新しい職場
僕は午前中を使って、美冬の身体を整える事にした。
美冬が劣悪な環境にいる事は知っている。親は典型的な駄目人間だ。
……それでも美冬から感じる生きるという生命力は僕には眩しかった。
全く、見てて飽きないね。
中華料理屋さんでは、美冬は薄味で作られたお粥をバクバク食べる。
少し恥ずかしそうな顔が印象的だ。
「うぅ……た、食べてるところをそんなにマジマジと見ないで……。趣味悪いよ」
「美味しい?」
美冬は目を閉じて静かに頷いた。
「……生まれて初めてこんなに美味しいもの食べたかも……すごく……美味しい」
凄い勢いで食べながら時折鼻をすする音が聞こえる。
嗚咽にも似た音が聞こえてきた。
僕はそっぽを向いて見ないふりをしてあげた。
おかゆを食べ終わった美冬はスッキリとした顔であった。
昨日までのひどい状態ではなく、生命力に満ち溢れた顔である。
僕は心の中で驚嘆の声をあげた。
彼女は元々貧乏な家庭だったのに、母親が亡くなった事で更に劣悪な環境になってしまった。
僕が持っている調査資料では、彼女は中学もまともに通っていなかったんだね。
その頃からバイトと家事に追われる毎日。
父親は機嫌が悪いと美冬を容赦なく殴る。
――それでも美冬は高校へ行くことを諦めなかった。
……父親が学校に乗り込んで暴れるまでは。
美冬の家庭環境は僕には関係ない。
僕はそんな状況でも心が折れない美冬の心を知りたいだけだ。
お粥を食べたあとは美容室へ行った。
僕は椅子に座って美冬がカットされるところを間近で見ていた。
「う、うう……わ、私、一週間に一回しか髪を洗わないから汚いよ……、臭いからやめようよ」
美容師さんは無言で仕事に没頭する。
美冬は無駄な抵抗を止めて、されるがままになる。朝が早かったからか、日頃の疲れが出たのか、美冬は爆睡してしまった。
美容師さんは僕の言うとおりに、美冬の髪を丁寧に洗ってトリートメントをし、美冬はボサボサだった頭を綺麗なショートボブに切りそろえられた。
軽く化粧もしてもらった。
「ほら、起きて。次の場所に行くよ」
僕は美冬の肩を軽く叩く。
「――ほえ……ご飯の時間……うぅ……ああ……ここは美容院……」
寝ぼけている美冬の頭を両手で挟んで、正面に向き直させた。
鏡が美冬の姿を映し出す。
「……こ、これが私……うそ……お姫様みたい……」
そうだね、お世辞抜きで絶世の美少女がそこにいた。
僕自身は顔の美醜には興味ないけど、年頃の女子なんだからおしゃれしたら気分も上がるだろうね。
ぽけーっと自分を見惚れている美冬の手を取って、僕は美冬をエスコートする。
「え、いや!? は、恥ずかしいよ……なんでそんな恥ずかしい事をサラッとできるの!? 俊樹君も髪型変わってるし……ジゴロなの!?」
ジゴロって……古くない? ああ、僕も少しだけ髪型を変えてもらったよ。せっかくだからね。
僕は少し強引に美冬を連れて、お店を出ることにした。
「あれ? お会計は?」
「大丈夫、大丈夫」
そして僕らは美冬の新しい職場に向かう事にした。
「と、俊樹さん!? ずっと来なかったから心配してたんですよ!!」
「お疲れ様です!! 戻って来られるんですか! 俺ずっと待ってました!」
「うぅ……うぅ……やっぱ俊樹さんがいなきゃ」
僕らが着いた場所は、商店街の一角にある大きなおしゃれカフェであった。
カフェに入ると、僕は従業員のみんなから挨拶をされる。
僕は一人一人に声をかけて、奥の事務所に進んでいった。
そんな僕を見て美冬はより一層怪訝な顔になる。
「俊樹君ってここのアルバイトしてたの? なんかえらく人気者だね?」
「まあ色々とね」
事務所に入ると、店長が書類と必死に格闘していた。
「うぅ……今月の予算が達成できねえ……ここに宴会でも入れば……いや、イベントを開催して……ああ、人手も足りねえ」
「店長さん」
「うるせえ、あとにしろ!! 俺は忙しいんだよ!!」
店長は僕の方を見ずに、手で邪魔者扱いをする。
僕は昔みたいに少し声を低くして威圧感を出した。
「――店長」
店長の身体が一瞬びくっとして、壊れた機械みたいに後ろを振り返る。
僕の顔を見た瞬間、店長は大泣きをしてしまった。
「俊樹さんっ!! マジっすか……マジで俊樹さんっすか!? 跡継ぎやめるのやめたんっすか! そしたら今夜はパーティーじゃないっすか!!」
喜びを抑えきれずに僕を抱きしめる店長。
……渋い中年チャラ親父に抱きしめられても嬉しくないね。
僕はやんわりと店長の身体を押し返す。
「はぁ、相変わらずだね。僕はもう戻らないよ。事業は全て弟が引き継ぐんでしょ? 今日はお願いがあって来たんだ」
「マジっすか……やっぱしょうがないっすよね……。この俺ごときで出来る事があったら何なりと言ってください!!」
僕はビクついている美冬を指差した。
「この娘と僕をしばらく働かせろ」
店長は僕と美冬を交互に見る。
「え!? こんな素敵なカフェで働けるの!? 俊樹君の趣味で変な事されるかと思ってた……」
――やっぱり失敬な女だ。
「は、へ? この女の子はいいとして……俊樹さんが働く? 経営っすか?」
「いやアルバイトとしてだ」
店長は一瞬呆けたあと、思考の海に溺れたかのように固まってしまった。
そしてふざけた顔が真剣な顔つきになった。
「社長は了解してますか?」
「ああ」
「伊織さんも?」
残念美人先生の事だ。
「まだ言ってないけど、後で言う」
店長は深いため息を吐いた。
「――――わかりました。……とりあえず……色々上と相談してくるんで飯でも食って待っててください!!」
「わかった、じゃあ待ってるね」
無理な話を聞いてくれてありがとう店長。
僕がこのお店に関わる事は無いと思っていたけど……。
やっぱり自分が一番初めに作ったお店だからね。
僕は事務所を出て、美冬と一緒にカフェの空いている席に着くことにした。
席に着こうとした僕らは、見知った声に呼びかけられた。
「――と、俊樹! ちょっとあんたなんでこんな時間にここにいるのよ!! なんで連絡しないのよ……学校はサボり!? 私の事を無視してふ、ふざけてんの……ね、ねえ、なんとか言ったらどうなのよ……」
そこにいたのは、弱々しい口調で顔が憔悴しきった幼馴染の未来が、自分の身体を両腕で抱き締めて立っていた。
僕は今まで感じた事もなかった胸の疼きを覚えた。
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