第221話「錬金術師トールと魔王ルキエ、『プレ結婚式』を実行する(2)」
『プレ結婚式』は、2ヶ月後に行われることになった。
招待客は、魔王領と帝国合わせて、二十名前後。
人数を絞って、小規模でやることになったんだ。
目的は、人々の好奇心を満たすこと。
そうすれば問い合わせの数も減るはずだ。
2年後の本格的な結婚式まで、みんな静かに待ってくれると思う。
ケルヴさんや文官たちの負担も減るはずだ。
帝国からは、大公カロンと皇太子ディアスを呼ぶことにした。
あのふたりには影響力がある。
彼らが『魔王の結婚式はこんな感じだった』と話を広めてくれれば、帝国の人たちも落ち着くだろう。
魔王領側の出席者は、各種族の代表者を呼べばいいな。
ミノタウロスの警備隊長さん、エルフの魔術部隊長さんから、種族の長に連絡を取ってもらおう。エルフの村の村長さんも呼びたい。できれば『ご先祖さま』にも来てほしい。そうそう、羽妖精の席も用意しないと。
出席者のリストを作っていると……ふと、気づいた。
帝国側で名前が出てくるのは、大公カロンと皇太子ディアスと……あとはアイザックさんくらい。
でも、魔王領で呼びたい人は、いくらでも名前が出てくる。
俺にとっての身内は、もう、魔王領の人たちなんだ。
帝国の人は身内じゃなくて『お客さま』。
そんなことに今さら気づいた自分が、なんだか、おかしくなる。
そもそも『プレ結婚式』をやろうと思ったのも、魔王領の人たちの負担を減らすためだからね。
だから、準備はできるだけ俺の方でやるつもりだ。
ルキエからは錬金術をフルパワーで使っていいと言われてる。
作ったものはルキエがチェックするそうだけど。
魔王領のみんなに喜んでもらえるように、がんばろう。
人々を失望させるわけにはいかないからね。
小規模とはいえ、魔王ルキエにふさわしい式にしないと。
まずは結婚式にふさわしいドラゴンを作ろう。
あとは、勇者世界の結婚式の資料を読み込んで──
「あの……トールさま」
「どうしたの。メイベル」
「この剣も、『プレ結婚式』で使われるのですか?」
「うん。勇者世界を真似してるからね」
「空を飛んで、炎を吐き出すダガーも、ですか?」
「勇者世界の結婚式では必要なものらしいよ?」
「拠点攻撃用の兵器にしか見えないのですが……?」
「勇者にとってはおもちゃなんだろうね」
「勇者世界で結婚する人は大変なのですね」
「費用もすごくかかりそうだよね。俺は錬金術で自作できるけど」
「……私は、この世界の人間でよかったです」
「……俺もだよ。勇者世界で暮らしていたら、結婚式を挙げるために生命をすり減らしていただろうね」
そんな話をしながら、俺たちは『プレ結婚式』の準備を進めるのだった。
──2ヶ月後 (宰相ケルヴ視点)──
「お集まりの皆さまに申し上げます。『プレ結婚式』の司会を担当させていただきます。宰相ケルヴと申します」
魔王城の広間で、『プレ結婚式』が始まろうとしていた。
壇上に立っているのは、宰相ケルヴだ。
彼はトールが作ったマジックアイテム『拡声マイク』を装備している。
短い棍棒のような形をした勇者世界のアイテムだ。『風の魔石』を利用したもので、周囲に音を広げる効果がある。
『拡声マイク』を通したケルヴの声は、会場内へと広がっていく。
人々の拍手の音にもかき消されることはない。
マイクが『風の魔石』の力で、ケルヴの声以外の音をかき消しているからだ。
本来、ケルヴは『プレ結婚式』の客席側にいるはずだった。
司会をすることになったのは、彼自身の希望によるものだ。
はじめは客席にいるつもりだった。
けれど、想像してみたら……耐えられなくなった。
マジックアイテムを自由自在に駆使するトールを、手出しできずに眺めているなんて、考えただけで胃が痛くなる。
だったら、せめて司会として参加したい。
それならいざという時、式の進行を止めることもできる。
そう考えて、ケルヴは式の司会をすることを申し出たのだった。
(危ないところでした。この『拡声マイク』を使われたら……私が制止する声もかき消されていたでしょう)
ケルヴは舞台の上で息をつく。
彼は『拡声マイク』を手に、挨拶を続けながら、
(そういえばこの『拡声マイク』は、勇者世界の学校などで使われているものなのでしたね。やはりこの『自分が発する音以外をかき消す効果』で、勇者の私語を打ち消していたのでしょうか)
教師が勇者に指示を伝えるのは大変だろう。
勇者は強さに自信を持っている者ばかりで、謙虚なものは少ない。
教師に反論したり、文句を言ったりする者もいたはずだ。
そんな勇者たちに対して、確実に言葉を伝えるために、『拡声マイク』には『私語禁止システム』が組み込まれている。
だから『風の魔石』で空気を震わせ、使用者以外の声をかき消すことができるのだ。
だが──
(このアイテムでも、勇者を静かにさせるのは大変だったと聞いております。勇者世界の文書には『皆さんが静かになるまでに10分かかりました』『25分かかりました! 昨日より長くなっています!』という、教師の言葉が書いてありましたから)
『拡声マイク』でも消せない、勇者の私語。
それがどんなものなのか想像して、ケルヴの身体は震え出す。
(考えるのは後です。今は司会の役目を果たさなければ)
『プレ結婚式』は、ケルヴや文官たちの負担を減らすために開催されたものだ。
準備に、ケルヴたちはほとんど関わっていない。
数日前に式のプログラムと、必要なマジックアイテムを渡されたくらいだ。
ケルヴたちの負担を減らそうというトールの配慮はうれしいが、目の前に並んだ人々を見ると不安がよぎる。
『プレ結婚式』の出席者は二十数名。
魔王領側はミノタウロスやエルフや獣人の族長が出席している。会場の隅には水の入ったタライがある。入っているのは人魚の族長だ。
隣で身体を丸めている狼は『ご先祖さま』。太古から生きている、魔王領の守り神のような存在だ。
そんなものまで呼び寄せてしまうルキエとトールの影響力にびっくりだ。
同時に、『失敗できない』という思いがケルヴの頭をよぎる。
帝国側からも、皇太子ディアス、大公カロン、『ノーザの町』のアイザック・オマワリサン・ミューラが出席している。
魔王領に留学しているリアナ皇女が、彼らの応接役を申し出てくれたのは助かるけれど、油断はできない。
彼らの前で、無様な姿をさらすわけにはいかないのだ。
ケルヴは不安を抱えたまま、式を進めていく。
彼は手元の羊皮紙を見つめながら、用意しておいた言葉を口にする。
「それでは、魔王ルキエ・エヴァーガルド陛下と、錬金術師トールどのが入場されます。今回は『プレ結婚式』ということで、勇者世界風の入場となっております。天空からいらっしゃるおふたりに、皆さま、盛大な拍手をお願いいたします!!」
『キシャ────ッ! グルォアアアアアアアッ!』
直後、天地を震わせるような咆哮が響いた。
城の尖塔の向こうから、翼の生えた生き物が現れる。
巨大な頭部を飾るのは、2本の角。
長い胴体と尻尾は、黒曜石のような鱗で覆われている。
それは翼を広げた、漆黒のドラゴンだった。
「「「お!? おおおおおおおっ!?」」」
出席者たちがさけび声をあげる。
ドラゴンは口から真っ白な煙を吐きながら、こちらに向かってくる。
背中に乗っているのは、魔王ルキエと錬金術師トールだ。
ふたりは地上の者たちに手を振っている。逃げようとしていた客たちが、ふたりの姿を見て動きを止める。よく見れば、ドラゴンは身動きひとつしていない。翼もまったく動かさず、空中を滑るように移動している。
あのドラゴンは作り物だ。
飛行しているのは魔王ルキエが身に着けている『隕鉄浮遊サークレット』の能力によるものだ。だからルキエの手には、十字キーとABボタンのついた『汎用コントローラー』がある。
魔王ルキエは『隕鉄浮遊サークレット』が生み出す『浮遊フィールド』の中に自分とトール、それと作り物のドラゴンを取り込み、飛行させているのだ。
「宰相ケルヴより、ご列席の皆さまに申し上げます」
ケルヴは『拡声マイク』を手に、客席へと語りかける。
「あのドラゴンは、勇者世界の結婚式を参考に作り出されたものです。皆さまに危害を加えることはありません」
「──勇者世界の風習ですと!?」
「──ど、どういうことなのだ!?」
「──勇者世界、では、新郎新婦が、ドラゴンに、乗って!?」
「──た、確かに異世界勇者は、ドラゴンに並々ならぬ執着を持っていましたが……」
「──勇者世界の風習であれば、帝国でも取り入れなければなりませんか。叔父上」
「──待て待て殿下よ。いくらなんでもあれは……」
「──ドラゴンなど、オマワリサンでも管理できないのではないだろうか……」
人々の反応を見ながら、ケルヴは、
「錬金術師トール・カナンどのが、勇者世界の結婚式の資料である『あなたの理想のブライダル』を研究したところ、『異世界の新郎新婦は煙の中、ドラゴンに乗って列席者の前に現れる』という結論にいたりました」
「「「な、なんと!?」」」
「ですが、ドラゴンを結婚式に呼び出すわけにはまいりません。ですからトール=カナンどのとドワーフの技術者が協力して、煙を吐き出すドラゴンの模型を作成いたしました。天空よりドラゴンニノッテオリテクル……シンロウシンプ、ヲ、ドウカ、ハクシュデオムカエクダサイ……」
ケルヴは、用意しておいたセリフを語り続ける。
「『プレ結婚式』のプログラムをご説明イタシマス。まずはドラゴンによる新郎新婦の入場。続いて、魔王陛下のスピーチにケーキ入刀、キャンドルサービスが行ワレルこととナッテおります。ドウカミナサマ、魔王陛下と錬金術師トールどのノ『プレ結婚式』ヲ、最後マデミトドケテイタダケルヨウニオネガイイタシマス…………」
「叔父さま。ご立派でした!」
「…………あぁ。エルテ」
すぐ側で自分を見上げる姪のエルテを見て、宰相ケルヴはため息をつく。
やり遂げた。自分は、やりとげたのだ、と。
規格外の結婚式の司会として、宰相ケルヴはあいさつを終えたのだ。
ここからの進行は魔王ルキエが引き継いでくれる。
「叔父さまの仕事は、あとは閉会のあいさつだけです。それまでしばらくお休みください」
「エルテ」
「はい。叔父さま」
「……はやく一人前になって、私の仕事を引き継いでください」
「いえ、わたしなど、まだ叔父さまの足下にもおよびません。叔父さまの域に達するには10年以上の年月が……あれ? 叔父さま。どうして倒れそうになっていらしゃるのですか? しっかりしてください! わ、わかりました。なんとか、あと20年で追いついてみせます……え? どうして崩れ落ちていかれるのですか。ケルヴ叔父さま──っ!!」
そうして、結婚式の進行は、魔王ルキエへと引き継がれ──
宰相ケルヴはエルテに支えられながら、休息を取ることになったのだった。
 






