35回目で巻き込まれた異世界転生者 3
頬が痛い。きっと殴られたのだろう。
いや、当然だ……殴られる覚悟をして俺は言葉を発したんだから。
「もう一度言ってみろマルス!!! 俺に何を諦めろだって」
「リゼット嬢の命を諦めてくれと言ったんだ。それ以外に今できる手段がない」
はっきりそう言えば、クリストフィアはもう一度力強く拳を握った。前世の彼女がストライクだった王子顔……いつの間にこんなに凄みのある、大人の顔になったんだろう……いや、当然と言えば当然か。19歳だったクリストフィアは35年分この終わらない1年を繰り返しているのだ。19に34を足せば53。彼は立派なおっさんである。そりゃあ手も出るだろう。
「落ち着きなさいクリストフィア!! マルス様の話はまだ途中よ!」
「ディアナ……君は腹が立たないのか? こいつは……」
「腹立たしいわよ! もちろん! でもマルス様だって考えなしに言ってるわけじゃないわ。ねぇクリストフィア、私たちは34回戦ったけどダメだった……ダメだったのよ。マルス様の話で活路が見いだせるかもしれないのよ? だからせめて、ちゃんと聞きましょう。殴るのはその後だっていいじゃない」
そこまで言い切って、ディアナは改めて俺を見つめた。天真爛漫で無邪気なふりをした少女も、いまや貴族も顔負けの厳しくも美しい淑女の顔をしている。そうだな……女性の年齢を明確にするわけにはいかないが、彼女もまた34回修羅場を潜り抜けているのだ。
「……落ち着いて聞いてくれ、俺達には圧倒的に情報が足らない。君達の話を聞けば、公爵家が主犯で邪教の奴らが関与していること以外情報がなさ過ぎる。だからこの1年、俺達は36回目の彼女を救うために情報を集めるんだ。誰が主犯で、どいつが裏で糸を引いているのか。誰が敵で誰が味方なのか。公爵家の間取りと、働いている人間の数、隠し塔を見るための特別な石だって、どこかできっと入手できるはずなんだ。それすら分からずに彼女を救うのは無謀だと、この34回で分かっただろう?」
「……」
クリスは俺の言葉に唇をかみしめる。きっと正論だと思っているのだろう。たとえ正論だとしても、頷きたくないと思っているのも理解できる。理解できるからこそ答えを求めるのは苦しかった。
「……わかったわ。マルス様」
「ディアナ……いいのか?」
「よくない……よくないわよ。でもねクリストフィア、私たちは知識不足で34回お姉様を見殺しにしたのよ。せめてもっと、何か情報を掴んでいれば、お姉様は無駄に死なずに済んだかもしれない。私たちの無知と怠慢が、お姉様を34回も殺したの」
ディアナ嬢はリゼット嬢とよく似た顔で、その赤い瞳をすっと細めたかと思うと。こちらをきつく睨み付けた。そのまなざしに、どうしてか少しだけ心臓がドキリと跳ねる。
「マルス様、35回目の今回はあなたにお任せします。けれど、36回目でお姉様を救うためにご助力を仰ぐのです。36回目でお姉様を救えなかったら私はあなたを一生許さない」
「……ええ、もちろんです」
ディアナ嬢はその言葉を受けて、俺に手を差し出した。誓いと祈りを込めて、俺はその手を握り返す。
これが、俺たちの35回目における共闘の誓いだった。
 




