ギルドマスターの頼み
街に着くとすぐ疲労で眠ってしまった僕が目を覚ました時には、すでに丸一日が経過していた……。
比較的軽傷だったヨルがフェルマー伯爵の元へ事後報告に行ってくれたらしく……惨事の後始末は彼が全て請けおってくれるとのことで一安心だ。
壊滅的な被害を受けたコーンヒル城は復旧されず、そのまま犠牲者達を埋葬する墓地に役割を変えるらしい。かなりの人手が割かれることになり、各町の復興計画なども大幅な遅延が見込まれることになるだろう。
フェルマー伯爵は、それでも僕らをねぎらい……国に災厄を起こした魔人を討伐したことを報告すると約束してくれたようだ。
リミドア王国が魔人の存在を明らかにしていない為、表立って何らかの表彰を得ることはできないけれど……僕らのギルドに対しては財貨などの報酬が送られ、ギルド自体の等級も今までの一般等級から上等級へと昇格するのではないかと……そんな話をヨルは伝えてくれた。
そして約一週間後……クロウィの街、治療院にて。
「――いや、お恥ずかしい……年のせいで回復力が衰えてしまっているようだ」
「名誉の負傷なんですし、気にせず休んで下さい」
ベッドの上で恐縮しているのは、もちろんクラウゼンさんである。
少しまだ疲れが見えるが、腕以外の体の傷はほとんど癒えたらしい。
本日彼の元を訪れたのは、ちょっとした話し合いのためだ。
おそらくこの様子だとしばらく……仕事への復帰はかなわないだろう。
傷が癒えるまでの間僕が代わりを務めて、重要なことは相談しながら帰りを待つ。少し不安ではあったけど、それに関しては協力してくれる仲間がいるので何とかなる……。
そう思っていた……だけれど。
「フィルシュ君……あの話は考えていただけましたかな?」
「は、はぁ……」
僕はごくりと喉を鳴らす。
――街に戻ってすぐ、容体を見に来た僕にクラウゼンさんは告げたのだ。
『……頼みがあります。君さえ良ければ今すぐ、私からこの街のギルドマスターの役目を引き継いでもらいたい』、と――。
その答えは未だ出ておらず……今日も結局なにも言えないまま、僕はお茶を濁すような形で治療院を後にした。
◆
――ギルドマスターに、僕が。
どうも実感がわかないまま僕はギルドへと戻り、扉をくぐる。
「――おっ、副マスお疲れ様っす!」
「お疲れ様で~す!」「おつかれさまで……」
帰還を迎えてくれたのは、トゲル達《穴熊一家》の一行である。相変わらず精力的に活動しているようだ。
「う、うん……お疲れ様」
「なんか、ギルマスが大怪我したって聞いたんすけど……。大丈夫なんですか?」
「……もう少し、復帰には時間がかかると思う」
彼らのみならず、ギルドのメンバー達には今回のあらましは、強力なはぐれ魔物に遭遇したなどとぼかして伝えるしかなかった。
だがいずれ、魔人の存在は王国から全国民に知らされることになる。
その時に矢面に立って戦うことになるのはおそらく……王国軍の兵士達と、僕達のような冒険者なんだ。
もし人里近くに魔人が出現したら……ギルドとしては、町の人間の安全を第一に優先しなければならない。強制する権利はないけれど、有志を募って危険な任務に送り出すことになる。
ギルドマスターになるということはそういった重要な判断を下さなければならないということで……それが僕なんかに、務まるのだろうか?
「副マス、なんか顔色悪いっすよ? 変なもんでも食べたっすか? それとも腹が減り過ぎて元気が出ないとか……。俺と一緒に食堂のダブルベアー定食食べて元気出しましょうぜ!!」
「ちょっと、あんたじゃあるまいし失礼なこと言わないでよ……すみません!」
「バカトゲル……」
「いや、気にしないで……。ごめん、ちょっと片付けないといけない仕事があるから、また今度ね……」
女子二人に責められるトゲルに中途半端な笑顔を返して僕は、上階にある執務室へと向かった。
『――この街に君以上にふさわしい人材はいないと私は思っています。もし君にその気があるのなら……この街に反対する者はいませんよ。伯爵は困るかもしれませんが、私が説得します』
……僕には無かった。
クラウゼンさんのようにこのギルドを背負い、皆が安心して冒険者としてやっていけるように、この場所を守ってゆくための自信が……。
いつも通りのギルドの喧騒から逃げるように、僕はそっと執務室へと入り込む……。
◆《リゼリィ視点》
「……フィル、お顔が暗いですよ? 眉やお口が下がってしまって……あんなことがあったばかりですから気持ちはわかりますけど……」
「そ、そう? うん……そうかも。ご、ごめんね! ……ふぅ」
フィルが顔の両端をはさんでぐいっと持ち上げ、無理に笑顔を作ったが……それはすぐにまた元の浮かない顔に戻ってしまった。
クラウゼンさんが魔人との片腕を失くしたことで……ギルドマスターの職務を彼に引き継ぎたいと相談したことは、ヨルさんから伝え聞いている。
その時から、フィルの表情はずっと暗いままだ。
仕事も手につかないのか、これまでにないようなミスが増えている。
マスターに怪我を負わせてしまったことや、役職への重責が彼の肩に重く乗しかかっているのは明白で……私達も力の限り彼を補佐すると伝えたが、やはり不安は拭いきれなかった。
そんな彼を見かねてか、なにも考えていないのか……いつものように後ろから抱き着いたのはシュミレさんだ。
「よしよーし、フィル、あたしが慰めてあげよー。ベッドとお風呂とどっちがいい?」
「どっちでもいいよ……」
「えっホント!? 今すぐ……」
「ダメに決まってるでしょう! シュミレさん……」
露骨な彼女の好意もほとんど届いていない様子で……今の彼はそんなじゃれあいにも付き合う余裕がないみたい。
「重症だな……」
隣に座るヨルさんがポツリとつぶやく……私も同意だ。
私達は彼に多くの物を背負わせすぎているのだろう。
それは分かっている……けれど、私達にそれを取り除いてあげることは出来ない。
彼にしかできない役割だもの……フィルがそれから逃げようとしたりしない限りは、支えてあげることしかできないのだ。とても歯がゆいけど……。
「シュミレさん、今はそっとしてあげて下さい……」
「はいはい……わかったわよ。まったくも~、元気出しなさいよね?」
フィルの頭をくしゃくしゃにかき回した後……シュミレさんは渋々彼から離れて椅子に座り、つまらなそうに頬杖を突く。
彼の気持ちを想像してみたけれど……私とでは性別も立場も違うのだから、完全に理解することは難しい。
今更ながら思い知る……。
彼のそういった弱い面を陰で励まし、迷わないようにしてくれていたのがきっとクラウゼンさんだったのだ。
だが、今回は彼に頼ることはできない……。
フィルがギルドマスターへの就任を引き受けるにしても、辞退するにしても……この状態を長引かせればきっと苦しむだけ。
どうにかして助けになりたい……。
室内に重い空気が満ちる中、私は考えをめぐらせ……あっと思い付いた。
彼の気持ちをわかってあげられそうな人が……身近にいる!
(……ヨルさん、シュミレさん、少し協力してもらえませんか? ちょっと私、彼の相談に乗ってくれそうな人に心当たりがあって……)
(本当か? 確かに主様は我々では本心を打ち明けることができぬのかも知れぬな。悔しいが……それが主様の為ならば、我はなんでもするぞ!)
(……仕方ない、乗ってあげるわ。アイツのあんな顔みてらんないもんね……)
私達は顔を突き合わせてひそひそとささやき合い……そうして、とある計画を実行に移すことにしたのだ……。
・面白い!
・続きが読みたい!
・早く更新して欲しい!
と思って頂けましたら下で、☆から☆☆☆☆☆まで、素直なお気持ちでかまいませんので応援をしていただけるとありがたいです!
後、ブックマークの方もお願いできればなおうれしいです。
作者のモチベーションにつながりますので、なにとぞご協力よろしくお願いいたします。