戦士と神官の事情
魔王討伐系を書いてみました。
ですがやはりほのぼの系のような気がします。
よろしくお願いします。
「だあああぁぁぁぁっ!」
「しつこいっ!早く去れっっ!!」
ガキイイィィィィィン
ダナの剣が魔王の攻撃により折られた。
「ダナっ!」
「危ないっ!」
魔王の鋭い爪が私の喉を切り裂き、ダナは命を失った。
※
「気が付かれましたか?」
「…ラウル様?」
ダナはゆっくりと周りを見回す。ある意味“見慣れた”空間であった。
ここはダナの所属する神殿だ。神の像が優しく見下ろしている、“いつもの”祭壇の前でダナは寝かされており、蘇生されていた。旅先で死んだ場合、あらかじめ希望を伝えておけば所属する神殿まで転移して蘇生してくれる。もちろん有料だ。
「…私たちは魔王を倒せたのですか?」
「残念ながら、そういった話はまだ伝わってきていません」
申し訳なさそうに神官のラウルは答える。もうこのやり取りも98回目だ。毎回の事なのに、呆れた風でもなく、優しく答えてくれた。
起き上がってダナは自分の体を見る。首を切られたからか服の上半身は血まみれだ。体を洗って着替えなければならない。
「宿舎に行かれますか?」
「はい。あ、今回も蘇生費用はいつもの貯金から引いておいてください」
毎回蘇生するのだ。その費用は戦士として働いて貯めた貯金から引いてもらうよう、10回目辺りで交渉した。手持ちのお金は蘇生時に身につけていないことも多かったからだ。
そして15回を過ぎたあたりから、神殿の近くにある神殿関係者の住む割安の宿舎も借りた。着替えや新しい武器を置いておくためだ。そして20回目あたりからは毎回蘇生した後はそこで一時期暮らし、神殿の仕事を手伝ってから魔王討伐に行くようになっていた。
「薪を割っておきますねー」
「いつもすみません。もう少ししたら夕食ができますので」
「はーい」
ここは田舎の神殿だ。建物も小さくて神官も1人しかいない。もちろんお手伝いさんもいなくてラウルは家事全てを1人でこなしながら、死者の蘇生などの神殿の仕事を行っているのだった。だから毎回死ぬたびにダナは薪割りや神殿の補修、畑の整備などの力仕事をこなしていた。
いつも通り近くの川で体を洗い、血を落とす。宿舎の風呂場ではその後掃除しなければならなくなるからだ。どうせ風呂場も湯は出ない。川も風呂場も大して変わりはなかった。
「今年の冬までには魔道具の湯沸かし器を入れてあげたいなぁ…」
夕方の、少し橙色がかった青い空を見上げてダナは独り言ちる。
この世界には魔道具という便利なものがある。だがそれは高価な物であり、一般庶民にはなかなか手を出せるようなものではなかった。しかし魔王を倒せば国王から法外な報酬が出る。それを使えば魔道具の1つや2つ、この神殿に寄付することも可能になる。
カンッ カンッ
気持ちの良い音を響かせながら、ひたすら薪を割る。まだ暖かい季節だから湯を沸かす時に使うくらいだが、冬になれば暖を取るのにも必要となる。また寒くなる前には薪を用意しておかねばならないな、とダナは考える。明日は森で木を切って川で運ぼう。ついでに何か獣も取れたらいいのだが。ラウルの好きなうさぎを捕まえたら喜ぶだろうな、と考えながら食堂へと向かう。
「何かいいことでもあったのですか?」
食堂に入る扉の前にいたラウルに見られ、自分がにやついていたことに気づいた。
「いや、う、うさぎが食べたいなと…」
「あははっ、ダナはうさぎが好きですよね」
ダナは肉類全般が好きだ。ただラウルが好きだというから、よくうさぎを捕まえてくるだけで。
「それよりお腹すいたなー。今日は何ですか?」
「今日はあまり食材がなくて、野菜のスープとパンです。すみません。蘇生後でお腹がすいているでしょう?」
「大丈夫です。作ってもらえるだけありがたいんで。明日、森でうさぎを取ってきますね」
「魔王討伐で疲れているでしょう?大丈夫ですか?」
「体力には自信があります。体力だけですけどねー」
翌日からは宣言通り、森で山ほどうさぎを捕まえ、解体して保存食を作る。もちろん薪にする木も1年分くらい運んで神殿の横に積んでおく。
壊れかけていた扉を直し、畑の柵も獣が入れないよう補強した。あとは町へ行き日持ちする食料を買っておけば、これでまたダナが数か月間旅に出ても問題はないだろう。
ダナが神殿の補修などをしている間も、ラウルは村人の怪我や病気を治癒魔法で治したり、死んだ者の蘇生をしたり忙しくしていた。週に3日は学校と称して子供たちも預かっていた。小さいころから神殿になじませることで信仰心を深めるというものらしい。
「じゃあ、明日からまた討伐に行きます。次こそは魔王を倒して生きて帰ってきますよ!そうしたらラウル様の蘇生の仕事も減りますからね」
「ああ、それはとてもありがたいです。でも気を付けてくださいね。私はいつでもここで待っていますので」
いつもと同じように優しく、そして寂しそうに笑いながらラウルはダナを見送る。
※
ダナが出ていき姿が見えなくなるまで見送った後、ラウルは神殿へ戻る。今日は子供たちを預かる日だ。仕事は山積みで寂しさを紛らわせるのにちょうどいい、と思う。
ラウルはダナが帰ってきて滞在してくれる期間が楽しみだった。人の死を望むなんて聖職者として失格だと思いながらも、早くダナが帰って来ないかと願ってしまう。
「ああ、だめだめ。私はダナの無事を祈らなければならないのに」
はあ、とため息をつく。毎回見送る時はこの寂しさに負けそうになる。だが魔王を倒すことを生きがいにしているダナに、行かないでとすがることはできない。魔王を倒すのはダナの悲願だ。それを共に神に願って、早く成就して帰ってきてもらおう、と考えなおす。
だがふと不安が頭の中をよぎる。
魔王を倒した後、ダナはここに戻ってきてくれるのだろうか?
この神殿には“蘇生のため”に帰ってきているだけで、蘇生がなくなればダナもここには用がなくなる。もうここに来ることはなくなるのかもしれない。平和な世になればダナは“英雄”として称えられ、家庭を持ち、王都のような華やかなところで大きな住宅を買い、安定した暮らしをするのだろう。
神官の自分とは無縁の世界。
はあ、と何度目かわからないため息をつきながら、今日の仕事に渋々取り掛かった。
※
「ダナー、明日から魔王城だけど装備はこれでいいかな?」
「そうだなー、とりあえずは持っているもので一番いいものを選んで、あとは組み合わせじゃないかな?それぞれの加護が反発しないように」
ダナは仲間と魔王城まで来ていた。99回目の挑戦である。初めのころは魔王城に来る前に死んでいたが、最近では必ず魔王城まで来られるようになっていた。毎回王都で仲間を探し、魔王城を目指す。何度か共に戦った者がお互いに蘇生を経てまた共に出ることもあったが、魔王がなかなか倒れないため志願者は減っていた。今は国が褒賞金を吊り上げ、それでようやくだ。今回の仲間も初めて組む者たちである。そして初めての魔王城ということで皆緊張しているようだった。
それに対してダナはもう慣れてきており、気を引き締めなければと気合を入れる。だが心の中では、神殿の宿舎の窓の鍵を直すことを忘れたということに気がいってしまう。あのまま鍵が壊れていたら、盗賊が宿舎に忍び込むかもしれない。ラウルに危害でも加えられたら、と思うと気持ちが落ち着かない。
戦いが始まり、結局、最後の最後というところで魔王にまたもや倒された。
※
「気が付かれましたか?」
「…やっぱりだめでした」
「今回は残念でしたが、また機会はありますよ」
「…自分には才能がないのかもしれません」
ダナは川へ行く、と言って神殿を出る。
自分には才能がないのかもしれない。
ずっと小さいころから魔王討伐を目標にがんばってきた。小さなころ自分のいた村が魔物に襲われ、たまたま居合わせた魔王討伐の一行が助けてくれたことがきっかけだ。あの時の魔王討伐の一行はとても格好良かった。憧れて憧れて、とうとう戦士になった。同じ魔王討伐の一行はもう解散していなかったが、同じように魔王討伐を目標にがんばっている自分に満足していた。いつか自分もあのように格好良い存在になれる気がしたからだ。
今回は本当にあともう少しだった。仲間たちが次々と倒れていく中、確実に魔王を追い詰めていた。最後まで残って、どちらが先に倒れるかというところまできたのだった。それでもまた負けた。最後に魔王の放った言葉に動揺して。
「片田舎の神殿に魔物を差し向けたぞ?」
そう、魔王も馬鹿ではない。何度もやってくる自分のことを調べていたのだ。そしてラウルのいる神殿を大切にしていることを突き止めたのだった。
「悔しいな…」
川で体を洗いながら、泣けてくる。自分はラウルのことになると途端だめになる。最大の弱みなのだろう。
結局魔王の最後の言葉は嘘だったのだ。ここの平和な様子を見ていると、魔物は来ていない。そんな嘘に自分は負けたのだ。
そして次からは嘘ではなくなるだろう。それが自分の“弱み”だと魔王は確信しただろうから。魔物が来るこの村を離れられなくなり、魔王討伐から離脱する。ひょっとすると今までの魔王討伐の一行たちも、強いものはそうやって去っていったのかもしれない。魔王に弱みを握られて。
着替えた後、だいぶ暗くなるまでダナは川辺に寝転がっていた。空を見上げながら、雲が高いところにあると思った。季節は秋になってきていたのだ。その雲の周りが青から橙色へと変わる、その行程をずっと眺めていた。
「ダナ?」
「…ラウル様」
「夕食、できました。この前取っていただいたうさぎが残っているので、今日は豪華ですよ?」
そう言いながらラウルはダナの横に腰かける。急にダナの横が暖かくなったように感じた。水浴びの後、ずっと戸外にいて体が冷えていたのかもしれない。
「…ダナは怖くないのですか?」
「怖い、とは?」
「死ぬことが、です。いくら生き返るからと言って、痛みがないわけではないでしょう?…あなたがここに何回か来た後、私に魔王討伐の夢を語ってくれましたよね。あの時のあなたの瞳はキラキラしていて、とても眩しく感じたのを覚えているのです…でもそれからだいぶ時が過ぎました。あなたは今も魔王討伐を望んでいますか?」
「さあ…どうなんでしょうね」
ラウルを危険にさらしてまで魔王討伐をしたいと思えなかった。だが自分から魔王討伐を取ってしまったら、一体自分に何が残るのだろうか。そしてそんな自分をラウルはどう思うのだろうか。
「…責めているのではないのです。少し辛そうに見えたので…」
そう言ってラウルはダナの服の裾をきゅっと掴む。
「もし辛いのなら、少し休憩されたらいかがですか?あの…ここは人手も足りていないので手伝っていただけたらありがたいですし、その、日当はなんとか捻出しますので」
この神殿に金銭的余裕がないのは知っていた。だから毎回戻るたびに無料で奉仕をしていたのだ。ラウルが捻出するというのは、自分の何かを削って出すつもりなのだろう。例えば内職をして自分の時間を売るか、自分の給料をこちらに回すか。
どちらにしてもラウルの重荷となるだろう。それは自分の矜持が許さなかった。
「大丈夫ですよ。次こそは魔王を倒して見せますから」
起き上がって食堂へとラウルを促す。ラウルは心配そうな顔をしながらも、今日はダナの好きなうさぎの肉ですよ、と笑った。
そこからダナは次こそが最終決戦だと決め、万端に準備をした。自分がこの村を離れる間の用心棒も、今まで一緒に旅した仲間に声をかけ募った。自分の攻撃と相性の良かった仲間たちにも声をかける。いつもは王都で国に登録した魔王討伐希望者の中から同行者を探したが、今回は同行者選びにも妥協はしなかった。
並行して気になっていた宿舎の鍵の補修や神殿の補修、薪の準備や冬に備えて保存食の作成もした。全ての準備が整った後、ダナは王都で同行者たちと待ち合わせ、いつも通り旅立った。
大きく1つだけ違うのは、出立直前ラウルにこう告げたことだ。早朝、村の誰もまだ起きていない時間、ダナが旅立つのをラウルが見送っていた時だ。
「次はもう蘇生は必要ありません。蘇生名簿から外してください」
「?!」
ラウルは絶句していた。
それはもし次に致死的な怪我を負った場合、本当にこの世からいなくなってしまうことを意味するからだ。
「ダナっ、でもそれではっ…」
止めようとするラウルをダナはふわっと抱きしめる。
「ラウル様、いつもここにあなたがいるのはとても心強くて、今まで本当に励まされてきました。ですが、自分はそれに甘えてしまっていたところがあったんだと思います…死んでもここに帰って来られると。むしろ居心地がよく、帰ってきたいとさえ思っていました。でもそれは今までの敗因でもあったと思うのです。そしてあなたは自分の一番の弱みです。それを前回魔王に気づかれてしまいました。自分がここに帰ってくる間はこの村に魔物が差し向けられるでしょう。だから今回もしだめなら、潔く身を引こうと思います。…ラウル様、今までありがとうございました」
ダナは言うだけ言うとラウルから離れ、切なそうな顔をした後、手紙を渡す。
「自分が死んだらこれを。あと、村の防御などを頼んだ人たちには前払いで支払ってあるので、あなたが請求されることはありません」
呆然とラウルは手紙を受け取った。
「そんな顔、しないでください。今回こそは魔王を倒して帰ってくるので…行ってきます」
最後にダナは、ラウルへの今までの気持ちを込めて満面の笑みを浮かべた。
※
「魔王は今回、魔物を城に集結させてるのか?」
「今までと比べて気持ち悪いほど魔物がいなかったな」
「ああ、こっちが決死の覚悟だと向こうも気づいているんだろうか」
ダナは魔王の城の近くで一夜を過ごす。今まであちこちにいた魔物たちは、今回はほぼ出会わずここまで最速で来られた。
実はダナだけではなく、他の仲間たちも決死の覚悟だった。ダナの予想通り、今まで引退していった仲間たちは魔王に弱みを握られていた。だからダナは自分の大切な者を守るため、諸悪の根源を絶ちに行こうと皆を説得した。初めは気乗りしなかった者たちも、徐々にダナの周りに仲間が集まるのを見て参戦に傾いていった。
おかげで史上初の大人数魔王討伐軍ができあがっていた。国は弱体化していて、討伐軍を作る力がすでになかった。だから自主的な魔王討伐が主だったが、大規模になると揉めたり分裂したりするため、たいがい多くても1組10人までが多かった。それが噂が噂を呼び、今では途中参加も加えて50組を超えていそうだ。今晩もまだ参集しつつある。指揮も統率もあったものではないが、ダナは参戦回数が多いため、たいがいが顔見知りであり意思の疎通を図れた。一致団結というよりは、小さな組が一斉に魔物討伐に来たという感じだ。
翌朝、ダナの一行が鬨の声を上げ魔王城へと向かい始める。それに続いて討伐軍も一斉に向かい始めた。
昨夜予想されたように、魔物は魔王の城とその周囲に集合していた。敵も味方も数が多く戦いは凄惨を極めるが、討伐軍が優位に進めていた。
「ダナっ、あとは任せ、た…」
「ガイウスっ!」
初めは元気だった仲間たちも、魔王が近づくにつれ激しくなる攻撃に耐え兼ね、途中で次々犠牲になっていく。それぞれが覚悟を決めての参戦である。それをわかっていてもなお、仲間が倒れていくのは辛かった。
だがダナもそれには構っていられないほど、魔物の数に圧倒されていた。すでに初めに持っていた武器は折れていた。その後倒れた魔物の武器を奪い戦ったが、血濡れて滑るため次から次へと奪った武器を使い捨てていた。
体力にも限りがある。回復薬草や仲間の回復魔法に何度も助けられていたが、誰もが疲れを見せ始めていた。
「ダナっ、行けるか?」
「まだ大丈夫だ!」
「よし、ここで二手に分かれるぞ!」
昨夜、他の組とも話し合って決めていた。魔王の間に来たら中に入る者と外で防ぐ者とに分かれることにしていたのだ。全員が魔王の間に入ると密集してしまい、魔王の魔法で一気に片付けられてしまうからだ。
そう、とうとう魔王の間まで来たのだ。
戦い残っている者は朝出発した時の半分くらいに見えた。それでもかなりの数である。ただ誰の顔にも疲労がとって見えた。朝から夕方だろう今まで休憩なく戦いっぱなしなのだ。
初めは同行者に冗談を言ったりもできていたが、いつからか皆無言でひたすら目の前の魔物を倒すことに専念していた。
無言で、ただ、目の前に来た、人間ではないものを、倒し続ける。
思考ももはや停止しかけていた。まるで殺戮の機械だ。
ラウル…
思考は停止する、というよりは、むしろ体と心が離れたような状態なのかもしれない。体は魔物の急所を仕留めながら、頭は最後に見たラウルの悲しそうな顔を思い出す。
魔王を倒して、ラウルに幸せになってもらいたい…
この場に来たすべての者が、大切な者のために戦っているのだろう。
一度は魔王討伐から退き、身近な者を守ることに専念した者たち。だが根本が変わらない限り自分たちの生活は脅かされ続けるのだと悟った者たち。
それぞれが心に大切な者を描きながら、後続の者たちの道を切り拓いて倒れていく。
「魔王、覚悟しろっ!」
ダナは先頭きって魔王の間へ入る。そこにも予想通り魔物たちの群れがいた。その最奥に、前回1対1まで持ち込んだ魔王がいた。
「またおまえか。ものども、行けっ!」
一斉に魔物たちが入り口にいた討伐軍に襲い掛かる。
魔法使いが炎を出し、魔物がひるんだところを戦士たちが切り付けていく。魔王以外の魔物たちは、精鋭である討伐軍の体力、魔力を奪ってはいくが、敵ではなかった。あっという間に死骸の山ができていく。
だがダナたちの中で余裕がある者はほぼいなかった。この後最終決戦の魔王と戦うのである。ダナの心には不安が募った。
今まではところどころにいる敵と戦い、その間は休憩に近い移動時間があった。だが今回は一斉攻撃のため、疲労を回復する間がない。皆ここに来るまで相当体力、魔力を削っていた。
奥に進み魔王の魔法が届く範囲になると、魔王の助力で増強した魔物を倒すのはかなりの労力が必要になってきた。少しずつまた、仲間が倒れていく。
部屋の外でも魔物の襲撃は続いているのだろう。後続の者に中での戦いの補助は期待できなかった。
一体どれだけ戦い続けただろう。
味方も敵も相当数死んだ。
血まみれなダナと数人、そして魔王だけがこの広間にいた。
討伐軍の誰もがダナに期待をしていた。何度倒れてもよみがえる。気力が尽きることなく諦めず、ただひたすら魔王に向かっていく。そんな姿を今までずっと皆が見続けていたからだ。普通なら蘇生10回を超えたあたりで才能がないと諦めたり、魔王が強いといって心が折れたりして討伐から外れていく。だがダナはいつまでも諦めなかった。そして回数を重ねるごとに魔王へと近づき、前回はとうとう魔王と1対1で戦うまでに追い詰めたのだ。
諦めなかったから戦闘能力も高くなり、いつしか伝説の戦士のようになっていた。まだ魔王を倒していないにも関わらず。
討伐志願者のほとんどいないこの国で、ダナが討伐隊を募ると必ず誰かしら志願してきたのはそのせいだった。一緒にいたら奇跡が起こるのではないかと、皆信じることができたからだ。そう、たとえ今回がだめだったとしても次回こそは、と。
だから回復系魔法を使える者は誰もがダナを残すように魔法を使っていた。攻撃系の者もダナに道を作るべく魔物を倒していく。戦士たちはダナの側面を守り続け、後ろを守り、正面の道を切り拓いた。
そしてとうとうここまで来た。
魔王にはまだ体力も魔力にも余裕があるようだった。対して討伐軍にはもう立っているのが精いっぱいという者たちばかりだ。
だがダナは引くことはできない。ラウルを、そして仲間たちの大切な者たちを守るために自分は負けるわけにはいかなかった。
魔法使いと視線を合わせる。その魔法使いがひと際大きな炎を放った後、魔王との戦いが始まった。
魔王が魔法を放とうとすると、魔法使いが結界を張る。そして戦士たちが一斉に切り込む。ダナを先頭に数人の戦士が魔王の元へと切り込んでいく。体の大きい魔王は熊のように腕を振るい鋭い爪でそれを阻んだ。
跳ね飛ばされる者、避ける者、中には魔王に一太刀浴びせた者もいる。
だがその勢いも長くは続かなかった。
次々と皆倒れていく。そしてとうとうダナと魔王しか立っていなかった。
「魔王、この間の続きだ」
「望むところだ」
そうして2人は剣を交わす。だが数回打ち合ってダナは限界を感じた。もう腕を上げるのが辛いのだ。
次の一振りが最後になるだろう。
自分は限界だがまだ魔王には余裕があるように見える。
今回もまただめだったか…
脳裏にラウルの笑顔が浮かぶ。皆このように大切な者を最期に思いながら、逝ったのだろうか。
そうして剣を構え、最後に一太刀でも加えてやる、と気合を入れた時だった。
バターンッ
突然大きな音が広間に響き渡る。閉じていた入り口の扉が開いたようだった。一旦魔王から離れ、扉を確認する。
このタイミングでさらに魔物が来るなんて、人生詰んだな…
諦めと共に血で見えにくくなった目をこらす。だがそこには信じられない光景が広がっていた。
「ダナ無事かっ?!」
「復活したぞー!!」
「ダナ―!!」
ここに来るまでに倒れていったはずの仲間たちがなだれを打って入ってくる。
「皆、なぜ…?」
自分と魔王との間に仲間たちが立ちはだかる。
「いや、神官様が来てさー」
「そうそう、蘇生してくれてるんだ」
「はあ?」
神官が?
この国の神官は希少な蘇生の能力を持つ者がなれる。そして希少なだけに教会は滅多なことでは神官を戦いの場に出すことなどなかった。ましてや魔王の城なんて。
「ダナっ!大丈夫ですか?!」
「…?!ラ、ラウル様…?!」
横で生き返った者たちによる魔王討伐第2戦が始まる。その横でダナはいるはずがないラウルを見て、呆けていた。ラウルはダナの元まで駆けてくる。
驚いていると後から後から神官たちがわらわらと広間に入ってきた。
「???」
「はあっはあっ、ダナを追いかけて来てしまいました!ダナだけに戦わせるなんてもう嫌だったのです!一緒に生きて帰ってください!」
広間には希少な神官たちがわらわらとしていた。そしてラウルのその公開告白ともとれるような発言に、皆やんやと騒ぎ立てる。
ダナも唖然としながら、少しして顔が熱くなった。
「いやいやいや、そういう状況ではないから!」
生きているのが不思議な状況だというのに、ダナは頭を抱えてラウルの言葉に悶えた。
まだ最奥では魔王が戦っていたが、神官たちが回復魔法や治癒魔法を使い、戦士たちが生き生きと戦っていた。魔王が倒れるのも時間の問題だろう。
「外でも蘇生した戦士の方々が掃討戦を行っていますよ。もうあと少しです!」
「ラウル様…」
そう言いながらラウルはダナを戦線から離脱させ、魔法で体を癒していく。そして宿舎のダナの部屋から持ってきていた武器を渡した。
「はい、これで魔王を倒してきてください!死んでもすぐに蘇生するので大丈夫ですよ!」
「…ははっ、ラウル様、こんなところまで来てしまうなんて最高です!ありがとうございます!行ってきます!」
そう言ってダナは戦線へと戻る。たくさんの戦士や魔法使いと、それを支えるたくさんの神官たち。
そしてとうとう今度こそ、ダナは魔王を倒したのだった。
魔王を倒した後、魔物たちは一斉に攻撃を止めた。呆然としていたり、狼のようなものは盛んに遠吠えをしていた。
魔王は魔王で、きっと魔物たちが大切で、それらを守ろうとして戦っていたのだろう。
そう思い至ると、自分たちと変わらないのだと思えて少し切なくなった。
※
「ダナ、どこですか?今日の夕食はうさぎですよ」
「ああ、ラウル様、ここにいます。湯沸かし器が付きましたよ!ほら、これで湯がすぐに使えます!」
「…わー!本当ですね!こんなに簡単に湯が使えるなんてすごいですね!」
神殿の宿舎の浴室で、2人で湯沸かし器から湯を出す。
ダナが魔王を倒した褒賞金で買ってきた湯沸かし器だ。浴室も少し改装し風呂桶もつけた。これで冬の入浴も苦ではなくなる。
「でももうこれで褒賞金も使い切っちゃいましたね。本当はもっと屋根とか直せたらよかったんですけど」
褒賞金は皆で分け合った。そのため元々は巨額であったが、一人ひとりにはだいぶ少なくなっていた。それでも皆はダナにお礼だと言って少しずつ渡していたから、ダナだけは少し多かった。そう、風呂桶分くらい。
「いえ、これでも十分です!でもダナは良かったのですか?もっとご自分のことに使われたら…」
「何度も言いましたけど、自分はこれが一番満足なんです!その、…屋根とかはまた自分が直していきますから」
神官たちは褒賞金の受け取りを辞退していたから、ダナとラウルの2人合わせても褒賞金は変わらなかった。おかげで他を直す余裕はやはりなかった。
「でもすぐにまたあちこち壊れてしまいそうですね」
ラウルはそう言って、意味ありげにダナをのぞき込んだ。切なげにダナを見つめる。
「もしよかったら、これからも直していただけませんか…?」
「え?!あ、はい!自分でよければ」
そんなラウルの少し甘えたような様子を初めて見て、ダナは真っ赤になって答える。
「そうと決まれば、さあ食事にしましょう。今日はダナの好きなうさぎですよ!」
今日もダナが取ってきたうさぎを張り切って調理したらしい。ラウルが好きだというから取ってきているのに、ラウルはせっせとダナに食べさせようとする。
お互いがうさぎを好きだと思い込んでいるとは、思いもせずに。
そして今日もまた、貧しいけれど幸せな夕食が始まるのだった。
完
お読みいただきありがとうございます。
ダナとラウルの性別は、どっちがどっちなのでしょうね。
皆さまのご想像にお任せいたします。