0回目の妹の後悔 3
新たな王太子妃候補として、ずっと姉を指導していたマリアンヌに淑女の礼儀作法を教えてもらう。
マリアンヌは、きっと私のことが憎いだろう。手塩にかけて育てた王太子妃候補から殿下を奪った娘なのだから。にもかかわらず、マリアンヌは一度も姉と私を比べることはなかった。けれど、私が聞けば姉がどれだけ王太子妃候補としての教育を頑張っていたのか教えてくれた。
公爵家で、どんな扱いを受けて育てられていたのかも、全て……。
幼少期の扱いは男爵令嬢の私のほうがずっとマシだろうと思うほどひどかった。あんな風に扱われてどうしてあんなに心も体も美しく育ったのだろう。両親に愛情深く育てられていたのに、心のねじ曲がった自分とは大違いだ。
今から思えば、リシェルが「恋してる」と言った言葉は事実まさしくその通りなのだと分かる。
私はずっと姉に焦がれてきた。
あの美しい月の妖精姫の容姿を持った美しい姉を、お姉様と呼びたかったのだ。
姉の立場からすれば、男爵令嬢の私はたとえ妹だとしても、公爵の面子のために正面から交流を持てなかったはずだ。追い出した先で生まれた妹と交流することなど、あの公爵が許すはずがない。
それでもきっかけはどうであれ、姉はリシェルという侍女の名を借りて一年間あの図書室で交流してくれた。リシェルはずっと優しかった。
一方的ながら私は親友だと思っていたのだ。
自身の悪口を聞かされながらも、ずっと私の話を楽しそうに聞いてくださった……。
もっと別の事を話せばよかった。お姉様のたった一人の妹として、もっと……ずっと、お姉様と素直に慕うことができたら……あの日、私が正直にお姉様は関係ないと言えば、あの馬車にあの時間に乗ることもなかったはずだ。
私のせいで、私がつまらない意地をはったせいでお姉様は死んだのだ。
辛い、
苦しい、
お姉様ごめんなさい……
お姉様に会いたい……会って謝りたい……。
そう思って、1度は自死を考えた。
それはとうとう決まった私と殿下の婚約式の1週間前だった。お姉様が亡くなってから1年後、私と殿下は正式に婚約し私の卒業を待って結婚することが決まった。
その幸せの重さに、罪の意識に耐えきれなかった。
お姉様を失って、自分1人幸せに生きることなどできない。だから護身用のナイフを手に取って首に当てたのだけれど、それはマリアンヌに止められてしまった。
「ディアナ様、馬鹿なことはおやめください」
「やめて、はなしてマリアンヌ! あなただって姉様を死に追いやったあたしが憎いでしょう? 死なせて!!」
「えぇ……、ええ憎いです! 憎いですとも。 けれど私はそのリゼット様に貴方の事を任されているのです」
「え?」
「リゼット様は婚約破棄を予想されておりました。予想されていたうえで私に、「次期王太子妃候補にディアナがなったらよろしくね」……と」
「そんな……そんな嘘よ……」
「嘘ではございません。あの方はずっと、いつか殿下が真に想う人ができたら身を引くのだと……。殿下にいただいた全てをお返しするのだと仰られておりました。あなたと殿下のことは、確かに憎いと思っております。ですが、それでもディアナ様。あなたのことを私はリゼットお嬢様から任されているのです。だからどうか……どうかおやめください。あれは悲しい事故だったのです」
マリアンヌは泣いていた。
泣きながら私を抱きしめてくれた。
私はずっと姉に想われていたのだ。その事実が胸を抉る。
お姉様、お姉様ごめんなさい。
私とマリアンヌは2人で抱き合って泣いて、その夜を越えた。
殿下との婚約式の前日までに、どうにかして泣きはらした顔をマリアンヌと綺麗に整えた。
直前になって殿下と話をする時間を頂いて、私はマリアンヌに聞いたことと、自分の犯した罪を告白する。
殿下は一度息をのんだけれど叱責することなく、首を振って力なく微笑まれた。
「いや……一番悪いのは私だ。彼女の努力に気が付かずに、裏切られたと思っていた私が悪いんだ」
殿下はそう言ってそのサファイヤの瞳を静かに伏せました。