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命のバトン  作者: 田島 学
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5章

<現在>

「この前、叔父さん達が言ってた事なんだけど」

とても話しづらそうに、叔母は言う。

その様子から、叔父達が言っていたことは本当なのだということが分かった。

「叔父さん達が言ってた事は、本当なんだね。

私がお母さんの子供じゃないってこと」

叔母は一瞬驚いた顔になり、申し訳なさそうに話す。

「隠していてゴメンね。

本当なら、あの子が話すべきなんだろうけど。

こうなってしまったら仕方ないわね。

そうなの、あの話は本当よ。

あなたはお母さんの子供じゃないの」

叔母が泣きそうな顔でこちらを見てくる。

泣きたいのは私の方だった。

今頃になってそんな話を聞かされて、平然としていられるわけ無かった。

心の底から湧き上がってくる怒りを、何処へ向ければ良いか分からない。

当の本人はもういない。

それを叔母さんに向ける事なんて出来ない。

行き場のない怒りを抱えたまま、話を聞くことしか出来なかった。

「じゃあ、私は一体誰の子供なの?

本当の両親は何処で何をしているの?」

怒りを抑える事が出来ずに、声に力がこもる。

「それが分からないの。

あの子が急にあなたを連れて来て、育て初めたの。

誰の子だって聞いても、何も話してくれなくて。

あの子だけじゃなく、旦那さんもそんなで」

困り果てたように、叔母は思い出話をする。

「養子縁組で私達は家族になったと。それ以上は教えてくれなくて。

あの子、こうだと決めたら言うこと聞かないから。

叔父達が散々反対しても、ダメだった。

もう、手続きも終わったから無理だって。

この子は私の子供なんだからって。

あなた達には迷惑は掛けないって」

母にそんな頑なな一面があるとは思わなかった。

日記といい、私の知らない母がそこにはあった。

どうして、母や父は私に言ってくれなかったのか。

それを知った私が、家を出ていくとでも思ったのか。

文句の一つでも言いたいけど、二人はもういない。

こんな話を聞かされても、どうすることも出来ない。

「ていうことは、叔母さんとも血が繋がってないって事だよね。

私、ここにいて良いのかな?」

母がいなくなった今、叔母が私の面倒をみる必要は無い。

叔母だって、子供が二人もいるんだ。

血が繋がっていたとしても、面倒を見るのに二の足を踏んでもおかしくない。

赤の他人ならなおさらだろう。

「そんな悲しいこと言わないで。

あなたはもう、大事な親戚の一因なの。

だから、そんな事は気にしないで、この家にいてくれて良いのよ」

叔母が眉根を寄せ、真剣な顔になる。

叔母も母と同様に、優しい心を持っているのだ。

「だから、これまで通り家にいて良いの。

出ていくだなんて言わないでね。

じゃないと、私があの子に怒られちゃう」

叔母はわざとおどけて見せた。

その笑顔が、母と似ていると思った。

母もこんな風におどけてみせたのかな。

そんな事を考えると、心に温かさを感じた。

たとえ血が繋がっていなくても、父と母は私の家族なんだ。

そう思える自分がいた。

また、母に会いたいと思った。

「私ね知ってるんだよ。

お母さんやお父さんが本当の親じゃないってこと。

でもね、そんな事関係無いよね。

私にとっては、二人が本当の親だから。

血が繋がってなくたって気にしないよ」

そう母に向かって笑い飛ばしてあげたいと思った。


<過去>

~25年後~

今日は、子供がやってくる日だ。

夫は落ち着かないらしく、家の中をウロウロしている。

まさか、自分がこんな事になろうとは思っていなかった。

母の存在が影響している事は確かだ。

あの時出した決断を後悔してはいない。

血の繋がりが全てでは無いことを、母や父から教えて貰った。

それを今度は、私が身を持って伝えようとしている。

私に出来るかは分からないけど、きっと大丈夫だと思う。

天国の母も応援してくれているだろう。

インターホンのチャイムがなる。

夫が走ってインターホンの受話器をあげ、応対する。

受話器をおくと、夫がこちらを見て頷く。

私達の子供がやってきたのだ。

二人で息を整え、玄関を開ける。

そこには、職員の女性が小さな女の子を抱いていた。

緊張していた夫の顔が、次第に崩れていく。

私も自然と顔が綻ぶ。

抱かれた女の子は、スヤスヤと眠っている。

「これから、宜しくね。

お父さんとお母さんですよ」

夫がとても甘い声で、女の子に向かって言う。

職員の腕から、女の子が夫に渡される。

ぎこちなく抱く夫が、とても微笑ましく思えた。

それから、女の子が私の元へ。

腕から、女の子の体温が伝わってくる。

この重さを私は一生忘れることは無いだろう。


「やっと寝たみたいだね。

何をやってるの?」

夫が寝室の扉を明け、聞いてくる。

ベットでは、咲ちゃんが眠っている。

今日から日記を書き始めようと思ったのだ。

咲ちゃんの成長を記すための日記。

今日から、親としての生活が始まった。

母もこんな気持ちだったのかな?

こんなにも満ち足りた想いだったのかな?

化粧台に置かれた写真の母が、こちらを向いて微笑んでいる。

なぜ母が歳老いてまで子供を育てようと思ったのか。

今ならそれが何となく分かるような気がする。

咲ちゃんにも、本当の両親では無いことをいつか伝える日が来るだろう。

その時、私は母と同じように咲ちゃんの気持ちを尊重することが出来るだろうか?

「どんなことを書いたの?」

夫が日記を覗き込んでくる。

ふんふんと、夫が何度も頷く。

「やっぱりそうなっちゃうよね。

俺も同じことを思っていたよ。

頑張って、良いお父さんとお母さんになろうね」

夫が優しく、肩に手を回してくる。

咲ちゃんの寝息が、部屋を優しく包み込む。


"1995年8月10日

小さくて可愛らしい女の子。

これからどんな子に育つのか楽しみ。

産まれて来てくれてありがとう。

大切に育てるからね。

こんな母親だけど、宜しくね”


<現在>

「咲ちゃん、そろそろ行こうか。

帰るの遅くなっちゃう」

叔母さんが、遠くから大きな声で私を呼ぶ。

夕日のオレンジ色の光が、墓石を照らしている。

お母さんとお父さんが眠る墓。

二人は天国で仲良くやっているかな。

そうだと良いなと心から思う。

また、お母さんの日記を読み返してみよう。

お母さんがどんな事を感じて、私を育てたのか。

何度も読み返そう。

血が繋がっていなくたって関係ない。

そう、お母さんは言っていたらしい。

それを身をもって私に教えてくれた。

私はその気持ちを一心に受けて、これから生きていこうと思う。

お父さんとお母さんが繋いでくれたバトンを、私も誰かに渡したいと思った。

それが誰であれ、きっと私の大切な存在なのだ。

私がお母さんにとって、大切な存在であったように。


"咲ちゃんへ

私をお母さんにしてくれてありがとう。

ちゃんとお母さんが出来ていたかな?

本当の事を伝えられなくてゴメンね。

お母さんは咲ちゃんの事を本当の娘だと思っている。

咲ちゃんもそうだと嬉しいな。

私と咲ちゃんは親子という絆以外でも、結ばれている気がするんだ。

本当にありがとう。

そして、さようなら”


[完]

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