祈り
僕は何をしているんだ?
美冬と一緒に修学旅行に行っていたんじゃなかったのか?
暗い空間が広がっている。
僕はそこにポツンと一人立っていた
暗い空間はいくつもの映像が映し出されていた。
子供の頃、妹をいじめた悪ガキを懲らしめた時の映像を見つけた。
あっちには僕が未来と一緒に小学校を登校している映像があった。
真上を見上げると、一際大きな映像があった。そこには――美冬が映し出されていた。
美冬が燃え上がるような瞳で僕を見つめる。
病室で僕に怒りをぶつける。
一緒に美容室へ行った映像も流れた。
未来の姿も見える。
クラスメイト達もいる。
――僕はどこにいるんだ? 頭がふわふわする、というか僕は何をしてるんだ?
大切な事を思い出せない。
突然地震が起こったかのように、地面が揺れる。
『くっ、何かが来る?』
映像の光によって照らされたこの場所は姿を変えていく。
そこには沢山のハムスターが蠢いていた。
――目に焼き付ける。
僕はその言葉を思い出す。
何を思い出せばいいんだ?
ハムスターは蠢きながら映像を齧り始めた。
それはゆっくりと、だけど確実に侵食していく速度で。
――駄目だ。あれは――食べられちゃ駄目なんだ!
動かそうとしても僕の足は動かない。
その時、大量の折り紙の鶴が空から降ってきた。
僕の身体に当たると光輝いて消えてしまう。
……僕の身体が軽くなる。
神経が通っていないはずの……右手が動く!?
僕は右手を自由に振り回していた。
力が入る、思うように動かせる!?
僕は右手に力を入れた。
右手を中心に僕の身体に何かが波打つのを感じる。
足が動く、両手が動く、顔をハムスターの大群に向ける。
――それ以上僕の大切な思い出を喰らうな!!
美冬を目に焼き付けた
未来を目に焼き付けた。
クラスメイトを目に焼き付けた。
父さんと母さんを目に焼き付けた。
先生を目に焼き付けた。
美冬に恋をした時間を思い出せ!
僕は美冬に首ったけだった!
美冬と行ったジャスコーズ!
美冬と行った遊園地、水族館、動物園!
美冬が用意してくれた温泉旅行!
美冬と過ごした特別な夜!!!!!!
僕は絶対忘れない!!
美冬と過ごした大切な日々を!!!
僕の身体が美冬の瞳のように燃え上がる。
ここは夢かも知れない。現実じゃないかも知れない。だけど、僕はここにいる。
だったら僕は立ち向かうんだ!!
ハムスターたちは僕の大切な映像を虫食いにしてしまう。
僕は右手を前に突き出してハムスターを燃やし尽くす。
ハムスター達は休む事無く無尽蔵に湧いてくる。それでも僕は燃やし尽くす。
――忘れるな。大切な人達が待ってるんだ!!!
終わりの見えない戦い。
『――美冬……まだ大丈夫。美冬、美冬、美冬――!!」
僕は大切な人の名前を忘れないように何度も叫びながら炎の嵐を巻き起こしていた。
*************
私の隣で妹さんが寝ちゃっている。
お父さんとお母さんと弟さんは食堂へご飯を食べに行った。
だってもう八時間経ってるもんね。
私は妹さんの背中を優しく擦る。
私は俊樹くんに一杯大切なものをもらった。
大切な事を教えてくれた。
初めての感情を教えてくれた。
私は何も出来ない。
祈る事しか出来ない。
――でもね、神様なんかに祈ってあげないから。
私は他人に何かを任せない。俊樹君にエールを送りたいだけ!!
俊樹君、頑張って――
これが終わったら俊樹君の好きなお料理一杯作るよ――
俊樹君が行きたかった温泉旅行に行こうね――
俊樹君に抱きしめられたいよ――
俊樹君も私の事を抱きしめていいよ――
通じるか分からないただの祈りじゃない。
私の祈りはこの一週間を通して俊樹君に送ってあるの!!!
泣いてなんかいられなかった!
悲しみなんて吹き飛ばしたかった!
俊樹君に愛情を感じて欲しかった!
手術を乗り越えられる思い出が必要だった!!
全部私達が歩いた軌跡――
だから祈りなんかじゃない!
これは私の結果なの!!
――私の戦いだった!!!
私は心の中で静かに叫んだ。
「――ぅ、ぅん――美冬さん? 何か熱いよ?」
私はまっすぐに手術室を見つめている。
身体が燃え上がる様に熱く感じる。
妹さんは小さく呟いていた。
「――綺麗」
私の戦いはすでに終わっているけど、俊樹君と先生の戦いは続いている。
俊樹くん、思い出は力に変えられるんだよ?
だから、また二人で――




