第19話「異世界の魔力変換アイテムを作る」
部屋に戻ったあと、俺は『通販カタログ』を読み始めた。
「この本は勇者世界のアイテムの宝庫だ。炎を抑えるアイテムがあってもおかしくないんだが……」
「なにかお探しですか? トールさま」
「──え?」
気づくと、部屋の入り口にメイベルが立っていた。
「ドア、開きっぱなしでしたよ? ずいぶん急いでいらしたようですけれど……なにを探してらっしゃるのですか?」
「炎を抑えるアイテムを作ろうと思って」
「なるほど。ライゼンガさまへの対策ですね」
メイベルはお茶の載ったトレーを手に、うんうん、とうなずいた。
「さきほどのご様子を見ればわかります。トールさまが、ライゼンガさまを警戒されるのも無理はありません」
「うん。まぁ、そんな感じ」
乗っかることにした。
アグニスが裸でいるところにでくわしたことを説明するのは、まずいような気がした。
「でも、ご心配はいりません。私も魔術が使えるようになりましたから、トールさまのことは、私がお守りします」
「ありがと、メイベル」
俺はうなずいてから、
「ところで火炎将軍のライゼンガさまってどんな方なのかな? 俺に対する態度は別として」
「とっても娘思いの方です」
「それはわかる」
「もちろん、強力な戦士でもあります。戦場では炎をまとった槍で敵を突き、100の兵の群れの中をまっすぐに突っ切った、なんて伝説もあるくらいです」
「あれ? 魔王領は、人間の世界とは戦争をしてなかったんじゃ?」
「魔王領の中でも、たまに争いはありますから」
「もしかして魔王陛下が仮面で正体を隠してるのも、ライゼンガ将軍のような人に、なめられないようにするためってのもあるのか?」
「そうですね。ライゼンガさまは、強さを重んじる方ですから」
「アグニスさんは優しいけどね」
「わかるのですか?」
不思議そうに顔をのぞきこんでくるメイベル。
「もしかしてトールさまは、アグニスさまとお話をされたのですか?」
「少しね。それより、メイベルは、アグニスさんと仲がいいの?」
「はい。私は幼いころから魔王城でお仕事をしてますから、会う機会も多かったので。昔は、一緒に遊んだこともあるんですけどね……」
メイベルはなぜか、右腕の手首のあたりをなでていた。
「ご存じですか、トールさま。魔王城には腕のいい治癒術師がいるんです。火傷の跡も、きれいに治してくれるんです」
そう言って、彼女は俺の前に手を差し出した。
真っ白な肌と、細い指。
火傷の跡どころか、傷ひとつない。
「ね、きれいになってますよね? 小さな火傷でしたから、すぐに治っちゃったんです。だから……アグニスさまが気に病む必要なんか……ないのですけれど」
「アグニスさんが昔、メイベルに火傷をさせてしまった、ってこと?」
「はい。幼いころ、私が陛下の遊び相手だったころのことです」
メイベルはつらそうに目を伏せた。
そのあとメイベルは、小さいころのことを話してくれた。
魔王ルキエの遊び相手だったメイベルは、魔王城に来ていたアグニスと仲良くなったそうだ。
だけど、アグニスが『火の魔力』に覚醒したとき、その関係は終わってしまった。
強すぎる火の魔力を制御できず、アグニスの炎は暴走してしまったんだ。
そうして彼女は、メイベルの右腕に、小さな火傷を作った。
火傷はすぐに治ってしまったのだけれど──アグニスは友だちを傷つけてしまったことにショックを受けた。
彼女は火炎耐性の鎧を着るようになったのはそれからだ。
怪我をさせてしまった罪悪感からか、メイベルとも疎遠になってしまった、ってことらしい。
「……そういうことだったのか」
よし。すぐに錬金術をはじめよう。
アグニスが火の魔力をコントロールできるようなマジックアイテムを作る。
そうすれば、メイベルとアグニスも、昔みたいに仲良くなれるかもしれない。
それに、炎を封じるアイテムは、ライゼンガ将軍への切り札にもなるはずだ。
100人の兵をものともしない将軍を止められるアイテムか……わくわくするな。
「使えそうなアイテムは……これかな」
俺は『通販カタログ』の、後ろの方にあるページを開いた。
載っていたのは、小さなペンダントだ。
ペンダントヘッドには円盤状のものがついていて、そこには、不思議な獣のレリーフがある。
「不思議なかたちのペンダントですね。どんなアイテムなのですか? トールさま」
「これは……風水というものを取り入れた『健康増進ペンダント』だ」
「風水、ですか?」
「うん。勇者の世界には、この世界とは違う魔力の概念があるみたいなんだ」
俺は説明文を読んでみた。
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『健康増進ペンダント』
体内の気を循環させて、あなたの健康力を高めます!
身体の調子が悪い? それは、気の偏りによるものです。
一種類の気だけが強くなったりすると、身体が火照ったり、熱を帯びたりするものです。
そんなときはぜひ、このペンダントをお使いください!
偏った『気』を整え、循環させて、体調を改善します!
気とは、すべての源になるものです。生命はそれを利用して活動しています。
このペンダントは、それを安定させるもので──』
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『気の流れ』か。
こっちの世界でいうと、魔力みたいなものだろうか。
俺やメイベルの身体の中には、魔力が流れている。メイベルの場合はそれがうまく流れずに冷え性になっていた。
となると、このカタログにある『気』は、『魔力』と同じだと考えるべきだろう。
それに、異世界から来た勇者の伝説にもある。
──『気を高めることで、極大魔術を放った』とか。
──『気合いがあればなんでもできる』と宣言して、巨大な魔獣を倒したとか。
──『気を集中』して、身体を強化したとか。
極大魔術を放つのに使えるなら、『気』とは『魔力』のことで間違いなさそうだ。
なるほどなー。
異世界では、魔力を変換して循環させるマジックアイテムが売ってたのか。
だから異世界から来た勇者たちは、あんなに強かったのか。
普通に魔術が通じない勇者もいたらしいもんな……。
ちなみに『通販カタログ』には「このページの商品は当社とは関係ありません」と書いてある。
理由は、なんとなくわかる。
おそらく秘密の魔術結社があったんだろう。このアイテムは、そこがあつかっていたのかもしれない。
危険すぎるアイテムだもんな。専門のところじゃないと売れないよな。
そして、この『健康増進ペンダント』は、偏った気──つまりは魔力を整えて、変換することができるらしい。
これを使えば、アグニスの炎を抑えることもできるかもしれない。
彼女の炎は、強すぎる『火の魔力』が原因だ。その魔力を変換して、別の魔力に変えてしまえば、発火しなくなるはず。
「うん。これなら、なんとかなりそうだ」
「トールさま?」
「メイベル、手伝ってくれる? このペンダントなら、アグニスさんの炎を抑えることができるかもしれない」
「アグニスさまのアイテムを作るおつもりだったのですか!?」
……あ、しまった。
アグニスと会ったことは秘密にするつもりだったんだけど……。
まぁいいか。
お風呂場でバッタリでくわしたことだけ内緒にしておけばいいや。
「ごめん。事情があって言えなかったんだ。本当はアグニスさんのためだよ」
「そうなのですか……私はてっきり、ライゼンガさま対策だと思い込んでおりました」
メイベルはそう言って、笑った。
「でも確かに、勇者がいた世界のアイテムなら、アグニスさまの炎を制御できるかもしれませんね」
「俺に上手くコピーできるかどうかは、わからないけどね」
「できますよ。トールさまなら」
メイベルは俺に向かって、ぺこり、と頭を下げた。
「そういうことなら、私の方からお願いします。どうか、お手伝いさせてください」
「わかった。じゃあ、始めよう」
今回の作業には細かいチェックが必要だ。
ちゃんと見本を見て、間違えないようにしないと。
『健康増進ペンダント』の写真は、大きく掲載されている。
だからかたちもよくわかる。『創造錬金術』でコピーできそうだ。
ただし、本当に特殊なアイテムだから、慎重に作らないといけない。
「私には、この本を読むことはできないのですけど……」
メイベルは目を丸くして、『健康増進ペンダント』の写真を見つめている。
「こんな小さなペンダントに、炎を抑える力があるのですか?」
「これは『火の魔力』を、別の魔力に変換できるものだからね」
俺はペンダントの下にある図柄を指さした。
「ここに、勇者の世界の『気』……というか魔力について書いてあるんだ」
「勇者の世界の魔力……ですか?」
「あっちの世界では魔力を『木・火・土・金・水』の5種類に分けていたらしい」
「こちらの世界とは違うんですね」
「この世界では『光・闇・地・水・火・風』だからね」
もうひとつ違うのは、勇者の世界では『魔力は循環する』とされていたことだ。
このペンダントも、五種類の魔力をぐるぐると回すことで、身体を活性化させ、潜在能力が目覚めさせるものらしい。
残念ながら魔力が変換されるシステムについては、ざっくりとしか書かれていない。『木は燃えて火になり、火は燃え尽きて灰と化して土になり、土は熟成して金属に──』という感じだ。断片的な情報しかない。
でも、これはしょうがない。
異世界の魔術結社が大事な情報を、堂々と書くわけがないもんな。
おそらく魔力変換については、勇者の世界でも秘術だったんだろう。
それに、別に知識はなくても問題ない。魔力の変換は、ペンダントに刻まれた神獣のレリーフが、いい感じにやってくれるらしい。
さすが勇者の世界のアイテムだ。抜かりがないな。
「説明文には『健康増進ペンダントには、青竜・朱雀・白虎・玄武、さらに中央に麒麟を配置しております』と書いてある」
俺はメイベルにわかるように、『通販カタログ』を読み上げた。
「これによって身体中の魔力が整い、健康が増進するそうだ。人によっては潜在能力に目覚めることができるらしい」
「すさまじいアイテムですね」
「うん。これならアグニスさんの『火の魔力』を抑えることもできると思う」
やってみよう。
俺はスキル『創造錬金術』を起動する。
『通販カタログ』のページをじっと見つめて、ペンダントの形状を記憶。
空中にイメージ図を作り出す。
「──立体図を作成」
空中に『健康増進ペンダント』の図が浮かび上がる。
素材には、『簡易倉庫』を作ったときの残りを使おう。
ペンダントの大きさは手の平に載るくらい。
アグニスの肌を傷めないように、鎖はやわらかく。
難しいのは、刻まれている獣──神獣のかたちだ。
青竜──これはおそらくドラゴンだろう。
白虎──これも大丈夫だ。虎はこの世界にもいるから。
朱雀は──火炎鳥をモデルにすればいいな。
玄武と麒麟は──これは見たままトレースするしかない。正確に作れば大丈夫なはずだ。
俺はイメージを固めていく。
きちんと魔力が変換されるように。
アグニスの、強すぎる火の魔力が、他の魔力に変わるように。
「──形状把握、完了」
俺はイメージ図を再確認。
五体の獣の姿は、きちんとトレースできてる。このまま進めよう。
「金属の塊を素材にして、『健康増進ペンダント』を錬成する。内部に、魔力変換機構を付加して──」
できるだろうか。
ちょっと心配になってきた。
火属性と地属性、水属性はわかる。
でも、木属性と金属性なんてこの世界にはないから──
『「五行属性操作」を習得しました』
と、思ってたら、頭の中で声がした。
『「異世界の魔力についての知識を得たことで「火」「水」属性に加えて、「土」「金」「木」属性を扱うことができるようになりました』
『属性を付加しますか?』
『創造錬金術』は、異世界の『木・火・土・金・水』の属性も扱えるらしい。
すごいな。さすがは究極の錬金術スキルだ。
だったら迷うことはない。やるだけだ。
「属性を付加する」
俺は宣言した。
「『木・火・土・金・水』の属性を付加して、『健康増進ペンダント』を作成する!」
『健康増進ペンダント』のイメージ図を、床に置いた金属塊へと移動させる。
金属の塊が形を変えていく。
やがて、細い銀色の鎖と、円盤状のペンダントヘッドができあがる。
ペンダントヘッドの表面には、5体の神獣の姿だ。
「メイベル。本に載ってる形どおりか確認して。特に5体の神獣がちゃんとできてるかどうか」
「は、はい!」
メイベルは『通販カタログ』を手に、ペンダントをのぞき込む。
「竜っぽいの……虎っぽいの、亀っぽいの……鳥と……もじゃもじゃ獣──大丈夫です! トールさまの作られたものは、この本に載ってるものの通りです!」
「了解。それじゃ実行! 『創造錬金術』! 『健康増進ペンダント』を作成!!」
からん。
銀色のペンダントが、床の上に落ちた。
完成だ。
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『健康増進ペンダント』(属性:木・火・土・金・水)(レア度:★★★★★★★★★☆)
勇者の世界の『魔力概念』に基づいて生み出されたペンダント。
装着者が持つ魔力を5等分して、5種類の魔力に変換する。
たとえば100の力を持つ火の魔力があった場合、それは20の力の『木・火・土・金・水』の魔力に変換される。
変換された魔力はすべて、装着者の強化と健康維持に使われる。
木の魔力は、装着者にしなやかな生命力を与える。
火の魔力は、装着者に活動的なエネルギーを与える。
土の魔力は、装着者に安定した力を与える。
金の魔力は、装着者に強固な力を与える。
水の魔力は、装着者に柔軟性のある力を与える。
装着者の魔力が強いほど、より多くの強化・健康効果が得られる。
物理破壊耐性:不明(攻撃を受けると、その魔力を変換・吸収してしまうため、破壊できるかどうかわからない)。
耐用年数:100年くらい。
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「これで、アグニスさんの炎が抑えられればいいんだけど」
「トールさま、お聞きしてもいいですか?」
「どしたのメイベル」
「そのペンダントは、5体の神獣が描かれたペンダントに魔力を注ぐことで魔力が循環して、身体が健康になるんですよね?」
「そうだね」
「じゃあ、もしもその5体の像を造って、魔王領を囲むように置いたらどうなるんですか?」
確かに。
このペンダントは魔力を循環させて、人を健康にするものだ。
それを国すべてに適用したら……。
「やってみていい?」
「陛下と、魔王領の高官すべての許可が要りますね……」
難しそうだった。
とりあえず、ペンダントは完成した。
まずは実験してみよう。うまく魔力が変換されるかどうか。
誰にでも使えるようなら、魔王領の標準装備にしてもらえるかもしれない。あとで魔王ルキエに相談してみよう。
そんなことを考えながら、俺はできたてのペンダントを手に取ったのだった。
第20話は、明日の午後6時ごろに更新する予定です。
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