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第77話「ライゼンガ領に工房を開く(1)」

 ──トール視点──





「できたー!」

「できましたね、トールさま」

「これで準備完了なので!」


 ぱん、ぱぱん。


 俺とメイベルとアグニスは、ハイタッチを交わした。


 ここはライゼンガ将軍の領地。

 俺たちの目の前にあるのは、2階建ての屋敷(やしき)だ。


 屋敷の壁には『錬金術(れんきんじゅつ)あります』と書かれた、大きな木の看板がある。

 1階には来客用に、受付とカウンターを作っておいた。

 掃除も終了。水回りも風呂も、寝室も居間もちゃんと出来上がった。

 工房兼住居として、最高のできばえだ。


「ここが俺の家で……錬金術の工房か」


 正式な工房は魔王城ってことになってるから、ここは『ライゼンガ領出張所』ってところだ。

 魔王城の方は、魔王ルキエや高官たちのためにアイテムを作る場所。

 こっちは、魔王領に住む人たちの問題を解決するための、オープンな工房ってことにしてある。


 なんだか……感動するな。

 帝国では自分の工房を持つなんて夢のまた夢だったから。

 あっちでは錬金術師の地位は低いし、工房を持てるのはほんの一握りだった。


 でも、魔王領は違う。ここで俺はふたつも工房を持つことができた。

 本当に、夢みたいだ。


「ルキエさまや宰相(さいしょう)ケルヴさんにも感謝しないとな」

「陛下と宰相閣下も、トールさまには感謝されていると思いますよ?」

「うん。ほんとに、いい上司に恵まれたよ」


 俺はメイベルの言葉にうなずいた。


 魔王領に来てから、俺は錬金術師としてそれなりの成果を上げてきた。

 それを評価してもらったのは、本当にうれしいと思う。

 だけど、目指す目標にはまだ遠いんだ。


 俺の目標は勇者を超えること。

 この魔王領を、勇者世界に負けないくらい豊かな場所にすることなんだから。


「そのためにも、お客として魔王領の人たちに来てもらいたいな。みんながなにを必要としているか、どんなものが足りないのか聞きたいんだ。魔王領には、まだまだ知らないことがたくさんあるんだから」

「トールさまがお城の外に工房を作られたのは、そういうわけだったのですね」

「アグニスも、『どうして受付カウンターがいるのかな』って、思っていましたので」

「もちろん、魔王領の人たちが気軽に立ち寄れるようにするためだよ」


『錬金術あります』の看板もそのためだ。

 あれを見れば、通りかかった人も「ここに錬金術師がいる」ってわかる。

 受付カウンターがあれば、ふらっと立ち寄ることもできるだろう。

 そうしてやってきた人たちから、魔王領で必要なものについて教えてもらえれば、って思ってる。


 俺もときどきは城に戻ることになるから、ここに常駐するわけじゃないんだけど。


「トールさまは本当に……魔王領のことを考えてくださっているのですね」

「というか、ルキエさまが人間に学ぼうとしてるように、俺も魔王領の人たちから学びたいからね。そのために、色々と話を聞かせて欲しいんだ」

「ふふっ。トールさまらしいですね」

「そうなの?」

「はい。私は、トールさまのお手伝いができて……幸せです」


 メイベルはそう言って、照れくさそうに笑った。


「私はずっとおそばにおりますので、なんでもおっしゃってくださいね。その……これから一緒に暮らすことになるのですから。ご遠慮はなさらないでください」

「……うん」


 そういえば、俺はこれからこの工房で、メイベルとふたりきりで暮らすことになるんだっけ。

 ルキエは「落ち着いたら手伝いを送る」って言ってたけど。

 メイベルと2人暮らしか……。

 ……なんだか、緊張してきた。


「も、もちろん。アグニスもここに通いますので!」


 不意に、アグニスが声をあげた。


「お父さまからも、トール・カナンさまの工房なら泊まってもいいと言われておりますので! きょ、今日はまだ片付けもあるので。泊まりますので! お手伝いしますので!!」

「う、うん。お願いします。アグニスさん」

「……呼び捨てでいいので」

「え?」

「工房にいるときのアグニスは、トールさまのサポート役なので。呼び捨てにしてくれて、いいので。そうして欲しいので……」

「わ、わかりました。じゃあ、アグニス」

「はい! トール・カナンさま!!」


 アグニスは満足そうな顔で、うなずいた。


 工房の初期メンバーは3人。

 錬金術師の俺と、メイドで受付係のメイベル。サポート役のアグニスだ。

 それと──




「恩人さまー!!」




 ひゅーん!



 森の方からすごい速度で、羽妖精(ピクシー)のソレーユが飛んできた。


 羽妖精たちは、すぐ近くの森に住んでいる。

 だからお願いして、魔王ルキエやソフィア皇女との連絡役をしてもらうことにしたんだ。


「光の羽妖精ソレーユ、参上でございます。ご報告にまいりました」

「そんなに急いで来なくてもいいよ。無理しないで」

「無理などしておりません。ソレーユは、すっかり健康になりましたので」


 光の魔織布(ましょくふ)の服をゆらして宙返り。

 えっへん、と胸を張って、健康さをアピールする。


「『フットバス』を毎日使っているせいで、すごく健康になってございます」

「魔石はちゃんと交換してる?」

「もちろんでございます。恩人さまに交換方法を教えていただきましたから。それに、最近は他の羽妖精たちも『フットバス』を使っておりますので、みんな魔石探しが日課になっております」

「そっか」


 他の羽妖精(ピクシー)たちも『フットバス』を使ってくれてるのか。

 うれしいけど……羽妖精は『フットバス』をお風呂代わりにしてるからな。一度に1人か2人しか浸かれないんだ。

 となると、みんなで一斉に入れるものを作った方がいいな。


 とりあえず、工房のお風呂を改造してみよう。

 お風呂そのものに『フットバス』の機能を持たせれば、数十人の羽妖精がまとめて入れるようになるはずだ。うん。この工房で2番目に作るのはこれかな。

 忘れないようにメモしておこう。


「それでソレーユ、報告って?」

「はい! さきほど、『ノーザの町』で皇女さまの話を聞いてまいりました。お話によると、帝国側でも魔獣と魔法陣の調査を行っているとのことなのでございます。ただ、どちらも未だに見つかっていないそうです」

「魔獣も魔法陣もいないってことかな?」

「ソフィア殿下は『国境近くに新種の魔獣はいないようです』と、言ってました。ただ、魔法陣の方はわかりません。どこにあるのか、手がかりがまったくないのでございますから」


 ソレーユは難しい顔をしてる。


 なるほど。

 魔法陣といっても、光を発していたするわけじゃない。

 基本的には、ただの地面に書かれた図形だ。

 それを手がかりなしで探しても……そりゃ見つからないよな。


「羽妖精には、魔法陣の魔力ってわかるの?」

「近くに行けば……なんとなく、残り香の魔力のようなものを感じられるのですが……」


 ソレーユによると、魔法陣には魔獣に近い魔力が、かすかに残っているらしい。

 だから彼女たちは、『眠れる魔獣』の洞窟にあった魔法陣に気づくことができた。

 でも、かなり近づかないと感じ取れないそうだ。


「羽妖精は、様々な魔力を感じ取れるのでございます。ですが、あの魔獣の魔力は特殊なようで、近くにいかないとわからないのでございますよ」

「お父さまも魔法陣については調査しているので」


 アグニスがソレーユの言葉を引き継いだ。


「兵士を率いて、『魔獣ガルガロッサ』がいた場所の近くを調べているのです。でも、まだ魔法陣らしいものは見つかっていないそうなので」

「なかなか難しいものなのですね」


 アグニスもメイベルも考え込んでる。

 あの『魔獣ガルガロッサ』が召喚されたものなら、魔法陣が近くにあるはずだ。

 将軍としては、鉱山の開発が始まる前に見つけておきたいだろうな。ほっとくと物騒だし。


「とにかく、お父さまもがんばっているのですが……調査には、時間がかかりそうなので」

「ライゼンガ将軍も大変だね」

「いえ、お父さまは、領地を守るのもお仕事ですので」

「俺も最近は工房の準備にかかりっきりになってたからなぁ。やっぱり、俺も手伝えばよかったかな」

「トールさまの責任じゃないので! 気に病まないで欲しいので……」

「でも、もっと早く『魔法陣探知機』を作っていれば、調査もはかどったかもしれないから」

「そんなことないので! ……って、あれれ?」

「トールさま。いまなんとおっしゃいました?」

「恩人さま?」


 アグニス、ソレーユ、メイベルが、目を丸くして俺を見てる。

 あれ? そんなに変なこと言ったっけ?


「最近は工房を作るので手一杯だったけど、もっと早く『魔法陣探知機』を作るべきだったかな、って言ったんだけど──」

「『魔法陣探知機』ですか!?」

「そ、そんなものが存在するので?」

「ど、どういうものなのですか? 恩人しゃま!?」


 ぐぐっ、と迫ってくるメイベルとアグニス。おどろきすぎたのか、ソレーユは少し噛んでる。

 確かに、びっくりするのも無理はないか。

 俺も『通販カタログ』を見たとき、結構驚いたもんな。

 勇者の世界にはこんなアイテムがあるのか、って。


「メイベル、アグニス、ソレーユもこれを見てくれるかな?」


 俺はみんなの前で『通販カタログ』を広げた。

 そこに書いてあったのは──




────────────



 盗聴器・発信器など、現代は危険なアイテムでいっぱいです。

 もしかしたら、あなたの近くにも存在するかもしれません。

 盗み聞きや居場所を突き止めたりというアイテムは、どこにでもあるのです。


 この『電波探知機』で、安全なセキュリティ生活を送りましょう!


 当社が開発した『電波探知機』は、ほんのわずかな電波にも反応します。

 光と矢印で、どこから電波が出ているのかをお知らせします。

 この『電波探知機』なら、盗聴器・発信器などといった、危険なアイテムを見つけ出すことができます。

 電波の流れを断ち切り、あなたと見知らぬ場所との繋がりを消し去りましょう!


 当社の最新技術により、電波発見の精度は従来商品の20倍以上。

 どんなに離れていても、どんなに隠しても、この『電波探知機』から逃れることはできないのです!



────────────



「「「なるほど……」」」


 メイベル、アグニス、ソレーユはうなずいた。


「つまりトールさまは、この『電波』とは魔力のようなものだとお考えなのですね」

「うん。そういうこと」

「だから『あなたと見知らぬ場所との繋がりを消し去る』と書いてあるんですよね」


 メイベルは、納得したようにつぶやいてる。


「確かに、召喚魔術と似ています。あれは魔法陣と召喚する相手や場所とを魔力で繋ぐわけですから……」

「勇者世界の『電波』も、同じことをしているんだと思うよ」

「ソレーユさんたちが感じた魔力は、その残り香ということですね」

「つまり、召喚魔法陣と同じくらい、『盗聴器』『発信器』というのは、おそるべきアイテムってことだ」


 勇者世界の人間が、対策用のマジックアイテムを作るくらいだもんな。

 それだけ、この2つのアイテムは恐れられていたんだろう。


「でも、トール・カナンさま『盗聴器』とは、盗み聞きのためのアイテムなのですよね?」


 アグニスが首をかしげた。


「アグニスは信じられないので。超絶の力を持つ勇者が、盗み聞きなんて……」

「たぶん『盗み聞きアイテム』には、その超絶の力が関わってると思う」

「超絶の力が?」

「アグニスの言う通り、異世界から召喚された勇者は、すごい剣技や魔術を使っていた。こっちの世界の者たちには、どうすれば使えるのかわからないものもあった。つまり、秘伝の技だったんだと思う」


 帝国では研究が進められていたけど、再現できないものもあったそうだ。

 おそらくそれは、勇者の切り札だったんだろう。


「勇者たちは元の世界でも、その技を大事にしていたはずだ。秘伝の技の奪い合いなんかもあったと思うよ。勇者たちがより強くなるためには、他者が持つ秘伝の技を手に入れるのが一番てっとり早いんだから。そのために、盗み聞きするアイテムが使われていたんじゃないかな」

「そうやって秘伝の技を盗もうとしていたのですね……」

「たぶんね。勇者同士が実力で技の奪い合いをやったら、世界そのものが危険になるから」


 勇者同士の争いは、こっちの世界でもあった。

 ケンカした勇者たちが極大魔術を打ち合った伝説が、今も残ってる。そのときはすごい被害が出たらしい。

 それを勇者ばかりの世界でやったらどうなるか──考えたくもない。


「勇者世界は、文字通り勇者だらけだと思う。その勇者たちが、みんなで極大魔術や超絶の剣術を技をぶつけあったら……町や村はどうなると思う?」

「…………みんな、消えちゃうかもしれないので」


 アグニスは青ざめた顔で、とつぶやいた。


「そうだね。ただ、あんまり激しいケンカをしてると、『オマワリサン』が出てくるとは思うけど」

「勇者世界の守護精霊ですね?」

「うん。だから、勇者たちは『オマワリサン』に気づかれないように、秘伝の技を盗もうとしていたんだと思う」

「つまり、発信器というのもそのために……?」

「相手の修業場所を突き止めるためだね。修業してるところを観察して、自分がより強力な勇者になるために」

「やっぱり勇者の世界は、おそろしい場所なので……」

「俺だったら、3日と生きてはいられないだろうね」


 そういう世界だからこそ、たくさんのマジックアイテムが必要だったんだろう。

 この『通販カタログ』は数百ページの厚みがある。

 それほどのマジックアイテムが必要な世界がどういう場所なのか、俺には想像もつかない。


「──神々が、おたがいに争い合う世界というイメージでございますね」


 ふと、ソレーユがつぶやいた。

 うん……言い得て妙かもしれない。


「もちろん俺はこの魔王領を、勇者世界のように怖い場所にはしないよ」

「わかっております。恩人さま」

「それにこの『通販カタログ』の載ってるのは、快適グッズばっかりだからね」


 この『通販カタログ』には、勇者世界でも特別なものなのかもしれない。

 戦い合う勇者たちに「フットバスでゆっくりしよう」「抱きまくらでゆっくり眠ろう」と、文字通りのスローライフを勧めるための本なのかも。

 殺伐(さつばつ)とした世界で、のんびりと暮らすための。

 だから、剣や攻撃魔術についての記載(きさい)がないのかもしれないな。


「……まぁ、それは研究を進めないとわからないか」


 俺はこの『通販カタログ』のアイテムをコピーして、みんなに使ってもらえればそれでいい。

 それで魔王領が平和で豊かになれば満足なんだ。

 みんなでのんびり暮らせるようになったら、ソフィア皇女も呼べばいい。

 その頃には魔王領も、帝国なんかが手を出せないような場所に進化してるだろうし、皇女さまのひとりくらい、亡命してきても問題ないだろ。


 ふと……俺はそんなことを、考えていた。


「で、この『電波探知機』を『魔法陣探知機』にする方法だけど。まず最初に、『魔獣ガルガロッサ』の脚を用意して──」


 俺は『超小型簡易倉庫』から『魔獣ガルガロッサ』の一部を取り出した。

 そしてメイベルたちに『魔法陣探知機』の作り方についての説明を始めたのだった。


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