強引な里帰り②
狐人の村での歓待を前にして、僕はうかない顔をしていた。
焚火をかこみ、周囲では村人たちが騒がしく酒を酌みかわす中でずっと考えていたのだけど……リゼ達が僕に期待していることとは一体何なのかが、いくら考えても少しも分からない……。
その姿を見かねてか、隣に座ったダロン族長が酒壺をかかげてくる。
「うィ……ムコ殿、今回は飲まんのか? ほれ、ワシの酒を……」
「おじいさま、ダメですっ! 今回はそういうことをしに来たんではなくて……彼の悩みをちゃんと聞いてあげて欲しいんです!」
「そ、そう怖い顔をせんでもええじゃろう……」
ありがたいことにリゼは今回僕の意思を尊重してくれるみたいで……ダロン族長のプレッシャーからきっちりガードしてくれる。
ダロン族長は気を取り直すと、僕の肩を横抱きにしてささやいた。
「うぉほん……つまらんが、まぁええわい。で、ムコ殿……なにが悩みなんじゃ、言うてみい。リゼリィとうまくいっておらんのか? どこまでいったの……ガッ!?」
べごん!
「うぐぅ……」
「あら、おとう様……少々酔いが回るのが早かったようですわね。さあさ……こちらでゆっくりお休みなさいませ」
お膳の台を頭に落とされた族長はくらくらと頭を回して崩れおち……メイアさんに片足をつかまれて引きずられ退場した。
あぁ、怖いな……メイアさんには逆らっちゃダメなんだ、ゼッタイ。
「や~、すまんなフィルシュ君。お義父上はちと気分が優れないようなので、私が話を聞こう! 何か悩みでもあるのかい? はっはっは」
次いで、メイアさんのさっきの行動を見ていないかのような口ぶりで顔の赤いリーセンさんが僕の隣にどっかりと座る。少し酔っぱらっているようだが、意識はしっかりしているようだ。
今の今まで、彼は村人の間をぐるぐると回りながら一人一人ととても楽しそうに話していた。その姿が本当に自然に見えて、皆の心をつかんでいるのが分かるくらいに。
そのせいか隣に座り、何年来かの友人を見るように笑いかけてくれる彼に、気付けば僕は自分の心のうちを語りだしていた。
「……僕は、今までの自分では務まらないような大役を任されそうになって、尻込みしてるんです。つい最近も力が及ばなくて僕は大切な人を守れなかった……。そんな僕が冒険者ギルドのギルドマスターにだなんて……。また何か失敗して、大事な仲間を失ってしまったらと思うと……怖いんです」
「ふうん……」
リゼが何かを彼に耳打ちした。おそらく説明不足をおぎなってくれているのだろう。
「なるほど! それでこの村を治める……予定の私に話を聞きたいということだな! いいだろう……では上に立つものとして、上手くやる秘訣というのを教えよう!」
「お父さん……あまり調子に乗るとまたお母さんに怒られますよ?」
「む、娘よ、今は水を差すところではないので、ちょっと位大目に見てくれよな……。それでだなぁ、上に立つものが何をするべきかと言うと……これはあくまで私の考えだが」
彼はニヤリと笑ってささやいた。
「なにもしない……ということだよ、大事なのは」
「……? なにもしなかったら、皆を困らせるだけじゃないんですか……?」
「君はどこかでまだ、自分の周りの人々を信じ切れていないんじゃないか? 自分が見てなきゃ、心配でいても立ってもいられない」
「……! そんなっ! ことは……」
彼の言葉に過剰反応してしまったことが自分でもショックだった。
たとえわずかだとしても、僕は周りのことをそんな目で見ていたんだとしたら……最低だ、僕は。
打ちひしがれる僕に彼は、話を続けてくれる。
「君はもしかしたら、長い間自分の力だけを頼りにして来たんじゃないだろうか? そのせいで、よほど心を許した人間にしか頼ることができないようになってはいないかい? でも考えてごらん。君も、僕も、そこのリゼリィだってただの一人の人間なんだよ。君に出来て彼女に出来ないことがあるように、彼女に出来て君に出来ないことなんていくらでもあるはずだ」
それはそうだ。彼女は皆のことを良く見ていて、屋敷内でもギルド内でも発言力が僕よりある。こうして人のために行動を起こしてくれるような勇気も持ち合わせているし……芯が強くてでもとても優しい、自慢の婚約者なんだ。
僕が納得したのが分かったのか、彼は嬉しそうにうなずく。
「上に立つものに一番必要とされているのは、強い力ではない……と私は思うね。目指すべき未来へと導くため、大勢の人達が持つ別々の優れた部分、それらを束ねてあげることができるか。それが上に立つ者が最も大切にしないといけないことなんだよ」
「人を束ねる……」
「料理みたいなもんさ。色んな食材を合わせて、美味しい未来を僕らは作ろうってわけ。芋だって肉だってそのまんまじゃなんか味気ないだろ? 砂糖や塩を誰かが持って来てくれないとね」
彼はお膳台の上に乗った皿を指さして笑う。
「リーダーってのは器なんだ。もちろん、君にしか出来ないことは君がやるしか無いけど……本当にそれ以外の事はやらなくていいのさ。皆と夢物語でも語っておけば勝手に頑張ってくれるから、後ははみ出た部分をちょびっと調整するくらいでいい。僕はそうしてる……どうだい、参考になったかな?」
僕は周りの村人をながめた。
まるで一つの家族のように一体感のある彼らの姿は、きっと皆がリーセンさんのことを信頼し、自分を認めて役立ててくれると分かっているからこそなんだと思う。
「はい……ありがとうございます」
とんだ思い上がりだったんだ……自分が全てやらなくちゃだなんて。
この村の人達を見て……僕は皆と一緒にどんなギルドを目指してゆきたいのかが、何となくぼんやりと見えてきた気がする。
きっとこんな風に軽く言える程、簡単なことじゃないと思う。
だけど、周りの話をもっとちゃんと聞いて……彼のように進むべき道を皆と一緒に考えていくのが、これからの僕のすべきことなんだとそう思えた。
「……よし、もう大丈夫そうだな! ちなみに、君ももうここの一員だから、私の背中を見てついて来てくれていいんだぞ! 私は仕事は出来ないけどさ、皆を引っ張り回すのは大好きなんだ! 人生は遠足みたいなもんだからさ……楽しんで行こう!! わはははは!!」
「……はい!」
彼は僕の背中を力強く叩いて、白い歯を光らせた。
この人がこう言ってくれると、ギルドや町の皆、その他大勢の人達が背中を押してくれるような気がして、感じていた迷いはどこかへと消えてしまった。
隣で静かに話を聞いていたリゼリィも、くすくすと笑いだす。
「ふふふ……お父さんはやっぱりすごいです……! フィルの顔があっという間に元気になっちゃいました!」
「フフン、そうだろう? でも今日の話は母さんには秘密だからな? ああ……結婚前はあんなに優しかったのに。フィルシュ君、忠告しておくが女性というのは本当に難しいものだぞ……? 次の機会にはその辺りの愚痴を付き合ってもらうとするか……我が娘にも色々あるだろ?」
「む……お父さん!! お母さんに言いつけますよっ!」
だがリーセンさんがそんな風に口を滑らせたので、今度は一転してリゼは眉を逆立て……ガッと牙をむく。
「そ、それだけはやめてくれぇ……頼むっ! お願いします!」
「ぷっ……あはははは……」
あわてて頭を下げたリーセンさんとそっぽを向くリゼの姿に僕は思わず吹き出し、久々に大きな声を出して笑うことができたんだ……。
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