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36回目の生存戦略  作者: salt
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0回目の妹の後悔 1



 私、ディアナ・コールウッドは稀代のスキャンダル公爵令嬢と呼ばれた母と、商家の成り上がり男爵との間に生まれた、下位の……それでいながら正しく貴族の令嬢でした。


 母は確かに昔スキャンダルの渦中にいましたが、物心ついた頃の両親は本当に仲の良い夫婦で、油断すればイチャイチャするバカップルでした。

 商家として成功していたコールウッド家はお金もあって、それなりに裕福で贅沢に暮らしていましたから、不満はほとんどありませんでした。

 唯一の不満は、私の異父姉である公爵令嬢がこの国の王太子の婚約者だということです。


 姉は美しい人でしたが、容姿は私の色違いで、私よりも低い背、幼さの残る顔から私のほうが姉のようだと言われるくらいで、あとは全て鏡を映したようにそっくりなのに、姉は公爵令嬢で私は男爵令嬢。どうしようもなく大きな格差に隔たれていることが、私にはどうにも我慢なりませんでした。


 学園入学してから、生まれて初めて姉に会った時姉は私の姿を認めると、するりと視線を逸らしました。


 そう、無視をされたのです。


 同じ顔をしているのに、

 公爵令嬢である姉は生まれが不確かなのに、あれほどちやほやとされ、私はちゃんと貴族なのに男爵令嬢というだけで無視をされる。


 それがどうしても許せなかった。


 許せなかったから、どうしても一泡吹かせてやりたくて、私は姉の婚約者である、殿下に近づきました。


 天真爛漫無邪気なご令嬢を演じれば、殿下はすぐに私を気に入ってくださいました。

 名前を呼ぶことを許し、姉ですらおいそれとは入れない生徒会室にも招いてくださるようになりました。


 増長した私は、ただ姉が困ればいいと思って他の殿方にも同じようにして接しました。婚約者のいる殿方にこうやって接するのがマナー違反だということは当然知っています。


 知ってはいたけれどやめられなかった。殿方が私を構ってくださったそのぶん、姉が私を見てくれたから。


「……ディアナまるでお姉さんに恋してるみたい」

「なんてこと言うんですかリシェル! そんなわけないでしょう?」


 学園の図書室の一角にある個室で、私はこの学園唯一の友人であるリシェルにそう言い返しました。


 リシェルは入学してすぐにこの個別に分けられた個室で隣同士になったのが出会いです。……出会いって言っても顔を合わせたことはありません。彼女とはこの個室で顔を見せずにお喋りし合う……ただそれだけの仲なのです。


 2つ年上だというリシェルは大人しい先輩でした。


 爵位と家名は教えてくれませんでしたが、口調からとても高貴な生まれであるということはよく分かりました。最初、彼女が隣の部屋にいることに気が付かずに部屋の中で大きな声でかんしゃくを起こしてしまった時からの仲ですが、優しい彼女は週に一度この部屋で私の愚痴を聞いてくれるのです。


「だってディアナ、ここにきたらずっとお姉さんの話ばかりしてくれるんだもの」

「あのね、私はあの人が嫌いだって話しかしてないわ。この間なんかようやく話しかけてきたと思ったら「殿方と仲よくするのはマナー違反ですよ」なんて言うのよ! 分かってるのよそんなことは! だからね、あの人が最初私を無視してやったように、私も無視したわ! そんな事ばかりしてるのに好きも恋もないじゃない!」

「ええ、そうね……でもそれでもちょっと嬉しくなってしまうの」

「なんでリシェルが嬉しくなるの?……さては貴女、私で楽しんでいるわね?」

「あぁ……うん、そうね。あなたのお話は楽しいわディアナ」


 くすくすと楽しそうに笑うその声が、腹立たしくもありながら愛しかった。


 リシェルは元々体が弱かったようで、あまり外の世界を知らないらしい。私が家族と旅行した話をすれば羨ましいと、もっと聞かせてとねだられて私自身悪い気はしなかった。


 顔を見せあわないようにしようと言ったのは私からでした。

 私の正体が、今学園を騒がせている不遜な男爵令嬢だとリシェルはきっと知っているだろう。その私とリシェルが関係あると思われるのは本意じゃなかった。マナー違反で不遜な男爵令嬢と言われるのは私自身が選んだことだけれど、心優しいリシェルを巻き込むわけにはいかない。それくらいの心遣いはいくら私だってできるのです。

 

 そうやって過ごした日々の結果、殿下から「リゼットとの婚約は解消する。ディアナ、必ず周りを説得するから俺と婚約して欲しい」と真摯に請われた時、私は心の中で「勝った!!」と呟きました。


 学園のみんなの前で婚約破棄を高らかに宣言するというプランは、マルス様に止められてしまいましたが事前に生徒会室に呼び出して婚約破棄をつきつけたら、姉はどんな顔をするのだろうと好奇心が抑えられませんでした。


「リゼット、今夜限りで貴女との婚約はなかったことにしたい。貴女となんて婚約するんじゃなかった」


 そう殿下が言った瞬間、姉は何とも言えない顔をしました。殿下がつらつらと、私に対する嫌がらせの犯人が姉だと断罪する間、悲しいような、辛いような、何かを耐えるような顔でこちらを見つめています。何か言い返せばいいのに、姉は一言も言い返しません。犯人が姉じゃないことは私が一番分かっています。嫌がらせを受けたのは事実ですが姉にはただの一度もされていないのです。ただ単に、私が姉に一泡吹かせてやりたいという感情から否定をしなかっただけなのです。


 姉は諦めたようなその瞳を静かに伏せると、ゆっくりと優雅な淑女の礼をしました。


「……殿下。今までありがとうございました」


 そう恭しく礼をして、姉は泣きだしそうな顔で微笑みます。 


「今夜は、私は暇を頂きましょう。それでは殿下……ごきげんよう」


 スカートのすそを翻して部屋を去る姉を見て、何とも言えないもやもやした気持ちに襲われました。


 どうして言い返さないの?

 どうして?


 ぐるぐると頭の中でなぜ? 何故? と声がこだまします。

 殿下に手を取られ、パーティー会場に向かってファーストダンスを踊っても、その心が晴れることはありませんでした。


 そうして私は帰路について、眠れぬ夜を過ごした数日後、あの日あの時、姉を乗せた公爵家の馬車が橋から川に落ち、姉が帰らぬ人になったという事実を知ったのです。




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