強引な里帰り①
さわやかな風と草のにおいと……体に揺れを感じ、僕は目をさます。
深く寝入ってしまったみたいだ……疲れていたのかな。
それにしても、窓なんか開けていたっけ……?
「ああ、起きたんですね? フィル」
「ん……? あれ、リゼ……どうして?」
真上から覗き込んだリゼの顔に僕は違和感を感じたが、寝ぼけていて頭が回らない。
どうやら、リゼリィのひざの上に頭を乗せて寝転んだ状態だったらしく……体を起こしながら僕は周囲を見渡した。
敷物を引いた板の間に寝かされているようで、明らかに自分の部屋ではない。
どこかの街道を走っているようで、窓からは屋外の風景が見えた。
ちょっと待てよ、走って……!?
「あ、あの、リゼ……いまいち状況が良く分からないんだけど、ここどこ?」
「馬車で移動中です♪」
「……移動中? いや……」
ニコッっと笑うリゼの答えに僕は混乱する。
昨日の夜を思い返しても、確かに僕はちゃんと自室のベッドにもぐりこんだはずだ。それがなんで馬車なんかで移動して……。
「あっ……」
さかのぼった記憶の中に浮かんだのは、部屋で考え事をしていた僕の元にリゼが淹れてきてくれた暖かいお茶のことだった。
『――どうぞ、きっと良く眠れますから』……彼女はあの時そんなことを言ったんだっけ。それを飲んだ後、なんだか、すごく眠くなって……。
もしかして……。
「リゼ……なにか入れたの?」
その僕の言葉に、彼女はちろりと舌を出して苦笑した。
「よく眠れたでしょう? あの後、ポポやレポに運んでもらって、夜明け前に街を出発したんです」
「嘘っ……!?」
僕は窓の外に半身を乗り出し、太陽の位置を確認する。
完全に真上に日が昇って、もう昼に近い時間帯じゃないか……!!
「何してるんだよ! 僕は、クラウゼンさんの代理としてギルドを引っ張って行かなきゃならないんだよ!? 町に戻らないと……!」
「フィル! 待って!」
《ヘイスト》を展開して馬車の後部から飛び出そうとした僕の手を、リゼが強くつかんだ。
「駄目です! 最近のあなたを見ていて、とても悩んでいるのは皆知ってます……ギルドマスターを継いでほしいと頼まれて、不安で頭が一杯なんでしょう? そんな状態でクラウゼンさんの代わりが務まると思いますか?」
彼女が空色の瞳で、こちらをまっすぐに見た。
「知ってたの……? で、でも……こんなの皆に迷惑が」
僕は彼女に腕を引かれてそのままへろへろと座りこむ。
「ごめんなさい、勝手なことをして……でも数日位、皆さんがいればなんてことないはずです! たまには私達にも無理をさせて下さい……。皆、あなたのためになんの文句も言わずに送り出してくれたんですよ?」
「そう、だったんだ……ごめん」
彼女のいたわるような瞳に、僕は意気消沈してしまう。
仕事に集中できていないのは分かっていたつもりだったけど、周りから見てもわかるくらいひどい状態だったなんて……自分の状態も把握できないなんて、冒険者として失格だ。
あきらめて僕は、ぽつぽつと胸の内を語りだした。
「僕はさ、不安なんだよ……僕だけが辛い思いをするならいい。けどもし皆をなにか取り返しのつかないことに巻き込んでしまったら」
「今回のことはフィルのせいじゃないでしょう?」
「でも、僕がもっとちゃんと力を使いこなしてれば、僕がもっと強ければ! クラウゼンさんは利き腕を失わずに済んだ……。僕が……」
「フィル、聞いて!!」
座り込んだ僕の顔をリゼは両手で挟み込み、悲しそうな顔をする。
「そんな風に自分を責めるのは違うでしょう……!? あなたが皆を守ろうと全力で戦った事は分かってます……。そして、クラウゼンさんも皆を救おうと、自分の体を犠牲にした。あの場では皆がそれぞれ出来る限りのことをやって……ああやってちゃんと全員で帰って来てくれたじゃないですか!」
「……でも」
「あなたがもしクラウゼンさんの立場だったら、どうですか? 私だったら、誇らしいです。体の一部を失ってでも、仲間達の命を守ることができたんですから」
僕はあの時クラウゼンさんの顔を思い出した。
彼は、とても満足そうな顔をして笑っていた……。
「あなたが私達のことをとても大切に思ってくれているのは嬉しいです。でもね、あなたが他の人の決断の責任を負う必要なんて全くないんですよ……。フィルは色々なことを自分自身に背負わせすぎて……私はときどき見ていて辛いです。あなたから見てどうですか? そんなに私達は何から何まで任せられない、か弱い存在ですか?」
「……そうじゃないんだ。けど、僕は皆を辛い目に合わせたくなくて……」
「私達だってそうです!」
リゼは僕をしっかりと抱きしめてくれる。
「あなたが苦しい思いをしてまで、私達を助けてくれることなんて本当は望んでいないんですよ。私達はもっとあなたに別のことを望んでいると思うんです……」
彼女の暖かい体温に身を委ねながら、僕は子供のように繰りかえした。
「別のことって……?」
「私にはそれは漠然として言葉にできないですけど、あの人達だったらきっとそれがわかるんだと思って……」
あの人……?
そういえば……この馬車はどこに、という疑問を今更思い付いた僕は、リゼに行き先を尋ねた。
すると彼女は人差し指を立ててウインクする。
「……いつか、話を聞いてみたいって言ってくれましたよね? 火山で」
「もしかして……」
「はい、里帰りです……お父さんに会って下さい♪」
「…………ええええええぇぇぇぇぇっ!?」
僕の絶叫が、のどかな草原地帯に響きわたった。
◆
久しぶりに訪れた、狐人の村。
「おや、リゼリィとフィルシュさんじゃないか! 元気そうで良かった!」
「お帰り。今度は長く居られるのかい?」
「すみません、数日で戻らないといけないんです……」
住民の人達は僕を覚えていて、笑顔で迎えてくれた。
僕らは挨拶を交わしながら、村でもひときわ大きな屋敷――族長宅へと足を踏み入れる。
「ただいま……」
「――――――リィィィィ……」
――ダダダダダダ……。
入り口を潜ったリゼが遠慮がちに声をかけた瞬間。
奥の方から物凄い足音と共に、彼女の名前を呼ぶ声が近づいて来る。
「……リゼリィィィィィィィィィィィィ!!」
ドッダッダッダッダッダッ、ダァン!
そして姿を現した一人の男性がそのままの勢いでリゼに飛びつく。
「リゼリィ!!」
「お父さん!!」
「……よく帰って来たなぁ! 父さん帰って来たらリゼリィいなくなってたから、一週間ほど寝込んだんだぞ!! そしたら母さんが、まるで生ごみを見るような冷たい目をしてさぁ……フゥ~ゥ、思い出すだけで寒気がしてきたぞ。だがまぁあれはあれで……ん?」
中肉中背の、小麦色の髪をした男の人。
どこか溌溂とした若々しさを感じる彼は、額の汗を拭いながら僕の方へ顔をむける。
「あの、お父さん……私、一人で帰って来たのではなくて。今回は彼とお話を……」
ズイと、男性が後ろにいた僕の方に近づく。
こ、この人が次の族長を務める、リゼのお父さん……その威圧感に僕はたじろいで、冷や汗が背中からだらだらと流れてくる。
「ほぉう……き・み・かァ。うちのリゼリィを連れて行ったのは……んー?」
「は、はい……そうです。申し訳ありません、大事な娘さんを連れ回してしまいまして! 彼女はとても優しくて、可愛くて、いつも僕を支えてくれていまして、素晴らしい娘さんで、ええと、その……」
思考能力が急速に減退し、自分の言ってることが良く分からなくなった僕の顔を彼はジロジロと舐めまわすように見る。
そして彼は、僕の肩をがしっとつかみ――破顔した。
「――ようこそ息子よぉぉぉぉぉぉ! 歓迎するぞ、今夜は、宴だァァァァァァァ!」
「お父さんっ!?」
神輿のように僕を勢いよく担ぎ上げると、彼はそのまま村内を走りだす……!
「ちょっと、リゼのお父さん落ち着いて下さい!」
「ウォォォォォ! 皆! 我が息子の帰還を盛大に祝ってくれぇい……! 今夜は宴だァァァ!」
「おい、宴だって」
「またか……!?」
「リーセン次期族長が言ってるんだからやらなきゃならんだろう! 仕方ない、仕事なんかほっといて準備だ!」
「「おぅ!」」
予想と違う反応に呆気にとられる僕と次期村長の突飛な行動に、村民たちは苦笑いしながらあわただしく動き始める。
「宴ぇェェェ! 宴だァァァァ! 私に息子ができた事を祝ってくれ皆ァ~!」
てっきり、愛娘を連れ出した素性のしれない男に鉄拳制裁をくれるのかなんて思っていたんだけど、なんだかすごく歓迎してくれているらしい……ちょっと怖い位に。
そうして……村民達の祝福を受けながら一周して帰って来た僕らを、何が待っていたのかと言うと。
「――あ・な・た・た・ち……? 村の人まで巻き込んで、一体何をやっているのかしら?」
「あ……い、いや、その……な? 私は嬉しすぎてつい……」
真冬の吹雪のような恐怖のオーラをまとうメイアさんの、胃が痛くなるような視線……。
リゼ……奥で縮こまってないで、頼むからどうにかしてよ――!
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