◆《黒の大鷲》のその後④(ゼロン視点)
石畳を踏みしめて魔物達が殺到する。
「おい! 右側をとっとと引き付けろ! 対応が間に合わねぇ!」
「へ、へい!」
うすのろがやっと数体の魔物を釣って行きやがった……遅えし、少ねぇんだよ!
「おい女! 魔力の回復が間に合わねぇ……もっと高効率の魔法はねぇのか!」
「こ、これが限界で……すっ! ううっ……」
コイツも使えねぇ……あのクソが使ってた補助魔法の三分の一も効果が出てやしねェ……!
目の前に押し寄せるのは《ブルーリザードナイト》と《フローター》。
どちらもSクラスの魔物で、前者は青色の鱗を持つリザードマンの戦士、後者は紫の球状の体に大きな一つ目だけが開いた、蝙蝠翼の浮遊生物。
「ちょっとゼロン、やばいって……中央が押さえてらんない!」
「おめえら何やってんだ! 二人いて抜かれそうになってんじゃねぇ!」
叫んだのは女剣士シュミレ。
俺は左翼から押し寄せる魔物をある程度斬り伏せた後、魔剣《闇の王》を発動する。
「どらぁッ……《黒閃裂空》!」
「ギィェェェェェェェェッ!!」
この魔剣は俺の魔力を吸って伸長し、斬撃を闇属性の衝撃波として飛ばせる代物だ。俺のユニークスキル《連斬》と同時に使えば、それは幾重にも重なる斬撃の嵐となって魔物どもを消し飛ばす。
「くそったれが、ハァ、ハァ……」
しかしそれは同時に魔力を多大に消費し、余力をごっそりとけずり取った。
一時的に中央はこれで押し返せそうだが……。
「おい、リオ、ちんたら詠唱してんじゃねぇ!」
どこにいるかと思ったら、こいつが下がってたせいで中央がぶち抜かれそうになってんじゃねぇか!
「もう終わります! 《灼翼の炎凰》!」
赤髪の火魔法士が唱えたスキルによって空中に生み出された火の鳥が、地上に向かって滑空し、広範囲に渡って魔物どもを燃やしなぎ払う。
一気に百体近くの魔物が消滅し、残り数体となった魔物達は悲鳴を上げながら退却していく……。
足元でうめいていた一匹のリザードナイトの首を刺しつらぬき、俺は毒づいた。
「一体……どぉなってんだァ」
俺達は一時休息を取る……新しくパーティに入れたメンバー、水魔法士のセリアとかいう女が倒れたからだ。奴は主に《マナリチャージ》と《コールドケイジ》と言う魔法で、俺達の魔力の補充と敵の行動阻害を行わせていたが、数時間も経たないうちにこれだ。
「ふざけんじゃねぇぞ! たった二つの魔法を同時に使用してるだけでバテてんなっつーの!」
「も、申し訳ありません、でも……普通の魔法士では支援魔法の同時展開は一時間程度が限度なんです……ですから、各人で分担して補ったり、小まめに休息を挟みながら慎重に数日掛けて踏破するのが普通で……。このパーティーの進行速度は異常です……」
(ああ……? フィルシュのゴミがいた時の半分の速度も出てねえのにか? クソッタレが……!)
口に出すのも忌まわしくて俺はその言葉を呑み下す。侵入してからすでにもう、半日以上は経過していた。
「回復アイテム持って来てるけど、ちょっときついわよこれ……」
「思ったように行きませんね……ここまでとは」
シュミレ、リオの表情も暗い……。
このダンジョン、《ハブラ族の古代神殿》もSクラスのダンジョンだ。俺としては前回行った《魔術師コーリンツの墓穴》に再度挑戦する気でいたのだが、メリュエルが強硬に反対した為、探索するダンジョンのグレードを少し落とした。
だが、それでも……このザマとは。
「……ギミックの解除手順を間違えたのが致命的だったのでは」
「ンだと? 俺のせいだって言いてえのか?」
ぼそりとつぶやくリオの、非難するような目線が気にさわり、俺は真っ向から奴をにらみつける。
――このダンジョンは正方形の形をしており、入り口から続く中央の広間から四隅に向かって分岐する四本の道がある。
それは最初は一本しか開いておらず、道中で入手した石板を奥にある台座の定められた位置に収めることで他の道へ続く扉が開き、最終的に広間と入れ替わる形で地下の宝部屋とボスモンスターが現われる。だが、石板をはめる場所を間違うとモンスターが大量に出現する。
「そういうお前も地図を見損ねて数発罠を起動しちまってたろが!」
「それは……」
そして、間抜けなこいつが引っ掛かりやがったみたいな、落とし穴やボタン式の警報装置なんかもあちこちに仕掛けられてやがる。幸い以前作られたマップがあるせいで大半は回避できたが、完全にとは行かなかった。
そんなこともあり無駄な戦闘の繰り返しや不要なダメージで、消耗する羽目になったんだ……。
もう奥は近いが、全員が精神をすり減らし……疲労が目に見えている。
前回はギミックを含めノーミスで最短ルートを突破できたはずなのに……!
「やはり、先導役のフィルシュがいないと上手く行きませんね……罠の位置の把握や対処もほとんど彼に任せていましたから。無駄が多すぎる……」
「そうよ……。ねえ……もう帰んない? アタシ、だるい……」
「テメェ……! 二度連続で探索に失敗したとなりゃ、偶然とは見て貰えねぇ! 俺達の地位が危うくなんだよ! わかってんのか!」
俺はメリュエルの言葉に同意し戦意を失くしたシュミレの胸倉をつかみ上げた。
だが、こいつはあろうことに抜いた剣を俺の顔へ向けやがった。
「俺達……? 正確にはアンタのギルマスの地位が、でしょ? んなもんの為に何でアタシが命かけなきゃなんないのよ……離せ!」
「テメェ……リーダーの俺様に歯向かいやがって、ただで済むと思ってんなよ!」
今はもう三つ目の通路を踏破したところだった。もう少しふんばりゃボスモンスターにたどり着けるんだ。
ここで引き下がるつもりは俺にはねぇ。
リオが止める様子も無く小さく舌打ちしただけで顔を背けた。
勝手にやっていろということか……どいつもこいつも、気に食わねぇ。
力づくでもコイツにいうことを聞かせようと拳を振り上げたその時……。
「――――ァ……」
「――!? 何か聞こえませんでしたか……?」
メリュエルがわずかに緊張した声で俺達に問いかけたので、仕方なくシュミレを解放してやると、ヤツは苛立たし気に顔をゆがめ乱雑に剣を振る。
それを気にする余裕すら、体を揺らす嫌な振動で吹き飛ばされる。
何だこりゃ……まるで地下から何か、せり上がるかのような……。
「なにが聞こえるってのよ。知んないわよ……ってか、どっか崩れたりしてんじゃないの?」
「いえ……何か人の声のような……」
耳を澄ますメリュエルの様子に合わせ、思い付いたようにリオが言う。
「そういえば、新しく引き入れた男の方が帰って来ませんが……」
「あ……? 大方そのまま逃げちまったんじゃねーの?」
そうに決まっている……あのウスノロ。■■■って名前だったか。
一人で無事に脱出できたかはわからねえが、役立たずの末路なんぞ知ったことか。
「取りあえず、広間に戻るぞ――」
俺達は疲れた体を引きずりながら、通路の出口へと足を進める。
空気が重いのは、疲労のせいだけではないだろう……この先から感じる嫌な気配を、誰しもが感じている。
「チッ……」
ここ数年なかった悪寒に、俺は唾を吐き捨てた。
もう広間への入り口はすぐそばだ。なのに……。
「ちょっと待って、これって……」
視線の先の床色が、青から黄に変わっている。
そして、中央に伸びる大きな影。
俺達は足を速め、広間の内部に飛び込み、そして息をのんだ。
「――おい……まさか」
「ええ、そのまさかのようです」
「……嘘でしょ」
シュミレの言葉に反応したように、それは巨大な頭部にある赤い隻眼を向けた。
右手には、握り潰されたどす黒い何かを握っていて、無造作に地面に……べちゃりと放り投げられる。それは、■■■の……。
《エグゼキュートゴーレム》……体中におぞましい形状の武器を装備したそのボスモンスターが、出口をその体で封鎖していた。
(何が起きてやがる……!)
時間経過か、はたまた、トラップの起動回数か……他の何らかの要因がキーだったのか。
本来最終段階で出現するはずの舞台とボスモンスターが、俺達の生還を阻む。
「やるしかねえぞ、おい……」
「最悪……死にたく、ない……!」
泣きそうな声でシュミレが言い、他は無言で青ざめる。
俺達は覚悟を決めるしか無かった。
逃げ道も無く、生きて帰るにはあいつが塞いだ道をどうにかして抜けるしかない。
俺はこの時……冒険者になって数年ぶりに感じた死の気配が、もう背中のすぐ後ろに迫っているように感じていた。
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