聖都訪問計画
「――おお、では引き受けてくれるということですね?」
「はい……!」
町の治療院の病室で、穏やかな笑顔を見せるクラウゼンさんの前に座り、僕はしっかりとうなずく。
狐人の村での宴の後……歓待のお礼に村での仕事を少し手伝って、次の日に僕はクロウィの町へと帰りついた。そして一番に僕はここへ向かい、決心したことを報告したんだ。
ギルドマスターとして、メンバーを良く理解し、全員がやりがいを持って働けるように人と人とを結びつける役割を担いたい。そしてそれぞれの大きな目標を達成できるように少しでもいいから力添えをしていきたい。
そんなことを話すと、クラウゼンさんは少しすまなそうに頬をかく。
「ありがとう、フィルシュ君。君が色々と大きな使命を背負っていることは王都からの便りなどもあり、察してはいました……本当ならばこんなことをしている場合では無いことも。でも私はどうしても君に、冒険者として登り詰めたという実績を得て欲しかったのですよ。昨今はギルドを私物化し、金儲けだけを追及して弱者を排斥するギルドも多い」
彼は残念そうに目を伏せた。
「それが間違いだとは言えません。誰だって生活の為に仕事をしている。……だが、これだけ多様性のある仕事だ……もっと可能性があるのではないかと私は思っていました。一見価値の乏しいように見えるスキルでも、突き詰めたり、なんらかの他のスキルと掛け合わせたりすることで新たな可能性が生まれる……そうあって欲しいと思うのです」
残った片手がぐっと胸の前で握られる。
「最弱とも言われることのある《風魔法》を極めた君ならば、そんな他から爪弾きになるような人達のことを理解してあげられるような気がしたのです。新しいギルドの形……それを実現した君の姿を私は見たい……だからギルドマスターに推薦したいと思ったのですよ。もちろん、出会った当初はその強さに衝撃を受けただけでしたけどね」
苦笑した彼は、僕の前に片手を差し出した。
「こんな老いぼれの頼みを聞いてくれて感謝します。私はもう年ですし、一線を退きますが……もし君が必要としてくれるなら、いくらでも知恵を貸しましょう。だから君は、君の理想を実現する為に真っ直ぐ進んで下さい。きっとあのギルドにいる仲間達は、君が見せてくれる景色を楽しみにしていますよ……もちろん私もね」
「はい……ありがとうございます! ……これからも、よろしくお願いします」
全てを失くした僕を受けいれてくれたのが、この人で本当に良かったと思う。
僕は彼の手をにぎりしめてうつむいた……こんな顔は見せられない。
クラウゼンさん、ありがとう……僕に帰って来る場所をくれて。
◆
「おや、フィルシュ……帰って来たのですね? もうよいのですか?」
「フィル!」
ギルド執務室で僕に変わり、マスター代理業務をこなしていたのはメリュエルだった。
そしてかたわらでつまらなさそうに腰かけていたシュミレが、パッと表情を変え駆けよってきて抱きつく。
「あ~、やっぱり一日一回はこうやって補充しないと、アタシだめだわ~……」
「なにが僕から出てるんだよ一体……あれ、ネリュもいたの?」
メリュのそばで椅子でひざを抱え込んでいるネリュに僕は全く気づかなかった。
いつもだったら一番に飛びついて来てくれるのに……。
「ちょっと、チビばっか構うんだから……も~」
むくれるシュミレをやんわりと押しのけて、僕はネリュの元に歩み寄り声をかける。彼女の暗い顔を見て、僕は少し不安になった。
「おとさん……」
「どうしたの……大丈夫?」
「おめめときどき、いたくなるの……」
僕がネリュを抱き上げると、彼女は僕の体に顔をこすりつける。
かわいそうに……。
メリュエルが仕事の手を止めて、僕に説明をしてくれた。
「瞳に異常がある様子はないのですが……魔力が瞳に集まり過ぎていて自分でもコントロールできていないようなのです……。眼帯にネルアス神教会製の《吸魔の護符》を仕込んで少しずつ余剰の魔力を吸い取っていますが……放たれる魔力が多すぎて騙し騙しにしかならない状態ですね」
「それはやっぱり、この瞳のせいなの?」
僕はネリュの頭をそっと撫でると、左目の眼帯を外させた。
黒い眼球も、白い瞳孔も変化は見られないけど……。
メリュエルも珍しく頭を抱えている。
「確かなことは言えません……私も人の身に呪眼を宿す子供など、見たことも話に聞いた事も無い。ただ、純粋な魔力ですら一か所に集中すれば、暴走してこの子自身や周囲に被害を与える可能性もある。早めに何か対策を考えねばなりません……私に伝手があるとすれば、聖都にいらっしゃる教会の高位聖職者だけですが……」
「……ディーゲルさんの話に出て来た、聖女って人達とかのこと? 一度会って話しておかなければならないんだよね?」
「ええ。リオの話や今回あった事件を考えても魔人達が活性化しているのは明らか。竜人の族長からも四人の《継承者》を集め、復活する魔人王に対抗する準備をせよと言われましたし……後二人の継承者を見つける為にも彼女達にも協力を仰がねばなりません」
「リミドア王国側……国王様にもだよね、大丈夫かなぁ……。他の国の状態も気になるね」
王都の宮廷魔法士統括長老であるフォルワーグさんからはギルド宛に一度手紙が来ている。
火山迷宮の魔人に関しては国の上層部に報告済みで、それらしき被害報告を国中からまとめている最中だと書いてあった。もちろん先日の件はクラウゼンさんの手も借り、すでにフェルマー伯爵より連絡がいっているはずだ。
リミドア王国は広い。
魔人達による被害がこれ以上広がる前に、奴らを察知できる手段や対抗できる人材を国中に配置しなければ……大勢の人が危ない。
この街だってどうなるか……。
「フィルシュ、多くの人を助けたいと思うのならば、まずあなたはあなたにしかできないことをすべきです。来るべき戦いに備えてまずは聖都に行き、ラグのように《継承者》としての力を覚醒させる場所と、他の《継承者》の一族の居場所を教えてもらうことを今は最優先に……。この子のこともありますしね」
メリュエルの難しい話がわからないといった様子のネリュは、僕に首をかしげる。
「おとさん……ネリュ、いたいのなおしたいの……」
「そうだよな……」
「いいんじゃない? ちゃちゃっと行ってさ……チビのこと見てもらって、話を聞いて戻ってくりゃいいんでしょ? そん位あっという間に済むわよ。その聖女っていうのも、聖女っていう位だから変な奴じゃないんだろうし……」
シュミレの言葉を否定するかのような、メリュエルの困り顔。
「……聖女様の人格を悪く言うつもりはありませんが……。一般人とは大分価値観が違うと思いますね。人の気持ちが分からないとまでは言いませんが……」
「ま、まぁさ、あたしら冒険者みたいなのも特殊な人種だし、変わり者同士仲良くなれるかもしんないじゃない? いざとなったらアタシがチビ位守ってやるわよ! ね~?」
「チビじゃないもん……ネリュだもん! ちゃんとよんで!」
それをフォローするように、シュミレは努めて明るく言い切り、頬をぷにっと摘ままれたネリュは手を振り回して反抗する。
「あっ生意気~可愛い~。あはははは……」
「こないで!!」
聖女様の反応はわからないけど、僕の事情もあるし、会いに行くしかなさそうだ。
ちょっかいをかけようとするシュミレとネリュのじゃれ合いは放っておき、僕はメリュエルとの相談を続ける。
「まあ……どうにかしないとね。聖都って、ここと王都の真ん中位にあったっけ?」
メリュエルの指が壁にかかった地図上の真ん中付近に向けられた。
丁度クロウィと王都の中間点にある、大きな町。
「ええ。馬で二、三日位のところにありますが……すぐに発つのですか?」
「都合がつき次第、なるべく早くにね……。誰を連れて行こうか」
こちらのギルドをあまり手薄にするわけにもいかないので、メリュエルを始めとして人選を絞る必要がある……。
できればギルドマスター引継ぎ試験もついでに片づけておきたいけど……それは継承者試練を受ける場所が判明した後の方がいいかな。
「アタシは行くからね! 今回も前もギルドで番してたんだから、いいでしょ!?」
「わかったわかった……」
ネリュを捕まえて意気込むシュミレに苦笑いしながら、僕は計画をまとめだしたけど……やらなければならないことは山積みで頭がパンクしそう。
でも色々心の整理は着いたから、気持ちは軽い。
「よし……皆、頑張ろうね!」
「ん~……なぁんか調子良さそうじゃない? リゼとなんかあったわけ?」
「ふふ……なんでもないよ」
「怪しい……」「あやし~」
両側からひじでつつく二人……さっきまで喧嘩してたのにこういう時だけ気が合うんだよね、不思議。
「ネリュ、あまりシュミレの真似をしてはいけません。はしたない女性に育ちますよ」
「は~い……」
「あっひどっ!」
メリュエルがお母さんみたいに注意をして、シュミレの情けない声が上がる。
こんな他愛ないやり取りを久しぶりに楽しめるのも、皆のおかげだ。
改めて僕は心の中でリゼやリーセンさん達と、あの時黙って送り出してくれた仲間達に感謝した……。
ここまで読んでいただきありがとうございます、そして申し訳ありません!
作者的にも残念ではあるのですが、本作品は後五話前後で完結させていただくことになりました。
読者様のニーズに合った話を提供できていないという事が主な理由で(ポイントやブクマなどが停滞、減少していることで判断)、読者様を引き込むものがないとか、キャラクターが生かせていないとか色々原因を探ってみて、そこは反省し次は皆様にもっと楽しんでもらえるものを提供出来たらと思います。また最終投稿で書きますが、ひとまず読んで下さった皆様ありがとうございました!