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内なるモノの目覚め

 聖都行きの話をしたその夜のこと……。

 一緒に寝ているネリュがもぞもぞと動いたので、僕は目を覚ます。


「ん……どうかしたの?」

「……おめめ、またむずむずする」


 寝ぼけ(まなこ)で左目を押さえる彼女を(ひざ)の上にのせて眼帯を外させ、僕は瞳の様子を調べる。すると……。


「どうしたんだ……これ」


 はっきりと見てわかるような異変に僕はおどろく。

 いつもは白い瞳の部分が銀色に明滅していた。


(なにかに、反応するような……?)

「うう……ぁ……」

「ネリュ!?」


 いきなりネリュは小さなうめき声を発すると、頭をぐらぐらと揺らし気を失う。

 

「ネリュ、ネリュっ!?」


 いきなりのことでバニックになった僕が彼女を抱いて部屋の外に飛び出し、メリュエルの元へ向かおうとしたところで……。


 ――唐突にネリュがぱっと目を開いて顔を上げ、言った。

 

「……ここは、どこじゃ」

「え……?」


 なんだ……声から発せられる雰囲気が全く違う?

 背中はぞわりと粟立(あわだ)ち、そして次の言葉で心が大きく揺れた。


「人間が……なぜわしを抱えておる? ……そうか。わしはあの後…………ということは今はあれから後の世なのか?」


 言っていることが良く分からない。

 しかも口振りは明らかにネリュではなく、別人のものだ。


「ネリュ……どうしたんだよ!? ねえ、大丈夫!?」

「ネリュ……? ああ、この器の娘の名か……。人間よ、まず下ろせ……我は元魔人王直属配下《六禍》が一、白黒のネリシアなるぞ! そのように抱えて運ぶなど、恐れ多いことと知れ!」


 舌足らずな声で居丈高(いたけだか)に放った言葉に僕は混乱する。

 その間に僕の腕からするっと抜け出ると、彼女は自分の手をまじまじと見て驚愕(きょうがく)した。


「そう、じゃ……わしは転生術を使用して人の身に宿ったのじゃった。王の封印が解かれたことで血の奥底に潜めていた記憶から再構成され、この娘の一部として復活できたのか。しかしまさか、このような幼子の状態で目覚めようとは……ちと計算が狂ったわ」


 そしてネリュの姿を借りた何者かは、忌々しそうに舌を鳴らす。


「それも……あの()れ者の気配に触発されたからか? ちと面倒じゃの、見つかってしまったからには迎え撃つしか仕方があるまいが……」

「意味分からないこと言ってないで、話を……」

「うるさいわ!!」


 僕が肩に乗せようとした手をパシンと払うと、彼女はキツイ目でボクをにらみ言い放つ。


「ネリュとやらの人格は今は眠っておる! いい加減理解せい!」


 いきなりの豹変……本当にネリュの中に、別人……いや、別魔人が?

 しかも元魔人王直属って、こいつは僕らの……敵?


「……ネリュを、ネリュを返せよ!!」

「触るな! 眠っておるだけと言っとるじゃろ! 今はお前にかかずらっとる場合ではない!」


 ネリュ……いや、魔人ネリシアは伸ばした僕の手をうざったそうに払うと手を突き出す。すると前方の窓が押されたようにひとりでに開かれた。


「まだ体が馴染(なじ)んでおらんというのにっ……!」

「待てって……!」


 フワリ、と窓枠を飛び越え外へ走り出したネリシア。

 僕は戸口に掛けていた魔剣をひっつかんで追走する。


 速い……あの体で、《ヘイスト》を掛けないと引きはがされる程の速度が出ている。


「どこで、何するつもりなんだよ! ネリュの体を返せってば!」

「は? 何でついて来おるんじゃ……邪魔をするな……!」


 言い合いながら深夜の大通りを疾走し出口へ。

 その途中感じた異様な気配は、僕を警戒させるのに十分だった。


「っ!? なんなんだよ、この魔力……」

「ふん……屋敷で寝とれば良かったものをな。しかしこの距離で感知できるとはお主……まさか《継承者》か!?」


 彼女は僕の左腕の刻印を見て思いきり顔を(ゆが)めた。


「しかも未覚醒ではないか、お主馬鹿か!? 死ぬぞ!?」


 疑問を連呼する自称元六禍ネリシアに対し、僕の方も言いつのる。


「死ぬって……ふざけるな! そんな危ない奴相手にネリュの体で何するつもりなんだよ!!」

「ネリュネリュネリュネリュやかましいわ! 向こうが狙って来とるんじゃから仕方ないじゃろ! ああ、もう……知らん! 人類が(ほろ)んだらお前のせいじゃからな!!」

(ほろ)んだら……? こいつ、おかしいぞ?)


 魔人王の配下に心配され違和感を感じながら、人気のない荒野へとたどりつく。

 ふくれ上がった嫌な気配にネリシアは十分とみたのか足を止め、大声を上げた。


「こそこそ隠れておらんで姿を表わしたらどうじゃ……オルフィカ! いや、今は《紫雷のオルフィカ》などと名乗っているのか? 背中を刺した裏切者が……あの不完全な《邪器》を持って六禍に収まることは出来たのかは知らんが、どうせ貴様の手には余るじゃろ! 今すぐ返してもらう!」


 返答はない。

 隣の僕がそのまま動かないのを見て、ネリシアは鼻を鳴らす。


「逃げんのか……? 宿主の連れじゃから忠告してやるが、どうなっても知らんぞ」

「じゃないだろ……人の体を勝手に戦いに使おうとするんじゃないよ。傷つけたら許さないからな……」


 頭を様々な疑問が埋めつくすが、ここでネリュの体を見捨てて街に逃げ帰るという選択肢は僕にはあり得ない。そして、オルフィカとか言う奴はクラウゼンさんの片腕を奪った憎き相手でもあり……この国を騒乱に巻き込もうとしているんだから、放っておく理由はない――――ッ!?


 ――ザウッ!


「なんじゃ!?」


 予想外の突然の攻撃……闇にまぎれた黒い人影が何かを振り下ろすのが見え、とっさにネリシアの前に立ちふさがり魔剣で(はじ)く。


 そしてその姿を見て、僕は驚きを隠せない。


「な……!? お前は、倒したはずじゃ……」


 輪郭(りんかく)だけを浮かび上がらせるようにして目の前に姿を現したのは、オルフィカではなく、あの城で倒したはずの……黒甲冑の戦士、黒面(こくめん)


 そして、背後の岩陰から……。


 ――ヌッ……。


 音もなく姿を現した男がくぐもった笑いを漏らす。


「クッ、フッフッフッ……今日は私にとって最高の一日だ。よもや姿を隠していた裏切り者と、同時に継承者まで現れてくれるとはな。お前こそ、どこぞに逃げ隠れていた方が良かったのではないか?」


 薄紫の長髪を後ろにくくりつけた魔人……白に派手派手しい金糸装飾のローブはいかにも悪趣味だった。


「盗み聞きとは相変わらず、反吐が出そうな下品さじゃな。その服もじゃ……わしに仕えていた頃とは違って、ずいぶん偉そうになったもんじゃ……のぅ?」


 腰に手を当てたネリシアが下からねめつけ、オルフィカも傲然(ごうぜん)と顔を反らす。


「なにを今更……もうとうにあの時代は過ぎているのだぞ? 現に貴様はそのような小娘の体に身を寄せねば生き残れぬほど弱体化した。力なき者は魔人の世界で淘汰(とうた)されて当然であろう? 貴様は落ちぶれ……そして私は力をつけ、六禍にまで登りつめた。さあ、あれを渡せ……さすれば命だけは見逃してやらんでもない」


「ハッ……この半端者が六禍とは、魔人の質も落ちたの。お断りじゃ……お主も言ったじゃろ、わしは裏切者。お主らにもう(くみ)するつもりはない」

「中途半端に光にのまれた堕落者が……ならば殺して奪うまでよ。……お前もだ継承者。どうやって爆発から逃れたかは知らぬが、好都合……二つ(そろ)って手に入れさせてもらう!」

「人を物扱いするんじゃない……お前らのいさかいは知らないけど、そっちの体は僕の大事な家族のものなんだから……」

「――黒面、お前は継承者の相手をしていろ!」


 一度間合いを切った黒面がそのままこちらへと突進し、僕の言葉をさえぎる。


「ハ・ハ・ハ……さあ、どれ程力が戻っているのか試してやろうではないか、ネリシア!」

「偉そうに……。継承者の小僧、気に食わんが共闘じゃ! まずはそちらを片付けよ! わしは、オルフィカをやる!」


 オルフィカの嘲笑(ちょうしょう)を前にネリシアは決然と言いきり、その体から魔力を激しく立ち(のぼ)らせた――。

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