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余命一ヶ月の僕が、ボロボロの少女を拾って同居したら幸せになれた話  作者: 野良うさぎ(うさこ)


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契約再び

 

 ――俊樹君は一週間経っても目覚めなかった。




 私は毎日俊樹君に会いに来ている。

 だって、余命の通りだったら本当は死んでいたんだから――


 病室には沢山のお花が飾られていた。

 今日もクラスメイトの誰かがお見舞い来ていたみたいね。


 俊樹君は沢山のチューブに繋がれていて、見ててとても痛々しい。

 それが俊樹君と、この世界を繋ぐ命綱。



 私は病室の椅子から立ち上がって、俊樹君の顔を覗き込む。

 今は安らかに眠っているけど、稀に苦悶の表情を浮かべる時がある。


 もしかして俊樹君は自分と戦っているのかな?


 私は俊樹君の顔を優しく触る。

 俊樹君の体温が感じられる。俊樹君は生きている。



 ――私はいつまでも待つよ。ずっと一緒にいるって約束したもん。



 その日は目を覚ますことは無かった。





 私は学校に再び通い始めた。

 元々授業に遅れていたから、必死で学校の勉強をして気持ちを紛らわしていた。


 未来姉さんは私の事を気にかけてくれて、よくクラスまで遊びに来てくれる。


「――美冬ちゃん、一緒にご飯食べる? あっ、私がいたら他の友達が――」


「そんな事ないですよ! みんな未来さんが一緒だと喜びますよ!」


 未来さんは一年生の憧れの先輩であった。

 私の友達――そう、友達もできたんだ。


 友達はみんな良い人で、休みがちだった私のために勉強を教えてくれたり、学校で困った事があったら助けてくれた。


 俊樹君、私はちゃんと学校生活を送れているよ?


 でもね、やっぱり俊樹君がいないと寂しくなっちゃうの。










 一ヶ月が過ぎると、病室に飾られている花の数が減ってきたね。


 段々とお見舞いに来る人が減っている。

 でも、未来さんや妹さんやお父さん、お母さんは毎日来ているね。

 クラスメイトの人達は、週に二、三回順番に来ているよ。

 アルバイト先の人もちょくちょく来ている。


 一ヶ月も経っているのに、それでもこんなに俊樹君に会いに来てくれているんだよ? 

 俊樹君、すごく愛されている――


 坊主だったのにすっかり髪が伸びたね。

 ふふ、今度私が切ってあげようかな。

 あっ、私は俊樹君が連れていってくれた美容室に行ってきたよ。

 可愛くカット出来たから――起きたらちゃんと気がついてね?


 でも、俊樹君、意外と鈍いからね――





 私が病室で俊樹君と話していると、先生が入ってきた。


 先生は私を見ると悔しそうな、悲しそうな顔をする。


「美冬ちゃん――私のオペのせいかも知れない。本当はこんな事を言っちゃ駄目なんだけどな――。原因が分からない。オペは完璧だった。だが、俊樹君は起きない。――私のせいだ」


 何度も何度も同じ話を私達はしている。

 それはルーティーンのようであった。


「先生のせいじゃないですよ。だって俊樹君は先生を信じていたんですよ? そんな先生が完璧だ、って言ってるんです。――手術のせいじゃないです。俊樹君はまだ戦っているんです」


「――しかし」


「先生、俊樹君は一ヶ月過ぎても生きてます。私は先生に感謝しています」


 先生の歯ぎしりの音がここまで聞こえてくる。

 でも、本当に先生には感謝しか思い浮かばない。


「先生、俊樹君が起きるまで待ってて下さい!」


「――美冬ちゃん」


 先生は唇を噛み締めながら涙を流していた。

 嗚咽を上げず、こみ上げる悲しみを押し殺すように泣いていた。










 二ヶ月が過ぎた。

 私は全然学校に行ってなかったのに進級することができた。

 その分、春休みの宿題の量が莫大だったけどね。


 私は俊樹君のマンションで一人で暮らしている。

 本当はアルバイトをしながら小さなアパートに引っ越そうと思ったけど――


 お父さんが、


『美冬さんはうちの娘だ! 俊樹が帰ってくるまでマンションに住んでくれ』


 って、言ってくれて――


 俊樹君に似て、素敵なお父さん。あれ? 俊樹君がお父さんに似たんだね?


 私は俊樹君の家族が本当の自分の家族に思えてきた。

 ちょっとつんつんしてるけど、本当は素直で良い子の妹ちゃん。アイドル活動が忙しいそう。

 俊樹君の真似してクールぶってるけど、お間抜けさんな弟君。

 ほんわかして可愛らしいお母さん。

 そんなお母さんの事が大好きなお父さん。








 季節は春になる。

 私は家族から借りたアルバムを見ながら俊樹君のマンションで物思いにふける。


 ――俊樹君。春が来ちゃったよ? まだ起きないのかな? 一緒に過ごすって言ったのに。


 小さい頃の俊樹君の写真は、ほとんど笑顔の写真が無かった。

 いつも無愛想な顔をして、人生を見透かしたような顔。


 私はスマホに入っている俊樹君の顔を見比べた。


 そこには、様々な表情の俊樹君が存在していた。

 からかわれて怒ってる俊樹君、アイスを落として悲しそうな俊樹君、私とのツーショットは恥ずかしそうな顔であった。


 俊樹君は笑顔が一番似合うよ――


 さて、そろそろ病院に行こうかな!









 春が過ぎ、梅雨の季節も終わり、灼熱の夏も、気持ちの良い秋も終わり、また冬がやってきた。


 私はすっかり学校生活も慣れて、憧れていた普通の生活を満喫していた。


 未来さんの卒業式があるから、在校生として頑張って送り出そうと思う。


 私のルーティーンは相変わらず変わらなかった。





 だけど、嬉しい変化があった。

 他の誰も知らないと思うけど、俊樹君がうなされている時間が段々と少なくなってきて、今月に入ってほとんど無くなったの。


 それでも俊樹君は起きる気配がしない。


 悲しい?


 もちろん俊樹君が起きて欲しいけど、毎日お喋りしてるもん。

 悲しくなんてない。


 ――看護師さんが私を見る度に泣きそうな顔をするけど、大丈夫よ。


 だって、俊樹君は私の王子様なんだから!











 それはとても寒い日の朝だった。

 私は俊樹君のベッドの横で座りながら寝ちゃっていた。

 本当はお泊り禁止されているけど、背中には毛布がかけられていた。

 きっと、看護師さんか先生がずるしてくれたんだ。


 ありがとう――


 私は俊樹君の寝顔を見つめる。

 可愛いのにカッコいい。ううん、俊樹君といると心がポカポカしてくるの。


 出会えて良かった。

 どん底の私に救いの手を差し伸べてくれた俊樹君。






「大好きだよ――」





 私はそっと俊樹君の唇にキスをする。

 たまにはいいでしょ? 寝ぼすけさんなんだから――



「よし! 一回帰ってシャワーを浴びて――」



 私は立ち上がったら目眩をしてしまった。

 アルバイトと病院の行き来は苦ではなかったのに――


 身体が――心が――疲れてたの?


 無理して意識を保とうと身体を起こそうとしたが、逆効果であった。


 私は背中から後ろに倒れ――











 無い――!?





 背中が熱い。

 誰かが支えている。


 点滴が激しく倒れているけど、その音が耳に入る余地が無い。

 私は一点を見つめた。








「――僕も大好きだ、美冬」








 点滴の管が沢山付いたやせ細った右手で――



 俊樹君は私を支える。

 俊樹君はそのまま右手に力を入れて、私を胸に抱きしめた。



 激しい音に気がついた看護師さんが異変に気が付き、足音が部屋の外から聞こえる。





 私は俊樹君を見つめる。

 そこにはしっかりを目を開き、私を見つめる俊樹君がいる。


 私はやっと泣く事ができた――



「と、俊樹君――――――――――」



 俊樹君の胸の中でわんわん泣きわめく私。



「ははっ、相変わらず美冬は泣き虫だな――」



 前と変わらない俊樹君の声。

 俊樹君から伝わる愛情。




 泣くに決まってるよ!!!


 胸が張り裂けそうになるのを止めたりしない。

 泣き叫ぶのをはばからない。

 私は産まれたばかりの赤子のように感情を剥き出しにした!

 


 足音が外で止まっているのに気がつく。

 私と俊樹君はそれに気が付かないふりをして、二人だけの世界を作り出した。










 *************






 僕は幸せ者だ。

 目が覚めたら、一番愛しい人が目の前にいた。


 抱きしめないわけないだろ?


 だって美冬のおかげで僕はここに帰って来れたんだ。




 僕と美冬はずっと抱きしめ合った。

 流石に長過ぎたのか、先生が痺れを切らして部屋に乗り込んで来た。


 部屋に入って来るなり、先生は僕に頭を下げる。


「俊樹君、申し訳ない。自信満々で手術に挑んだくせに、君を目覚めさせる事が出来なくて――」


「ははっ、先生、僕は多分戦っていたんですよ。見えない場所にあった何かと――」


 僕は自分の頭を指差す。

 先生は泣きそうになりながらも、医者としての顔を取り戻した。


「急に起き上がったら危険だ。――ゆっくりでいい。落ち着いたら検査するよ」


 看護師さん達が素早く新しい点滴に付け替える。


 先生は美冬の肩に手を置いた。


「美冬ちゃん――あれ? おばちゃんだから涙もろくなっちゃったのかな? ぐっ、すっ、と、俊樹君を、検査するから――」


 美冬は先生が言い終わる前に僕たちを見る。


「はい! 私は待ってます! ――一年に比べたらあっという間です!!」



 ――な、に? ぼ、僕は一年も寝ていたのか!?











 僕は自分で思っているよりも寝ていたらしい。

 一週間くらいかなって思ったたけど、まさか一年とは――


 僕は車椅子と併用しながらリハビリを開始した。

 ずっと寝たきりだったから身体全体の筋力が落ちて動けない状態であった。


 目覚めてすぐに美冬を抱きとめたのは奇跡的な事だったらしい。


 そんなの奇跡じゃないよ。

 美冬が危なかったら身体が勝手に動くんだよ。



 今日は美冬は学校を休んで僕の付添をしてくれている。

 リハビリを終えて、美冬は僕を乗せている車椅子を押しながら嬉しそうに話す。


「それでね、未来さんがもらったラブレターの数が百枚超えたんだ!」


「未来は可愛いからね」


「と、俊樹君!? わ、私は?」


「美冬は世界で一番可愛いよ――」


「そ、そんな事真顔で――もう! 怒れないじゃん!」


 取り留めの無い会話がこんなにも幸せに感じるのか。

 僕は奇跡的に命を救いあげてもらった。


 僕一人では帰って来れなかった。

 いや、手術を受ける勇気さえ無かった。

 ――受ける必要が無いと思っていた。



 美冬と出会い、僕は変わった。



 もう覚えて無いけど、僕は美冬との思い出と、みんなの思い出があったから帰って来れたんだ。


 記憶はところどころ抜け落ちてる所もある。

 だけど、そんなものはこれから埋めていけばいい!



 冬なのにとても暖かい日が続いている。

 今日も中庭は気持ちの良い日差しが差し込んでいた。




 美冬は僕を後ろから抱きしめる。


「へへっ、来年は俊樹君と同学年なんだね!」


「まさか留年とは――、いや、仕方ないんだけど」


「私は嬉しいよ? だって俊樹君と一緒に学校通えるんだから!」


「――美冬は出席日数大丈夫? ちゃんと進級できるの?」


「だ、大丈夫な――はず。うん、あ、明日は学校行くね」


「うん、行ってきなさい。だって――僕らには時間があるんだから」



 後ろから抱きしめた美冬は静かになってしまった。



「――うん、わたし――今幸せだよ――」



 僕はそんな美冬に大切な知らせがある。


「美冬、ちょっといいかな?」



 僕は車椅子を移動させて、抱きしめてくれた美冬から離れる。

 美冬は少しふてくされた顔をする。


 ――そんな顔しないで。


 僕は美冬と向かい合った。


 病院着の中に忍ばせた物を手に持つ。

 父さんに頼んで買ってきて貰ったんだ……。

 

 僕は車椅子から立ち上がろうとした。




 美冬は駆寄ろうとしたけど、僕は手で美冬を制止させる。



「――大丈夫」



 僕はゆっくりと立ち上がる。

 弱った足腰は頼りないけど、一人で立つことが出来た。


 僕は美冬に一歩一歩近づく。


 おじいちゃんみたいな速度だけど、確実に、時間をかけて――



 美冬の目の前で立ち止まる。

 僕の足は震えているけど、大丈夫。全然辛くなんかない! き、緊張なんかしてない!




 僕は忍ばせていた物を両手で美冬の前に持っていく。

 綺麗な箱に入ったそれを開け放った。



 美冬は何が起こっているのか全く分からない顔をしている。




 今日じゃなきゃ駄目だったんだ。

 病室で僕と契約をした一年前と同じ日の今日、

 僕は美冬に告げた。






「――僕とずっと一緒にいて下さい」






 気取った事なんて言えない。一年前だって、僕は軽い口調でまくしたてるように告げたはずだ。今思うとそれは照れ隠しだったんだ。あの時沸き上がった感情は……恋だったんだ。




 美冬はゆっくりと震える手で僕の手の中にある指輪を受け取る。

 それを左手の薬指にはめて、僕に見せてくれた。







「はい、私は駿河美冬としてずっと俊樹君のそばにいます――」





 僕はその言葉を聞いてよろめいてしまう!?


「俊樹君、危ない!」


 美冬は僕を支えようとする。

 流石にそんな態勢で僕を支える事はできずに、一緒に芝生に倒れ込んでしまった。


 僕と美冬は横並びになって顔を見合わせた。


「ふふっ、美冬――」


「俊樹君、へへっ――」


 僕らは笑い合いながら抱きしめ合った。

 お互いの存在を確かめるように――









 僕は一人で生きていけると思っていた。


 死ぬのなんか怖くなかった。


 だけど、僕は周りを見ていなかっただけであった。


 大切な存在に出会えて僕は変わることが出来た。


 死ぬ事に対して恐怖を覚えた。


 僕は美冬と出会わなければ、いくら手術をしても死んでいただろう。

 感覚でわかる。絶対的な事実だ。


 思い出は人を強くする。


 愛情は人を強くする。


 悲しみを乗り越えて人は成長する。


 僕は死を乗り越えて――生きる――という最高の普通を手に入れた。




 ――この幸せを手放してたまるか!!!




(余命一ヶ月の僕がボロボロの少女を拾って同居したら幸せになれた話 完結)

完結までありがとうございます!

次作は少し休んでから書き始めます!


次作の参考にしますので、この作品の評価を星でお願いいたします。

ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[一言] 泣きました。とても良かった。
[一言] 久しぶりに涙腺が緩みました。良作をありがとうございます。
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