第54話「パーティに参加する」
魔王ルキエ歓迎パーティは、正午ちょうどに始まった。
「ライゼンガ領の者たちよ。魔王ルキエ・エヴァーガルドじゃ。数日の間じゃが、世話になる」
魔王ルキエがあいさつすると、大広間は拍手の渦に包まれた。
ライゼンガ領の人たちはみんな、感動したように、ルキエを見つめている。
「──ルキエ・エヴァーガルド陛下のお姿を、こんな近くで拝見できるなんて」
「──自分は『魔獣ガルガロッサ討伐戦』に参加しましたからな。陛下の闇の魔術を、間近で見ておりますよ」
「──はい。闇の炎で、魔獣と配下の小蜘蛛を一掃したとか」
「──『レーザーポインター』という強力なアイテムを使われたそうですよ」
「──将軍の賓客である、トール・カナンさまが作られたアイテムですな!」
さっ。
出席者たちが、一斉に俺の方を見た。
いや、こっちを見る必要はないですから。
まだ魔王陛下のあいさつが続いてますからね。
俺のことは気にしないでください。
「最強の錬金術師」とか。「魔術の技を高みへと運ぶ者」とか。「破壊のアイテムの製作者」とか、俺はそういう者じゃないですからね。
主に作ってるのは健康グッズとか抱きまくらとかですから。
「今日の魔王陛下は、一段とお美しいですね」
俺の隣でメイベルが、ぽつり、とつぶやいた。
それにつられたのか、まわりの人たちがルキエの方に向き直る。ありがとうメイベル。
今日のルキエは『認識阻害』のローブを外している。
身につけているマジックアイテムは仮面みたいだ。
そのせいか『認識阻害』の効果がいつもより弱くなってる。
だから、黒いドレスと金髪が見えてる。神秘的で、すごくきれいだ。
「余がこの地に参ったのは、とあるアイテムの実験と、帝国の動きについて調べるためじゃ」
魔王ルキエの話は続いていた。
「アイテムの方は、詳しい話は控えるとして、重要なのは帝国の動きじゃな。彼らは国境付近で軍事訓練をするだけと申しておるが、万一もこともある。だから余が、国境付近を見て回ることにしたのじゃ」
「すぐに危険な事態になるということは、ないと考えます」
ルキエの言葉を、宰相ケルヴさんが引き継いだ。
「ですが、ライゼンガ領の皆さまの力を借りることもあるかもしれません。そのことは、心に留めておいていただきたいのです」
「「「承知いたしました!!」」」
将軍を含めた出席者たちが、一斉に声をあげた。
それからルキエは、口調をやわらげて、
「ところで、最近のライゼンガ領では、羽妖精の姿をよく見るようになったようじゃな。気づいた者はおるじゃろうか」
──突然、話題を変えた。
「人見知りの羽妖精たちが姿を現すようになった理由。それは、余の錬金術師、トール・カナンのおかげなのじゃ。彼が羽妖精たちに特別な服を与えたことによって、羽妖精は人前に現れることができるようになったのじゃよ」
「「「トール・カナンどのが……?」」」
まわりの人たちが、また、俺を見た。
さらに、広間に集まっていた人たちが、壁の方に移動する。
ルキエまでの道を開けてくれる。
ルキエはじっと俺を見てる。隣で宰相さんが、手招きしてる。
これは、行かないとだめかな。
ふと見ると、広間の隅には闇の羽妖精のルネがいた。黒い魔織布の服を着てる。
隠れて参加してるのか、と思ったら、ルネはそのまま、ルキエのところまで飛んでいく。
ルキエの後ろのある椅子の近くで俺を見てる。彼女も、俺を呼んでるみたいだ。
……しょうがないな。
「行ってくるよ。メイベル」
「は、はい。トールさま」
俺はルキエのところへ向かった。
人見知りのルネが出てきてるのに、俺が隠れてるわけにはいかないからね。
「ご存じの方もいらっしゃることと思います。この方が、魔王陛下直属の錬金術師、トール・カナンどのです。この方の力によって、我々は『魔獣ガルガロッサ』とその配下を、犠牲なしで全滅させることができました」
そう言って宰相さんは、俺の紹介をはじめた。
俺が帝国から来た客人であること。
けれど信頼できる、魔王領の味方であるということ。
強力な『レーザーポインター』のこと。
アグニスと羽妖精たちが着ている、魔織布のこと。
その魔織布の服のおかげで、羽妖精たちが魔王領の者たちと一緒に活動できるようになったこと。
俺が研究熱心な錬金術師であること。
アイテムを作るペースが早いこと。
俺が来てから魔王城の柱が傷むようになったこと──って、あれ? それはどういう意味なんだろう。俺に関係あるのかな? ルキエはうなずいてるけど。
とにかく、宰相さんは熱心に、俺の紹介をしてくれた。
俺が来てからのことを、真剣な顔で、すごく丁寧に。特に『魔獣ガルガロッサ討伐戦』でおどろかされたことを強調して。
──で、そんな紹介をされたものだから、
「──なるほど! トール・カナンどのがいれば魔獣も怖くないのですな!」
「──宰相閣下を悩ませるとは、なんとすごい力をお持ちなのだ」
「──これほど強力な錬金術師が、かつていただろうか──」
……なぜか、俺がすごく強いみたいに思われていた。
大丈夫だよね。俺が戦闘スキルの持ち主だと、勘違いされてないよね?
魔王領の人たちは、帝国貴族みたいに、いきなり模擬戦を仕掛けてきたりしないだろうけど……。
それから俺は簡単な、自己紹介をした。
名前と、仕事。それから、魔王領に来て本当によろこんでいること。
魔王陛下の部下になれたことを、感謝していること。
そうして最後に「これからもよろしくお願いします」と言って、締めくくった。
宰相ケルヴさんの紹介に比べるとシンプルすぎたけど、それでも、将軍やアグニス、ライゼンガ領の人たちは拍手してくれた。もちろん、メイベルやルネも。
堅苦しいあいさつは、それでおしまい。
俺は魔王ルキエと宰相ケルヴさんに一礼して、また、元いた場所に戻った。
その後は、ルキエは広間に設置された椅子に座り──彼女が見守る中で、みんなは自由にパーティを楽しむことになったのだった。
「立派なあいさつでした。トール・カナンさま」
「いや、緊張してたんで、自分がなにを言ったのかよく覚えてないです」
俺はアグニスに答えた。
「でも、パーティに出たかいはありました。ドレス姿のアグニスさまを見ることができましたから」
うん。これだけでも、パーティに出たかいはあったな。
目の前には、ドレス姿のアグニスがいる。
黄色く染めた、魔織布で出来たドレスだ。すごくよく似合ってる。
アグニスは照れたような顔で、笑ってるけど。
アグニスのドレスは、炎をイメージしたリボンとフリルで飾られてる。
胸元にあるのは、『健康増進ペンダント』を収めるためのスペースだ。そのまわりにもリボンがついてる。というよりも、ペンダントもドレスの一部になるようにデザインされているようだ。
ドレスでアグニスの魅力を引き出して、マジックアイテムさえも、彼女を飾るのに利用してるってことだ。
魔王城の服職人さんってすごいな。
「きれいですよ。アグニスさま」
「……うぅ。やっぱり、まだ恥ずかしいので」
アグニスは『健康増進ペンダント』を両手で押さえてる。
指の隙間から、ペンダントの光が漏れてる。
『健康増進ペンダント』は今も、無事に作動しているみたいだ。
「ア、アグニスより、メイベルをほめてあげて欲しいので。アグニスのお母さまのドレスを着てもらったんだけど、メイベルにぴったりなので……」
「え、ええっ!?」
アグニスの言葉に、メイベルはおどろいたような声をあげる。
それから、俺の方を見て、
「ど、どうでしょう。トールさま」
「うん。すごく似合ってる」
メイベルのドレスは、アグニスのものと似たようなデザインだ。
違うのはサイズと色かな。アグニスのは黄色だけど、メイベルのは空色だ。
リボンやフリルは、流れる水をイメージしているらしい。
水属性のエルフのメイベルにはぴったりだ。
ただ、メイベルを見てると……無意識に、さっきまで着ていた『水の魔織布ドレス』を思い出してしまう。
あれもきれいな空色で、メイベルによく似合ってたから。
つい、あのドレスとの違いを探してしまうんだ。
今、メイベルが着ているのは、身体の方を服に合わせるドレスだ。
でも、さっきまで着ていたのは、服の方を身体に合わせるドレスだから、かなり印象が違ってる。どっちのメイベルもきれいなんだけど、どこを強調しているかが違うわけで──
「……トールさま。あ、あんまりじっと見られると……恥ずかしい、です」
「ご、ごめん」
思わず顔が熱くなる。
メイベルも同じなのか、両手で頬を押さえてる。
彼女は肌が白いから、照れてるのがすごくよくわかっちゃうんだ。
「ちょっと風に当たって落ち着いてくるよ。またあとで」
俺はお茶のカップを手に、その場を離れた。
とにかく、ルキエとアグニス、それにメイベルのドレス姿は十分に堪能できた。
神や自然の造形美ってすごいな、と思った。
それにもましてすごいのは、服職人さんの力だ。普通にしててもきれいなメイベルたちを、さらにかわいくしてくれるんだから。やっぱり、デザインの力って重要なんだな。
俺もアイテムを作るときは実用性だけじゃなくて、デザインも考えないとだめだな。
そうして、十分にパーティを楽しんだ俺は──
──羽妖精のスペースをのぞいてみることにした。
「錬金術師さまー」
「いらっしゃいませでございます!」
「……どうぞ、お座りください」
「のんびりゆったりぐでーっとしていってくださいー」
「うん。じゃあ、ちょっとだけお邪魔しますね」
俺は椅子に座って、ポットからカップに茶を注いだ。
羽妖精さんのスペースは窓際にあって、まわりからは観葉植物や衝立で区切られてる。入り口は壁際の隙間にあって、広間から見えにくくなってる。
でも、窓は大きく開けたまま。
羽妖精たちの出入り口は、そっちの方だ。
「……なんだか、すごく落ち着くな」
窓からは、午後の木漏れ日が差し込んでる。
パーティはまだ続いてるけど、その声が、とても遠くに感じる。
いいよね。こういう隠れ家みたいな場所って。
「お茶、おいしいですか? 錬金術師さま?」
気づくと、羽妖精さんたちが俺の回りに集まって来てた。
みんなテーブルに、ぺたん、と座って、こっちを見てる。
テーブルの上には羽妖精用の小さなポットもあるけど、みんな、俺のカップに注目してる。
お茶を淹れるのに慣れてないのかもしれない。
「よかったら、飲みますか?」
俺はお茶をスプーンですくって、吹いて冷まして、差し出した。
すると、羽妖精さんの一人が近づいてきて、
「ありがとうございます。錬金術師さま」
俺のスプーンに、小さな口をくっつけた。
こくこく、こくん。
羽妖精さんはそのまま、お茶を飲み干した。
「「「じーっ」」」
気づくと他の羽妖精たちも、じーっとこっちを見てた。
テーブルに膝をついたり、祈るように手を組み合わせたり……なにかを期待してるようだ。
「他のみなさんも飲みます?」
俺が聞くと、羽妖精さんたちは一斉にうなずいた。
「それじゃ、羽妖精さん用のカップにお茶を淹れ直してもらいますから……って、あれ?」
ぶんぶん、ぶん。
今度は羽妖精さんたちは、一斉に首を横に振る。
期待していた答えと違ったらしい。
もう一度、俺がスプーンでお茶をすくうと……今度は、こくこく、と、首を縦に振る。
最初の子と、同じようにして欲しいみたいだ。
しょうがないな。
というか、いつの間にか羽妖精さんたち、列を作ってる。
お辞儀をしたり、胸を押さえたり、小刻みに羽を震わせたり。
羽妖精さんの感情表現はわからないけど、期待しているようだった。
「じゃあ、ひとりにつき、スプーン一杯ずつで」
「「「ありがとうございますー」」」
羽妖精さんたちは、ちょこん、と頭を下げた。
俺は順番に羽妖精さんたちにお茶を飲ませていく。
スプーンでお茶をすくって、息を吹きかけて冷まして、羽妖精たちの口元に運ぶ。
その繰り返し。
お茶を飲み終えた羽妖精さんは、ぴくん、と羽を震わせて、それから満足そうなため息をつく。
「多かったら残してもいいですよ。お茶は飲み慣れてないと思いますから、無理しないで」
「いえいえー。大丈夫ですー」
俺が言うと、ぽんぽん、と、お腹をたたく羽妖精さん。
顔色はいいし、背中の羽もつやつやしてる。満足そうだ。
じゃあいいかな。次はクッキーをあげよう。
「あ……でも、食べこぼしが服についたらまずいか。せっかく服職人さんが作ってくれた服だから」
……しゅる。
と、俺が言ったら、羽妖精さんたちが服の帯をほどきはじめた。
いや、待って。脱がなくていいから。
羽妖精さんって、恥ずかしがり屋の人見知りじゃなかったの? って聞くと「錬金術師さまは別なのでー」って返事が返ってくる。
「服の材料は錬金術師さまから頂いたものでございます。ゆえに、わたしたちは錬金術師さまに抱きしめられているのと同じなのでございます」
「それ、前にルネが言ってましたね。その考え方、羽妖精さんに浸透してるんですか?」
訊ねると、「「「はいー」」」って答え。
そっかー。浸透してるのか。じゃあ、しょうがないな。
でも、ここで服を脱がせるわけにもいかないから……。
俺は服のポケットからハンカチを取り出して、手の平に載せた。
そこにクッキーを置いて、羽妖精さんが一口で食べられる大きさに砕く。
これなら、食べこぼしもしないはずだ。
俺がそう言うと、羽妖精さんたちは一斉に集まって来て、クッキーを取って食べ始める。
「……いや、よく考えたら、別にてのひらに載せる意味はなかったですね。テーブルにハンカチを置けばクッキーを砕けば同じことで──」
「違うでございます!」
「……ちがうの!」
「それはまったく違います! 全身全霊で異なるのです!」
「こうして食べると、ほわほわするので……」
羽妖精さんたちは一斉に首を横に振る。
俺の手から取るのと、テーブルから取るのでは、決定的な違いがあるらしい。
「ということで、よろしくお願いいたします。錬金術師さま」
──と、思ってたら、目の前に黒髪の羽妖精が舞い降りた。
ルネも来たのか。
まぁいいや。今日はみんなが満足するまで付き合おう
こうして俺は、羽妖精さんとティータイムを楽しむことにしたのだけど──
──────────────────
「……あのね。メイベル」
「……どうしました? アグニスさま」
「……メイベルは、あの中に入れる?」
「……無理です。トールさまと羽妖精さんたちが、独特の空気を作っちゃってます……」
「……あの空気は、こわせないので」
「……そうじゃな。無理じゃなぁ」
「……私たちは、こうして見守るばかりです」
「……でも、トールさまは楽しそうなので」
「……どう見ても、邪魔できる雰囲気ではなさそうじゃ……」
「「陛下。どうしてさっきから、このあたりを往復されているのですか?」」
「気のせいじゃ」
アグニスとメイベル、それに魔王ルキエは、羽妖精スペースから聞こえる声に、耳を澄ましていた。
そして、トールと羽妖精のやりとりを聞いていたのは、他の来客たちも同じで──
「トール・カナンどのに、羽妖精がなついているようなのですが……」
「すごい方ですな。『レーザーポインター』のような武器を作りながらも、羽妖精の信頼を得ているとは。あの方には、強さと優しさが同居しているのでしょう」
「改めて、トール・カナンどのをご紹介いただきたいですね」
「そうです。宰相閣下はトール・カナンどのと仲がよろしいのでしょう?」
「確かに。宰相ケルヴどのは、さきほど錬金術師どのについて、熱心に紹介なさっておりました!」
「ぜひ、あの方について話してくださいませ」
「文官の長ならば、詳細な情報をご存じでしょう?」
「知っていることをすべて……あれ? どうされたのですか、宰相閣下。広間の柱を見つめられて。あ、あの。宰相閣下? どちらに行かれるのですか……?」
──そんなふうに、みんなが俺たちを見守っていてくれたことを知るのは、かなり先のことになる。
そうして、パーティは無事に終わり──
その後すぐに、俺たちは『UVカットパラソル』の実験をはじめることにしたのだった。
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