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第165話「帝国領での出来事(10)」

 ──会談の数日後、リカルド皇子は──




「……理解できない。わからないぞ。なんなのだ、この敗北感は」


 リカルド皇子は馬上で、がっくりとうなだれた。


 ソフィア皇女との会談は、無事に終わった。

 予想外のことはあったが、『例の箱』は手に入れることができた。

 捕らえられていた調査兵たちも帰ってきた。

 ダリル・ザンノーの配下も引き取ることができた。

 彼らの証言から、ソフィア皇女が持っていたものが『例の箱』だということも確認できた。


 帰ってきた調査兵たちも、ダリル・ザンノーの部下たちも、真っ青な顔でガタガタ震えていたが、そのうち回復するだろう。


 リカルド皇子は使命を果たした。

 十分な成果だ。帝都に戻れば、誰もが彼を評価するだろう。

 なのに──


「どうしてこのリカルドは、こんなに打ちのめされているのだ……」


 リカルド皇子は唇をかみしめた。

 自分がなにもできなかった自覚はある。

 けれど、これほどの敗北感に打ちのめされるとは、思ってもいなかった。


 彼は結局、なにもできなかった。

 やったのは、妹ソフィアの宿舎と国境地帯の交易所に、調査兵を送り込んだだけ。

 ダリル・ザンノーらしき者と接触しただけだ。


 その結果、リカルドの行動は、なにひとつ実を結ばなかった。

 帝都に凱旋(がいせん)できるのは、妹のソフィアが成果を(ゆず)ってくれたからだ。


 ソフィアがリカルドに『例の箱』を譲ったのは、最も高く売れると考えたからだろう。ちょうど彼が『例の箱』を入手せよとの命令を受けて、町の近くにいた。それだけだ。

 ソフィアにとっては、願いを叶えてくれる相手であれば、誰でもよかったのだ。

 それはリカルドにも好都合のはずだったが……


「つまりこのリカルドは……『不要姫』の情けにすがって、使命を果たしたのか」


 ソフィアには感謝すべきなのだろう。

 彼女が『例の箱』を渡してくれなければ、リカルドは今も、国境地帯をさまよっていたのだから。

 あるいはダリル・ザンノーに(だま)されて、金だけ奪われていた可能性もある。

 リカルドは、妹ソフィアに大きな借りができたのだ。


 だからリカルドは会談を終えてすぐ、帝都に向けて早馬を送り出した。

『例の箱』を入手したことと、ソフィアの功績について知らせるためだ。書簡には今回の使命でソフィアが果たした役割についても記してある。


 ソフィアが国境地帯の領主であり続けることを望んでいることも。

 その願いをぜひ、叶えてやりたいというリカルドの言葉も。


 そうせずにはいられなかった。

 リカルド自身はなにもできず、ソフィアの慈悲(じひ)で使命を果たしたのだ。それで彼女との約束を破ったら、おそらく、おそろしいほどの敗北感に打ちのめされていただろう。

 プライドがズタズタになり、二度と立ち上がれないほどの敗北感に。


「国境地帯は恐ろしい場所だ。もう……近づきたくない。いや、近づくときは対策をしてからだぞ。絶対にそうだ」


 リカルドは馬上で振り返る。

『ノーザの町』を出てから数日が過ぎている。ソフィアの町は、もう見えない。


 兵団が街道を進むごとに、帝都は近づいてくる。

 使命は果たしたはずなのに、リカルドの気分は沈んでいく。


「帝都に着いたら……このリカルドは『例の箱』を入手したことを、自分の成果として報告しなければならないのか……」


『例の箱』の在処を見つけ出したのはリカルド。ソフィアはその調査に、手を貸しただけ。書簡には、そう書いた。

 すべてをソフィアの手柄にした場合、彼女は優秀さを認められて、帝都に呼び戻されるかもしれない。

 それではソフィアの望みを叶えたことにならない。


 だからリカルドは──ソフィアがしたことまで、自分の功績(こうせき)として報告しなければいけない。自分が努力して、箱を手に入れたのだと。


 それを思い出すたびに、気が重くなるリカルドだった。


「殿下。ご報告いたします」


 不意に、調査部隊の隊長が近づいてきた。


「やはり、解放された部下たちは使い物になりません。いまだに、なにかに怯えているようで」

「ソフィアの部下から拷問(ごうもん)でも受けたのか?」

「それはないようです。ただ……」

「ただ?」

「彼らは言っているのです。『国境地帯は恐ろしい場所。世界の在り方が違う』と」


 ひきつった顔で、部隊長は言った。

 リカルドは、自分も同じような表情になっているのを感じた。

 こみ上げてくる恐怖を抑えながら、彼は、


「──報告を続けよ」

「は、はい。ソフィア殿下の宿舎に侵入した者は言っていました。『突然、立ち上がることができなくなった。なにもかもが滑り、自分の感覚が信じられなくなった。なにも掴むことができず、ただ、なにもかもが頼りない世界に行ってしまった』と」

「……ポエムか? まったく意味がわからないぞ?」

「交易所に侵入した者は『突然、計り知れない恐怖に襲われた。あの地には、目に見えない巨大魔獣がいるに違いない。そして子どもの看板が……ああ、看板が! あああああ』と」

「……その者には長期休暇をくれてやれ。このリカルドが利用している避暑地を使わせてやる。落ち着くまで、ゆっくりさせるとよい」

「殿下のご厚情に感謝いたします」

「国境地帯は計り知れない場所だ。そこでの失敗を責めるつもりはない」


(──このリカルドも失敗したのだからな)


 口にしそうになった言葉を、リカルドは飲み込んで、


「それより『例の箱』は大丈夫か? 帝都までは長旅だ。あれを失っては意味がないのだぞ」

「人員のほとんどは、箱の警護(けいご)に回しております」

「しかし、兵団の足が遅くなっているようだが?」

「申し訳ありません。解放された兵士たちはまだ動きが鈍く、捕虜(ほりょ)も足を引っ張っており……」

「わかった。もう少し進めば町がある。彼らは一時、そこに預けるとしよう」

「承知いたしました」


 移動速度が遅いのは、解放された兵と、捕虜が足を引っ張っているからだ。

 兵士たちは恐怖に怯えているせいか、歩くのが遅い。

 捕虜は馬車に押し込んでいる。逃亡を避けるためだが、その分、移動は遅くなる。


『例の箱』を運ぶのにも馬車がいる。それを守る兵士も必要だ。

 だから往路と比べて、移動速度が遅くなってしまっているのだ。


「運ぶのが『例の箱』だけになれば、スムーズに進めるだろう」

「同感です。ただ、ダリル・ザンノーの出方が気になりますが……」

「帝都に戻ったら兵を整え、奴を探し出す。国境地帯には……近づきたくないがな」

「は、はい」

「それより、町が見えてきたぞ。もうすぐ着く。あの場所で一息つくとしよう」


 街道の向こうに、町の城壁が見えてくる。


 リカルドは安堵(あんど)の息をつく。

 町で休めば、わけのわからない敗北感も薄れるだろう。

 あとは街道を急ぎ進んで、帝都に『例の箱』を届ければいい。


 そんな指揮官の表情を見た兵たちも、安心した表情になり──



 ──その隙を突くかのように、草原に魔獣の群れが出現した。



『グゥオオオオオオオアアアアアアア────ァ!』



「全員、密集陣形! 『例の箱』を守れ──っ!!」


 リカルドは即座に指示を出す。

 同時に、彼は魔術の詠唱(えいしょう)を始める。

 リカルドは剣も使えるが、得意なのは火炎系の魔術だ。

 炎で牽制(けんせい)し、近づいてきたものを斬る。その力は皇太子ディアスも認めている。


「敵は『ダークウルフ』が20数匹です! それと、サイズの大きな『ダークウルフ』もいます。希少種(きしょうしゅ)の『グレート・ダークウルフ』かと」

「希少種が!? こんなところに現れるとは奇妙だ。うむ。不自然だぞ」


 やはり、ダリル・ザンノーの仕業だろうか。


 リカルドは奴に交渉を持ちかけられていた。

 だが、ソフィアから『例の箱』を入手したことで、その必要はなくなった。

 だから放置していたのだが──奴は、リカルドたちを追ってきたようだ。


「こちらの気が(ゆる)んだところを狙ったか! その戦術眼は評価してやろう!」


 言いながら、リカルドは魔術を詠唱する。


「だが『例の箱』は渡さない! 喰らえ『フレイム・ブラスト』!!」


 炸裂する火球が、『ダークウルフ』を吹き飛ばす。

 リカルドも皇子だ。並の兵士よりもはるかに強い。

 その彼の火炎魔術を喰らい、炎に巻かれた『ダークウルフ』が崩れ落ちる。



『────グォ! グゥアアアアアアア!』



 だが、それでも魔獣の群れは止まらない。


 攻撃魔術を抜けてきた『ダークウルフ』を見て、リカルドたちは武器を手に取る。

 彼らの背後には『例の箱』を収めた馬車がある。敵の目的はそれだろう。


(不意を突いたつもりだろうが、あの箱は渡さない。絶対にな!)


 対策は簡単だ。

 奪われそうになったら、馬車を破壊すればいい。

 あの箱は重い。ダリルたちが運ぼうと苦労している間に、町から兵士が来るだろう。そうなれば、奴らに逃げ場はない。


「愚かだ。とても愚かだぞ。貴様らは砦から箱を奪っただけで満足すべきだった!」



「──帝国の皇子よ。お前はなにもわかっていない」



 声がした。

『グレート・ダークウルフ』の腹の下からだ。

 見ると、そこには男性がしがみついていた。

 覆面(ふくめん)に見覚えがある。あれは──


「貴様……ダリル・ザンノーか!?」

「──我々はドルガリア帝国に取り()いた亡霊だ」


『グレート・ダークウルフ』が馬車に体当たりした。

 リカルドは思わず背後を見る。

 破壊されたのは『例の箱』を収めていた馬車──ではなかった。


 敵が狙ったのは、捕虜(ほりょ)たちを閉じ込めていた馬車だ。


 扉はあっさりと砕けて、ダリル・ザンノーが中に飛び込む。

 彼は捕虜を引きずり出し、『グレート・ダークウルフ』の背中に乗せていく。

 鮮やかな手並みだった。おそらく、『身体強化』系の魔術を使っているのだろう。


(──奴の狙いは、捕虜(ほりょ)奪還(だっかん)か!?)


『ダークウルフ』は嗅覚(きゅうかく)が鋭い。おそらくは捕虜の匂いをたどって、リカルドたちを見つけ出したのだろう。


 リカルド皇子は思い出す。

 交渉の時、ダリル・ザンノーが箱の代償として、金銭を要求してきたことに。

 奴にとって箱はただの道具だ。

 交渉に失敗した以上、箱にこだわる理由はない。


 なのにリカルドは『例の箱』に警備を集中していた。

 その結果がこれだ。


「奴を逃がすな! 囲め──」

「『真の主人の命に従え』──『獣たちよ敵を喰らえ』!!」


 ダリル・ザンノーの声が響き、魔獣たちが凶暴化した。



『グゥアアアア! グゥオオオオオ!!』



 真っ赤な目を光らせた『ダークウルフ』たちが兵士たちに飛びかかる。身を守ることを一切忘れた、文字通りの暴走状態だ。剣で斬られても、魔術を受けても止まらない。痛みを感じていないかのような攻撃に、一瞬、兵士たちの足が止まる。


 その間にダリル・ザンノーは捕虜の救出を終えていた。

 仲間たちを巨大種の『グレート・ダークウルフ』の背に縛り付け、駆け出す。


「……ダリル・ザンノーとやら。貴様の目的はなんだ!?」


 思わず、リカルド皇子は口走っていた。


「東の砦から箱を奪い、今また皇帝一族の馬車を襲う、その目的はなんだというのだ!?」

「ドルガリア帝国への復讐(ふくしゅう)


 覆面(ふくめん)の男性は答えた。


「かつてティリクとミスラの両家を滅ぼした帝国に取り()いた亡霊(ぼうれい)──それが我々だ。いずれ勇者の力をもって、帝国を破壊する。お前の祖先が不当に奪ったものを、取り返すために」


 その言葉を最後に、魔獣の群れは走り去った。

 捕虜はすべて連れ去られた。

 後に残ったのは、『ダークウルフ』の死体だけ。

 20体以上いた魔獣は、ほぼ全滅した。

『グレート・ダークウルフ』さえ、捕虜たちを乗せていった者以外は死んだ。


 けれど、リカルドにとっては敗北だった。

 連れ帰るはずだった捕虜を、すべて失ってしまったのだから。


「亡霊だと。ふざけたことを。貴様はとてもふざけているぞ。ダリル・ザンノー」


 これまで、奴は帝国の砦から箱を奪っただけの、こそ泥だった。だが、今はもう違う。

 ダリル・ザンノーとその一味は、帝国に仇を為す敵だ。

 皇帝一族が滅ぼさなければいけない相手なのだ。


「許しはしない。貴様は、このリカルド・ドルガリアが捕らえてみせる。絶対にだ!」


 その後、リカルドは『例の箱』と共に帝都に戻った。

 彼は自分の功績と失敗について告げて、ダリル・ザンノーの捜索(そうさく)討伐(とうばつ)を申し出た。


 けれど──


「ご苦労だったね。リカルドはしばらく休んでいるといい」

「ディアス兄!?」

「『例の箱』については極秘とする。他言は無用だ。ああ、ソフィアの功績も忘れてはいないよ。彼女の希望は叶えるとしよう。確実にね」


 短い謁見のあと、話は終わり、とばかりに皇太子ディアスは手を振った。

 そうして、この件は完全に、リカルド皇子の手を離れたのだった。

 次回、第166話は来週の前半くらいに更新する予定です。


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