35回目で巻き込まれた異世界転生者 2
まさか、リゼット嬢が死ぬとは思ってなかった。
クリストフィアになんて声をかけたらいいのか分からなかったが、親友として彼の側に寄り添いたかった。観測者であったことを後悔したことなんて生まれて初めてだ……、もしあの時、リゼット嬢を止めていたらと思うと悔やんでも悔やみきれない。
そう思いながら、王宮のクリスの部屋に向かえば男女が口論している声が聞こえてくる。
クリスと、もう片方はディアナ嬢の声だ。うそだろおい、まさか昨日の今日でディアナ嬢を自室に連れ込んだのか?
自分の親友はそんなゲスだったのだろうかと勘繰るように耳を澄ませれば、聞こえてきたのは「35回目」という単語だった。
「ねぇ、聞いてる?これで35回目よ! 35回もやって、なんでお姉様を助けられないの! 役立たず!!!」
「うるさい! お前だって結局いつも通りじゃないか!」
「えぇそうよ、でもあなたはこの国の王太子でしょう? あの公爵家がこれからすること全てわかっていてなぜ何もできないの! 役立たずって言って何が悪いのよ!」
「調べているんだ、調べてる。だが証拠が出ない……。相手は12公爵家の上位だぞ。証拠もないのに兵をあげれば大問題に……」
「そう言ってる間に、お姉様がどんな目に遭ってるか想像してる? また足の腱を切られて最後は心臓を抉られて死ぬのよ! ねぇ、35回中お姉様は27回もそうやって死んだのよ……生きながらに塔から落とされて4回死んで、生き埋めにされて死んだこともあったわね。生きながらに焼かれたこともあったわ。それで前回はあともう少しってところで娼館で犯し殺されたわ。ねぇ、どうして? どうしてお姉様は生きられないの……」
「……ディアナ……」
「触らないで頂戴、慰めなんていらないの……。今だってまだお姉様は生きてる……生きてるのに殺されてしまう……何度繰り返しても助けられない……」
そこまで聞いて、俺は無礼にも友人のいる部屋の扉を勢いよくあける。
中にいた2人はハッとしたようにこちらに体を向けた。
「マルス……」と呟いた親友に視線を送る。
「マルス様……その……これは」
「言い訳しなくていい、大丈夫だ。クリストフィア……話を聞かせてくれ。俺は力になれる」
そうして俺は、クリスとディアナからこのギィという畜生を紹介された。
見た目完全に、前世で見た某魔法少女アニメの鬼畜元凶妖精である段階で、俺はこの畜生の事を敵認定した。だめだこいつ、多分だめだ。尊き精霊だと自称しているが、俺の目から見ればただひたすらに∞ケーキを頬張ばっている意地汚いきゅう〇ぇにしか見えない。
とりあえずこいつを無視して、俺は自身が異世界転生者であることを話した。
「異世界転生者……」
『もちろん知っていたさ、だってこの世界とは別の匂いをもっているもの、このにんげんは』
「はぁ? ギィ、なんでそれを早く教えてくれなかったの?」
『聞かれなかったからさ』
「うわぁリアルきゅうべ……じゃない、クリストフィア、ディアナ嬢。君達はこの1年を34回繰り返してリゼット嬢を救おうとしているんだな」
「あぁそうだ。これで35回目だ」
「34回の間に分かったことを細かく教えてくれ、少しでも情報が欲しい」
「最初の2回は夢だと思っていたんだ。ギィが俺達の前に現れるまで、終わらない悪夢だとばかり……」
「私と殿下が同じように時間遡行してると気が付いたのが5回目ですわ。毎回のことなんですが、記憶が戻るのに時間差がでるみたいなのです。私は早くてパーティーの日の深夜、殿下は大体朝になるまで思いださないですわ」
「今この段階で塔に助けに行くのは無理なのか?」
「10回ほど試したけど、そのうち5回塔は隠されてしまって見ることすらできなかった……公爵家の隠し塔と呼ばれていて、とくべつな魔石を持っていないと見ることも入ることもできないらしい」
「1年のうち普通に視認できるのがわずかなタイミングしかないの……残りの5回のうち、4回はあの馬鹿野郎に把握されて、生きてた姉様が私たちの目の前で塔から突き落とされたわ……」
ディアナはそう言って顔を苦しそうに歪めた。姉の落下死体を間近で見たことを思い出しているのだろう……。
「公爵家を先に捕縛することは……」
「それも10回位試した。でもあいつらが邪教に心酔してるって言う証拠は半年をすぎないと出てこないんだ……その証拠が出てこないと捕縛するのは難しい。1度無理矢理挙兵をしたら王都で戦争になって国民が何人も死んだ……」
よほどつらい記憶だったのだろう、クリストフィアは拳を強く握りしめて俯く。
そう、この段階で既に34回。34回彼らは戦った後なのだ。そのどれもが失敗で、その中には彼女1人の犠牲ですまなかった時もある。
心折れずに、よくここまで戦ったと褒めてやりたくもなったが、今はまだ彼らはその言葉を受け取らないだろう。こうしてる間にもリゼット嬢が1人囚われたままなのだから。
「おい畜生」
『は? 畜生ってよぶなよにんげん』
「畜生って呼ばれたくないなら、お前も人間って呼ぶなよ。……時間遡行って言うのはクリスとディアナ嬢しかできないのか? 俺にはその力はないのか?」
『いや、契約をしてくれるならできるとも』
「契約の条件は?」
『聖女を救うまで、この時間遡行を続けることが条件さ。正確に言えば、聖女が幸せに死ぬまでさ。創造主に心臓が渡らずに、子供をなして、幸福のまま生を終えるまで君達は時間遡行をし続けるんだよ。それが契約』
「一つ聞きたいんだが、創造主が聖女の心臓を抉らなければこの世界は滅びないんじゃないのか?」
『……というと?』
「だって、創造主が彼女の心臓を抉らなかったら100年眠りにつくことはないんだろう? 100年後の災いは創造主が心臓を抉らなかったら発生しないんじゃないか?」
『いや、もう100年後の災いは確定事項なんだよ』
「どういう意味だ」
『あのね、時間遡行して生まれた世界は1じゃなくて複数になるんだ。僕らが繰り返してる世界はやり直してると言ってもそれぞれ別の世界線で、聖女が死んだ世界は最初の0回目も含めてこれで36個目。つまり36個の世界線は僕らが記憶を持って次をやり直したとしてもそのまま続いているんだよ。続いた世界の100年後、心臓を抉られていなくても創造主は目を覚ます。創造主が眠りについたのはこの世界の外側の次元だからね。もう何をしたって100年後の世界で爆発しちゃうんだ。だって、眠った創造主はどの世界線とも交わらない次元の向こう側に収束されるからね』
「あぁ……なんとなくわかった……。ちなみに、心臓を抉られる回数が増えたら相手が強くなるとかの弊害はあるか?」
『いや、それはないよ。どんなに繰り返しても眠りにつく創造主は概ね同じだからね。足し算ではなく掛け算だと思ってくれたらいいのかな? 同じ存在に同じものをかけても1は1だろう?』
なるほど……と、俺は口元に手を当てて考える。
前世のオタク知識を総動員させて、この畜生の言動を解釈したなら自ずと手段が見えてくる。けれど、それを目の前の2人に提案するのは気が引けた。正直2人はどうにか心折らずに立っているだけで限界が近い。その2人に残酷な提案をしろというのはあまりにも酷すぎる。
ここは前世で学んだゲームでも漫画でも小説でもないリアルな世界だ。34回救いたかった人の死を見てきた2人にどうしてこんな残酷なことが言えるだろう。
いや……けれど
「クリストフィア、ディアナ嬢。俺は今から残酷な提案をする……でもそれは、少しでもリゼット嬢を助けたいと思ってるからだと理解して欲しい」
「……マルス?」
「っ、すまない。35回目の今回……リゼット嬢の命を諦めてくれ」
 




