未来と美冬
「美冬、ここはピザが凄く美味しいけど、身体が弱っているからリゾット辺りにしておこう」
「え、あ、うん……」
未来が一歩前に出る。
「ちょっと! わ、私はあんたを心配してあげてるの! か、身体でも壊したかと思ってたし……ていうか、その子何よ?」
……心配してくれたんだ……ありがとう、でも……。
僕は未来と向き合った。
「未来、君が学校を出ていけって言ったよね? うん、それだけが理由じゃないけど、もう学校に行く必要も無いかなって思ってね」
「もうすぐ修学旅行よ……あんた行かないつもり? ま、まあ私的にはどうでもいいんだけど、クラスの子達がね! ……ていうかその子、美少女過ぎない?」
僕は通りがかったスタッフを呼んで、適当に注文をする。
そして未来の質問に答えてあげた。
「うん、僕は好きに生きるよ。もう学校には行かない。それにこの子は僕の仕事仲間。それ以上でもそれ以下でも無いよ」
「は!? ふざけんな! 勝手に決めるな! と、俊樹は……私の言うことを聞いてなきゃ駄目なんだよ……お願い……私……」
泣きそうな顔になる未来。
その時、美冬が立ち上がった。
「ねえ、事情が分からないから口を挟まなかったけどさ、未来さんでしたっけ? なんであなたが俊樹君の選択を奪うの?」
未来は美冬の気圧され、少したじろいだ表情であった。
「う、あ、あんた誰よ? 私は俊樹と幼馴染なのよ! だから良いのよ!」
「……ありえないですよ。見たところ付き合っているわけではないのに、そんな束縛……見てて気持ち悪いです」
美冬が少しだけ表情を和らげて、続けて未来に語りかける。
「未来さん……俊樹君の事が好きだったら、もっと素直になった方がいいですよ? せっかく可愛い女の子なのに、つんつんしてたらもったいないです! ね、ほら笑顔笑顔!」
「は、はぁ!? わ、わ、わ、、私は俊樹の事、す、す、好きじゃな……うぐっ…ひっぐ……うわーん!!!」
いきなり泣き出した未来は涙も拭かないまま、店外へ向かって走り出した。
美冬は大声で叫んだ。
「自分に正直になって下さいーー!! ――後悔しますよ!!」
僕はそのやり取りをのんびりと眺めていた。
まあ未来が素直じゃないのは知っていたし、別にどうこうするつもりじゃなかったし……。本当は優しい子だって知ってるしね。
泣いた未来を見たのは初めてだった。
「……なんだこの状況?」
そして、料理が運ばれてきて、僕たちは一旦、未来の事を忘れて食事をすることにした。
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その後、僕らはカフェでのアルバイトのシフトを決めて、簡単な打ち合わせをして今日は帰宅することにした。
今月は無理して長時間働かない事。なるべく一緒にいる事。
条件はそれくらいだよね。美冬が慣れるまで僕が付いてあげられるし。
……今月だけだけどね。
僕も死ぬ前にアルバイトっていう経験をすることができる。
あのお店は僕が高校入学した時、事業の訓練として一からオープンさせたカフェ。
必要な資金を親から借り入れて……もちろん借り入れのために、事業計画書作成や物件取得、スタッフ確保も全て自分でやった。
僕の思いと努力が詰まった初めてのお店。
お店は僕がいなくても回るように、僕よりも現場を上手く回せる優秀なスタッフを雇い入れ、僕は店舗を拡大していった。
ちなみにその事業は弟が引き継いでいるけど……まあ、周りのサポーターが優秀だから大丈夫でしょ!
「ねえ、俊樹君」
懐かしい思い出を回想していたら、美冬は困った顔をしていた。
「うん、どうしたの?」
「どうって……ねえ、私、家に帰らなきゃ……そろそろ父さんが……」
さっきまでの明るい顔が一転して、真っ青になっていた。
身体は震えている。
「ああ、朝言ったでしょ? 君は今日からうちのアパートに住むんだ。本当に家に帰りたい?」
「う、あ、家に帰って……家事と……お金を……」
親父さんがお金を巻き上げているからね。
最低だけど、僕の知ったことではない……? ……あれ? 胸の辺りがモヤモヤしている?
僕はそんな自分を無視して未冬に告げた。
「君はもう家に帰らなくてもいい。親父さんの借金はもう無い。『君に二度と関わるな』と伝えてある。君が借金を返す必要が無い。君が親父さんにお金を渡す必要も無い。勝手な事をしてごめんね。まあ、これも僕との契約の内だと思って。……それとも家に帰りたい? 親父さんと暮らしたい?」
美冬は足を止めて僕の顔をマジマジと見た。
「……え……借金がない?」
「そう」
「家に帰らなくてもいい?」
「そう」
「……私……自由に……生きてもいい……の?」
「ああ、僕と一緒で自由人だ」
「で、でも……お父さんが……乗り込んで来たら……」
「その時は任せて」
「―――――っ、と、俊樹君? なんでそこまで……」
「まあ、気まぐれかな? 気にしないで」
美冬はその場でずっとしゃくり上げていた。
うん、もしも僕の嘘だったらどうしていたんだろう? この子は馬鹿正直すぎるね。将来騙されちゃうよ。
――だから、彼女がこの世界で生きていけるように……。
「ひっく、ひゃぐ……ありがとう、ありがとう……」
彼女の泣きながら笑った顔が、不本意ながら……僕の心に焼き付いてしまった




