第190話「『スマホモドキ』を支配する」
──数時間後──
「お集まりいただき、ありがとうございます」
ここは、魔王城の大広間。
集まってくれた人たちに向かって、俺は頭を下げた。
『スマホ』と『精神感応素材』の合成が終わったあと、俺はルキエとケルヴさんに頼んで、魔王城にいる人たちを集めてもらった。
『正義の精神感応スマホ』を攻略するためだ。
『手の空いている人でいいです』と言ったんだけど、集まったのは総勢200人以上。
俺の依頼だと言って声をかけたら、みんなこぞって手を挙げてくれたらしい。
大広間にはたくさんの人がいる。
ミノタウロスの衛兵さんに、リザードマンの偵察兵さん。エルフの魔術部隊さんにメイドさん。いつもお世話になっているドワーフの服職人さんもいる。
特に服職人さんには今回も面倒なことをお願いしちゃったからね。あとでお礼を言いに行こう。
お目付役として、宰相ケルヴさんも同席している。
ルキエは仕事があって来られなかったみたいだ。残念。
「皆さんには、マジックアイテムの実験のお手伝いをお願いします」
俺は言った。
集まった人たちが「「「おおおおおおおっ!」」」って拳を振り上げる。
気合い十分だ。
皆が答えるのに合わせて、メイベルとアグニスが準備を始める。
彼女たちが手にしているのは、『魔織布』で作った紐だ。
魔力が伝わりやすいようになっている。
長さは数十メートル。数は20本。
それをメイベルたちは、伸ばした状態で、床に置いていく。
「……お聞きしてもいいですか? 宰相閣下」
ふたりが準備をしている間、俺はケルヴさんに訊ねる。
「確認なんですけど、『正義のスマホ』のことは、みんなに公開してもいいのですね?」
「問題ありません」
ケルヴさんはうなずいた。
「『カースド・スマホ』の件があります。皆にあれを探してもらうためには、『正義のスマホ』についても説明しなければいけません。どちらにしても、皆に知らせることになるのです」
「ありがとうございます。宰相閣下」
「ところで、トールどの」
「はい」
「……『正義のスマホ』は本当に、精神感応型になったのですか?」
「そうです。メイベルが持って来てくれた『精神感応素材』のおかげで、『正義の精神感応スマホ』に進化しました。『スマホ』に触れた状態で、頭の中で指示を出すと、それに反応します。今は機能制限がかかっていて、自由にはできないんですけど」
「……『スマホ』がこの世界で進化を遂げたのですか」
なぜか額を押さえるケルヴさん。
「……勇者世界の『スマホ』が、この世界で……文字通り、勇者世界を超えるアイテムに」
「いえいえ、勇者世界を超えてなんかいません」
「そうなんですか?」
「俺の推測では元々勇者世界の『スマホ』は精神感応型ですから。元の状態に戻っただけです」
「元々精神感応型だったと?」
「指で『スマホ』を操作しながら戦うのは危険ですからね」
「……確かに、それは一理あります。戦闘中に指で『スマホ』を操っていたら、思わぬ命令が伝わってしまう可能性もありますから」
俺とケルヴさんはうなずきあう。
「なるほど。戦闘民族である勇者だからこそ、『精神感応型』のスマホを使っていた……あり得る話です」
「俺はその『精神感応機能』を利用して、『正義のスマホ』を制限している防壁を破るつもりでいます」
「話はわかりましたが……あまり変なことはしないでくださいね」
「大丈夫です」
俺はケルヴさんにうなずいた。
もちろん、変なことはしない。
ごくごく当たり前に、勇者世界に挑戦するつもりだ。
そんなことを話していたら、メイベルとアグニスの準備が終わった。
俺は改めて、大広間に集まった人たちの方を向いて、
「では、実験の内容についてお伝えします」
ゆっくりと、今回の実験のことを話し始めた。
「先日、魔王領に勇者世界の『スマホ』のようなものが落ちてきました。おそらくは勇者世界から『派遣魔術』で送られてきたのでしょう。そのアイテムは、勇者世界のメッセージを伝えてくれました」
そう言って、俺は『正義の精神感応スマホ』を掲げた。
みんなの視線が集まる。
俺は『スマホ』の表面に触れて、文章を表示させる。
「メッセージを受け取ったあと、俺は『精神感応素材』を使い、考えただけで『スマホ』が動くように改造したのですが──」
「「「──────っ!?」」」
大広間の人たちが目を見開く。
いやいや、まだびっくりするところじゃないから。
『精神感応型』にしただけで、自由に操作できるようにはなってないからね。
「──改造したのですが、この『スマホ』には勇者世界の防御機構があるようで、『機能ロック解除コード』というものを知らないと、使うことができないようなんです」
俺はみんなに分かるように『機能ロック解除コード』を求めている文章を示した。
──『機能ロック解除コードを入力してください』
『スマホ』は、ずっと同じ文章を表示している。
文章の下には、8つの四角形がある。さらにその下には、0から9までの数字が映っている。
数字に触れると、8つの四角形のうちひとつの色が、黒から白に変わる。
隅の方にある「削除」に触れると、元に戻る。
おそらく数字に8回触れると、四角形はすべて白色になるんだろう。
つまり、その8桁の数字が『機能ロック解除コード』ということになる。
前に見つけた『耐火金庫』と同じだ。
正しい数字を選ぶことで解錠する仕組みになっているのだろう。
「この『スマホ』の機能をすべて使うには、『機能ロック解除コード』……つまり、8桁の数字を打ち込まないといけないんです」
俺は皆に説明する。
「でも、8桁の数字をすべて試すのは大変ですし、何度も間違った数字を入れるとおかしなことが起きるかもしれません。だから、別の方法を試してみたいんです。協力していただけますか?」
そう言うと、すぐに答えが返って来る。
「──れんきんじゅつしさまをお助けするのは、とうぜん」
「──それが魔王領のためになるなら、なおさらだ!」
「──協力してくれるかなど、聞くまでもないことです!」
「──どんな危険な任務でも、やりとげてみせましょう!」
やっぱりすごいな。魔王領の人たちは。
俺を信じて、力を貸そうと言ってくれる。感謝しないと。
俺も、みんなのやめにできることをしよう。
「わかりました。では、合図をしたら──」
「「「合図をしたら……?」」」
「8桁の数字を、強く、頭の中に思い浮かべてください」
俺は言った。
魔王城の大広間に、沈黙が落ちた。
みんな、ぽかん、とした顔になってる。あれ?
「この『スマホ』は触れて、頭の中で命令を考えると操作できるものです。そして、地面に置いてある紐は魔力を通すようにできています」
とりあえず、俺は説明を続けた。
「その紐を手に取ることで、皆さんはこの『正義のスマホ』と繋がったことになります。その状態で、8桁の数字を思い浮かべると、この『正義のスマホ』はそれを『機能ロック解除コード』だと受け取るはずです。それで──」
「……あの、トールどの」
「どうされましたか? 宰相閣下」
「必要なのは、8桁の数字なのですよね?」
「そうです」
「ですか、ここにいるのは200名弱です。全員が違う数字を考えたとしても、200通りと少しです。『機能ロック解除コード』が8桁に数字なら……それを言い当てる可能性は低いのではないでしょうか……」
「問題ありません。目的は『スマホ』に負荷を掛けることですから」
「負荷を?」
「たとえて言うなら、『対魔術障壁』に魔術をぶつけて、術者がそっちに気を取られている間に横から攻撃する感じです」
「申し訳ありません。よくわかりません……」
「とりあえず、やってみましょう」
俺は言った。
「うまくいかなかったら別のやり方を考えますから」
「わかりました。では、ご協力いたします」
宰相ケルヴさんは、皆の方を向いて、
「トールどのに協力しましょう。全員で8桁の数字を強く、思い浮かべるのです」
「「「承知しました。宰相閣下!」」」
「できるだけ、余計なことは考えないようにしてください」
念を押すケルヴさん。
さすが宰相閣下だ。気を遣ってくれてる。
「朝食のメニューとか、家族のこと、仕事のことも、とりあえずは脇に置いておくのです。いいですね。食事や家族、仕事。城の補修費のことは考えないようにしてください。くれぐれも家族や仕事など、数字に関係ないことは思い浮かべないように……」
「宰相閣下宰相閣下」
それだと、みんな別のこと考えちゃいますから。
……いやまぁ、それでもいいのか。
目的は『正義の精神感応スマホ』に負荷をかけることだからね。
この『正義の精神感応スマホ』には、俺の『鑑定把握』スキルを防ぐ防壁がある。
それを突破すれば、中の情報を読み取ることができるはず。
そこに『機能ロック解除コード』もあるはずだ。
防壁を突破するには、『スマホ』に負荷をかければいい。
つまり、防壁を維持する余裕をなくせばいいんだ。
そのためには──
「では皆さん、せーの、で数字を思い浮かべて、すぐに床の紐を手に取ってください」
紐の長さは数十メートル。数は20本。
10人が、1本の紐を持つことになる。
紐の先端は、『精神感応・正義のスマホ』に結びつけられている。
これで指示を送れば、どうなるか──
「それではお願いします。『せーのっ』!!」
「「「──はっ!!」」」
ミノタウロスさん、リザードマンさん、エルフさんたちにドワーフさんたちが一斉に『スマホ』に繋がる紐を手に取り、目を閉じる。
ケルヴさんもメイベルも、アグニスも同じだ。
俺も──目を開いたまま、8桁の数字を思い浮かべる。
この『スマホ』には『精神感応素材』が組み込んである。
だから、使い方がわからなくても、この『スマホ』を使うことができる。
その『スマホ』が、みんなが思い浮かべる数字を、どう判断するか──
──────ッ。
音がした。
『スマホ』の表面に、変化が起きた。
『機能ロック解除コードを入力してください』が──『機能ロッ』で止まってる。
やっぱりだ。
200人分の想いを一気に受け取ったせいで、負荷がかかってる。
今なら、防壁を突破できるかもしれない。
「『鑑定把握』!」
俺はスキルを起動した。
すると──
────────────────────
『正義の精神感応スマホ』
勇者世界の『スマホ』に、精神感応能力を持つ『ドラゴンの骨』を合成したもの。
所有者の思考のみで操作できる。
精神力の強さによって、使用できる機能が変わる。
『ドラゴンの骨』の魔力で動くようになったので、動力を補給する必要がない。
『エンシェントドラゴン・ヴィーラ』の残留思念が含まれている。
現在、機能制限中。
内部に、情報を守るための防壁あり。
属性:光・闇・地・水・火・風・竜・不明
────────────────────
まだ足りない。防壁を突破できてない。
だけど、確実に負荷はかかってる。
『鑑定把握』してるから『スマホ』が受け取っているみんなの思考がわかる。
『267557813878120004678900751613213柱の46597543001修理費36565おなかすいた7879787009788スープ66778トールさま129898690087068888原初の炎の……7869783400515455564521578997898798748897610023婚約者134005679886945613268797987458789878840005645641323222────』
『スマホ』の内部で数字が渦を巻いている。
これは、みんなの思考だ。
それが『スマホ』に負荷をかけているせいで、防壁が弱まってる。
今なら、防壁を突破できるはずだ。
──意識を集中しろ。
──勇者世界が送ってきた『スマホ』に勝てないようじゃ、勇者世界を超えるなんて夢のまた夢なんだから。
スキルと魔力を限界まで使って、『スマホ』を鑑定すれば────!
「…………見えた!」
────────────────────
現在、機能制限──
内部に──
ロック解除コード:22031209
────────────────────
「発動『創造錬金術』!」
俺は『スマホ』から、みんなと繋がった紐を外した。
同時に『創造錬金術』スキルを起動。
『スマホ』に干渉して、『ロック解除コード』を流し込む。
そして──
ピホッ
再び、音がした。
さらに、『スマホ』表面の文字が変化する。
『機能ロック解除コードを受け付けました』
『あなたを管理者として認めます』
『──ご用件はなんですか?』
「…………成功だ」
もう一度『鑑定把握』してみると……うん。すべての機能が解放されてる。
この『スマホ』は、完全に掌握できたようだ。
「ご協力ありがとうございました。おかげで、勇者世界の『スマホ』を掌握しました!」
俺はみんなの方に『スマホ』を向けた。
その状態のまま『スマホ』に意識を向ける。『こんにちは』とか。
すると言葉が返ってくる。
『こんにちは』
「はじめまして。トール・カナンです」
『はじめまして。管理者さま』
よし、『正義の精神感応スマホ』は、きちんと反応してくれる。
これで、みんなにも、このアイテムを支配できたことがわかるはずだ。
さらに俺は、どうやって『スマホ』を支配したのか解説する。
大量の思考を流し込むことで、『スマホ』に負荷をかけたこと。
そうすることで『鑑定』しやすくしたこと。
その結果、『機能ロック解除コード』がわかり、全機能を解放したことを。
「「「………………」」」
あれ?
みんな呆然とした顔で、こっちを見てる。
メイベルとアグニスは、納得したようにうなずいてるけど。
おかしいな。やっぱり、俺の説明が下手だったのかな……。
「……あの、トールどの」
「はい。宰相閣下」
「『スマホ』とは、勇者にとっても重要なアイテムなのですよね?」
「はい。勇者たちは『スマホがあれば便利なのに』と言い残していますから」
「ですから私も、勇者世界の中でも重要なアイテムだと考えていました。『スマホモドキ』に厳戒態勢を取っていたのもそのためです」
「そうですね。あれは必要だったと思います」
「そのアイテムを、トールどのは完全に支配してしまったのですか?」
「ですね。ただ、使ってみないとわかりませんけど」
俺はケルヴさんに『正義の精神感応スマホ』を差し出した。
ケルヴさんは、まるで焼けた鉄の塊を差し出されてみたいに、びくり、と、震えた。
でも、やっぱり魔王領の宰相だ。覚悟が違う。
ケルヴさんは俺が差し出した『スマホ』を、静かに、両手で包み込むようにして、手に取った。
「これを……どうすればいいのでしょうか?」
「『精神感応型』にしてありますから、望むことを考えるだけでいいです。やってみてください」
「では……こほん」
ケルヴさんは咳払いをして、
「………………どうしたものでしょうか」
『正義のスマホ』を見つめながら、つぶやいた。
「そういえば、これには『ドラゴンの骨』が使われていたのでしたね。呼びかける際には『エンシェントドラゴン・ヴィーラさん』とお呼びすればよろしいでしょうか。骨にはドラゴンの残留思念が宿っていたようですから。ですが私にはよくわかりません。異世界の『スマホ』なるものには、一体どんな能力があるのか──」
「宰相閣下宰相閣下」
「どうされましたか? トールどの」
「いっぺんに、色々考え過ぎない方がいいかと……」
「はぁ。それで『スマホ』はどんな反応をしているのですか?」
「文字が現れています。えっと……『ご用件はなんですか? この機種名を「ヴィーラ」で登録しました。「ヴィーラ」の残留思念は、この地の民の役に立つことを望んでいます──」
さらに文章は続いていく。
『ヴィーラは、現在このアイテムの8割の機能を理解しています。
音声は、まだ出せません。
いずれ出せるようになります。
能力についての問い合わせについて、了解しました。
内部データを検索しました。
ネットワークに接続されていません。
現在、表示できるのは写真のみです。
写真を表示しますか?』
──みんなにもわかるように、俺は文章を読みあげる。
すると、ケルヴさんは、
「写真とは『通販カタログ』に掲載されているものですか?」
「そうですね。勇者世界の、アイテムや風景を保存する技術です」
「この『正義の精神感応スマホ』にもあるのですか……わかりました。では、拝見しましょう」
ぴっ。
ケルヴさんの言葉に反応したのか、文字が切り替わる。
次に現れたのは、こんな文字だった。
『ハード・クリーチャーのデータベースを表示します』
『スマホ』は蜘蛛型の巨大魔獣を、映し出した。
「……これは『魔獣ガルガロッサ』ではないですか!?」
ケルヴさんが目を見開く。
いつの間にかケルヴさんのまわりには、人々が集まってきてる。
みんなで『正義の精神感応スマホ』をのぞき込んでる。
「『スマホ』の中で『魔獣ガルガロッサ』が動いています! これは!?」
「おそらくは『動画』と呼ばれるものですね。いわゆる、動く写真です」
「動く写真。聞いたことはありますが、これが……」
『スマホ』の表面で、『魔獣ガルガロッサ』が動いている。
大量の小蜘蛛を引き連れて、糸を吐きまくっている。『スマホ』の動画は、どこか高いとこから魔獣を見下ろしているようだ。さらに文字が表示される。
『ハード・クリーチャー・蜘蛛型。脅威度:D
サイズ:最大14メートルを確認。
小蜘蛛の数:最大──』
さらに表示は切り替わる。
次に現れたのは巨大ムカデ。その次には巨大サソリ。
さらに巨大なトカゲが続く。サソリまでは脅威度D。トカゲからは脅威度Cになる。
見た感じ、DよりCの方が強そうだ。
『正義の精神感応スマホ』は次に脅威度Bを映し出す。
ただし、一体だけ。
しかも靄が掛かったような姿で、はっきりとは見えない。
人のような形をしているけれど、映ったのは一瞬だけ。すぐに『スマホ』は真っ暗になる。
「『──ハード・クリーチャーの情報は以上です』だそうです」
「こ、これはすごいものです。トールどの!」
ケルヴさんが目を見開いている。
「我々は新種の魔獣の情報を手に入れたのです。これがあれば、奴らの特性や戦い方もわかりました。再び『ハード・クリーチャー』が現れる前に、対策を立てることができます!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
大広間の人たちも歓声を上げる。
「──すごいじょうほうが、てにはいりました」
「──次からは効率よく、新種の魔獣と戦えます!」
「──『ノーザの町』にも情報を伝えましょう。協力して対策をするのです!」
みんな喜んでくれてる。よかった。
『魔獣ガルガロッサ』をはじめとする新種の魔獣は、おそるべき強敵だったからね。
今まで倒せたのは、ルキエの『闇属性の魔術』、ソフィア皇女の『光属性の魔術』、リアナ皇女の聖剣や、メイベルの『メテオモドキ』があったからだ。
あいつらを倒すには、特別な魔術やマジックアイテムが必要だったんだ。
でも、『正義の精神感応スマホ』は『ハード・クリーチャー』の詳しい情報を伝えてくれた。
しかも動画つきで。
この情報を元に対策を立てれば、もっと簡単に『ハード・クリーチャー』を倒せるかもしれない。
「ただ、『カースド・スマホ』のありかと、その内容についてはわからないみたいですね」
俺はケルヴさんから『スマホ』を受け取った。
質問してみたけど、『カースド・スマホ』や、危険な魔術の『軍勢ノ技』についての情報はなかった。
まぁ、仕方ないか。
新種の魔獣の情報が手に入っただけでも、よしとしよう。
「すぐに魔王陛下に報告いたします」
ケルヴさんは言った。
「『正義の精神感応スマホ』を支配したことと、『ハード・クリーチャー』の情報を手に入れたこと……どちらも重要なことです。まずは陛下に情報をお伝えして、その後は……このアイテムを魔王領の共有財産といたしましょう」
「同感です。貴重な情報が入っていますからね」
「ですが……壊してしまわないか心配です。これは持ち歩いて、情報を呼び出すためのものですから、移動中に落としたり、持つときに力を入れすぎたりしたら……大変なことになりますから」
ケルヴさんの言う通りだ。
『正義の精神感応スマホ』は、この世界にひとつしかない。
そのうち俺がコピーを作るつもりだけど、それまでは絶対に失うわけにはいかない。
管理には気を遣うよね
ケルヴさんも『スマホ』に、おっかなびっくり触ってるくらいなんだから。
「大丈夫です。宰相閣下。対策は考えてあります」
こんなこともあろうかと、準備はしてある。
あらかじめ、『正義の精神感応スマホ』を安全に管理するためのアイテムを作っておいたんだ。
「『通販カタログ』には『スマホ』そのものは掲載されていませんでした」
俺は言った。
「ですが、『スマホケース』というアイテムは、たくさん載っていたんです」
「『スマホケース』ですか?」
「宰相閣下のおっしゃる通り、『スマホ』は大切なものです。勇者世界の者たちも、戦闘中に壊したりしないように、衝撃を防ぐためのマジックアイテム──『スマホケース』に入れていたんです」
「なるほど……それは一体、どのようなものなのですか?」
「ほとんどは箱形ですね。色々な種類があります。『薄型で衝撃に強い!』とか、『オオトカゲが踏んでも壊れない!』とか、『20メートルからの落下実験で強度を証明!』『深海に沈めても大丈夫!』というものもあるのですが……」
だけど、俺の技術では、そこまでのものは作れない。
耐衝撃。
オオトカゲが踏んでも壊れない。
落下しても大丈夫──ここまではなんとかなる。
でも、その機能と『薄型』を両立させるのは無理だ。
単純に素材の問題になってしまうからね。
どうしても厚く、大きくなってしまうんだ。
「ですが、コピーできた『スマホケース』がありました。それを宰相閣下にお使いいただきたいと思います」
「使わせていただきましょう。どんなものですか?」
「『ぬいぐるみ型スマホケース』です」
俺は『超小型簡易倉庫』から、白地に黒ぶちの猫型ぬいぐるみを取り出した。
大きさは数十センチ。
猫に化けたソレーユとルネをモデルにしている。
二人はたまに俺の腕に抱きつくから、その時のポーズを元にしてあるんだ。
手足は自由に動くようになってるから、こうやって……ケルヴさんの腕に抱きつくようにして。
最後に、猫の背中に『正義の精神感応スマホ』を差し込めば、完成だ。
「これが『耐衝撃型・ぬいぐるみスマホケース』です」
────────────────
『耐衝撃型・ぬいぐるみスマホケース』
(レア度:★★★★★★★★★★★★☆)
(属性:水水水・風風・地・光光)
腕に抱きつく猫の姿をした、スマホ収納型のぬいぐるみ。
中身には『抱きまくら』と同じ、スララ豆の殻が使われている。
魔力を宿した豆殻が変形することで、衝撃を吸収してくれる。
水に落とした場合は『風の魔力』が発動し、ぬいぐるみの周りに空気の泡を作り出す。
そのため、内部の『スマホ』が濡れることはない。
表面には『地の魔織布』が使われているため、とても丈夫。
刀剣での攻撃を弾いてくれる。
『スマホ』の表面が触れる部分のみ、『光の魔織布』が使われている。
魔力を注ぐと透明になるので、ぬいぐるみに入れたまま『スマホ』を見ることができる。
『抱きまくら』と同じ構造なので、自由に形を変えることも可能。
別の魔力を注ぐことで、イヌにもフクロウにもできる。
なお、メイベルとアグニスの評価は「かわいい」「アグニスも欲しいので」である。
その際のリクエストが『トール型のぬいぐるみ』だったため、作製は保留されている。
物理破壊耐性:★★★★★ (衝撃吸収能力が異常に高いため、壊しにくい)
耐用年数:5年
備考:丸洗いOK (洗う際はスマホを外しましょう)。
────────────────
「いかがでしょう。宰相閣下」
「……これは良いものですね」
ケルヴさんは腕に『ぬいぐるみスマホケース』を着けたまま、うなずいた。
「腕にしっかりと固定されています。落とす心配もありませんし、ふかふかのぬいぐるみが、『正義の精神感応スマホ』を包み込んでくれているので安心です。失礼ながら、実に常識的で、いいアイテムだと思います」
「よろこんでいただいてよかったです」
「皆さんはどう思われますか?」
ケルヴさんは、大広間にいる人たちを見た。
返ってきた反応は──
「「「…………かわいい」」」
「え?」
「──ゆうしゃせかいに、こんなかわいいアイテムがあるとは、おどろき」
「──いや、これはキリリとした宰相閣下が、愛らしい猫を抱きつかせているからいいのです。このギャップがたまりません!」
「──お、叔父さまがかわいいです……」
「──これは! 宰相閣下が猫を愛でているようにしか見えません」
「──猫を愛でる宰相閣下から、目が離せませんなぁ!」
「…………ト、トールどの!」
「どうされましたか、宰相閣下」
「猫ではなく、別の形にしていただくわけには……」
「できますけど……少し時間がかかりますね」
内部の魔力を変更する必要があるからね。
今日中にはできると思うけど……今すぐは無理かなぁ。
「その前に、魔王陛下にご報告された方がいいんじゃないでしょうか」
「……この姿で……ですか」
「『スマホ』をむき出しで運ぶのは危ないですから」
「ですよね……」
「あとで『ぬいぐるみスマホケース』2号を作りますから」
「わ、わかりました」
ケルヴさんはうなずいた。
納得してくれたらしい。
とにかく、今回の実験は大成功だった。
『正義の精神感応スマホ』は支配できたし、中の情報も取り出すことができた。
これも、みんなの協力があってのことだ。
やっぱり魔王領の人たちはすごいな。
俺の説明をちゃんと理解して、手助けしてくれるんだから。
ちゃんとお礼を言わないとね。
「皆さん、ありがとうございました。おかげさまで『正義の精神感応スマホ』を完全に、魔王領のものにすることができました」
俺は集まってくれた人たちに頭を下げた。
「お礼はのちほどさせてもらいます。では、お疲れさまでした。あとは自由に解散ということで……あれ?」
「「「…………」」」
……なんだろう。
みんな、俺の方を見てない。ケルヴさんに注目してる。
『解散』と言ったのには、うなずいてくれたんだけど、でも──
「……うまくいって、よかったです。『ぬいぐるみスマホケース』かわいい……」
「……宰相閣下との組み合わせがかわいい……」
「……むしろ宰相閣下がかわいく見えてきました」
「……お、叔父さま……どうして叔父さまがかわいく見えるのでしょう。おかしいです……」
……まぁいいか。
とにかく、『正義の精神感応スマホ』を支配することはできた。
待っていれば、新たな情報を提示してくれると思う。この件についてはここまでだ。あとは『カースド・スマホ』の捜索をしなきゃいけない。
『カースド・スマホ』が帝国領に落ちた可能性もあるからね。
あとでソフィア皇女と連絡を取って、探す方法を考えよう。
そんなことを考えながら、俺は自分の部屋へと戻ったのだった。
──その後、トールの部屋で──
「『ぬいぐるみスマホケース』が、ドラゴン型に変身したのじゃが」
数時間後。
ルキエが俺の部屋にやってきて、そんな話をした。
「余がケルヴから話を聞いているうちに変形して、気づくとドラゴンの形になっておったのじゃ。びっくりしたぞ……」
「それはたぶん……『ドラゴンの骨』に宿った魔力のせいですね」
『ぬいぐるみスマホケース』には『抱きまくら』と同じ素材が使われている。
衝撃吸収のためだけど、念のため、変形能力もつけてある。
だから内部にあるものの魔力に反応して、姿を変えることができるんだ。
その結果、『スマホ』に含まれている『エンシェントドラゴン・ヴィーラの魔力』に反応して、ドラゴン型になったんだろう。
「でも、宰相閣下にとっては、その方がいいかもしれませんね」
俺は言った。
「ドラゴンの方が強そうですから。みんなに威厳を示せるんじゃないですか?」
「いや、めちゃくちゃ可愛らしいドラゴン型になっておった」
「わかりました。ちょっと見てきます」
「待て待て待て! 問答無用で飛び出そうとするでない。ケルヴが落ち着くまで待つのじゃ!」
「あれ? 宰相閣下は、どうかされたのですか?」
「本人はかなり動揺しているようじゃ。『ぬいぐるみスマホケース』を着けてからずっと、皆の注目の的になっておったからなぁ」
「宰相閣下はあれを持ち歩いていらっしゃるんですか?」
「新たな情報がいつ表示されるかわからぬからな。気になって手放せぬのじゃろう」
「変形能力をなくした『ぬいぐるみスマホケース』2号を作りましょうか?」
「どんな形にするつもりじゃ?」
「『ライゼンガ将軍型』はどうでしょう。魔王陛下を支えるおふたりの、協力体制を示す意味もこめて」
「ライゼンガがケルヴの腕に抱きついていたら、それはそれで目立つじゃろう?」
「……確かに、そうですね」
「それならばいっそ、小さなケルヴ型にすればよいのではないか?」
「宰相閣下の腕に、小さな宰相閣下ですか……それはいいですね」
「あとは、猫が駄目ならフクロウという手もあるな」
「……ルキエさま。アイディアをどんどん出してください。片っ端から作って、宰相閣下に試してもらいましょう」
「うむ! ケルヴのためじゃ。考えるとしよう」
「はい。ルキエさま!」
そんなわけで──
俺たちはしばらくの間、宰相ケルヴさんの腕にくっつける『ぬいぐるみスマホケース』のデザインについて、知恵を絞ることになったのだった。
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