いつか帰る場所
「――激しい戦いだったようですな……街までも雷光が轟いて、天変地異の前触れかと思って震えていましたぞ」
「あはは……ご心配をおかけしました」
僕はモーリス町長のとなりで頭を搔いていた。
ここはフェルマー伯爵の居城。
今回の事件や、ギルドマスターの引継ぎの件を報告しに訪れたんだ。
――オルフィカとの戦いの後、僕はネリシアに引きずられて屋敷に戻された。
距離は大きく離れていたが、激戦の余波はここまで届いていたらしく……街ではちょっとした騒動になっていたようだ。
リゼ達には魔人王の幹部と戦い撃破したことと、ネリュの中に魔人の人格が眠っていることを説明せざるを得ず……皆に滅茶苦茶怒られて、その後すごく心配してくれた。
ネリシアは何か思惑があるのかそのまま姿を消さず、再びネリュの中で眠りについたらしい。不思議な魔人だ……オルフィカとも争って僕と共闘したり、普通の魔人とどうも考え方が違うのは、個人的な動機が関係しているのだろうか。
今のところ彼女はメリュエルが監視してくれている。聞いてはみたけど、ネリュの体に精神体となって宿っているネリシア(ややこしい……)を追い出す方法は彼女にもわからないようで、当分はそんな状態が続くのだと思われる。
オルフィカは倒すことができたが、《青き翼》を失ってしまったのは痛い。
今回の自分の身一つすら守れなかったことで、《継承者》として力が足りないということが、まざまざと理解できて……より僕の決意は固まった。
オルフィカが倒れ、統率者が消えた今がチャンスだ。いち早く聖都で覚醒する為の場所を聞き出し、試練に挑まないと……――。
「――改装は来週頭からの予定にしておりますが、取りまとめはアサ殿に一任してよろしいので?」
「あ、はい! 彼女は僕よりよほどしっかり屋敷のことを把握してますから、要望を聞いて上手くやってあげて下さい」
しばし考えに耽っていた僕は町長の言葉に頭を上げる。
そうなのだ……僕が旅に出る間にダークエルフ邸は改装工事に入る。
基本的には住居スペースの拡張だけど……前に話したアサのキモノ生地を生産する為の仕事場とか、他にも皆の要望がそれぞれあれば答えるつもりだ。ポポレポなんかは壊れてしまった武器の代わりを自分で打ち直したいって言ってたし……帰って来たら結構大きな建物に変わってたりしてね。
「――やあすまない、遅くなった。早速話を聞かせてもらおう」
その他にも町長とギルドの移転計画などを確認している途中、フェルマー伯爵が広間に入って来て、僕達は頭を下げた。
町長に促され、僕から先日の件の詳細を説明する。
魔人側の幹部の一人を打倒したことは、フェルマー伯爵から王国側に報告してもらわなければならない……彼の領地で起こったことだし、話を通しておかないと後々色々問題になってしまうのだ。
伯爵もこの話には驚いただろうけど、表面上は動揺を見せず僕にねぎらいの言葉を掛けてくれた。
「成程、この短期間に二度もこの地を守ってくれたのだな……君達がいなかったらと思うとぞっとするよ。クラウゼン殿へも伝えて欲しい……。永い間の尽力誠に感謝する、そして退いた後も……後進に豊富な経験による導きを与えてくれることを願うとな」
「はい、必ず。彼もまだまだ相談役として未熟な僕達をフォローしてくれるつもりみたいですから……伯爵や街の皆さんの信頼を損なわないように、一緒に頑張っていきます」
「うむ、よろしく頼むぞ。……それはそうとしてだな、フィルシュ君……私の打診は覚えてくれているだろうね?」
フェルマー伯爵は他意の無さそうな笑みを浮かべるが、逆にそれが僕には怖い。
「き、貴族叙爵の件です……よね?」
「今回君が魔族を討伐してくれなければ……我が領地の安寧どころか、国内に大きく魔の手が拡がる所だったのだろう? むしろ魔人の存在を発表する際に、国から英雄としてまつり上げられ、直接どこかの領地を賜る可能性も高いだろうな」
「そ、それは困ります! 僕は……ここで」
そんなややこしいことになったら……例え断ったとしても何らかの遺恨が残りそうだし、ただでさえ僕は国王様に睨まれてるのに……!
焦って首を振る僕に、フェルマー伯爵はそのままの笑みで提案する。
「だろう……? そこで先んじて、君に法服貴族として子爵位への推薦を国の方へ行おうと思うのだが、いかがかな?」
「え、え~と……」
僕は目を泳がす……ど、どういうこと?
モーリス町長がふむふむとうなずき、話を整理してくれた。
「確かにフェルマー伯爵の配下として立場を明らかにしておけば、国側でも無理に他の領地を押し付けるようなこともできないでしょうし……他家貴族からの引き抜きや婚姻の申し込みなどもある程度避けられるでしょう」
「そう堅苦しく考えることもない。法服貴族はあくまで国が功を為した者への報償として与える位だ。肩書があった方が上手く物事が進むこともあるし、今後この話が広まれば……君の身柄の取り合いなどに発展しかねないだろう。これはいわば、そうならない為の予防線でもあるのだよ……。形式上は私の下についてもらうことになるが、君の意に沿わない形で行動を縛ったりすることは無いから、安心してくれたまえ」
なるほど……フェルマー伯爵の庇護下に入ることで、自由な行動が確保されるというわけだ。そう考えると選択肢は無いように思え、僕は彼を信じてその話を受けることにした。
「……わかりました。手続きをよろしくお願いします」
「おお、これはめでたい……! 叙爵した暁には、我が城で盛大に宴を開こう!」
「フィルシュ殿、おめでとうございます!! そうなると、アルエア子爵とお呼びしなければなりませんかな?」
「や、止めて下さいよ……」
嬉しそうに笑う伯爵や町長に挟まれ、僕は苦笑いを浮かべる。
貴族になるなんて実感が湧かないけど、今はそれでいいや。
正直それより優先すべきことで一杯一杯だから……落ち着いてからまた考えよう。
◆
それから数日で準備を整えた僕は、ネリュやメリュエル、シュミレと共にクロウィを発つ。
聖都でメリュエルの上役である聖女様達と会った後、場合によっては、王都でギルドマスター引継ぎ試験を受けたり、そのままラグと同じように精霊王の試練に臨むことになる。
リタ達とも久しぶりに会うことができるかも知れないのは素直に嬉しいけど、シュミレと合わせて大丈夫かな……。
少しの長旅になるけど、並の魔人位だったら多分皆ならなんとかしてくれるはずだ……頼もしい仲間たちが一杯いるんだから。
一番最初に別れの言葉をかけてくれたのはリゼだ。
「フィルシュ、それから皆さんも……こちらのことは心配しないでいいですから、どうか気を付けて。メリュエルさん、くれぐれもシュミレさんの行動に目を光らせておいて下さい」
「仕方ありませんね……二人分の子守など手に余りそうなのですが」
「ちょっと、アタシまで子供扱いしないでよ!」
「それが嫌なら、少しは自分の行動を省みるようにしなさい」
「シュミレはおこりんぼさん……おとさんにきらわれるよ?」
「ぐっ……チビまで」
ネリュを抱えて嘆息するメリュエルにシュミレは押し黙る。
一方こちらでは……。
「また我を……置いて行かれるのですかぁ、うぅ。いつもいつも主様は我の心をかき乱して……いつ責任を取っていただけるのですか」
「まぁまぁ、ヨル……離れて募る愛情というのもあるでしょう?」
「そういう状態の人間が王都にいるから我は心配なのだ……」
悲嘆にくれたヨルをアサがなだめている。
まあ、彼女のことだしいざ仕事となれば、しっかり僕らのいない穴を埋める働きをしてくれるはず……だよね? 多分?
そして少し気掛かりなのはポポとレポだ。
クラウゼンさんが倒れてから、明らかに気落ちしている。
心配になった僕は、二人の不安を少しでも取り除こうと声をかける。
しかし、二人が告げた言葉は、僕にとって予想外のことだった。
「二人とも、大丈夫?」
「フィル……あのさ、実は」
「……あっちら、その《継承者》とかいうのについて知ってるかもしれないんですぅ」
「ええっ!?」
驚きながらも僕は、彼女達の様子を見て何か事情があることを察する。
「話せない理由があるんだよね?」
「……ああ、そういう決まりなんだ。でももしフィルがあたしらの国に来てくれたら……」
「その時は《大角様》に話を通して上げられるかもしれないですぅ……」
《大角様》……彼女達ドワーフの王様みたいな人とかだろうか?
詳細は良く分からないけど、貴重な情報をくれた彼女達には感謝だ。
「ありがとう……戻って来たらその時は案内お願いできる?」
「もちろん……だから無事に帰って来るんだぞ!」「あっちらもそれまでに鍛えときますぅ!」
二人は僕の両手をぎゅっとにぎって笑う。
少しは胸のつかえが取れたようで良かった。
こんな状況で不謹慎かもしれないけど……緑と大地の国アステリアは地上をエルフ達が、地下をドワーフ達がそれぞれ治める共同国家になっているらしくて、どんなところなのか少しわくわくする。どんなものを食べて、どんな暮らしをしてるんだろうね。
「主様、ご安心を。皆が住みやすいように私がしっかり工事の方は、要望をお伝えしておきますので」
「うん……全面的に裁量は任せるから、好きにやっちゃって」
「厨房の拡張や、お風呂、繕い物の部屋、いろいろ手を加えたい所はありまして……うふふ、帰って来られたらきっと驚かれると思いますよ? 楽しみになさっていて下さい」
「うん……よろしくね」
彼女と笑顔で抱擁を交わし、僕は屋敷を見上げる。
こんな風にここが拠点になるだなんて、少し前までは考えもしなかった……随分思入れが出来てしまって建て替わるのが少し切ない。
見納めになるこの建物をしっかり目に留めておこう。
「――そろそろ行きましょうか……おや、シュミレまで神妙な顔をして、どうしたのです」
「アタシは、アサの食事が名残惜しいわ……だから、ぱっと行って、ぱっと帰って来ましょ?」
「だね……」
「ネリュも!」
細いお腹をさすりながら言うシュミレに、僕やネリュも同意した。
そして僕らは残る皆に向けて手を振る。
「それじゃ皆、行ってきます……!」
「「気を付けて……!」」「「お帰りをお待ちしてます!」」
彼女達や、見送りに来てくれた屋敷の皆の声に後押しされ、僕らは歩き出す。
この先、《六禍》やそれを率いる魔人王……もしかしたら他にも多の敵との戦いが待っているのだろうけど、きっとまた多くの人達との出会いがそれを助けてくれる。
そしてその戦いが終わっても、僕はきっと冒険者を続けるだろう……この街で。
僕は振り返る……。
やっとできた居場所……。帰るべき家と家族――僕の存在を認めて、共に歩んでくれる人達がそこにいてくれるんだから……。
「さあ、行こう――!!」
「――あなたがフィルシュっていう人?」
……って、あれれ?
進み出した僕らの前に、見慣れない一人の女の子が立ち塞がる。
「うわさは聞いてるよ、凄い人だって……仲間に入れてくれない?」
美しい赤い髪をした小づくりな顔の彼女は、自信ありげにこちらを見つめて来た。
「君は?」
「わたしは――」
ええと、また新しい仲間が――?
「――待った!! これ以上増やすんじゃないわよっ!」
「……ダ~~メ~~で~~す~~~~っ!!」
「ええっ!? ちょっと何なのよ、あなた達は……!」
シュミレと、後ろから走って来たリゼがその女の子と僕の間に割り込んで、口論になり始める。止めないと喧嘩に……もうなってるか、はぁ~ぁ。
あはは……この様子じゃ魔人を倒しても、平和な毎日はそう簡単にはおとずれてはくれないのかも……ね。
(~おわり~)
長い間お読みいただきありがとうございました。
少し前に書かせていただいた通り、物語としては途中ですが、ここで完結とさせていただきます。読者様方の興味を引ける話を書けなかった為、ポイントが伸びずこういう形で終わらせていただきますが、エタってしまうよりは良かったのかなと個人的には思っています。
また色々他の作者様の作品も研究させていただいて、続きが気になるような物語を一つでも作ることを目標に頑張っていくつもりでいますので、また興味をひかれたら少し覗いて頂けると嬉しいです。
60万PV、ブクマや評価、誤字脱字報告などで応援して下さった皆様にここで改めてお礼を述べさせていただきます、本当にありがとうございました。(2022/06/27 安野 吽)