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36回目の生存戦略  作者: salt
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彼女の視点 2



 そもそも私が殿下の婚約者になったこと自体おかしかったのです。


 ウィレッド公爵家は王家に古くから仕える12公爵家のひとつで、筆頭公爵家に名を連ねる名家のひとつでございます。そんなウィレッド公爵領はこの国の西部で、豊富にとれる魔石産業と、それに伴う魔法事業が有名な領地です。


 私はそんな広大な土地を持つウィレッド公爵家の、つまはじき物として生を受けました。


 ……というのも、社交界の花の君と呼ばれた私の母が、夜会で出会ったらしい男性と駆け落ちして生まれたのが私だからです。

 母は先代公爵様の末娘(……現公爵様からすれば末の妹ですが)として生まれました。


 漆黒の夜のような髪色に、燃え盛るようなルビーの瞳を持った天真爛漫な乙女だった母は16歳になったある日、夜会で運命的な恋に落ち、相手の男性と駆け落ちしました。


 夜会で出会ったというその男性の素性は、今に至るまで全く分からず、当時の社交界は稀代のスキャンダルにかなり賑わったらしいと聞きます。

 その母が公爵家の者に見つかったのは1年後。とある町で平民に紛れて暮らしていたところを、公爵家の方に連れ戻されたそうなのですが、その時すでに母は私のことを身ごもっておりました。

 捕らえられた母は私の父は死んだというばかりで、その正体を決して言うことはありませんでした。


 やがて産み月になった母が私を産み落とすと、公爵家は震撼しました。

 生まれた私の髪の毛が、夜空に浮かぶ月のような白金だったからです。


 この国、ディシャールは魔法産業が盛んなのですが、元々は精霊国という国から王家の初代様に月の精霊の姫君が嫁いだという建国神話を持つ国です。

 そのため、精霊を尊ぶ国民性が強いのですが、その月の姫君が見事な白金の髪の持ち主と伝わっていて、以来白金の髪の乙女は、貴族平民に限らず先祖返りと呼ばれて尊ばれてきたそうです。


 本来であればこの髪の持ち主は尊ばれて、大切にされて然るべきというのがこの国の風潮だったのですが、先代公爵様は私を見てそうは思わなかったようです。


 どこの男の娘とも知れない私は、そもそも生まれた段階で養子に出す予定だったのですが、この髪の毛のせいで迂闊に養子に出すことができなくなりました。


 母の方は私を産み落とした後、城下に居を構える商家上がりの男爵家に政略結婚として嫁に出されたそうです。親子ほど年の離れた男爵に嫁いだ母でしたが、風の噂によればそこで傷心の心を癒し愛をはぐくみ、自身とうり二つの美しい娘を1人もうけ、周りがうらやむほど幸せそうだと聞きますが私には分かりません。


 なぜなら私は公爵家にそのまま取り残されたからでございます。


 公爵家としては白金の髪を持つ私を手放したくなかったのでしょう。

 でもだからと言って、父親の分からない私を由緒正しい公爵家の一員として認めることはできなかったようで、幼い頃の私はまともな扱いをされずに日々を過ごしていました。


 マリアンヌから言わせるとそれは虐待だったようなのですけれど、私にはよく分かりません。物心ついた時には物置が私の部屋でしたし、粗相をすればご飯が食べられないとかしょっちゅうでした。


 現公爵様の息子であるリカルド兄様以外に優しくされた記憶がありませんし、当時の記憶はぼんやりしていてよく覚えていないのです。


 私の記憶は殿下と出会ったその日から鮮明になりました。


 その日、私が7つになってすぐのことです。後から聞いた話だったのですがその日は公爵邸で王妃様と王子様を招いてのお茶会だったそうです。もちろん私は参加をすることを許されません。

 でもその日、ほんの少しだけでいいからとお茶会を見てみたくなってしまった私は、こっそりとお茶を用意して茶会を開いたお庭の裏手にあるベンチに腰を掛けました。

 会場を覗くことはできないけれど、賑やかな人の気配が心地よくて当時面倒を見てくれていた侍女の1人が、処分するからと私にくれたカップに入れたお茶をゆっくりと飲んでいました。


 当時の私は、人前に出ることは決して許されませんでした。うっかり客人の前に姿を現そうものなら旦那様に激しく折檻されておりましたが、それでも私は人が好きでした。年下の従姉妹であるカナリアが家庭教師と一緒に勉強してるのが羨ましくて、こっそりとその勉強が聞こえる場所で本を読んでいたりとかしたくらいです。


 誰かとお話はしたかったですけれど、声を発することを禁じられていましたからおしゃべりすることは苦手でした。

 けれども、ただひたすらに人がお話している言葉を聞くのは好きだったのです。

 だから参加できないと言えども、そのお茶会で高貴な方々の鈴のなるようなお声で紡がれる、楽し気なお話を聞くことに憧れを抱いたのでしょう。

 近くて遠いその場所で、私はお話に耳を傾けていました。よくは覚えていませんが、楽し気に話されていたことは覚えております。


 お茶会も中盤になった頃ガサゴソと草むらがうごめくような音がして、私はハッと身を竦めました。

 誰も来ないと油断をしていましたが、私は本来そこにいてはいけない存在でした。


 リカルド兄様なら見逃してくれるかもしれませんが、それ以外の家の者に見つかればタダではすみません。

 早く逃げなくてはと思っていたのに、幼い足はすくみ一歩も動けませんでした。そんな場所にひょっこりと顔を出したのが、当時9才のクリス殿下でございました。



 殿下をはじめて見た時のことを、私は昨日のことのように思いだすことができます。

 陽にきらめく濃い金の髪、サファイヤのような青い瞳、物語に出てくる美しい王子様とはまさに彼の事を言うのでしょう。白い仕立ての良い服に身を包んでいたことも相まって、声を禁じられていたにもかかわらず私は不敬にも、殿下に向かって「てんしさま……?」と呟いてしまいました。

 殿下は、人がいると思ってもいなかったのでしょう。

 私の呟くようなかすかな声を聞いて、一度顔をハッとさせると私をまじまじと見つめました。


 その時の私は、まだ目の前にいる天使様が殿下だとは思ってもいませんでしたし、貴族の教育の一切を受けたことがありませんでしたから礼をすることもなく立ち尽くしておりました。そうして少しだけ時間が経った後で、私は人に姿を見られてしまった事に気が付きその場から身をひるがえして立ち去りました。


 後ろから殿下が呼び止める声がした気がしましたが、当時の私はそれどころではありませんでした。何故ならバレたら折檻が待っていたのです。


 鞭で手を打たれるだけで済めばいいのですが、酷い時には背中を打たれますし、たとえ打たれなかったとしてもご飯は2日ほど抜きにされてしまうでしょうし、あの真っ暗な物置に4-5日は閉じ込められてしまうでしょう。

 現に実際問題、私は全てを知った旦那様の怒りを買い、結果としてそうなりました。


 暗い物置に閉じ込められ、ひもじいおなかをごまかしながら幼いながらにどうして生きているのだろうと思ったほどです。

 もう間もなく、きっと死んでしまうと思ったその時、物置の扉が開いたその先にいらっしゃったのは殿下でした。


「あぁ、やっと見つけた僕の妖精」


 殿下はそう言って私に手を差し伸べてくれました。記憶は定かではありませんが、確かに殿下に命を救われたのです。

 それが私、リゼット・ル・アルテミシア・ウィレッドの始まりの記憶でございました。


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