自分勝手に生きる
私は自分が不幸だと思いたくなかった。
必死に生きていればきっと幸せになれると信じていた。
だけど、人生は苦しい事ばかりであった。
学校にも行かずに働いて働いて、そのわずかばかりのお金は借金取りに奪われる。
……母親は私が中学の時に亡くなった。そのせいで、元々クズ親だった父が更に荒れてしまった。
生きていくだけで精一杯だった……。
終わらない生き地獄。
借金を返せば、父もまともになるはず。
昼間から飲んだくれてパチンコするのも止めてくれるはず。
ケバくて気色悪い女の人を家に連れてこないはず。
私を……殴らないはず……
だから必死に働いた。熱が出ていたけど気が付かないふりをした。
足が痛いけど、自分の足じゃないと誤魔化していた。
……でも、私は弱い人間だった。
倒れるなんて思わなかった。
気がつけば私は病室のベッドの上にいた。
――変な男が横にいてびっくりした。
変な男から、私が首になったと聞いた時、私の中の理性が壊れかけた。
だけど、残念なことに夜の店で働く決心が付いた。年齢は誤魔化せばいい。……身体を売ればいい。そんな子はたくさんいる。
私は特別じゃない。もっと辛い目にあっている子はたくさんいる……はず。
でも怖いよ……
私を助けてくれた男は私に変な提案をしてきた。
……これは新手のパパ活? それにしては若すぎるよ?
私よりも少し年上? 綺麗な顔立ちで、背も高くてモデルみたいな男の子だけど……顔の美醜には興味が沸かない。
何よりも彼の目が怖い。表情が変わらない。私は自分で普通よりは可愛いと自覚しているけど、彼は私の顔なんて見ていない。
そんな彼は淡々と語ってきた。
「じゃあ、君は今日一日寝ていようか。元気になってから仕事に入ってもらうよ。親には連絡したほうがいいかな?」
親? 冗談じゃないよ。病院にいることを知られたら……
思わず身体が震えてしまった。
駿河と名乗った男はそんな私を見て何かを悟ったのか
「うーん、悪いけど保険証を借りるよ」
「……持ってないよ。家にも無いはず……」
駿河は呆れもせず少しだけ考えてから続けた。
「了解、親には連絡しないから住所だけ教えて? それと通っている学校も」
「……今は通ってない。――中学は」
有無を言わさぬ方だったので、住所と中学名を喋ってしまった……
彼は聞いたら満足したのか、一人で頷いていた。
勝手に話が進み過ぎよ!?
「私はもう病院を出るわ! ……なんのバイトだか知らないけど、ちょっと怪しすぎるよ?」
私はベッドから起き上がろうとした時、部屋の外で待機していた看護師さんがいきなり私を取り押さえた!?
「え、ちょ!? なんで??」
「はい、安静にしてください! 高熱なんですからね〜!」
「このお薬飲んでくださいね〜」
無理やり口に薬を飲まされて、水を押し込まれる。
看護師さんは強引であったけど、私を傷つけないように優しい手付きであった
――でも、これっておかしいよ!?
駿河と名乗った男は薄っすら笑みを浮かべて部屋を出ていく。
それは笑みとは言えない自嘲のような表情であった。
「また明日ね、美冬ちゃん」
私はその背中を見送ることしかできなかった。
*************
さて、僕は何をしてるんだろう?
彼女の何がそんなに気になったのかな?
うん、そんな事はどうでもいいか。彼女を見ると、僕の胸の奥から何か湧き出てくる。
同情? 愛情? 親しみ?
はは、これはそんなものじゃないね。
これは何という感情だろう。
不思議な感情だね。
胸が熱くなる。ひどく……面白い感情だ。
しばらくはこの感情に身を任せてみよう。余命の事なんて気にせず思ったとおりに行動してみよう。
病院を出ようとした時、医者が玄関先で待ち構えていた。
「おぉ!? 変な顔してるな? なんかあったのか?」
「何も無いですよ。明日彼女を迎えに来ます」
医者は僕の微妙な変化に気がついたのか、いつもよりも上機嫌だ。
「まあいいだろう。……私に何か出来る事があったら言ってくれ。手を貸そう」
「嫌ですよ。どうせ『その代わり手術させろ』とか言うんですよね?」
「ははっ! 当たり前だ! 私はまだ君の事を諦めてないぞ! こう言っちゃなんだが、私はこの世界で結構な名医なんだぞ?」
「……知ってます。父さんとは同級生の腐れ縁で、名医で美人なのに残念でモテない人生を送ってるって聞きました」
「あ、あいつ!? くっ!? わ、私はまだ三十代だ! ま、まだだ……」
少しだけ顔を赤くして怒っているフリをしている医者は年齢に見合わずとても可愛らしかった。
……残念美人か。
「先生、それじゃ」
「ああ、久しぶりに俊樹君の笑顔が見れて良かったよ」
先生は満足そうに颯爽と病院内へと戻って行った。
笑顔? 何を言っているんだ?
僕はその言葉を無視して、ずっと使っていなかったスマホを取り出した。
未来からのメッセージがたくさんあるね。『今なら許してあげる!!』『再来週修学旅行よ、あんた来るわよね!』『返事しなさいよ! ……ねえお願い』
――学校はもう行かないよ。……ごめんね。
あとは妹からのメッセージ……『なんで出ていったの!!』『誰がパシリをするのよ!』
――うん、お手伝いさんにお願いしな。
弟からは『に、兄さん……助けて……厳しすぎる』『仕事が終わらないよ!? 学生には無理だよ!!』
――大丈夫、死ぬ気でやれば出来るよ。
――あった、これだ。
僕はスマホに入っていた番号に電話をかける。
初めてだから少しだけ緊張しちゃうけど……緊張なんて中々できない体験だから少し嬉しいかも。
いくら嫌われていようが、筋は通さなきゃね。
ワンコールで相手が出た。
『……ふん、珍しいな。なんの用だ?』
聞き慣れない電話越しの父さんの声が耳に届いた。




