0回目の彼 2
ディアナ・コールウッド男爵令嬢は俺より4つ年下の15歳だった。
妖艶な見た目とは裏腹に、性格はとても無邪気で天真爛漫で、あの日一目惚れしたリゼットのように見えて心惹かれた。
自分を純粋に慕ってくれるディアナが愛しくて、マナー違反だと思いながらも事あるごとにディアナと過ごした。今から思えば彼女に対する当てつけがあったのだろう。当時の自分は若く、ただひたすらに愚かだった。
そうして彼女に婚約破棄を言い渡したあの日。
その日は学園の卒業パーティーだった。
ディアナがずっと嫌がらせを受けていると聞いて、犯人は間違いなく彼女だと思った。
最初、パーティー会場で婚約破棄をしてやろうと友人で共に生徒会役員として仕事をしていた王国騎士団長の息子であるアレックスが勇んでいたが、親友であり宰相の息子だったマルスに止められ思いとどまった。その結果、事前に生徒会室に呼び出すことにする。
呼び出した彼女は、青いシフォンのドレスを身にまとっていた。黙っていれば夜空に溶ける月の精霊姫そのものだが、もう自分には精霊姫の姿をした悪魔にしか思えない。
彼女は部屋に入るなり俺とディアナの寄り添う姿を見て目をハッと見開いた。後ろについてきた今日の彼女の護衛騎士があからさまに眉を顰める。
「リゼット、今夜限りで貴女との婚約はなかったことにしたい。貴女となんて婚約するんじゃなかった」
そう言って、俺は彼女がディアナに嫌がらせをしたのだと言葉を重ねた。明らかに酷い言葉で彼女を責め立てたが、彼女は一切反論しなかった。
「……殿下。今までありがとうございました」
優雅にお辞儀した彼女はそう言って、美しいルビーの瞳を俺に向ける。
その瞳に宿っていたのは諦めだ。まるでこうなることが分かっていたのだという、悲しみと諦めの宿った瞳なのに、彼女は俺に向かって微笑んだ。
「今夜は、私は暇を頂きましょう。それでは殿下……ごきげんよう」
彼女はそう言ってドレスの裾を翻すと生徒会室を出て行った。ほんのひととき間をおいて、近衛騎士が彼女を追って出ていく。
「ごきげんようだなんて……明日になればどうにかなると思っているんでしょうかね」
アレックスが呆れたように言う。
その言葉に俺は概ね同意しながら、腕の中にディアナを引き寄せた。
ディアナのか弱い手を取って、パーティーに向かい、そこで彼女とファーストダンスを踊った。
今はまだ婚約者と思われているのはリゼットだったから、会場はディアナと踊る俺に対してざわついていた。が、仲睦まじく踊る様子に言葉を失ったようだった。
その日のパーティーは、とてつもなく幸せな気持ちで帰路に就いたのを覚えている。
翌日、どうやってディアナとの婚約を父上と母上に認めてもらうかを考えていた時に、彼女が……
リゼットが死んだという知らせを聞かされるその時まで、俺は確かに幸せだと思っていた。