お風呂の中で
リタの屋敷は大きく、一人に一つ当てがわれた豪勢な部屋で僕は夕食後にゆっくりくつろいでいた。
「ふう、何か色々どたばたしちゃったな……」
元パーティにいた時にいた時も、睡眠時間をけずる勢いで働いていたけれど、それとはまた別種の忙しさと言うか……。
でも辛くはない……むしろリゼリィと出会った時から色んな人の役に立つことを実感できて、すごく充実感のある生活を送れている。ちょっと出来過ぎているような気もするけれど……今はこの幸せを噛みしめたいな。
副ギルドマスターと臨時とはいえ、宮廷魔法師の兼任だなんて与えられた役目は僕には重すぎる気はするけど、期待してもらえているんだから、出来るだけのことをして返したい。
そうしていれば、何となくうまく行く気がしてるんだ、今は。
柔らかいベッドに寝転んでいると目をつむっていると、気持ちよく寝てしまいそうになり、僕は体を起こした。
「ん~確か大浴場があるから使って良いって言われてたよな……」
遅い時間になると、管理している人に迷惑だろうしさっさと入ってしまうことにしよう。
大きいお風呂にゆっくりつかれる機会なんて、冒険者をやっているととても少ないので、絶対逃すべきじゃないと気合が入る。
リタに言われた通り着替えをメイドさんに用意してもらう。
「男性用は左側で御座います、ごゆっくりお使いくださいませ……」とすぐに去って行った彼女に頭を下げ、僕は脱衣して浴場に入った。
「わ、凄いな」
石張りの広い空間の中央に、十人くらいは入れそうな浴槽が口を開けている。
良く分からない下半身が魚の動物の像からジャバジャバ出ている湯を横目に、僕は隣の洗い場に腰掛けた。
こんな豪華な浴場を持っているなんて、リタはまるでお貴族様みたいだ。
宮廷魔術師ってやっぱりものすごく裕福なんだなぁ。
僕が目にしみる泡をぐっとこらえながらシャカシャカ頭を泡立てていると、カラリと扉が開いて誰かが入って来たのがわかった。
使用人の人じゃ無いだろうし、僕らの他にもお客様がいたのか……挨拶しないとまずいよな。
僕が慌てて頭を洗い流し、髪をかき上げながら霞む目をそちらにやる。
その人影は小さく、そしてバスタオルを体に巻いていて……ええ!?
「私も入りに来た」
「……リ、リタ! どうして!?」
「騒がないで」
彼女の細い指が僕の口を封じ込め、黄色い瞳がこちらを見つめる。
白い肌に、バスタオル越しにうっすらと隆起した細い体。
まるで絵本で見る妖精のように綺麗だ……。
しばし見つめ合った後、彼女は隣に座る。
僕はバッと目を逸らして立ち上がろうとするが、腰回りに巻いたタオルを彼女がバシッとつかんだ。
「待って。少しゆっくり話したいだけなの……お願いだから」
ふだん表情に乏しい彼女がそうとわかるくらい悲しそうに眉を下げたので、僕は仕方なく座り直す。そうでなくてもこのタオルをもぎ取られたら、困った事になってしまう。
「は、話すなら……別にお風呂を出てからでも良くありませんか?」
「いいけど、私も色々忙しいから」
なるほど……色々他にやることがあるからまとめてやってしまおうと。
効率主義なのかな、彼女は……さすがにこれは問題だと思うけどなぁ。
「少し後ろを向いてて。体を洗う」
「いっ!?」
「お風呂に来たんだから当たり前」
いやいや、それはそうでしょうけど……あなたがここにいることがすでに僕としてはイレギュラーなんだけど……。
バスタオルを落とす音に僕は震え上がって顔を挟む。
そんな僕に、彼女は何の動揺も感じさせない声で話しかけて来た。
「フィルシュは何か目標は……やりたいことはある?」
「僕ですか? 最近になっていきなり環境が激変したから、今はただ……自分に与えられた仕事を精一杯やらなきゃって」
その原因の一端は彼女にもあるのだが、それは言わぬが花だろう。
「そう……ごめんね」
「え……?」
数度、お湯を流す音がした後、それははっきりと聞こえた。
僕はなぜ彼女が謝るのか分からなくて、ついそちらを見てしまうが、幸運なことにすでに彼女はバスタオルを体に巻きなおしていたので事なきを得る。
しかし先程とは違って肌に貼りついたバスタオルは体の線をうっすら写していて、正直直視できない。絶対顔を上に上げるなよ、僕……。
「そのままじゃ冷えるから、一緒に入ろ」
「は、はい……」
僕は幼子のように彼女に手を引かれて湯に体を付け目をつむった。
脱力したリタが、気持ちよさそうに息を吐いた後、寂しそうにつぶやく。
「……昔、そうやって一生懸命に期待に応えようとした人がいた」
「は、はぁ……」
「でも、周りはその人が出来ると思って、色々と大きな物を背負わせすぎちゃったんだ。もっとできる、もっとできるって」
「……」
「結局その人は……生き急いで道半ばで倒れ、二度と戻ってこなかった。……フィルシュ、あなたを利用してる私がこんなこと言うのもおこがましいけど、出来ないことは出来ないって言っていいんだからね?」
僕は大きく仰け反る。
いつのまにか隣の彼女は身を乗り出して、間近から真剣な瞳で僕の顔を見ていたからだ。
同じせっけんで洗っているのに、なんだか違う香りが漂ってくるような気がして、僕はつい目を背けた。
「だ、大丈夫です。僕は大した人間じゃありませんから、そんな大それた期待、誰も掛けませんよ。だから、そんな風にはなりません」
「……それならいい。でも一応覚えておいて欲しい……辛いことがあったら逃げてもいいんだって。あの人と似てるから、少し怖くなったんだ、私……」
彼女はそう言うと、触れるように優しく僕の体を抱きしめる。
薄布越しに柔らかく密着した体はお湯の温度よりずっと熱く感じて、僕の頭は沸騰しそうになってしまう。
でも一瞬でそれは離れ、おかげでそれ以上の事にはならずに済む。
突然の来訪者が現れたことが理由で。
バン――!
「――ど・う・し・て……一緒にお風呂で抱き合ってるんですか――――っ!」
(と、隣で入ってたの!?)
男湯の扉を開いて、濡れたバスタオルに体を包んだ涙目のリゼリィの咆哮が屋敷に響き渡り、彼女はリタを引きはがそうと一直線に湯殿に突っ込んで来る。
そして……。
「っひゃぁん!」
ツルッ……。
魔法を使う間もなかった。
効果音が付きそうな位、見事に一歩手前で足を滑らせた彼女が僕の上に覆いかぶさるのがスローで瞳に映る。
バスタオルがゆっくりとはだけてゆくさまを映すまいと僕は目を閉じ……派手に水飛沫が巻き上がった。
――ふにゅん……。
「……ぁ」
「大胆……!」
リゼリィの小さな声がして、リタがびっくりしたような声でつぶやく。
どうやら湯がある程度クッションになってくれたようで痛みはない。
だが身体の上に柔らかく非常にすべすべしたものが乗っている。
決して目を開けてはいけない……!
それをギリギリで判断できた自分を僕は賞賛すべきだと思った。
「…………」
そしてそれは無言でザバッと湯を除けて素早く退くと、扉を開けて風呂から出て行った。
「……私も先に上がる。それじゃ」
そしてリタも、それに続き風呂場から去ってゆく……。
「あー……」
ぶくぶくぶく……。
気持ちよさの余韻より、魔物との戦闘より募った疲労感に何もかも忘れたくなって、僕はその後湯の中に頭まで潜り込んだのだった。
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