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第148話「ヘアーピースと最強陣形の実験をする(後編)」

「おお! 待ちかねたぞ。トールどの!」

「お待ちしておりましたので!!」


 屋敷の前では、将軍とアグニスが待っていた。

 ふたりとも、わくわくした顔をしてる。

『三角コーン』の陣形実験を楽しみにしてたみたいだ。


 将軍とアグニスは俺たちに向かって手を振ってる。

 でも、アグニスはなにかに気づいたように、


「……あれれ? エルテさま、少し雰囲気が変わられた……ので?」


 アグニスは興味深そうに、エルテさんを見た。


「髪型を変えられたのですか? いえ、雰囲気も変わられたようなので……」

「そうか? 特に変わられてはいないと思うのだが?」


 将軍は首をかしげてる。


 俺とメイベルとエルテさんは、顔を見合わせてうなずいた。

『自然増量ヘアーピース』は効果を発揮してる。

 気づかれないくらい自然に、エルテさんの雰囲気を変えているみたいだ。

 このまま、しばらく身につけてもらって、効果を確認しよう。


「お待たせしました。将軍、アグニスさま。今日は実験の方を、よろしくお願いします」


 俺は将軍とアグニスにあいさつをした。

 それから、ふたりの後ろにいる兵士さんたちの方を見る。


 草原には、十数名の兵士たちが集まっていた。

 いるのは(うろこ)の生えたリザードマンや、獣耳を持つ獣人たち。

 実験のために将軍が集めてくれた、兵士さんたちだった。


「今回はマジックアイテムの実験にご協力いただき、ありがとうございます」


 俺は兵士さんたちに声をかける。


「皆さんの期待に添えるようにがんばりますので、よろしくお願いしますね」

「は、はい。承知、しているのですよ」

「れ、錬金術師(れんきんじゅつし)どのにそう言われると……調子が狂ってしまうのだ」


 リザードマンさんと獣人さんは、困ったように横を向いてる。

 彼らの様子を見たライゼンガ将軍は、笑って、


「恐れ知らずの兵士たちも、トールどのには弱いようだな。魔王領きっての荒くれ者たちを恐れさせてしまうとは、さすがトールどのだ」

「荒くれ者たち、ですか?」

「うむ。彼らは『折れぬ突撃槍アンブレイカブル・ランス』という突撃部隊の者たちなのだ。勇気も戦闘力もあるのだが……向こう見ずで制御が効かず、扱いに困る者たちでな」

「……強い方たちなんですね」

「悪くいえば猪武者(いのししむしゃ)、だろうな。戦果のためには命令を無視することもある。だから『魔獣討伐』には使えなかったのだよ」


 そう言ったライゼンガ将軍は、にやりと笑って、


「そんな彼らもトールどのには遠慮があるようだ。いや、珍しいものを見せてもらった」

「……錬金術師どのを怒らせるとメテオが降ってくるのですよ」

「……逆らうと『お掃除ロボット』に、死ぬまで追いかけ回されるのだ。獣人以上の追跡能力を持つお方ならば、服従するしかないのだ……」


 震えるリザードマンさんと、獣人さん。

 ……なんだか、噂が一人歩きしてるみたいだ。


「我は今回の実験で、彼らに戦うことの怖さを教えたいのだ」


 ライゼンガ将軍はまっすぐに俺を見て、そう言った。


「勇者世界に名高い『三角コーン』ならば、それも可能だろう。そうやって身につけた慎重さが、彼らの命を救うこともある──我はそう思っているのだよ」

「そのお言葉は心外です! 将軍!!」


 リザードマンの兵士さんが声を張り上げた。


「われわれが恐れるのは錬金術師トールどのだけだ!」

「そうなのだ! 他の者は怖くないのだ! どんな陣形でも破ってみせるのだ!!」


 獣人の兵士さんも反論してる。


 なんだか大きな話になっちゃってる。

 俺は、『三角コーン』の実験をしたかっただけなんだけど。


 まぁいいか。とにかく、実験を始めよう。


 今回の実験は、交易所を守るためものだ。

 交易所に敵が近づき、侵入した場合に、どうやって捕えるかというコンセプトで陣形を作っている。

 攻撃役の人たちが強い兵士さんなら言うことはないんだ。


「わかりました。では、実験の準備をしますね」


 俺は言った。


「これから俺たちは草原に陣形を敷きます。『折れぬ突撃槍アンブレイカブル・ランス』の皆さんは陣地に侵入して、中央の旗を奪ってもらうことになります。制限時間は、作戦開始から15分です。その間に旗を奪うことができたら攻撃側の勝利。できなければ、防衛側の勝利です」

「15分というのは、兵士が現場に駆けつけるまでの時間ということだな」


 ライゼンガ将軍が問いかける。

 俺はうなずいて、


「そうですね。15分あれば、常駐してる兵士さんも侵入者に気づいて、対応できますから」

「なるほど。納得できる話だ」

「『三角コーン』の目的は、それまでの時間稼ぎですね」

「警備の隙間を埋め、敵を防ぎ、足止めする……か。有効な戦術だ。『三角コーン』とミノタウロスの警備兵で、侵入者を挟み撃ちにすることもできよう……ところで」


 ライゼンガ将軍は、ふと、気づいたように、


「トールどの。その陣形に名前はあるのかな? たとえば『究極無敵陣』など」

「『五行防衛陣・通常型』としています」

「……普通だな」

「そうですね」

「『究極無敵陣』とまではいかぬが、もっと強そうな名前は……ん? 『通常型』?」

「はい。『通常型』です」

「ということは、それ以外もあるのか?」

「『威嚇(いかく)型』『飛び出し型』があります。そのあたりは今後の実験次第ですね」


 今回は『三角コーン』の、敵を威嚇(いかく)する能力は使わない。

 五行属性を利用した陣形の効果を確認するのが目的だからね。


「それじゃメイベル、アグニスさま。陣形を敷くのを手伝っていただけますか?」

「はい。トールさま!」

「お手伝いいたしますので!」


 それから俺は、メイベルとアグニスに手伝ってもらって、草原に『三角コーン』を置いていった。

 中央には『麒麟(きりん)型・三角コーン』を、その四方には、それぞれ『青竜』『白虎』『朱雀』『玄武』型のものを配置していく。

 勇者にならって、方位はきっちりと合わせた。


 最後に、エルテさんに『抱きまくらカバー』を抱いてもらい、彼女のコピーを作り出す。これは陣地の中央に配置して、手には旗をもってもらう。

 旗は交易所の中枢をあらわしている。

 これが奪われたら防御側の敗北。15分持ちこたえたら、防御側の勝利だ。


「……うん。これでいいな」


 そうして『五行防御陣・通常型』の準備は完了したのだった。





 俺は改めて、防御陣地を確認した。


『三角コーン』の配置は、方陣を基本としている。

 縦横それぞれ5列で、『三角コーン』が25体だ。


 その中心にあるのが、麒麟(きりん)の形をした装飾を施した、『三角コーン』と、抱きまくらのエルテさん。

 陣の東西南北には、それぞれ青竜、白虎、朱雀、玄武型の『三角コーン』が配置してある。よし。これでいいな。


「こちらの陣形は整いました。兵士の皆さんの準備はどうですか?」

「う、うむ。良いようだが……」

「……な、なんだろうな。この人を不安にさせる陣形は……」

「……不思議なのだ。奇妙な、生命の危機を感じるのだ……」


 ライゼンガ将軍は固い表情。

 兵士さんたちは、かすかに震えている。


 まぁ、草原に『三角コーン』が布陣しているところなんて、あまり目にすることはないからね。

 勇者世界では当たり前の光景だろうけど、この世界の俺たちにとっては不慣れだ。

 奇妙に見えても仕方ないよね。


「では、改めてルールを説明します。これは交易所の防衛をイメージしていて──」


 俺は説明を始めた。


 ライゼンガ将軍が合図をしたら実験開始。

『折れぬ突撃槍』たちに、『三角コーン』の陣を攻撃してもらう。


 防衛は『三角コーン』に任せる。

 俺とメイベルとアグニスは遠くから実験を観察することになる。


 制限時間は15分。

 その間に兵士が『抱きまくらエルテさん』の旗を奪ったら勝利。

 また、すべての『三角コーン』を無力化しても勝利となる。


 制限時間以内に旗を奪えなかったら、『三角コーン』の勝利。

 すべての兵士さんが戦意を失った場合も、防衛側の勝利だ。




「くれぐれも、無理はしないでくださいね」


 俺は兵士さんたちに言った。


「皆さんはライゼンガ将軍の大切な戦力で、魔王陛下にとっては、大切な民でもあるんですから」

「ふふっ。錬金術師どのは、われわれを見くびっているようだ」

「誇り高い獣人は、どんな相手でも恐れはしないのだ! しないのだからな!」


 リザードマンの兵士さんたちと、獣人の兵士さんたちが声をあげる。


「いかにおそるべきアイテムといえども、我々は突破してみせる!!」

「恐れ知らずの『折れぬ突撃槍アンブレイカブル・ランス』の力を見せつけるのだーっ!」


「「「おおおおおおおおおっ!!」」」


 兵士さんたちはやる気十分だ。

 これなら、『三角コーン』の相手として不足はないな。


「……トールどの」


 ふと、ライゼンガ将軍が、小声でささやいた。


「今回は、『三角コーン』の威嚇機能(いかくきのう)を使わぬのだな?」

「はい。代わりに、皆さんが陣地に近づいたら反応するようにしています」


 本来の『三角コーン』には、近づいたものを威嚇して、生命の危機を感じさせる能力がある。

 でも、今回はそれは起動しない。

 目的はあくまでも、五行を利用した陣形の力を見ることだからだ。


「だが、よいのかな? 『折れぬ突撃槍』たちが、あっという間に旗を奪ってしまうということもあるのだぞ?」

「それならそれで、陣形の力を確認したことになります。問題はありません」


 俺は言った。


「それに、あっさりと防御側が負けることはないと思います。陣形が『魔力の流れ』に応じて動くことは確認してますから」

「『魔力の流れ』で動く……だと?」

「アグニスさまのペンダントと同じです。あの陣形の中では『木・火・土・金・水』という魔力が、高速でぐるぐる回るようなのです。で、その流れを乱す者が近づいてくると反応するようになっていて……というか、詳しいことは、実際に見ていただいた方がいいですね」

「う、うむ」

「危なくなったら止めますから、大丈夫です」

「いやいや、そこまで心配はしておらぬよ」


 ライゼンガ将軍は不敵な笑みを浮かべた。


「『折れぬ突撃槍』は戦闘力の高い部隊だ。むしろ我としては、あっさりと陣地を突破されることの方が心配なのだよ。彼らには、自分たちには想像もつかない敵がいるということをわかってもらいたいのだからな……」

「将軍は部下想いなんですね」

「ふふ……トールどのにほめられるとは、うれしいものだな」


 そう言ってライゼンガ将軍は、腕を振り上げた。


「では、実験開始だ! 我が精鋭部隊『折れぬ突撃槍アンブレイカブル・ランス』に告げる。錬金術師トールどのが(きたえ)えし『三角コーン』の陣形を突破し、見事、エルテどの (偽物)から旗を奪ってみせよ!」

「「「うぉおおおおおおおおおおおお!!」」」


 草原に兵士さんたちの歓声が響いた。

 そうして、『三角コーン』の陣形実験は開始されたのだった。






 ──突撃部隊『折れぬ突撃槍アンブレイカブル・ランス』視点──



折れぬ突撃槍アンブレイカブル・ランス』は恐れ知らずだが、無謀ではない。

 錬金術師トールのマジックアイテムを甘く見てもいない。

 危険な相手に真っ正面から近づくほど、おろかでもない。


 だから彼らは訓練開始と同時に、遠距離攻撃をはじめた。


「リザードマン部隊は投石を!」

「人狼部隊は側面に回り込め! 風の魔術で『三角コーン』を排除する!!」


「「「おおおおおおおっ!!」」」


 部隊は即座に行動を開始した。


 リザードマンたちが取り出したのは投石器(スリング)だ。

 彼らは岩場など、足場の悪い場所を移動しながらの奇襲を得意とする。

 腰にベルト状の投石器を装備しているのはそのためだ。

 近距離ならば確実に目標に命中させることができる。動かない相手なら、なおさらだ。


「……錬金術師どのは、われわれを甘く見ているのですよね!」


 リザードマンたちは一斉に投石器(スリング)を回しはじめる。

 狙いは神獣型の『三角コーン』だ。


 5つだけ形の違う『三角コーン』がある。重要なものだと一目でわかる。

 おそらく、あれは陣形の(かなめ)なのだろう。

 破壊すれば、防御側は大きなダメージを受けるはずだ。


「投石開始! 放て──っ!」



 ぶぉん。



 リザードマンたちは『神獣型・三角コーン』めがけて石を放つ。

 射程距離内。体勢も十分。外しはしない。

 十数個の石たちはまっすぐに『神獣型・三角コーン』に飛んでいき──



 しゅるんっ!



『三角コーン』に触れる直前で、軌道が(・・・)逸れた(・・・)


「──な!? 投石が防がれた、だと!?」

「──魔術の障壁か!?」


 リザードマンたちが目を見開く。


 投石は陣地に近づいた瞬間、軌道を変えた。

 まるで暴風を受けたように軌道を変えて、陣の外へと弾かれたのだ。


「魔術も駄目なのだ! 吸収されてしまうのだ!!」

「な、なんだと──っ!?」


 人狼たちからも悲鳴が上がる。

 彼らは風の魔術で、『三角コーン』たちを攻撃していた。

 だが、やはり命中しない。

 魔術は強風にあおられたように軌道を変え、消滅してしまったのだ。


「……さすがは錬金術師どの」

「……遠距離攻撃では、あの『三角コーン』はこわせないのだ……」


『三角コーン』は、異世界勇者の突進を止めることができると聞いている。

 そんなアイテムなら、投石や魔術を防いでも不思議はない。


「仕方がない。このまま接近戦を行う!」

「「「「おおおおおおおおっ!」」」」

「陣内に突入する! なんとしてもエルテどの (偽物)から旗を奪うのだ──っ!!」


 そうして魔王領の突撃部隊は、敵陣めがけて駆け出したのだった。





 ──トール視点──


「トールどの!? 投石の軌道が()れたのだが、あれは!?」

「このエルテにも、魔術がかき消されたように見えましたが……」

「あれは魔力結界です」


 ライゼンガ将軍とエルテさんはびっくりしてる。


「あの陣形には『健康増進ペンダント』の理論を組み込んであります。その効果ですよ」


 俺はふたりに向かって説明した。

 ライゼンガ将軍はうなずいて、


「な、なるほど……アグニスの魔力を変換するのと同じ効果なのだな?」

「はい。陣地には『健康増進ペンダント』と同じように、5体の神獣が配置されています。『健康増進ペンダント』は装着者の魔力を変換して、ぐるぐると循環させるものです。それが地面に置いてあるということは──」

「────!?」


 ライゼンガ将軍が絶句する。

 それから、将軍は震える声で、


「ま、まさか。あの陣形の中では、魔力が高速で循環(じゅんかん)しているというのか!?」

「おっしゃる通りです。そして『レーザーポインター』で実証されているように、魔力の流れは魔術や、飛び道具の飛距離を伸ばすことができます。つまりは魔術や飛び道具を(・・・・・・・・)制御できる(・・・・・)ということです」

「そうか! 飛び道具は、強い魔力の流れに引っ張られるから──」

「陣地に近づいた投石や魔術は、周囲を流れる魔力の渦に巻き込まれてしまうんです。命中しなかったのはそのせいですよ」

「……それが、高密度の魔力結界ということか」


 投石も魔術も、魔力の流れに弾き飛ばされている。

『神獣型三角コーン』は、周囲の魔力を変換して循環させて、増幅もしているみたいだ。


 本当にすごいな。勇者世界の陣形は。

 もしかしたらこれが、かの有名な『究極無敵陣』なんだろうか。


 ……いや、違うな。

 これは究極でも無敵でもないもんな。


『五行防御陣・通常型』はきっと勇者世界にとって、あたりまえの陣形なんだろう。

 思い上がりは禁物だ。

 俺の技術はまだ、勇者世界のレベルには達してないんだから。


「トールどの。兵士たちが陣地に入ったぞ」

「さすがは精鋭部隊ですね」

「だが、彼らは陣の中で……戸惑(とま)っているようだな」

「歩き方がおかしいですね」

「『抱きまくらエルテ』の位置はわかっているはずだが……別方向に向かって歩いているな」

「魔力の渦のせいで、まっすぐ歩けないのかもしれません」

「なるほど」

「それと、東西南北に配置した『神獣型・三角コーン』が動いていますね」

「……なんであれが動いているのだ?」

「魔力の流れに乗っているのだと思います」

「他の『三角コーン』も動いているな」

「陣の中の、魔力の流れを乱す者に反応してるんです。兵士さんたちを包囲しようとしてます」

「兵士たちが迷子になっているのは、その影響だろうか……?」

「……あ」

「どうされたのだ!? トールどの」

「実は、ひとつ気づいたことがあるんですけど……」


 俺は説明をはじめた。


 4つの『神獣型・三角コーン』は、東西南北に配置している。

 勇者世界の陣形は方位が重要で、『青竜』『白虎』『朱雀』『玄武』が、それぞれ東西南北に位置するべきだと考えたからだ。


 でも、逆に考えたらどうだろう。

『青竜』『白虎』『朱雀』『玄武』が東西南北に配置すべきものじゃなくて、『東西南北そのものをあらわすもの』だとしたら?

 そして──それが動いているということは、陣の中にいる者の方向感覚は──




 ──兵士たち視点──




「方向がわからない──っ!?」

「な、なんなのだ。われわれはどっちに向かって歩いているのだ!?」


 陣地に入り込んだ兵士たちは……パニックを起こしていた。


 彼らの目標は、旗を手にした『抱きまくらエルテ』だ。

 位置はわかる。視界に入っているのだから当然だ。


 なのに兵士たちは、目標に向かって、まっすぐ歩くことができずにいた。


「こ、こんなばかなことがあるわけが……」

「どうなっているのだ! 獣人の方向感覚が狂うなど、ありえないのだ──っ!」


 彼らが結界を突破して、陣地に入ったのは数分前。

 陣の中は、濃密な魔力が渦巻いていた。


 兵士たちはまず『三角コーン』を排除しようとした。

 だが、無理だった。

 あれは奇妙に固く、それでいてしなやかで、奇妙な生命力にあふれていた。

『折れぬ突撃槍』たちの力でも微動だにしなかった。


 さらに、奇妙に変化する地面が、彼らを悩ませていた。


 陣地の中の地面は、時間によって変化するのだ。

 金属のように固かったり、水のように柔らかかったり、木の枝のようにしなやかだったり、火のように熱かったり──

 常に変化する地面に足を取られ、まっすぐ歩くことさえ難しい。


 その上、謎の目眩(めまい)が襲ってきた。


 まるで重度の船酔いにでもなったかのように、平衡感覚と方向感覚が、ぐちゃぐちゃに狂っていくのだ。

 まるで皿の上で、高速回転させられているかのようだった。


「ま、まっすぐだ。まっすぐ走れば、エルテどの (偽物)にたどり着く!」

「が、がんばるのだ。獣人のほこりにかけて走るのだ──っ!」


 兵士たちは必死に足を動かす。

 けれど、旗を持つエルテは、どんどん遠ざかっていくばかりだ。


 彼らは陣地の外に目を向けた。


 視界の先にはドラゴンの形をした『三角コーン』が見える。その先にライゼンガ将軍がいる。将軍たちは動いていない。位置は合っているはずだ。

 だが、視界を逸らして戻すと、視界の先にあるのは鳥──朱雀(すざく)のかたちをした『三角コーン』に変わっている。あれは南にあると聞いている。けれど、ライゼンガ将軍がいる方向にある。


 おかしいと思って振り返ると、目の前には方向感覚を狂わされた仲間がいる。

 走り出すとお互いが激突する。倒れる。

 立ち上がろうと『三角コーン』に寄りかかると、それは奇妙に熱く、ぐにゃりと形を変える。

 まるで悪夢の中に閉じ込められたようだった。


「も、もう仕方がない。目を閉じて突撃しろ! そうすれば方向感覚が狂ったとしても……!」


 そう言って走り出したリザードマンが、仲間に強烈な頭突きを喰らわせる。


 陣の外に出ようとした獣人が、いつの間にか目の前に来ていた『三角コーン』につまずいて倒れる。それでも走り続けるけれど、数十秒後には元の場所に戻っている。


 兵士たちは荒い息をつきはじめる。

 長時間走り回ったような気がするけれど……どこにもたどりつけない。


 時間──そういえば、制限時間は15分だったはず。

 兵士たちは気づく。

 かなり時間が経ったはずなのに、終了の合図がないことに。


 まさか、将軍たちは、制限時間があることを忘れているのだろうか。

 もしかしたらずっと……このまま。

 自分たちはこの『三角コーン』に囲まれて、一生を終えるのでは──。


 出られない──

 方向感覚も、わからない──

 まわりには濃密な魔力が渦を巻いている。まるで偉大な勇者が、極大魔術を放とうとしているかのように──それがまた、別の恐怖を呼び起こす。


 彼らの身体が震え出す。

 動くのが怖い。

 どこにもたどりつけないのが怖い。

 そうして彼らは決断する。

 仲間と顔を見合わせて、それから──



「「「も、もういやだあああああああっ!! こ、ここから出してくれえええええええぇ────っ!!」」」



 ──陣地の外に向かって、叫び声をあげたのだった。




 実験は中止になった。

 錬金術師トールと、その仲間の手によって『五行防衛陣・通常型』は解除された。


 兵士たちはライゼンガ将軍によって救助され──


「こ、これほどおそろしいものが……世の中にあったなんて……」

「方向感覚……自分の感覚が信じられなくなったのだ。ありえないのだ。あんな狭い陣地なのに……出口がわからなかったのだ……」


 ──(あら)くれ者部隊『折れぬ突撃槍アンブレイカブル・ランス』は、戦うことの怖さを思い知らされたのだった。





 ──トール視点──




「……俺はまだ、異世界勇者を甘く見ていたのかもしれない」


青竜(せいりゅう)』『白虎(びゃっこ)』『朱雀(すざく)』『玄武(げんぶ)』は、東西南北に配置するためのものじゃなかった。

 神獣それぞれが、東西南北を現すものでもあったんだ。


 それが移動したことで、陣の中にいる人たちの方向感覚が狂った。

 感覚的には太陽が昇る方が東だけど、陣地の中では『青竜がいる方が東』だと感じてしまう。しかも、それが西にも南にも、北にも移動していた。


 方位を現す神獣が動きまくってた。

 だから兵士さんたちの方向感覚も、それに引っ張られてしまったんだ。


『五行防御陣・通常型』の中にいる者の方向感覚は狂うのは、そういうわけか。



『──渦に巻き込まれて、ぐるぐる回る船に乗っているようでした』

『──平衡感覚を鍛えるために、その場で回転してから剣の修練をしたことがあるのですが、その10倍のめまいがしました』

『──目がぐるぐるするのだ……きぼちわるいのだ……』



 ──これは迷子になっていた兵士さんの感想だ。

 みんな、涙ながらに体験を語ってくれた。


 本当に怖かったんだと思う。

 自分が立っている地面が動いているようなものなんだから。

 そのせいで『折れぬ突撃槍』の人たちは船酔いに似た状態になって……方向を見失い、陣地の中をぐるぐる回っていたらしい。


「『五行属性』と神獣については、まだまだ研究の余地がありそうだな……」


 異世界勇者の世界は、どこまで奥が深いんだろう。

 俺が生きているうちに、彼らの秘密を解き明かすことができるんだろうか。

 なんだか、心配になってきた。



「……わ、われわれ……『折れぬ突撃槍』部隊の心が……折れそうに……」

「……こわいのだ。地面がぐるぐる回っているのだ……おそろしいのだ……」



折れぬ突撃槍アンブレイカブル・ランス』の兵士さんたちは、膝をかかえて座り込んでる。

 予想外に恐怖を感じてしまったようだ。悪いことしたなぁ……。


「いや、お前たちは貴重な体験をしたのだと、我は思う」


 不意に、ライゼンガ将軍が声をあげた。


「よくわかったであろう? 無闇に突撃するだけでは敵の策に落ちてしまうのだ。トールどのは『五行防衛陣・通常型』という、勇者世界の強力な陣形を使い、お前たちにそれを教えてくれたのだ」

「……は、はい。将軍」

「……われわれは、思い上がっていた……のだ」


 リザードマンの兵士さんたちと、獣人の兵士さんたちが顔をあげた。

 みんな涙のにじむ目で、ライゼンガ将軍を見つめている。


「……敗北したのが錬金術師どのだから、われわれはまだ、生きている。貴重な経験として……生かすことができる」

「……あの『三角コーン』が敵だったら、すでにわれわれは殺されているのだ……」

「そうだ。そしてお前たちは誇り高き『折れぬ突撃槍アンブレイカブル・ランス』であろう」


 ライゼンガ将軍は続ける。


「お前たちならば、一度の敗北で心が折れることはないはず。今回の経験を活かして、より慎重な戦いをするように願う。我や、他の将軍の指示をよく聞き、連携しながら戦うのだ。あのような恐ろしい陣に、二度と落ちぬようにな!」

「「承知しました。将軍!!」」


 部隊『折れぬ突撃槍』さんたちが立ち上がり、叫ぶ。

 話はまとまったみたいだ。


「お疲れさまでした、トールさま。お茶をどうぞ」

「『五行防衛陣・通常型』……すごかったので」


 メイベルがお茶の入った水筒を差し出してくれる。

 アグニスはまだ陣地を見つめている。将軍の一人娘として、今回の実験について思うところがあるみたいだ。


「トール・カナンさま。ひとつ、うかがってもいい……ので?」

「いいよ」

「今回の陣形は『通常型』なのですよね?」

「そうだね」

「あの状態で……仮に『三角コーン』の威嚇能力を使っていたら、どうなっていたので……?」

「どうなっていたんだろうね」

「さらにその上には『飛び出し型』というのがあるので?」

「そうだね。『威嚇型(いかくがた)』と『飛び出し型』の陣形は共存できるから、今のところの最強形態は『威嚇(いかく)・飛び出し型』だね」

「……結界で魔術や飛び道具を無効にされて、近づくと威嚇(いかく)を受けて、踏み込むと方向感覚を失って……さらに飛び出してくる陣形……なので」

「まぁ、そこまでする必要はないかもしれないと思うけど」


 今のところ、国境地帯は平和だ。

 交易所には『三角コーン』を配置するつもりではいるけど、せいぜい『通常型』の陣形でいいのかもしれない。それほどの強敵は出てこないだろうからね。


 俺とアグニスが、そんなことを話し合っていると──




「錬金術師さまー! ルネでございますー」




 不意に空から、羽妖精のルネが降りてきた。

 黒髪と『闇の魔織布』の服をなびかせて、手には丸めた羊皮紙(ようひし)を持っている。

 俺が手を伸ばすと、彼女はふわり、と、肘のあたりに腰掛ける。


「よく俺がここにいるのがわかったね。ルネ」

「巨大な魔力のうねりを感じ取ったのでございます」


 ルネはそう言って、俺に頭を下げた。


「アグニスさまから感じる魔力のうねりに似ておりましたのと、こんなとんでもない魔力を扱えるのは錬金術師さましかいないと思い、飛んでまいりました」

「そっか」

「わたしとソレーユは、ソフィア殿下の元に遊びに行っていたのでございます。ソレーユは殿下と同行したのですが、わたしは錬金術師さまに伝言を頼まれましたので、こちらに」

「ありがとう。見せてもらうよ」


 俺はルネから書状を受け取った。

 そこにはソフィア皇女の筆跡で、こんなことが書かれていた。




『親愛なるトール・カナンさまへ。


「例の箱」についてお伝えいたします。

 帝都からの調査部隊が、すでに国境地帯に近づいているという情報が入りました。

 彼らはおそらく、東の砦へと向かうことでしょう。

 そこでの調査は大公カロンさまが行っておりますが、油断はできません。

 なにか貴重な資料が残っている可能性もあります。


 そのため、私は「レディ・オマワリサン部隊」と共に、調査に向かうこととしました。

 砦の調査と、周囲の町や村での聞き込みを行うつもりでおります。


 そのため、数日間『ノーザの町』を留守にいたします。

 トール・カナンさまから頂いた『防犯ブザー』は持って行きますので、ご心配なさらないでくださいね。


 そうそう『MAXすべすべ化粧水プレミアム』も持参いたします。

 旅の間も、お肌のケアはばっちりです。

 いつでもあなたさまにお見せできるようにいたします。


 次にお会いするのは、交易所がよいかもしれませんね。

 そのときは、トール・カナンさまにお土産を渡せることを願っております。


 ソフィア・ドルガリアより』





「……ソフィア皇女、大丈夫かな」


 ドロシーさんたち『レディ・オマワリサン部隊』も一緒だから、大丈夫だとは思う。

 砦の調査はほぼ終わってるし、他には、まわりの村の聞き込みをするくらいだ。

 特に危険なことはないはず。


 帝国の調査部隊だって、ソフィア皇女に変なことはしないだろう。

 彼女の後ろには大公カロンがついているわけだし。


 むしろ調査部隊は、国境地帯の交易所に興味を持つかもしれない。

 魔王領と『ノーザの町』が共同運営してる交易所だ。入りこんで、調査しようと考えても不思議はない。

 仮に調査部隊が、交易所に無断侵入をたくらんでいるとして──



 ──そこで彼らを足止めできれば、魔王領も、ソフィア皇女も安全でいられるかもしれない。



「すいませんライゼンガ将軍。ひとつ、お願いをしてもいいですか?」


 俺は将軍に向かって、言った。

 将軍と『折れぬ突撃槍』の人たちは、不思議そうな顔でこっちを見た。


「交易所がお休みのうちに、実地で『三角コーン』の陣形を試してみたいんです」


 俺は続ける。


「もちろん、陣を敷くだけです。兵士さんに攻撃してもらうつもりはありません。ただ、お休み中の交易所に『威嚇(いかく)・飛び出し型』の陣を作ってみて、どんな感じになるか見てみたいんです。許可をいただけませんか?」


 俺はライゼンガ将軍に、そんなことをお願いしたのだった。





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 いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!


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 9月10日発売です!

 これも皆さまの応援のおかげです。本当に、ありがとうございます!


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 表紙イラストも公開されていますので、各ネット書店さまで見てみてください!!


 また、「創造錬金術師は自由を謳歌する」は、コミカライズ版も連載中です。

 ただいま第2話−1まで公開中されています。

「ヤングエースUP」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください。

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新しいお話を書きはじめました。
「追放された俺がハズレスキル『王位継承権』でチートな王様になるまで 〜俺の臣下になりたくて、異世界の姫君たちがグイグイ来る〜」

あらゆる王位を継承する権利を得られるチートスキル『王位継承権』を持つ主人公が、
異世界の王位を手に入れて、たくさんの姫君と国作りをするお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!





書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」4巻は、2022年7月8日発売です!

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コミカライズ版「創造錬金術師は自由を謳歌する」は
「ヤングエースUP」で連載中です!

(下の画像をクリックすると、ヤングエースUPのサイトに移動します)


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