを止めることができなんだ……あやつの才能に期待し、荷物を背負わせることしかしなかったのじゃ」
フォルワーグさんは、自分の選択をひどく悔いているようで……かける言葉が見つからなかった。
「……すまんの、本来なら部外者であるお主に話すようなことではなかった。じゃが、あの子のあんなうれしそうな顔をみたのは久しぶりなんじゃ……それこそ、ライアスがいたころそのままに思える位に」
「そ、そんな! 僕は彼みたいに立派な人間じゃ無いです……ただの少し運が良かった冒険者ってだけですから」
「謙遜するな。わしも老いたりとは言えそこまで目は曇ってはおらぬ。お主にならリタを任せられる、そう思ったから話したんじゃ。どうか頼む、ここにいる間だけでもあの子の支えになってやってくれんか。わしの言葉ではもう、あの娘には届かぬ」
「……そうは思いませんが……わかりました。僕も自分にできることをやってみます」
……彼女が僕を慕ってくれる理由にはそんな事情があったなんて。
過大評価だけど……僕の身を案じてくれた彼女が、もし今も辛い思いから抜け出せずにいるなら、力になりたい。
するとフォルワーグさんは座椅子から立って深く頭を下げる。
「礼を言う……ありがとう。今後困ったことがあれば、いつでも相談に乗ろう。恐らく、今お主の周りでは大きく環境が変わり、今後お主を利用しようとささやくものも出て来るやも知れぬ。じゃが、お主は自らの大切な者と共に、自分で選んだ道を進むが良い。決してお主を大事に思う者がいることを忘れずにな」
「はい……! 肝に銘じておきます」
老人にリタのことを頼まれた僕は、塔をあわただしく駆け下りてゆく。
今も一人で兄の背中を追い続ける、小さな女の子を支える為に。
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