月明かりの夜に
この物語は小説として、大きすぎる欠点があります。けれど、それでなくてはこの物語は完成せず、存在意義がありません。
『小説を読む』というよりかは、『文章を楽しむ』と思ってもらえると嬉しいです。
突然、部屋の明かりが消えた。それが停電だと気づくのに少し時間がかかった。重たくなった体を持ち上げて、スマホのライトで照らしながら意味もなく部屋を彷徨っていると、明日が自分の誕生日だということを思い出した。
去年のことだった。一人で夕飯の支度をしていると、先輩と後輩がオードブルにジュースそして、手作りのケーキを持って家に押し入ってきて、サプライズパーティーを開いてくれた。
恋人のマコトは全くの初心者なのに、それでも1人で頑張って作ってくれた手料理は、思わず涙が出るほど美味しかった。
でも、今年はそれが叶わない。今、世界ではある病気が流行っているからだ。
おめでたいことも、悲しいことも、今は誰かと共有することも、傷を舐め合うこともできない。そんな中で、ただの誕生日を誰かと祝うことなど、できるはずがない。する必要性がないのだ。そう思った瞬間、自分はこの世に必要のない人間だということを、自ら示している気がして悲しくなった。
自然と、頬に一筋の道ができた。ただそれは、何かと何かを繋げるわけでもなく、傷を刺激するだけで、静かに落ちた。
もう、うんざりだった。したいこともしなきゃいけないことも何もできない。でも皆が同じ境遇なんだ。だからこそ我慢しなきゃいけない。テレビはいつも正しいことを何度もいう。もちろん頭では理解している。何かを得るためには犠牲を伴うものだ。けれど、そうはさせないとなにかが体の中で暴れ回る。味わいたい、会いたい、嗅ぎたい、聞きたい、触れたい。ぐるぐる回るこの言葉は急速に体を蝕んでいく。
怖くなって枕に自分の顔を埋めた。心なしか、目の前がさっきよりも明るくなった気がした。
どれくらい時間が経っただろうか。まだ、電気は戻ってこなかった。
『もう一生、このままなのかな』
頭の中に浮かんだのは虫歯になるくらい甘いものだった。
期待さえしなければ、残念に思うことなどない。
もうこれ以上辛いものを見たくなかった。
『ピロリン』
耳が痛くなるほどの明るい音が部屋中に響いた。体だけがロボットみたいに反応して、スマホを手に取ってメールを開いた。
「12時になったね。誕生日おめでとう。今年は会って祝うことが出来なくて残念です。だからプレゼントを渡すこともできません。でも、それをマイナスに捉えるのは良くないと思って、今回はこうします。
『大好きだよ。あなたが生まれてくれたことに感謝します』
言葉のプレゼントです。大切にしてくれるとうれしいです」
スマホの画面が徐々にぼやけていく。それに比例するように、体が軽くなっていった。
自然と立ち上がって、窓の外を見る。真っ暗な夜空には小さな灯りと、大きくて、でも少し欠けた月が浮かんでいた。けれどそれは、今まで見てきた月の中で一番綺麗な気がした。
その月を見ながら、スマホで一つの物語を作った。誰かの心が満たされるように。
パッと、電気がついた。すると夜空の月がさっきよりも愛おしく見えた。
読んでくださってありがとうございます。