0回目の彼 1
都度、誤字を修正していますが流れに変更はありません。
始まりはどこから数えたらいいのだろう。
0回目と呼んでるその人生で、9歳の時。俺と妖精のような彼女は公爵家主催のお茶会で出会った。当時の俺から見て、2つ年下の彼女は控えめに言って妖精のように愛らしかった。
伝説に謳う白金の髪にルビーのように美しい赤い瞳。7つというには幼すぎるほど小柄で、突然現れた俺を驚いて見つめ返す様子が目に焼き付いた。
正直に言えば一目惚れだったのだと思う。それほどまでに彼女の姿は衝撃的だった。
今から思えば、あのお茶会は公爵の一人娘だったカナリア嬢との見合いの席だったのだろう。巻き毛の愛らしい少女だったとは思うが、あまり記憶にはない。
当時の俺は王太子として立派にならなくてはと思いながらも、色恋をうっとおしく思っていたころだった。
立場上婚約者を必要とされた頃で、12公爵家が「どうぞ我が娘を」と毎日勧めてくる生活に嫌気がさしていたのだ。結婚も婚約も、政治的に言えば必要なものだということは分かっている。分かってはいるが、それに時間をとられることに辟易していた。正直に言えば、勝手に決めてくれという気分だった。そんな時間があったら、本の一冊でも読んで国のために知識を蓄えたほうがよっぽどいい。だから、公爵家に招待されたその茶会でも女性たちのぺちゃくちゃとした会話が耳障りでしかたがなかった。どうしてもその場にいたくなくて逃げだすように向かった茶会の裏手、今から思えば導かれるように向かったその庭に、彼女はいた。
一目見た瞬間に心がざわついた。
その彼女は俺の姿を見てすぐに逃げ出してしまったが、伝説に名高い月の精霊姫と同じ容姿でこちらを見つめる彼女を俺は忘れることができず、当時の公爵に思わず尋ねてしまったほどだ。
「ウィレッド公爵、先日の茶会で僕は月の精霊姫のような少女に出会ったのですが、お心当たりはありますか?」
「……殿下、何を仰るのです。そんな容姿の人間はうちにはおりませんよ」
「いいえ、確かに見たのです! 赤い瞳の愛らしい少女でした! もう一度逢いたいのでお教えください、公爵」
「ですが殿下、いないものをご紹介することなどできません」
「そんなバカな! 僕は確かに見たのです! それとも公爵は、僕が嘘をついてると?」
「……っ、そうは言ってはいません……ですが」
何とも煮え切らない公爵は「ひとまず探してみますが……期待しないでください」と言葉を添える。
その反応にどうにも納得いかず、一緒に茶会に行った母に相談すれば母は顔をクシャリと歪め自分付きの人間に調査をさせた。
そこで分かったのは、あの妖精のような少女が、稀代のスキャンダルの末に生まれた公爵家の姫君で、今現在公爵家で不当な扱いをされているという事実だった。
紆余曲折の末保護した彼女は、ちょうど公爵の言うお仕置きの最中だったようで、とてもひどい状態で発見された。
二か月に及ぶ療養期間の間に、当時の公爵を断罪した母は凄かった。
「月の精霊姫の容姿を受け継いだ少女を、虐待して監禁するとは12公爵家の風上にも置けません」と声高に言う母を見て、「王妃を怒らせてはいけない」と貴族たちが噂する姿は見ものだったと今でも言うくらいだ。
母は数年前に身ごもっていた子を悲しい事故で亡くした経緯があったので、生まれていれば同じ年ごろであったはずの彼女が、そういった酷い扱いを受けているということをどうにも許せなかったらしい。
現に、王太子妃候補となった彼女を実の娘のように溺愛し、生まれでとやかく言われやすい彼女の後ろ盾になってくれていた。
ようやく回復した彼女に「僕の婚約者になってください」と伝えた時の、呆けた彼女の表情を俺は絶対に忘れることはないだろう。
同時に婚約した最愛の少女の手を、俺は10年後無残にも振り払って捨てたことを思いだす。
10年間、俺は彼女を手に入れたつもりで傲慢にも舞い上がっていた。
月の精霊姫と同じ容姿を持つ彼女は本当に美しく、社交界デビューをしてから隣に彼女がいるということがこの上ない自慢だった。
……が、王太子妃教育をするという名目で、母の指示のもと筆頭女官のマリアンヌが彼女の教育係になった頃から、彼女は変わってしまった。
王家主催のパーティーで俺の隣で諸侯貴族に鉄の仮面をつけて微笑み、外交の話を振れば知っていて当然と知識をひけらかす。時には冷徹に、侍女たちに指示を飛ばしている貴族としての彼女の姿。そのくせ、学園では令嬢たちのちょっとしたマナー違反に目くじらを立てて注意をする彼女に、俺は勝手にがっかりしていた。
あの日の儚い妖精が、すっかりと傲慢になってしまったように見えていたのだ。結局、その真実を知ったのは全てが終わった後になってからだったが……。
ディアナ嬢に出会ったのは、そんな時だった。