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命のバトン  作者: 田島 学
3/5

3章

<過去>

昼時のファミレス内は、子供連れが多くいた。

店内に入った瞬間に後悔したが、店員に応対され逃げられなくなった。

なるだけ人目につかない奥の席を選んで座る。

昼食はすでに済ませてあるので、ドリンクバーだけを注文する。

店内には、笑顔が溢れていた。

小さな子供達が、幸せそうにご飯を頬張っている。

その姿を、若い夫婦が微笑ましそうに見ている。

やはり、この場所には耐えられそうにない。

夕方まで時間をつぶすつもりだったけど、早めに場所を移動した方が良い。

そんなことを考えながら、ぼんやりと外の景色を眺めていた。

オレンジジュースがやけに酸っぱく感じる。

何をするでもなく、ジュースを飲み干し席を立とうとした時、一人の客が店内に入ってきた。

健士朗くんだった。

私はなぜか、隠れるように座席に腰を降ろす。

店員と一言交わし、健士朗くんが案内された窓側の席につく。

メニューを広げ、腕時計を何度か確認する。

誰かと待ち合わせでもしているのか?

数分後に店内に入ってきたのは、里美だった。

店内を見渡していると、店員が近づいていく。

胸のざわつきが大きくなっているのを感じる。

そんなはずはないと、必死で自分に言い聞かせていた。

話を終えた里美が、店員と窓際の席へ歩いていく。

その先には、健士朗くんがいる。

店員が案内を終え去っていくと、里美が健士朗くんの肩をたたく。

振り向いた健士朗くんの顔が、パッと明るくなる。

互いに向かい合って座り、メニューを一緒に見ている。

どこからどう見ても恋人にしか見えない。

あの里美の言葉は嘘だったのか?

信じていた絆が、音を立てて切れてしまった。

それから、二人は互いの料理をシェアしながら、仲良く話をしていた。

完全に二人だけの世界が、そこには広がっていた。

私の存在になど気づくはずもなかった。

目の前のコップは、何も注がれることなく、氷が解けてしまっていた。

喉は乾いて仕方なかったが、ドリンクバーへの道が遠く感じた。

ご飯を食べ終えると、二人は店内を出ていった。

店を出てすぐに、健士朗くんが里美の手を優しく握る。

里美の顔は赤らみ、とても幸せそうだった。

それは私には見せない顔だった。

「言ってくれれば良かったのに」

心の声が無意識に口をついて出る。

体の奥からこみ上げる何かによって、胸が苦しくなる。

少しずつ、目が熱くなってくる。

頑張らないと、涙が今にも溢れてしまう。

私の味方は何処にいるんだろう?

私のことを分かってくれる人は一体どこにいるの?

突然、暗闇の中に放り出され、私は心の中で叫び続けることしか出来なかった。


<現在>

あの日から、叔母の様子がおかしい。

私が質問すると、不自然にかしこまって話すのだ。

納骨の日に、座敷から立ち去った叔母は戻ってくることは無かった。

バツの悪そうな顔をして、叔父達は帰って行った。

叔母は叔父達を見送ることもしなかった。

叔父達とは、二度と会わないつもりなのかも知れない。

そんな決意が叔母の行動に表れていた。

自分は母の娘ではないのか?

その答えを探すために、日記を読み漁る。

でも、そんなことはどこにも書かれていない。

日記は私が産まれた日から始まっていた。

日記の初めの部分は、デタラメだというのか。

そこまでして、私に隠しておきたかったのか。

叔母に確認するしか無かった。

私はここにいるべき人間ではないの?

私の本当の両親はどこにいるの?

その言葉を聞いた時、叔母はどんな顔をするだろう。

もし叔父達の話が本当だった場合、私はどこへ行けば良いのだろう?

知らないふりをして、このまま生きていくことは出来ない。本当の事を知りたい。

実の母親で無かったとしたら、母に対するこの気持ちも変わってしまうのか。

分からない。

叔母が私の顔を見つめたまま、真っ直ぐ立っている。

大丈夫だ。

もし、本当の母親では無かったとしてもこの思いが変わることは無いはずだ。

「叔母さん、私はお母さんの子供じゃないの?」

叔母は何も言わずに、ゆっくりとテーブルに座る。

私は正面に座り、叔母が話すのを待った。

叔母の視線が落ち着かない。

何から話そうか思案しているみたいだった。

数分の沈黙の後、叔母が小さな声で話し出す。


<過去>

里美からメールが来なくなって、数日経つ。

友達になってから初めてのことだ。

やっぱり、あんなメールを送るんじゃなかった。

今になって、後悔してしまう。


”里美は今日は何してたの?

私はね、家でダラダラしてた。

本当、このままじゃ太っちゃう(笑)

私も同じだよ。

お母さんに勉強したらって小言言われちゃった。

今度はいつ遊ぼうか?

里美って私に平気で嘘つくんだね。

私知ってるよ。健士朗くんと会ってたでしょ。

私見たんだから。里美、とても楽しそうだった。

私といる時とは大違い。

里美、前言ってたよね。

健士朗くんとは、付き合いたいと思わないって。

あれって何?私に対する気遣い?

里美、私が健士朗くんの事好きって知ってたもんね。

私が可愛そうで、本当の事言えなかった?

まぁ、仕方ないよね。

こんな卑屈で可愛くない女なんて誰も相手にしてくれない。

里美もそう思ってたんだよね。

親友と思ってたのに。

それは、私が勝手にそう思ってただけなんだね。

健士朗くんと里美、とてもお似合いのカップルだと思う。

どうぞお幸せに”


怒りに任せて、メールを送ってしまった。

夏休みを終えた後、また顔を合わせるというのに。

自分の浅はかさに、嫌気が指す。

私はたった一人の親友を失ったのだ。

たった一人だけの、私の理解者を。

「由紀ちゃん大丈夫?

お腹すいていない?

お昼も食べていないし。

何か軽いものでも作ろうか?」

机で項垂れていると、母がドア越しに聞いてくる。

今日は部屋から一歩も出なかった。

「大丈夫よ。放っておいて」

行き場のない怒りが、声にのっていく。

八つ当たりだとは分かっていても、そうせずには居られなかった。

ドアの向こうに母がまだ居るのが分かる。

「何かあったの?

お母さんで良ければ相談に乗るけど」

我慢していた怒りがふつふつと湧いてくる。

もう自分では制御出来ないくらい。

「一体、誰のせいでこうなったと思ってるの?

全部、お母さんが悪いんじゃない。

どうしてそんな歳で、子供を産もうなんて思ったの?

周りから笑われるって思ったりしなかった?」

母は黙ったままだった。

それがまた、私の怒りに油を注いだ。

「黙ってないで何とか言ったら。

本当、自分の考えを何も言わないんだから。

それって何?優しさだと思ってるの?

そんなんで良く生きて来られたよね」

言葉が止まらなかった。

母はなぜ怒らないのか。

やっぱり、歳のことを気にして何も言えないのか。

「少し前、お母さん電話で話してたよね。

私、あの話聞いてたんだから。

お母さんがすごい剣幕で話してたのを。

由紀は私の子ですってどういう意味?

もしかして、私ってお母さんの子供じゃないとか?」

母の沈黙は続いた。

ここに来てまで、何も言わないつもりなのか。

立ち上がり、ドアを開けようとした所で、母が部屋へ入ってきた。

母はとても重々しい表情をしていた。

その顔から、予想が本当だったのだと悟る。

やっぱり、私はお母さんの子供じゃないんだ。

母は黙ったまま、背の低い丸テーブルの前に座る。

机を離れ、母とテーブルに向かい合う。

母の顔は一層、険しさを増していた。

死刑宣告をされた人みたいに、深刻な顔だった。

「どこから話せば良いのかな。

上手く話せるか分からないけど」

とても小さな声で、母が懸命に話し出す。

その話は、私の心を大きく揺さぶる物だった。

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